「何度見ても心を奪われてしまう」ディズニーキャストだけが楽しめる園内の"ある光景"
プレジデントオンライン / 2022年1月23日 11時15分
※本稿は、笠原一郎『ディズニーキャストざわざわ日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■てんてこ舞いになるゴミ収集担当
混雑時にたいへんなのが、ゴミの対応である。入園者数とゴミの量はほぼ比例している。5万人を超えると、トラッシュカンがあっという間にいっぱいになる。たまりやすい場所だと30分程度で満杯になることもある。
トラッシュカンからゴミをあふれさせることはあってはならないので、「ダンプ」というゴミ収集担当がてんてこ舞いとなる。パンクしそうなトラッシュカンがあれば、それに気づいたスイーパー担当から連絡があり、「ダンプ」担当が現場に急行する。
「『グランマ・サラのキッチン』出口横のトラッシュカン、もういっぱいであふれ出ています! 至急対応をお願いします」
スイーパー担当が叫ぶ。この連絡はグループ通話で全員に聞かれるので、あたかもダンプ担当がさぼっているようで肩身が狭い。スイーパー担当も担当エリアを回りながらトラッシュカンの中を確認する。ゴミがたまっていればコンパクティングボード(※1)の出番である。ゴミの中身は紙コップやポップコーンの紙容器などが多いので、これを使って3分の2程度に圧縮する。ダンプがやってくるまで、トラッシュカンからゴミがあふれ出すのを防ぐのだ。
なかにはマナーの良くないゲストもいて、飲み終わった紙コップやスモークターキーレッグの骨をその場に放置する。トラッシュカンのすぐそばに投げ捨てられていることもある。こうしたゴミも早めに処理しなくてはならない。
(※1)茶色の四角い板で、ゴミを上から押して圧縮する。ゴミの中には何が入っているかわからず、キャストの安全を守るためにもこのボードを用いる
■キャストに緊張感が走る「県民の日」
「スプラッシュ・マウンテン」「ビッグサンダー・マウンテン」「ホーンテッドマンション」などの人気アトラクションでは、トラッシュカンがQライン(ゲストが並ぶ列)にある。ゲストが並んでいるところを通るため、「失礼します!」「通らせていただきます!」と声をかけつつの作業となる。
ダンプ担当のときには二輪カートをゲストにぶつけないよう細心の注意を払いつつ、大声で注意を喚起する。ときおりデパートなどで黙ったままお客のそばを大きな荷物を押しながら通っていく店員を見かける。「こういうときには、ちゃんとゲストに声がけしないと」と注意したくなるのは職業病かもしれない。
忘れてはならない混雑日が「県民(都民)の日」である。10月1日は「都民の日」、6月15日は「千葉県民の日」、11月14日は「埼玉県民の日」となっていて、この日は公立の学校などが休みになるので、学生や家族連れが押し寄せる(どういうわけか神奈川県は「県民の日」をもうけていない)。
11月13日の「茨城県民の日」や、11月20日の「山梨県民の日」などにもそれなりの数の県民が来園するのであろう、混雑する。
■閉園時間になっても帰らないゲストたち
キャストは勤務する時間帯によって「オープンキャスト」と「クローズキャスト」に分かれる。いわゆる「早番」と「遅番」というやつである。私はクローズキャスト(遅番)としてこの仕事をスタートした。
早寝早起きの私としてはオープンキャスト(早番)のほうが良かったが、とにかく早くキャストデビューをしたかったので、当時はクローズでもオープンでも気にならず、採用されたこと自体が嬉しかった。
クローズキャストの勤務は、時期により異なるが、だいたい午後3時ごろから午後10時半までである。夜10時の閉園時間になるとアナウンスが流れ、ゲストに退場を促す。多くのゲストは閉園時刻に気づき、出口へと向かう。しかし、なかには出口から離れたファンタジーランドにいるのに、閉園のアナウンスをBGMに写真撮影を始めるゲストもいる。きっと人がいない園内での写真を撮りたいのであろう。
その気持ちはわかる。だが、友だち同士で並んで撮影して、次には撮影者を替えては撮影して……を何度も何度も繰り返している人もいる。「閉園時間なので、早くお帰りください」と言うわけにもいかず、微笑みながら、心の中では「もういいだろ」と思っている。
■キャストにしか見られない美しい光景
東京ディズニーランドの閉園時間は午後10時(これより早い時期もある)で、終礼が午後10時20分前後に始まる。クローズキャストの中には片道2時間程度かけて通っている人もいた。神奈川県の平塚、千葉県の君津、埼玉県の上尾、東京都の高尾などである。
高尾から通勤する広野君は、定時の午後10時半に退社しても、家に着くのが午前1時近くだという。好きでなければ続けられない仕事である。クローズキャストにあって、オープンキャストにはない役得が、午後8時半から始まる花火だ。
“夢の国”での楽しかった1日の終わりが近づいたころ、シンデレラ城の上空に大輪の花を咲かす花火は何度見ても心を奪われる。キャストデビューした当初は、花火が打ちあがると、掃除の手をとめて見とれていた。
「笠原さん!」
突然、名前を呼ばれて、あわてて振り向いた。原崎さんが立っていた。原崎さんは40代のダンディーな男性SVで、キャストにもいつも毅然と指導するお目付け役だった。
「あなたはゲストじゃなくてキャストなんですから、露骨に見入らないでください」
“現行犯”である。ぼうっと空を見あげる姿を見られていたかと思うと恥ずかしかった。また、ゲストがいなくなり森閑(しんかん)としたオンステージの光景の美しさは、今でも脳裏に焼き付いている。これもまたクローズキャストだけの役得だった。
■優越感に浸りながら帰路につく
いくつかの役得はあったものの、家に着くのが午後11時半すぎになってしまうクローズキャストはやはり自分の生活パターンに合っていなかった。私はオープンキャストへの異動願いを出し、キャストデビューして約9カ月後、希望どおりオープンキャストに変わることになった。
オープンキャストが良い点は、仕事のスタート時にオンステージが汚れておらず、またトラッシュカンのゴミを回収する必要もないので作業的に楽なことである。夜のあいだ、ナイトカストーディアルキャストが清掃してくれたおかげである。
出勤時には、ちょうど退勤するナイトカストーディアルキャストに遭遇する。夜通しの作業となる彼らの多くは男性であるが、中には若い女性の姿もあった。ナイトカストーディアルは時給が高い。接客が苦手な人にとっては都合がいいとはいえ、冬場の寒い日や雨の日などに夜通し作業するのはたいへんだなと頭が下がる。
オープンキャストに異動して、もっともありがたかったのは帰宅時間が早まったことだ。夏などまだ太陽が高い、午後4時ごろに帰路につくことができる。こんな時間に仕事を切り上げるのはサラリーマン時代には考えられない。帰りの電車でスーツ姿の人を見ると、「こっちはもう終わったよ」という優越感に浸るのであった。
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元ディズニーキャスト
1953年生まれ。山口県山口市出身。一橋大学卒業後、キリンビール入社。マーケティング部、福井支店長などを経て、57歳で早期退職。東京ディズニーランドに準社員として入社。65歳で定年するまで約8年間にわたりカストーディアルキャスト(清掃スタッフ)として勤務。
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(元ディズニーキャスト 笠原 一郎)
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