雪が降らないからすべて人工雪…そもそも無理筋だった「北京冬季五輪」という政治案件の残念さ
プレジデントオンライン / 2022年1月27日 13時15分
■スポーツ大会というより政治案件になってしまった
北京で開かれる冬季オリンピックの開幕まであとわずかになった。
出場する日本代表選手が着々と決まってはいるものの、スポーツイベントとしての大会への関心よりも、政治的な動きのほうが活発なようにみえる。これまでに米国、英国、オーストラリア、カナダといった国々が「外交的ボイコット」を表明した。日本も政府関係者の派遣を取りやめることを決めている。
米国をはじめとする民主主義国家は、中国国内で起きている人権侵害問題を提起し、北京での五輪開催に厳しい姿勢を取っている。対する中国政府は「五輪への招待を受けていない状況下での『外交的ボイコット』は完全に自意識過剰」とかみつくなど、あの手この手で対抗しているが、開幕まで間近となる今、中国が期待しているようには物事は進まず、政治的、外交的優位性を誇示するにも切羽詰まっている局面にあるようだ。
■新疆ウイグル自治区の少数民族への対応を問題視
「外交的ボイコット」という言葉は今回の北京冬季五輪で初めてお目見えした。初出とみられるのは2021年5月、ナンシー・ペロシ米下院議長が、新疆(しんきょう)ウイグル自治区の少数民族に対する人権侵害問題を理由に「北京冬季五輪を各国首脳は欠席するべき」とする、外交的ボイコット(diplomatic boycott)を呼びかけた時だろう。
「外交的ボイコット」を早々と決めた米国でも、そもそもなんなのかという論議が起こっている。米スポーツ専門チャンネルESPNは、これについて「大会に各国の代表者を派遣しないことを意味」と定義。代表者に当たる人物は通常、その国の首脳に匹敵する政治家や王室のメンバーとしている。
米政府としての対応を正式に発表したのは、昨年12月6日のことだ。ホワイトハウスのサキ報道官は、「バイデン政権は北京オリンピックに政府関係者を派遣しない」としながらも、トレーニングを続ける選手への出場については「参加すべき」と述べている。
■コロナ対策も報道規制も東京五輪以上の厳しさ
観客の有無をめぐっては、東京五輪に続いてチケットの一般発売は行わないことも決まった。折しも、北京でもオミクロン株の市中感染が発生し、中国政府は「カナダから来た国際郵便がその原因」として自国の感染対策には抜かりがないと正当性に躍起になっていたが、外国人、中国人を問わず、すべての観客をシャットアウトした形だ。
ただ、招待客を入れるとの報道もある。東京五輪の時にはほとんどの会場で無観客となったが、北京では「官製の観客」が競技を盛り上げるのかもしれない。
今回の大会ではそれでなくてもコロナ感染対策のため、中国政府は選手をはじめとする五輪関係者をすべて「感染対策バブルの内側(クローズドループ方式、と呼ばれる)」へと包み込む作戦に出た。外部の人々との接触はまったくできない。ボランティアも期間中は「バブル隔離エリア内」にある宿舎で滞在するという。競技の違いはあれど、選手たちにとっては東京大会以上に厳しい五輪になりそうだ。
4日には、国内外の報道機関の拠点となるメインプレスセンターがオープンした。オミクロン株の蔓延もあり、記者らの行動はプレスセンターと競技会場、指定された宿泊ホテルとの往復に限られる。「柵の中」での大会が実現することで、各国メディアが一般市民に対し、人権や民主化への課題といった「余計な質問」をするリスクは消滅した。国内の情報管理をしたい当局者は胸をなで下ろしているかもしれない。
■オランダ政府は「中国にスマホを持ち込まないで」
一方、オランダのオリンピック委員会は、自国選手団に対し、中国のスパイ行為を避けるため、個人所有の携帯電話やノートパソコンなどを中国に持ち込まないよう推奨したと報じられている。「中国の監視から自国選手の個人情報を守るため」とその理由を掲げており、とうとう選手個人にまで不自由が生じる事態になってきた。
オランダも「外交的ボイコット」に加わった国の一つだ。中国が日常的に行っているとされるさまざまなインターネット上の検閲や記事削除などの事情を考えると、自国の選手がなんらかのサイバー被害や妨害を受ける可能性を警戒するのは無理もない。
しかし、それぞれの選手には家族や親戚、友人そして多くのファンがいる。勝っても負けても五輪で戦ったその興奮をすぐにSNSなどで伝えたいだろうが、それがまったくできないことになる。
■会場は異例の「オール人工雪」になる見込み
中国北部にある北京の冬は日中でも連日マイナスだが、スキー場が開けるほど雪は降らない。それでも、そんなところで冬季五輪をやると言い出したのはなぜだろうか。冬季大会の誘致決定以来、中国メディアや北京五輪組織委員会は「北京が夏季、冬季両方の五輪を初めて開催する都市」と自画自賛している。他の国が達成できていないことを一番乗りだと自慢すれば、自国民はきっと「中国は偉大だ」と思うことだろう。
北京は、中心街がほぼ平らだが、周辺にある郊外の町村を北京市に次々と編入したため、約1万6000平方キロと、日本の四国の9割ほどの面積を持つ。中心街から50キロほど北に行くと、中国屈指の歴史的遺産として知られる万里の長城がある。斜面が必要な競技向けの施設は、長城よりさらに北側にある2つの街に新たに設置された。
こうした郊外会場で開かれる屋外競技は、ほぼ全面的に人工雪で行われるのだという。ちなみに、北京周辺の2月の降水量は1カ月で4ミリほど、降水日数も月に3日ほどしかない。これでは人工雪に頼るのもやむを得ない。
フランスの通信社AFPは、「北京大会は、中国でも特に降雪量が少ない地域で行われる」と紹介。約300基の人工降雪機「スノーガン」を使って人工雪をまいた後、専用のトラックでゲレンデなどに広げる。人工降雪機自体は、過去の大会でも雪が足りない部分に補充したりするのに使われているが、会場のほぼ全体を人工雪で賄うのは例がないと指摘する。
■「多くの首脳らに囲まれたい?」習主席の狙いは
温室効果ガスの排出防止へも配慮が必要だ。北京の組織委は「人工降雪機に使う電力は再生可能エネルギーで発電する」と言っているが、どうにもこうにも環境負荷が大きそうだ。リモート会場へは、万里の長城が築かれた山腹に全長12キロのトンネルをぶち抜き、新幹線「のぞみ」などよりも速い時速350キロで走る高速列車を使って、選手や大会スタッフらを運ぶことにした。
そこまでして、雪のない北京で開催する中国政府の狙いは何なのか。これまでの習近平政権の動きを見る限り、「開催国として最多メダル獲得数を目指す」といったスポーツ本来の目的よりも、「習国家主席が多くの首脳らに囲まれて五輪開幕を祝う」という映像を世界各国に配信することに重きを置いている可能性がある。
「外交的ボイコット」は中国にとって確実に政治的、外交的なダメージとなっており、何かしらの総括を行うことに迫られたとみられる。そこで、中国は「国賓の五輪への招待」に関する理屈付けをした。「主催国やIOCが行うものではなく、各国それぞれのオリンピック委員会(NOC)が自国の首脳に対して出席を推奨するもの」だと説明したのだ。
■「一帯一路」に協力的な国が招待されるか
この見解は、中国が国際連合に派遣している張軍国連大使が昨年12月2日に述べており、新華社をはじめとする中国のメディアが一斉に報じた。さらに、各国首脳らの訪中については「来る者は歓迎、去る者は追わず」「五輪の会期中、首脳らを呼んで行うイベントの予定は組まれていない」としている。
この説明だけを読むと、中国は「各国政府に対して、首脳の招待はしていない」という立場を述べているようだが、実際は、主要国の外交的ボイコットをよそに、より「大物」の訪中を期待している節がある。すでに、グテーレス国連事務総長の出席確約を取りつけただけでなく、ロシアとの蜜月を示すため、習主席が自らビデオ通話を通じて、プーチン大統領に対し開会式への招待を表明した。そのほか、隣国のカザフスタンへは、カシム・トカエフ大統領のもとへ中国の外交官が直接、招待状を届けたという。
冬季五輪は基本的に寒冷地でしかできない競技が多いという性格上、夏季大会が200を超える国・地域からの参加がある一方、冬季への参加は100に満たない。あるいは、冬のスポーツとはまるで縁がなさそうな国の首脳たちが開会式へと参集することも考えられる。その場合、多くは中国が推し進める「一帯一路」に協力的な国からやってくるだろう。
■バッハ会長は「団結」を強調して米国を牽制?
加えて、中国と関係が深いことが取り沙汰されている国際オリンピック委員会(IOC)の動きも気になる。
「ぼったくり男爵」の異名をとるトーマス・バッハ会長は昨年4月、五輪憲章で定めたモットー「より速く、より高く、より強く」に「共に(あるいは、団結)」を加えたいと提案した。理事会の承認を受け、その後東京五輪開幕の直前に開かれたIOC総会で本決まりとなった。
変更決定をめぐり、日本のメディアはさしたる関心を示さなかったようだが、なぜか中国の複数の官製メディアがこの件について日本語でも積極的に報道していた。バッハ会長は、開会式での「長すぎた」演説でも、この「共に」を加えたことに関してわざわざ説明を述べている。
昨年の時点で、中国が「米国、英国などによる北京五輪への反発」をどう想定していたかは分からない。しかし、五輪のモットーに「団結」という文言を挿入しておけば、中国にとって団結を破る国が出てきたら、その時に「五輪の精神を踏みにじる」と糾弾できる。米国による外交的ボイコット正式発表の直前には、中国外務省報道官がやはりこれを引用。「米国がすべきことは態度を正し、より団結という五輪精神を実行すること」と指摘した。
■伊、仏は外交的ボイコットに消極的
五輪を取り巻くボイコットといえば、1980年に開催されたモスクワ夏季五輪の例がある。これは、当時のソビエト連邦によるアフガニスタン侵攻を是としない米国が同盟国に呼びかけ、選手の大会出場を含む、いわば「全面ボイコット」を行った。
その次、1984年の夏季大会は、米国のロサンゼルスで実施された。この時は、モスクワ大会の意趣返しとなり、旧ソ連をはじめ、旧東ドイツほか当時の東側諸国が出場をボイコットした。
北京大会の2年先には24年の夏季パリ大会、4年後にはイタリアのミラノ周辺で冬季大会がある。自国開催を控えるフランス、イタリアにとって、中国とその友好国らによってボイコットに踏み切られるのは避けたい。イタリアは先進7カ国(G7)の国で唯一「一帯一路」に協力的とあって、外交的ボイコットには消極的だ。一方のフランスは、先の東京大会へはマクロン大統領が訪日したが、さすがに北京へは中国の人権問題もあって訪中は難しい。スポーツ担当の閣僚を送る考えを示しているが、まだ正式には決まっていない。
■かつての「ボイコット合戦」が起きるのか
その先には、外交的ボイコットに踏み切った米国・ロサンゼルスでの28年夏季五輪がある。6年先の米中関係はどうなっているのか予想できないとはいえ、両国間の政治的な駆け引きが収まっているとは思えない。
先の東京五輪では、日本の一般市民の間で「IOCが商業主義に傾き過ぎている」との批判も多かった。そして北京では五輪の場に「政治」が持ち込まれ、開催国の「国力誇示」の機会として使われそうだ。こうした歪(いびつ)な五輪は本来のスポーツの祭典からかけ離れ、競技で競いたい選手ら、そして戦う若者たちに声援を送る各国の人々を裏切ることにはならないのか。
「偉大な中国」を誇示しようとするあまり、大会が「選手や競技は二の次」になってはいないか。五輪憲章にある「より速く、より高く、より強く――共に」というモットーを忘れた北京五輪がどのような大会として出場選手や世界中の人々の記憶に残るか、習近平政権は改めて考えるべきだろう。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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