「緊急時の対応策はコロナが終息してから」岸田政権のあきれた責任回避術
プレジデントオンライン / 2022年1月27日 18時15分
■重点措置の発動要請までは、当然の流れだった
新型コロナウイルスの変異型、オミクロン株の急激な感染拡大で、「まん延防止等重点措置(以下、重点措置)」の対象地域が1月27日から34都道府県に拡大された。これまでのデルタ株に比べて感染力が格段に強い一方で、若年層を中心とした感染者の間では重症化する人が少なく、無症状者も多い。知らず知らずのうちに感染し、接触者に無意識のまま感染を広げているケースが多いと見られている。
東京都では1日の感染確認者が1月22日に初めて1万人を突破、1月26日には1万4086人と過去最多を更新した。一方で、人工呼吸器かECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)を使用している東京都の基準による「重症者数」はわずか18人に止まっている。
しかしながら、危機の度合いを測る指標の1つとして使われている「病床使用率」は1月26日時点で42.8%に達し、病床の逼迫が始まっている。感染確認者を入院させることで、急ピッチで病床が埋まっていっていることが背景にある。さらに、看護師などエッセンシャルワーカー(社会機能を担う職業従事者)が感染して自宅待機を余儀なくされるケースなどが相次ぎ、病床に余裕があっても人手不足で患者の受け入れができないという病院も出始めた。「重点措置」の発動を自治体が政府に要請するのはある意味、当然の流れだった。
■どんな対策を採ればいいのかよく分からない
ところが、その重点措置の発令に伴って、われわれはどんな対策を採れば良いのか、なかなか分かりにくい状況になっている。デルタ株蔓延の際は「人流の抑制」が繰り返し呼びかけられ、外出自粛が求められた。大型のイベント会場の収容人員に上限を設ける措置も取られた。ところがである。
「オミクロン株の特徴にふさわしいめりはりのついた対策を打つ必要がある。人流抑制ではなく人数制限がキーワードだ」――。政府の新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長の発言が波紋を呼んだ。1月19日に重点措置の対象拡大を了承した分科会の終了後に記者団に語ったもので、「ステイホームは必要ない。渋谷駅前の交差点がいくら混んでいてもほとんど感染しない」とも述べた。これまでの人流抑制から方針を転換したかのような口ぶりだった。
しかし分科会が了承している「基本的対処方針」には、「混雑した場所などへの外出自粛」が明記されている。「国と尾身氏で整合性を取ってほしい」(小池百合子東京都知事)などとの苦言が噴出したのは言うまでもない。
■「旅行はどうなのか」への煮え切らない答え
「人流抑制」を真正面に掲げた場合、経済は止まる。デルタ株の時には県境を越えた旅行の自粛や、テレワークの推進などを求めたため、旅行業界や飲食業界などは大きな影響を受けた。一方で、昨年秋には人流が増えてもデルタ株感染者が減少を続けるなど、人流と感染拡大の関連性を示す明確なエビデンス(証拠)に乏しかったのも事実だ。一方で、多人数との会食で感染している例は多い。そうしたことが、尾身氏の発言の背後にあるのだろう。
だが、この発言に慌てふためいたのは政府だった。官邸幹部は「政府が人流の抑制は不要だなどと言えるはずがない」と頭を抱えた。
「旅行はどうなのか。良いですか、悪いですか」――。衆議院予算委員会で質問に立った立憲民主党の長妻昭・元厚労相は、そう疑問をぶつけた。これに対して答弁に立った山際大志郎経済再生相の答弁は何とも煮えきらないものだった。
「都道府県は地域における感染状況等を踏まえ、必要な措置を講ずるものという話でございますから、これというふうに決められているものではない」
さらに長妻氏が畳みかけると、山際氏はこう答えた。
「不要不急という言葉の意味をどう捉えるかによると思います。(中略)やはりそれはケース・バイ・ケースなんだと思う」
■岸田流の責任回避術「のらりくらりと回答を避ける」
日頃一緒にいる家族が旅行する場合、何ら制限する必要はない、と答えたのだ。家族旅行は不要不急の外出には当たらない、ということのようなのだ。長妻氏も「いま初めて聞いた」と、半ば呆れるしかなかった。政府自身、重点措置を出すことで、注意喚起はするものの、具体的にどんな行動を制限するべきなのか、右往左往している感じだ。
政府がのらりくらりと明確な回答を避けているのは、人流の抑制を明確に打ち出した場合の国民の反発を恐れているからに他ならない。欧州では外食の場合などにワクチン接種証明の提示を義務付ける政策を打ち出したことに国民が強く反発、デモにまで発展している。日本でもワクチン接種証明書を提示すれば制限を解除するという手法も取ってきたが、政府は強制を避けてきた。
国が半ば強制的に「人流」を抑えようとすると、「重症化しないのになぜだ」という声が噴出しかねない。判断はそれぞれの自治体の首長に、というのが無難ということになる。岸田流の責任回避術といったところだろう。
■第7波、別の感染症が流行したら対応できるのか
「まったく別の病気に変わった感じだ」――陽性患者を診察している沖縄の医師の間からはそんな声も聞かれる。デルタ株までと違い肺炎を起こすケースが少ないというのだ。だが、一方で、首都圏で中規模病院を経営する院長は、「高齢者でかかった人の数が少なく、高齢者でも本当に重症化しないのか、まだエビデンスが足らない。何しろ猛烈な感染力であることは明らかなので、少人数でも会食はやめるべきだ。酒のあるなしは関係ない」と慎重姿勢を崩さない。
オミクロン株による第6波は、重症化する人が少ないまま終息していく可能性もある。では、このまま新型コロナの蔓延は終息するのか。それとも違った変異型が表れて第7波を引き起こすのか。その時に重症化率や死亡率が高くならないという保証はない。あるいは、新型コロナとは違う別の感染症が流行しないとも限らない。つまり、感染症はいつも同じ顔をして我々を襲ってくるわけではないのだ。そのためには最悪の事態を想定した対策を練っておく必要がある。
ところが、ここでも岸田内閣は責任回避に動いている。
■緊急時に向けた体制づくりは「コロナ蔓延が終息してから」
現在の日本の法律では、医療の最終責任は都道府県にある。パンデミックが生じた危機の時には、医者、看護師、病床を融通し合うための司令塔機能を国が持つ重要性がかねて指摘されているが、岸田内閣は2022年6月までに法案をまとめるとして、先送りしている。同じ予算委員会で長妻氏の質問に答えた岸田首相は、「今の法律の中でできることをしっかり用意すること」が重要だとしたうえで、「具体的な対応の中で、検証した上で法律を作っていく」と述べるにとどめた。6月まで議論を先送りするのは、7月の参議院議員選挙を控えて、病床の増減などを実質的にコントロールしている医師会などに遠慮しているのではないかという見方もある。
実は、自民党自身、危機時に国が司令塔機能を持つべきだという提言を2020年の夏に行っている。ところが、菅義偉首相も、岸田首相も「この新型コロナ蔓延が終息してから」と先送りに徹してきた。今のところ今年6月をメドと言っているものの、参議院選挙を控えて会期の延長は難しい今国会で法律が成立するところまで行く可能性は低い。そうなると、早くても秋の臨時国会、遅ければ2023年の通常国会ということになりかねない。
現状の「平時」の法体系だけでなく、緊急時に国が強い権限を持てるように法改正して備えておこうという発想にもかかわらず、それが先送りされているのだ。それまでに、万が一、今以上の危機的な事態が起きた場合、後手後手の対応に終始せざるを得なくなる可能性が高くなるわけだ。そうなった時に、またしても政府は「想定外」だったと言い訳をすることになるのだろうか。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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