毎日60匹が殺されている…なぜ日本では「犬猫の殺処分」が一向になくならないのか
プレジデントオンライン / 2022年2月21日 11時15分
■エサやりは「殺処分される犬猫」を増やしているのと同じ
日本全国で、毎年多くのペットが捨てられている。
「飼えなくなったから」と保護施設(自治体により名称はさまざま。東京都では東京都動物愛護相談センター)に直接持ち込んだり、街中や山中にぽんと捨ててしまったり。捨てられた犬や猫はそこで繁殖する。
彼らの繁殖率はすさまじい。どちらも1歳を過ぎれば立派な成犬・成猫で、親子兄弟間でも子供を作る。環境省ホームページ「もっと飼いたい?」によると、オスメス2匹の猫を飼ったとして不妊去勢手術をしなかった場合、1年後には20匹以上、2年後には80匹以上、3年後には2000匹以上に増えると試算されている。
そうして地域で猫や犬が大量に繁殖すれば、やがて行政が保護することになる。保護期間がすぎて、引き取り手のいない動物たちは「殺処分」される。かわいいから、かわいそうだから、と不妊去勢手術をしていない街中の野良猫に餌を与えることがどれだけ罪深いことかわかるだろう。その行為は、殺処分される犬猫を増やしているようなものだからだ。
■1年間で2700匹の不妊去勢手術を行った動物病院
2020年度(2020年4月1日から2021年3月31日)は、犬4059匹、猫1万9705匹が殺処分された。過去最少だが、毎日65匹が殺されていることになる。とりわけ目をひくのは子猫の殺処分だ。殺処分された猫1万9705匹のうち幼齢個体(子猫)は1万3030匹を占める。つまりは“望まれていないのに、生まれてしまった”子猫たちということだ。
だから殺処分の数を減らすには、地域の野良猫に「不妊去勢手術」を行い、望まれない命・子猫が生まれないようにする必要がある。
今年1月、茨城県石岡市で野良猫の不妊去勢手術を行っているという動物病院を訪ねた。動物病院といっても大きな看板が掲げられているわけではない。クリニックとしては正式に開設届が出されているものの、見た目は普通のアパートの一室だ。ここではおよそ2年前から、獣医師2~3人が月に数日だけ集い、野良猫の手術を行っている。2021年の1年間で、なんと2700匹の不妊去勢手術を行ったという。
■不妊去勢手術であれば、目の前の命を殺さずに済む
この日、ボランティアで手術の手伝いをしていた鈴木経子さんは、8年前からこういった活動に参加しているという。
「街に『野良猫がいないようにする』という結論は一緒なんですよ」と説明する。
「殺処分は“目の前の猫を殺すこと”でしょう。一方で不妊去勢手術をすれば“その猫限りの命”となりますから、時間はかかりますが、いつか野良猫はいなくなります。それなら殺しちゃうより手術をうけさせて“入り口”をしめる、次の命が生まれてこないようにしたほうがいいのかなって。猫が好きじゃない人の立場で考えても、税金の使い道として殺処分を行っている行政施設を維持するより、猫が増えないような活動のほうがいいのではないでしょうか。だって猫を殺さないほうが人間的ですよ。私はそう考えるのですが、でも殺処分はなくならないんですよね……」
鈴木さんは悔しそうに、そうつぶやく。
■殺処分の現実を見ても、「殺してもいい」と言えるのか
たしかに人は、何年も何十年も大量の犬や猫を殺してきた。私を含め、多くの人がなんの疑問ももたずに。
「人はみんな、野良猫なら殺してもいいって思っているのかな、と。それならもうこのままでいいのかなって思う時も正直あります」
違う。殺処分の現実や、それを防ぐ手段を知らないだけだ。だから多くの人に知ってほしいと私は思い、この記事を書いている。
もしも、「年間2万匹くらいの犬や猫なら処分してもかまわない」と思う読者がいるなら、ぜひ殺処分の現場を映像で見てほしい。YouTubeなどで検索すれば、誰でも見ることができる。普段、犬や猫と関わりのない世界で生きている私も、3年前に記事執筆のためその映像を見た時、なんて残酷な光景なのかと涙が止まらなかった。人間が自分たちの行いを直視し、「殺処分なんてなくなればいい」と願えば、きっと終わらせることができる。それぞれの立場で少しずつできることがあるからだ。
■片脚のないメス猫は、出産を繰り返していた
「野良猫の不妊去勢手術を行う」というふれこみで、地域の人はそれぞれの場所で猫を捕獲するのだという。私が取材した日、茨城県石岡市のクリニックには44匹の野良猫が運び込まれてきた。飼い猫ならば1匹あたり数時間かかる不妊去勢手術を、獣医師2人とボランティア2人の手によって1日で44匹分終わらせるのである。ちなみにこの前日は67匹だったという。
しかも取材日は、前片脚の足先半分がないメス猫が混じっていた。真っ赤な断面から骨がのぞいている。農家の人が庭で餌やりをして居ついた猫だそうで、誤って農業機械で猫を轢いてしまったとの話。
「いつのことですか?」と尋ねると、なんと「2年前」とのこと。農家の人は、自分で轢いておきながら2年間もこの状態で放置していたということだ。しかもその間にこのメス猫は出産を繰り返していたという。生命力の強さに驚くとともに、この身体での出産はかなりの負担だっただろうと胸が痛む。
■本来であれば手術費用は10万円超なのだが…
「野良猫だから手術をするという考えがなかったそうなんです」と鈴木さん。
「このケガの手術は不要、不妊去勢手術だけをお願いしますと言われました」
そうは言っても、脚が切断されたままの猫の様子は見るに絶えない。齊藤朋子獣医師は手術を行うことを決断した。肉から飛び出ている足を切断し、丁寧に縫合する。1時間半を要した。動物病院でこの手術を行う場合、費用は10万円を超える。対して今回、捕獲した人が負担する手術費用は1万3000円だ。
齊藤獣医師は「私たちにとっても勉強になることですから」と補足する。
「過酷な環境で生きている野良猫にはさまざまな外科手術が発生します。ただそれらを無償で請け負ってしまうと、手術に使う物資にお金がかかってこちらも苦しくなるので、最低限の手術代はいただいています。昨日も子猫の目を摘出する手術をしたんですよ。中から膿がわいていて……。不妊去勢手術をする時に抗生剤を使用するので、それでいったんは目の症状もおさまる可能性があります。けれどもまた再発して、繰り返すと死んでしまう状態でした。それを説明すると、猫を運び込んできてくれたボランティアさんが目の手術代を負担することを含めて了承してくれたので、無事行えました」
■「『いらない』といわれる猫を減らしたい」
飼い猫と違い、野良猫の命の責任は誰にもない。だから常に、“死んでも仕方がない”存在だ。
手術を行う一室を管理するボランティアの長谷川道子さんは「『いらない』といわれる猫を減らしたい」と訴える。
「かわいいかわいいと言って、子猫を産ませる人が少なくありませんが、そういう人に限って適切に飼育しているように見えないんです。いずれ大きくなると、虐待の可能性、いらない猫になってしまう恐れがある。だから、むやみに猫を増やさないこと。そうすれば殺処分は少なくなるのではないでしょうか。ここで不妊去勢手術を行いますと告知すると、たくさんの野良猫が運びこまれてくるので、地域のみなさんは増えすぎた猫に困っているんだなと思います」
その日の夕方、足切断の手術をした猫がケージの中でドタンバタンと音をたててもがいていた。猫には患部をなめないようにエリザベスカラーがつけられたが、そのつけ心地が悪いようだ。齊藤獣医師とともに奮闘する青山千佳獣医師はケージから猫を取り出し、顔を上向きにさせて「がんばるんだよーー」と話しかけた。不思議なことに青山獣医師が説明すると、猫がおとなしくなった。
■「殺処分が過去最少になった」とよろこんではいけない
「猫にだって真剣に頼めばわかるんですよ」と青山獣医師は胸をはる。
「不妊去勢手術を行うために、捕獲器を置いて、そこに入ってくれる猫たちは手術に同意してくれた、と私は思っているんです。そのたびに『手術に同意してくれてありがとう』って思います」
そう、すべては人間の都合なのだ。猫が増えすぎると人にとって都合が悪いから、共存するために“猫に手術を受けてもらっている”ともいえる。
この手術を野良猫に受けさせることが地域住民にとって当たり前の感覚になった時、殺処分はゼロになるだろう。
「殺処分が過去最少の2万3000匹になったとよろこんではいけない」と、齊藤獣医師は力を込める。
「たとえ1匹になっても、その1匹は殺されるんだから、その1匹の身になったらゼロを目指さなきゃいけない。殺処分ゼロなんて到底無理、夢物語と言う人はたくさんいます。『無理だよね』と諦める人の前には、安楽死の選択肢があるんでしょう。私は獣医師だから、殺処分ゼロへの道、不妊去勢手術という方法を選択できる。だから絶対に“ゼロ”を諦めない」
有志の獣医師たちはそうした決意のもとで手術を行っているが、それでも涙を流してしまう時があると聞いた。それは赤ちゃんの入っている猫の子宮を処分する時だという。(続く。第2回は2月22日11時公開予定)
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。新著に、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)がある。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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