地震で死ぬ人より、地震の後に死ぬ人のほうが多い…熊本地震が突きつけた「災害関連死」の重さ
プレジデントオンライン / 2022年4月14日 10時15分
■直接死の4倍以上の人が、避難中に命を落とした
2016年の熊本地震では、犠牲者273人のうち、80%以上の218人が「災害関連死」だった。
家屋倒壊による圧死や、火災による焼死、津波による溺死などの「直接死」に対し、避難生活で持病が悪化して死期を早めたり、心身に不調をきたして自ら命を絶ったりするケースを「災害関連死」と呼ぶ。熊本地震での直接死は50人。その4倍以上の人たちが、大災害を生き延びたのに、避難中に命を落とした。この事実をどう受け止めるべきなのか。
熊本地震から4年後、忘れられない出会いがあった。
4歳の娘を亡くした宮﨑さくらさんである。娘の花梨ちゃんは心臓に疾患を抱えていたが、手術で完治し、春から幼稚園に通う予定だった。しかし術後、熊本を2度の激震がおそった。老朽化した病院は倒壊のおそれがあり、福岡への転院を余儀なくされた。移送中、病状が悪化し、5日後に帰らぬ人となる。幼い愛娘を喪った悲しみとともに語られた母の言葉に、災害関連死を考えるヒントがある。
「いままさにICUで治療を受ける子も、手術を待つ子もいる。そんな子どもたちが入院する病院を今日、明日、地震がおそうかも知れません。どうやったら花梨が助かったかを考えることが同じような子どもたちを守ることにつながるのかな」
もしも病院に耐震設計がなされていれば、あるいは搬送がスムーズに行われていれば、花梨ちゃんはいまも元気だったはずだと感じずにはいられなかった。いや、熊本地震の災害関連死者218人すべてが、個々のニーズに合った迅速な支援を受けていれば、生きながらえる可能性があった。視座を変えれば、災害関連死は、防災措置や支援政策の瑕疵(かし)が招いた悲劇とも言えるのではないか。
私が災害関連死に関心を抱いたのは、3.11から1年後のことだった。
■家族を喪った人たちは、どんな気持ちで過ごしたのか
当初は、高齢者や基礎疾患のある人など、災害弱者と呼ばれる人が被災後に亡くなる現象としか受け止めていなかった。しかし3.11からしばらくすると被災地から悲報が相次いだ。取材を通して知り会った飲食店の経営者が突然、病に倒れて障害を負った。被災地に暮らす知人が自死と疑われるような死に方をした……。そのたびに答えの出ない問いを反芻した。営業再開を焦るあまり、ムリを重ねてしまったのか。元気そうに見えた彼は、命を絶つほど、追い詰められていたのか。
被災し、日常を奪われ、家族を喪った人たちは、震災後の歳月を、どんな環境で、どんな気持ちで過ごしたのか。そんな問いが、私が災害関連死の現場を歩きはじめる原動力となった。いつしか関心は、どうすれば彼らは救われたのかへと変わっていった。遺族や関係者の証言を重ねるうち、やがて確信した。災害関連死の事例を収集、検証するプロセスが、次に起こる災害に必要な防災や支援の仕組みを構築する手がかりになる、と。
災害関連死は「最期の声」と呼ばれる。1つ1つの「最期の声」に耳を傾け、再発防止に取り組む、さくらさんたち遺族や支援者たちの存在を知ったからである。
■1995年の阪神・淡路大震災で「災害関連死」が生まれた
だが、そうした問題意識が共有されているとは言いがたい。
災害関連死という考え方は、1995年の阪神・淡路大震災後に誕生した。それまで、自然災害の犠牲者と言えば、直接死に限られた。
阪神・淡路大震災の被災地では、寒い避難所での暮らしで風邪をひき、肺炎をこじらせて亡くなったり、生活再建の望みを絶たれた被災者が自死したりするケースが増え、直接死以外の枠組みを設ける必要に迫られたのである。
内閣府が災害関連死を次のように定義付けたのは、それから24年が過ぎた2019年4月。
内閣府の定義にある〈災害弔慰金〉とは、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金と考えるとわかりやすい。生計を担う人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。
自治体は、申請された死に災害が影響しているかを検証する審査委員会を開く。そこで、災害と関連性があるとされれば、災害弔慰金が支払われ、災害関連死と認められる。
災害関連死に認められたとしても、遺族は目の前で苦しむ大切な人を助けられなかったという後悔に苛まれる。それでも認定を受ければ、災害遺族や災害遺児となり、奨学金や一人親世帯へのサポートなどが受けやすくなる。災害弔慰金ともに、生活再建の一助となるのである。
■再発防止に活かす以前に、その記録すら残されていなかった
しかし制度を知らずに遺族が申請しなかったり、もともと遺族がいなかったりした場合は、どんなに災害の影響を多大に受けた死だとしても、統計上、災害関連死には数えられない。仮に申請したとしても、審査会の不透明な結論に納得できず、行政を相手に訴訟に踏み切った遺族もいる。
昨年、毎日新聞が、3.11で被災したいくつかの自治体で審査委員会の議事録がすでに破棄されたと報じた。事例を検証し、防災措置や支援政策に活かす以前に、その記録すらも残されていなかったのである。
阪神・淡路大震災以降の自然災害では、直接死者が約2万人であるのに対し、災害関連死者は5000人以上にのぼる(※)。災害の性質、被災した人の生活環境や取り巻く社会状況、職業、年齢、資産、健康状態、家族構成などで、災害後の生き方も、死に方も変わっていく。5000の災害関連死があれば、5000通りの死へのプロセスがあり、それぞれが必要としたサポートがあったはずだ。
※筆者註:阪神・淡路大震災919人(2016年11月1日兵庫県)、新潟県中越地震52人(2009年10月27日内閣府)、東日本大震災3786人(2022年3月10日NHK調べ)、熊本地震218人(2022年3月11日熊本県)のほか、豪雨災害などの都道府県の災害関連死者数を合算した。
自然災害を防ぐのは、不可能だ。だとしたら、これから起こる災害で、生き残る術を探る必要がある。災害関連死こそが、その道標となる可能性を秘めている。にもかかわらず、長い間、災害関連死には定義すらなく、もちろん事例収集や検証も、次の災害の備えとする取り組みもなされなかった。かつての被災地には、いまだ野ざらしのまま教訓がうち捨てられていたのである。災害関連死をめぐる現実を知ったいま、5000という災害関連死の数は、氷山の一角に過ぎないと断言できる。
■どのような姿勢で「最期の声」に向き合っていくか
コロナ禍を自然災害と考えれば、私たち国民すべてが被災者となった。自助の限界を痛感した人もたくさんいたに違いない。また、感染拡大にともない、既往症や基礎疾患を持つ人、高齢者が重症化するリスクがあると周知された。リスクを持つからこそ、疾患や障害、その人が置かれた立場に対する理解と、個別支援や公助が必要になる。自然災害の現場こそ、まさにそうだ。
阪神・淡路大震災以降、日本列島は地震が多発する「地震活動期」に入ったと考えられている。東日本大震災、熊本地震、北海道胆振地震……。被害は日本列島全体におよんだ。
元号が令和に変わっても、揺れ続ける。今年3月16日に起きた福島県沖が震源の最大震度6強は、ふだん忘れがちな自然災害の恐怖を蘇らせた。首都直下地震と南海トラフ地震も危惧される。豪雨災害も頻発する。
いつ誰が被災してもおかしくない時代に、どのような姿勢で「最期の声」に向き合っていくか。我々ひとりひとりが、そして、社会全体が試されているのではないか。
災害関連死とは、過去の被災者と、未来に起きるであろう災害を生き抜こうとする我々とをつなぐ遺言のようにも思えるのである。
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ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521
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(ノンフィクションライター 山川 徹)
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