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「社会の底辺をほったらかす人間になるな」東大入学式の祝辞で声を大にして言いたいこと

プレジデントオンライン / 2022年4月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ranmaru_

もし、東京大学の入学式に来賓として招待され、祝辞を求められたら……。麻酔科医の筒井冨美さんは「東大に合格者すると『頭がいい』などとチヤホヤされますが、経済的にも学習環境的も恵まれていただけかもしれません。頂上を目指すだけでなく、地方や非正規や非大卒など裾野で頑張る日本人にも目を向けてほしい」という――。

■東大入学式の祝辞でネット炎上

2022年4月12日、東京大学の入学式における祝辞が波紋を呼んでいる。

映画監督の河瀨直美氏が「ロシアを悪者にすることは簡単」「悪を存在させることで安心していないだろうか」「一方的な側からの意見に左右されて、本質を見誤っていないだろうか」とロシア擁護と解釈されかねないスピーチがあり、批判が相次いだ。

令和4年度東京大学学部入学式 祝辞(映画作家 河瀨 直美 様)東京大学公式ページ
令和4年度東京大学学部入学式 祝辞(映画作家 河瀨 直美 様)東京大学公式ページより

この発言を受けて、SNSではさまざまな反応があった。

「ロシア軍がウクライナの一般市民を殺戮している一方で、ウクライナ軍は自国の国土で侵略軍を撃退している(中略)この違いを見分けられない人は、人間としての重要な感性の何かが欠けているか、ウクライナ戦争について無知か」(慶應義塾大学・細谷雄一教授)

「侵略戦争を悪と言えない大学なんて必要ないでしょう」(東京大学・池内恵教授)

大学の存在意義への疑問を呈するほど痛烈なものだった。

■2019年入学式では、上野千鶴子氏のスピーチで炎上も

東大入学式の祝辞といえば、2019年にフェミニストで東大名誉教授の上野千鶴子氏が行ったスピーチも、ニュースに取り上げられるなどパンチがあった。

「東京医科大学の入試女性差別」や、「男子東大生の私大女子学生への集団暴行事件」など大学関連の女性差別事件を列挙し、「東大生の女性比率は2割以下」「合コンでは男子学生はもてるが女子学生は退かれる」「東大には東大女子が入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがある」などと例示し、「大学に入る時点ですでに隠れた性差別がある」と指摘した。

SNSでは「これを聞いて入学する女性はすごく勇気付けられると思う」という歓迎コメントがある一方、「祝辞で言う内容なのか?」「伝えたいなら自分で講演会主催しろよ」など否定的な声も目立った。

上野氏の指摘するように、東大生の女性率は低い。2021年データで20.7%である。東大は2011年に「2020年までに女性率30%」という目標を掲げ、女性限定の奨学金や家賃補助、女子中高生向け説明会などを行っているが、今なお達成されていない。

しかしながら筆者の体感では、東大の女性率の低さの最大の因子は「東大に残る女性差別」というより「高学力女子高生の医学部集中」ではないだろうか。

「東大か医学部か」、トップ層高校生ならば一度は悩むものだが、近年は「男は東大/女は医学部」傾向が高い。将来の妊娠・出産を希望する女子学生と保護者は、近年、官僚や大企業総合職のような激務が前提の日本型エリートコースよりも、堅実なライセンス職であり、時短勤務やフリーランスも可能で、出産育児と両立しやすくステータスのある医師を選択することが多い。

2018年に、医大入試での女性受験者などへの減点操作騒動が起きた。その入試改革を経て医大合格者の女性率は増加傾向にある。2021年には過去最高の41.1%に至った。また、2022年の東大理科三類の合格者トップは、開成や灘といった名門男子校ではなく、桜蔭高校(東京都内の私立女子高)の13人だった。女子高首位は史上初だが、「桜蔭生が頑張った」というより、近年のIT産業の発展や国際化を受けて、男子トップ層が理工系や海外大に流出している影響だろう。

河瀨も上野氏も、東大祝辞という大舞台だからこそ、自身の問題意識や思いのたけを世間にアピールできるチャンスと思ったのだろうが、入学式の主役は新入生であり来賓ではないのだ。

■もし、私が東大祝辞をするなら

以下、「もし私が東大入学式で来賓になったら」という仮定のもとに祝辞を作成してみた。

この度は、入学おめでとうございます。この日に向けて、皆さんの長年の勉強と努力が実を結び、栄冠を勝ち取られたことと思います。

でも、新入生の皆さんにはあまりおめでたくない現実を話したいと思います。

皆さんの多くは首都圏ならば6年間の中高一貫進学校、地方でも地域トップの進学校出身者が大部分で、ご両親や高校時代のクラスメートのほとんどが「大学進学が当然」という考えだったのではないでしょうか。

2017年3月11日、東京大学安田講堂
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula
しかしながら、日本全体の大学進学率は2021年データで男性58.1%、女性はさらに低く51.7%であり、都道府県別では東京都69.0%、沖縄40.8%と報告されています。地方では今でも「大学に行かない若者」のほうが多数派で、「女子はムリに大学行かなくてもいい」と主張する父兄も一定数存在します。

また、2018年の調査では、「東大生の約6割の世帯収入は950万円以上」というデータがあります。一方で、2020年の調査では「日本人の平均年収は420万、青森県は371万円、さらに青森県女性は305万円」というデータがあります。皆さん1人分の昨年度の教育費総額を下回るレベルの収入で、慎ましく暮らす母子家庭……も決して珍しくはないのです。

皆さんは勉強をよく頑張り、見事合格を勝ち取りました。ただ、皆さんの多くが自然に手に入れた私立進学校・塾・予備校・個室の勉強部屋といった環境が得られず、受験できない人もいます。あるいは大きなハンデを負いながらも受験戦争に挑み、散った若者も存在することを忘れないでください。

■地方や非正規や非大卒で頑張る人に寄り添う習慣を

閑話休題。先日、知人の30代の女医が勤務する病院以外でも働きたいと「いいアルバイトを知りませんか」と相談にやってきました。東京都内の私立中高一貫校を卒業し、都内の有名医大を卒業した方です。「働く女性のサポートがしたい」「週1回で9時~17時の勤務時間」をご希望だったので、「群馬県でレディース健診」という求人があることをお知らせしました。新幹線で往復でき、夕方までには東京駅に着くことができますよ、と。

ところが、その女医は「群馬……何もないよね」と断ってきました。よくよく聞けば「おしゃれなクリニックで丸の内商社の一般職女性社員を診察」「帰路にショッピングやカフェ巡り」のような仕事を探していたようでした。

そのことをとやかく言うつもりはありません。ただ、確実に言えるのは彼女の価値観では「働く女性」とは、例えば「群馬県の工場勤務」や「丸の内ビルの清掃業」の人は含まれていないということです。自分の級友や親族のような社会的レベルの人としか交流したくない。東京以外は自分の生活環境として眼中にない。その意識のあり方にいささか残念な思いがしました。

さて、皆さんは東京大学を卒業した後、中央官庁や大企業などに就職され、やがては国や企業の中枢を担う方も多いでしょう。「東大卒業後は米国大学院でMBA」とさらに高みを目指し、起業を目指す人もいるかもしもしれません。また高学歴の同僚や友人と切磋琢磨(せっさたくま)して、自分と同じように経済的ゆとりのある家庭の出身者と結婚する方も多いはずです。

その一方で、この20年間、日本人の賃金はほとんど変わらず、かつての経済大国はOECD35カ国中22番目となり、韓国以下まで転落しています。皆さんの足元を支える日本の平均的な労働者はさほど豊かではないのです。

今、アメリカや日本を含む世界で格差社会が問題になっています。今回のウクライナ紛争ではロシア国民の超格差社会も明らかになりつつあります。ロシアといえば、モスクワの華やかな街並みや宇宙開発など先進国のイメージがありますが、地方のチェチェンやイングーシ共和国では街灯やアスファルト道路のない地域も珍しくありません。2018年のデータでは、85自治体別の平均年収は「最高1225万円、最低20万円」。実に62倍の格差があると報告されています(日本の都道府県では2.4倍)。

暗雲に掲げられたウクライナの国旗
写真=iStock.com/Konoplytska
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Konoplytska
ロシアの農村に生まれた少数民族の青年は、国営テレビ放送を見て育ち、失業率は高く、高等教育を受けるチャンスもなく、食べていくために兵士に志願します。ウクライナに派兵されて、捨て駒のように戦死した者もいますし、予想外に豊かな西側諸国の生活に触れて衝撃を受け、スマホなどの略奪に走る兵もいる多いと聞きます。

また、皆さんの中には少数ですが、経済的には恵まれず、塾にも行けず、地方で学校の授業と限られた参考書だけで合格を勝ち取った方もいらっしゃるかと思います。個人的には倍の「おめでとう」を申し上げたいです。

私もあまり豊かではない地方の家庭から、国立大医学部に進学し、現在に至ります。チェチェンとは違って「勉強を頑張れば、東大や医学部進学のチャンスがある」という点では、日本社会も捨てたものではありません。入学後に周囲のクラスメイトの生活レベルに戸惑うこともあるでしょうが、「地方や社会の裾野を理解できるのは自分の強み」と考えて頑張ってください。

この度はご入学おめでとうございました。

■社会の頂点ではなく裾野は見ようとしなければ見えない

かつて上野千鶴子氏は祝辞の中で「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」と述べました。

皆さんが、政策や経営方針を決定できる立場になっても、日常の人間関係では目につかないけれど、地方や非正規や非大卒で頑張っている日本人も含めて考える習慣を付けてください。

外国との交渉では、近代的な首都の代表者のみならず、地方や非エリート層を含めて相手国を理解するよう努めてください。社会の頂点はだれでも目に付くけど、裾野は見ようとしなければ見えてきません。しかし、そういう複眼的視野を持つことが、真に何かを成し遂げることのできるリーダーへの近道だと信じています。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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