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三井不動産、アクセンチュア、DeNA…「美大・芸大生」が超人気企業からバンバン内定を取れる本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年5月5日 11時15分

   -  「プレジデントFamily2022春号」より

新卒の就活市場でアート系学部の学生の採用に前向きな企業が増えている。なぜ芸術系、美術系学部の出身者への需要が高まっているのか。プレジデントFamily編集部が採用側の思惑と内定者の素顔に迫った――。

※本稿は『プレジデントFamily2022春号』の一部を再編集したものです。

■日本社会には新しい視点が必要

近年、新卒採用で芸術系学部の学生を高く評価する企業が増えてきている。美大生や芸大生向けの就職サイトには、三井不動産やアクセンチュア、DeNAといった名だたる企業が名を連ね、採用に前向きな姿勢を示しているのだ。

こうした採用の変化について、新卒・転職サービス大手のマイナビ編集長・高橋誠人さんは次のように語る。

「10年ほど前までは、多くの企業が新卒採用で均質な人材を欲しがる傾向にありました。素直で元気があって、従来通りの仕事のやり方を踏襲してくれる新卒者を入社させるというのが、日本企業の人事のあり方だったからです」

こうした採用方法をとってきた日本企業に変化の兆しが表れた。きっかけは日本経済の不調だ。

「高度成長期以来、日本経済を支えてきたのは、微修正を重ねて生産の効率や製品の品質を高める“改善型”の商品開発やサービス提供でした。こうした商品開発を行う企業であれば、組織内の人材の均質性が高いほうが有利です。しかし、2000年代半ばから、多くの日本企業で従来型の成功パターンが通じなくなってきました。iPhoneや、フェイスブックをはじめとした各種SNSのような革新的なデザインや機能を持ったサービスが市場を席巻し、ITの進展でビジネスの環境も変化が激しくなりつつあることが、日本企業を劣勢に追いやっています」

そうしたなかで、企業が求める人材像も変わってきたと高橋さん。

「まず、企業が多様な人材を欲するようになりました。同じような人材ばかりでは、業界や企業の閉塞(へいそく)感を打破するような斬新なアイデアが出てきません。美大・芸大生のような人材に企業の目が向くようになったのも、そうしたことが一因でしょう」

■企業が欲する美大・芸大生人材の特徴

では、美大・芸大生が持つ、企業が欲する人材の特徴とは何なのか。

『プレジデントFamily2022春号』
『プレジデントFamily2022春号』

「企業は美大・芸大生に演奏や絵画といった才能を求めているわけではありません。彼らの魅力は主体性と実行力です。芸術系大学のカリキュラムでは、鑑賞者のニーズを考えたり、伝えたいメッセージを分析的に見定めたりする姿勢や、制作やプレゼンにおいて厳しい目を持った審査員に効果的な訴求を行う手法を学ぶことになります。

また、制作を計画し実現するためには、教科書の内容を追うばかりでなく、自ら課題を見つけ出し、その解決策を模索する“デザイン思考”が必要になります。こうした思考法は座学だけでは身に付きづらく、美大・芸大生の強みと言えるでしょう」

採用側は、こうした学生時代の経験が、新ビジネスへの発想につながることを期待しているという。

「美大・芸大生の人材としての魅力には、光が当たり始めたばかり。採用したいという企業はこれから増えていくのではないでしょうか」

■古い採用方式ではビジネスを創造できない

「ビジネス環境の変化が激しくなり、“この業界ではこれが絶対正しい”という前提が簡単に変わったり崩れたりする時代になってきました。こうしたなかで、新しいビジネスを創造し、育てていくには、人材の多様性が必要不可欠だと考えています」

そう口にするのは、三井不動産の人事部人材開発グループ、川瀬敦雄さんだ。同社は数年前から、意識的に人材の多様性を重視するようになったという。

「以前は弊社を受験するのは、文系・理系学部出身者が中心でした。しかし、最近はそれ以外の人材にも目を向けて採用しようと試みています。新卒でも中途でも“肩書ではなく、頑張ったことと、そこに至るプロセスを見て判断する”という方針です」

■東京芸大音楽学部からなぜ三井不動産へ

こうした採用方針の変化の一環で、21年に新卒入社したのが東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科を卒業した山碕桜さんだ。専攻はアートプロデュースで、ゼミでは自治体が主催する音楽イベントの企画立案から、参加者募集、アーティストとの調整役も担っていた。

「千住キャンパスがある足立区のシティプロモーション課主催のアートプロジェクト『音まち千住の縁』の学生スタッフとして駆け回りました。アートや音楽を通して街の交流を深めるというのが目的です。イベントでは、『千住の1010人』という企画で世界中からプロアマ問わずミュージシャンを集め、Zoomでの合奏を成功させました」(山碕さん)

「プレジデントFamily2022春号」より
   - 「プレジデントFamily2022春号」より

幼少期にバレエ、中高時代にジュニアオーケストラと音楽活動に打ち込んできた山碕さん。

「音楽イベント当日の高揚感、裏方の仕事のやりがいを肌で感じていました。高3のとき進路で社会学系の学部と悩んでいたのですが、音楽と社会のつながりをつくりたいと思い、東京藝大に進学しました」

自治体とアーティスト、異なる性質を持つ人々の懸け橋になった経験が今の仕事にも生きているという。

「大学時代の活動で、異なる意見をすり合わせる調整能力はかなり鍛えられたと思います。たとえば、イベントを主催する自治体としては“人を集めることが街のにぎわいにつながる”という考え方で、『○○人集めれば成功』というような数値目標があります。対してアーティストの方々は、人の集まりよりも芸術として発展があったかどうかというイベントの意味合いを重視します。方向性の違う価値観を持つ人たちの間に立って、双方に掛け合うことでイベントを成功させる努力が常に求められていたと思います」

そんな山碕さんを見て川瀬さんはこう評価する。

「当初は社内に“芸大卒って、どんな人が来るんだろう”という不安の声もありましたが、ロジカルな彼女の考え方や説明をする姿に、そのような声はなくなりました。我々の業種は地権者、ゼネコンや設計会社などさまざまな立場の方々の意見を調整しながら進めていく必要があり、そのなかで彼女の高い調整能力は必ず役に立つと考えています」

また、視点が他の学生と異なる点も大きかったようだ。

「例えば街づくりの課題を与えたときに、他の方たちがすぐに問題解決に取り組む中で、山碕は“なぜその問題を提示されているのか”を一回立ち止まって考えるんですね。弊社に新しい発想や視点を与えてくれると感じます」(川瀬さん)

山碕さんが所属するのは、都心部の大型オフィスビルの開発部門だ。

「街のコンセプトを考え、それを具現化し、設計、建物の竣工、オープニングイベントの企画・運営までを取り仕切る部署です。オープニングイベントであれば、どんなイベントにして、誰を呼べばよいかといった提案ができますし、新しい視点としてアートを取り入れることで、社の企画の幅を広げることに貢献できたらと考えています」(山碕さん)

同社に山碕さんが応募したきっかけは、音楽系大学専門採用サイトのリクルーターだったという。

「全然縁のない世界だったので、リクルーターの方に“あなたがやってきたことってディベロッパー向きかも”と言われなかったら、応募していなかったと思います。『芸術系大学だから大手企業は向いていない』と思わずに可能性を広くとらえてほしいですね。大学で学んだことは、思っている以上に社会で必要とされていると思います」(山碕さん)

■アート系の採用は公務員の世界にも

アート系大学の卒業生に高い期待を寄せるのは民間企業だけではない。神戸市役所は19年度から「デザイン・クリエイティブ枠」と銘打った採用枠を設け、芸術系の大学・高専・短大の卒業生に門戸を広げており、市外出身者でも受験可能だ。

「プレジデントFamily2022春号」より
   - 「プレジデントFamily2022春号」より

神戸市人事委員会の三原涼太さんは次のように語る。

「神戸市は“住み続けたくなるまち、訪れたくなるまち、変化し続けるまち”を目指して、中心市街地の再整備など都市の価値を上げるプロジェクトを手掛けています。市民の方や関係者との話し合いのなかで、法律や経済を学んできた職員ばかりでは柔軟で新しいアイデアが生まれにくい。そこで魅力あるアート系の人材にフォーカスしたデザイン・クリエイティブ採用制度を3年前にスタートさせました。芸術的なスキルではなく、作品制作を通して培った創造性や実行力、デザイン的な思考力をより広い領域で発揮してもらいたいという思いがあります」

デザイン・クリエイティブ枠採用の1期生(20年卒)の一人、西山伽生さんは高校時代からユニバーサルデザインに関心を寄せ、工業デザインに強みを持つ浜松市の静岡文化芸術大学に進学した。

「高校生の頃に、年齢やハンディキャップの有無にかかわらず使えるように設計されたユニバーサルデザインのグッズが、格好良くデザインされているのを美術の資料集で見てから、こういうものを作りたいと感じるようになり、芸術系の大学を受けようと考えるようになりました」

もともと絵は得意ではなかったと西山さん。

「アートは本当にうまい人たちがたくさんいるので、自分はデザインで勝負しようと思ったんです」

大学ではデザイン学科でインタラクション領域を専攻した。インタラクション領域とは、人とモノの相互作用に着目し、さまざまな角度からの総合的なアプローチを学ぶ分野だ。作品を見る自分の影が作品の一部になったり、鑑賞者がモニターの前で動くと画面の様子が変わったりといった参加型の作品で、鑑賞者を楽しませたり、考えさせたりするような手法が多い。

「学生時代は“未来のキッチンを考えなさい”とか“20年使える家電を考えなさい”といった課題を与えられ、それに対して“何があったら便利なのか”“多くの人が課題として抱えているものは何か”“似た商品がすでにないか”などを考えて、家電量販店やメーカーサイトなどで情報収集をし、解決につながる作品を提出するという制作活動を繰り返しました。この過程で与えられた課題を具体化したり、視点を変えて考え直したりしながら、問題解決に向かうアプローチを学びました」

同大学からは、自動車メーカーや電子機器メーカーの工業デザイン部署、住宅メーカーの空間デザイン部署に就職する学生が多いという。

「私は就職活動で関西に帰りたいと考えていたときに、親から『神戸市役所が美大卒を募集しているよ』と教えられ採用試験を受けました」

現在は中央区役所まちづくり課で、イベントの企画やその宣伝パンフレットの作成といった業務に従事している。

「今はまだ2年目の新人ですが、自分が学んできた、相手が何を求めているかをくみ上げ、解決策を提示するという『デザイン的な考え方』を市政にも少しずつ根付かせていけたらいいなと思っています」

デザイン・クリエイティブ枠はこれまでに12人が採用され、主にまちづくりの部署や広報、芸術文化、観光振興などの部署に配属されている。採用枠の認知度が上がり、受験者数も増加しているそうだ。

「彼らは面接でも大学時代にやってきたことについて、ポートフォリオなどを見せながら自信を持って語ってくれます」(三原さん)

デザインや芸術を学んできたという視点の新しさもさることながら、そういった何かに打ち込んできた経験も彼ら、彼女らにとって貴重な財産と言えるのかもしれない。

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●三井不動産
東京藝術大学音楽学部卒
山碕 桜さん
自治体と共同でアートプロジェクトの企画立案を行うゼミにいた山碕さん。下の写真は世界だじゃれ音Line音楽祭の一幕。身近なものを使って、さまざまな合奏を楽しむ参加型イベントで、作曲家・野村誠さんや足立区などと共同で行われた。
●神戸市役所
静岡文化芸術大学卒
西山伽生さん
西山さんの卒業制作“通勤をサポートする託児電車の提案”。多くの電車は通勤・通学をする人に最適化しているが、子育て世代の移動の負担を減らす車両を提案。大学では「どんなものを作ると、社会にとって便利か」を考える課題が多かったという。

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(プレジデントFamily編集部 文=小林将悟、土居雅美 撮影=森本真哉)

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