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「世界中のトウモロコシが中国豚に食べ尽くされる」未曾有の"豚肉危機"を前に神奈川の養豚家がやっていること

プレジデントオンライン / 2022年5月21日 9時15分

神奈川県南足柄市の「農場こぶた畑」。母豚で3~5頭、仔豚も含めて30~50頭を規模の目安に飼育している - 筆者撮影

■“豚肉大国”中国が世界中の飼料を爆買い

食糧安保を優先課題に掲げた中国が、豚肉の増産に力を入れている。2021年に中国がトウモロコシを大量に輸入したのも「養豚向けの飼料」にするためだった。グローバル化の功罪で、中国の豚が世界のトウモロコシを丸呑みすれば、日本も影響なしでは済まされない。その一方で、日本には国際情勢に左右されない小さな生産農家が点在する。“養豚の原点”を見直せば、“中国の丸呑みがもたらす負の連鎖”から抜け出せるかもしれない。

現在、中国における豚肉は、食肉生産の7割を占める“最もポピュラーなお肉”である。その豚肉は、輸入量・生産量ともに中国が世界一だ。国家統計局によれば、2021年、中国では6億7128万頭の豚が出荷され、今では世界最大の養豚大国となった。

豚を育てるには、餌となるトウモロコシが必要だ。中国にとって輸入トウモロコシは欠かせない飼料であり、その価格が高騰すれば、養豚業界が打撃を受ける。案の定、2022年2月第4週、中国の養豚業界から悲鳴が上がった。2月24日にロシアがウクライナに侵攻すると、たちまちトウモロコシの価格が高騰したのだ。4月下旬、トウモロコシの国際価格は最高値に迫った。

■世界中でトウモロコシの争奪戦に

中国は昨年、2836万トンのトウモロコシを輸入した。最大の輸入相手国は米国で、2014~19年は毎年100トン未満と低く推移したが、2020年から急増し、2021年には全輸入量の7割に相当する1983万トンを米国から調達した。第2位の輸入相手国はウクライナで、同年全輸入量の3割に相当する823万トンを輸入した。

トウモロコシ
写真=iStock.com/feellife
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/feellife

中国では2018年夏、アフリカ豚熱が流行し、2019~20年の豚の出荷量と豚肉生産は大幅に減少した。2021年には流行以前の水準に回復するが、同年のトウモロコシの大量輸入(2836万トン)は、ほとんどが豚の飼料向けだった。

一方で、日本も輸入トウモロコシの6割超を米国に依存しているが、トウモロコシの全輸入量は2020年で1577万トン、2021年で1524万トン(数字は農林水産省)と減少する傾向にある。

資源・食糧問題研究所の代表で、『中国のブタが世界を動かす』(毎日新聞社)の著者でもある柴田明夫代表は、「中国が輸入を急増させているのとは対照的に、日本のトウモロコシ輸入量は減っており、価格が高騰する中で『日本の買う力』が失われているともいえます。今後、中国と競合するようになれば、争奪戦に巻き込まれる可能性さえあります」と語る。

■「どんぶりに中国産の穀物を盛らねば…」

中国で、その年の初めに打ち出される最重要文書を「中央一号文件」と呼ぶが、今年の「一号文件」は「食料生産と重要農産物の供給確保に全力を挙げる」と、食糧安全保障の重要性が強調された。米中貿易戦争や新型コロナウイルスの感染拡大、米国主導の中国包囲網など、不透明な国際情勢が中国の食糧調達に影響を与えているためだ。

今年3月の全国政治協商会議第13期第5回会議で習近平総書記(国家主席)は、「食に関わる問題の解決は、国際市場に依存するべきではない」と強調した。常に農地に出向き、収穫量の確認を怠らないとまで言われている習氏の頭の中には、「中国人はどんぶりをしっかりと持ち、そこに中国産の穀物を盛らねばならない」――という考え方がある。

2025~30年にかけて、中国は食糧の需要のピークを迎えると予測されている。中国国務院発展研究センターの程国強研究員は「このとき42億~43億畝(約2.8億ヘクタール)の作付面積が必要とされる」と指摘するが、その面積は日本の国土面積の7.4倍に相当する。しかし中国では耕作地の減少が著しく、2019年末時点で20億畝(約1.3億ヘクタール)を切ってしまっている。

前回記事<「17階建ての『タワー豚舎』で35万頭の豚を飼育…アリババ、恒大集団も群がる中国『巨大豚肉ビジネス』の実態」>では、高層ビル化する中国最新の養豚業を紹介したが、その「養豚ビル」が象徴するのは、中国における深刻な耕地減少だ。14億人を食べさせる食糧安保こそが国家の土台であり、「食糧自給率95%」を目標にしてきた中国だが、国内における農業生産のコストが上昇する中で、食糧輸入に歯止めをかけるのは難しくなっている。

「農場こぶた畑」を経営する相原海さん。豚は10カ月ぐらいの時間をかけてのんびり育てる
筆者撮影
「農場こぶた畑」を経営する相原海さん。豚は10カ月ぐらいの時間をかけてのんびり育てる - 筆者撮影

■最大50頭までしか飼育しない神奈川の養豚場

日本には、高層ビル化する中国の養豚業(前回のコラムをご参照)とはまったく別の世界がある。筆者は“中国式の超大量生産”とは真逆の、小さな養豚場を訪れた。

「農場こぶた畑」(神奈川県南足柄市)は風通しのいい丘の上にあった。リサイクルの木くずを敷き、ここに落ちた糞尿は堆肥化されるという、そんな“ふかふかのベッド”の上で、母豚と仔豚は気持ちよさそうに過ごしていた。ストール(檻)の中で一つの方向に頭を向けたまま、母豚は後ろに振り返ることもできずに一生を終える――そんな大規模養豚場とは異なる風景だった。

この養豚場では育てる豚の頭数に制限を設け、母豚で3~5頭、仔豚も含めて30~50頭の規模を目標にしている。一般的な養豚では生後約6カ月の出荷が一般的だが、ここでは約10カ月をかけてのんびり育て、精肉の販売まで行っているという。

■資源を食い尽くす大規模畜産は限界を迎えている

日本の一般的な大規模養豚場では、自動給餌機による効率的な飼育が行われている。そこは“満員のライブ会場”にも似た空間で、ひとたび病気が発生すれば多くの豚が一気に感染してしまう。それを防止するにはやむを得ず抗生物質を投与し、感染経路となり得る外界との接触から完全隔離する方法を採らなければならない。こうした大規模飼育が私たちの食生活を支えてくれているのも事実である。

一方で「農場こぶた畑」を経営する相原海さんは、「市場原理の中で利益を追求する形もあれば、数頭の豚と向き合いながら、1頭1頭の表情を大事にしながらやっていく養豚業もあります」と話す。現状の産業形態をすぐに変革することは難しいが、資源消費型の大規模畜産が地球のキャパシティを超えていると指摘されている以上、これを転換できなければ畜産業に未来はない――相原さんはそう考えている。

野に生える草も豚の餌になる
筆者撮影
野に生える草も豚の餌になる - 筆者撮影

■「豚肉1トンのために6トンの飼料を輸入」する現状

追求するのは、養豚の原点回帰だ。「昔の農村は各家庭で豚を飼っていました。豚は人間の食べ残しを食べ、そして肉を提供してくれる『循環の動物』だったのです」(同)。

4月から始まったNHK朝ドラ「ちむどんどん」では、主人公の自宅で飼われている2頭の豚の1頭が、お客さんをもてなすための“ご馳走”になってしまうシーンがあったが、昭和の時代は、首都圏の農家でも自宅で豚を飼う世帯は少なくなかった。

「農場こぶた畑」では、地域の店舗が提供してくれるパンの耳やうどんくず、鰹節や昆布などを集め、発酵させたものを餌として与えているが、そこには「輸入の餌には頼らない」という相原さんの姿勢がある。

農林水産省の試算によれば、日本国内で食肉1キロを生産するのに必要なトウモロコシは牛肉なら11キロ、豚肉は6キロだと言われている。つまり、1トンの豚肉を生産するためには、米国から6トンのトウモロコシを輸入しなければならない。国土の7割が森林に覆われる日本は機械化を前提にした大規模農業が困難で、飼料の9割を海外から輸入に依存している。「それなら最初から1トンの肉を輸入したほうが早いじゃないかという意見もあるくらいです」と相原さんは語る。

■「経済の合理性だけでは語り得ないものがある」

1979年生まれの相原さんは18歳のとき、「平飼い」と呼ばれる放し飼いで鶏を育てる養鶏場を見て「これだ」と思ったという。もともと動物好きだった相原さんは「人間の不要物を食べ、肉を提供してくれる豚」に注目し、「豚が担ってきた本来の役割を見直そう」と養豚の道を選んだ。

「スペインのイベリコ豚はどんぐりを食べて育ちますが、春夏の太陽エネルギーを浴びて育ったどんぐりを、秋には豚飼いの少年が木の下に豚を放して食べさせるという『合理的な循環』が昔からありました。経済の合理性だけでは語り得ないものがあるのです」(同)

強い農業のモデルとされるような、欧米豪の「輸出向けの一大生産地」では、かえって小規模な資本が参入できる空間は少ない。日本の農業空間は、幸か不幸か産業として大資本から見放されてきた分、個人の生産者や小資本が新規参入できる隙間があちこちに残されていた。相原さんの「こだわりの養豚空間」も、そのニッチに芽生えたものだと言える。

前出の柴田明夫氏も「頭数こそ少ないが、エサや環境にこだわった養豚業は、共感してくれる顧客を持っているのが強み」だと語る。

豚は人間の不要物を食べてくれる「循環の動物」だ
筆者撮影
豚は人間の不要物を食べてくれる「循環の動物」だ - 筆者撮影

■日本だからこそ輸入に頼らない養豚ができる

日本の養豚業においても大規模化が進み、2000頭以上を飼育する生産者が増加する一方で、2000頭未満の生産者は減少している。小さな生産者はどんどんと淘汰(とうた)される傾向にあり、神奈川県西部で残っているのは相原さんの養豚場だけだ。仮に存続していたとしても、輸入飼料の高騰というこのご時世では経営環境はますます厳しい。

もとより、相原さんの農場は母豚の数が3~5頭なので、経営的に余裕があるわけではない。だが、輸入飼料に依存していないため、餌の価格変動の影響は受けていないし、国際情勢の変動にも振り回されていない。相原さんは「しょぼしょぼやっている」と謙遜するが、地元の餌を食べて育った豚を地元に還元するというやり方が全国でできれば、資源の少ない日本でも持続可能な畜産業が可能なのではないか。

いずれウクライナ戦争が終結したとしても、中国の爆食は変わらないし、地球全体に課された問題は増える一方だ。こうした中で、動物福祉的な観点と食料や資源の循環という社会的課題を経営に結び付けるこの養豚場が持つ意義は、決して小さくはないといえるだろう。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。3匹の猫の里親。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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