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「中国の資金援助は助かる」と日本人研究者…破格の待遇で世界の人材を集める「千人計画」の恐ろしい目的

プレジデントオンライン / 2022年6月21日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

中国は2008年から外国の優秀な研究者を集める「千人計画」を進めている。目的は一体何なのか。元国家安全保障局長の北村滋さんは「破格の待遇で研究者を呼んでいる。中国が行っているのは単なる技術競争ではない」という――。

※本稿は、北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■中国の論文数は2016年に世界トップになった

――中国の科学発展の歴史について聞きたい。

中国は1950年代から、核兵器と弾道ミサイル、人工衛星の開発を並行して行う「両弾一星」のスローガンを掲げて、軍主導の宇宙開発に乗り出した。有人宇宙活動や月探査など、現在の宇宙事業も、軍が密接に関与しながら進められている。

文化大革命(66~76年)では知識人が迫害され、科学技術の発展が遅れた。だが、最高実力者の鄧小平氏が70年代後半から「国家の根幹は科学技術力にある」として立て直しを図った。90年代に海外から中国人留学生を呼び戻す「海亀政策」を進め、先端技術を取り込んだ。94年には、国外で活躍する優秀な人材を中国に呼び戻す政策の一環として「百人計画」が始まった。

中国製のスーパーコンピューターが2010年、計算速度で世界一を達成し、13年には無人探査機「嫦娥(じょうが)3号」が月面探査に成功した。科学の発展は、論文数にも表れている。日本の文部科学省の集計では、1981年に1800本だった中国の論文数は、2015年までに160倍増となった。全米科学財団(NSF)の報告書によると、16年に中国が初めて米国を抜いて世界トップに立ったようだ。

■外国から優秀な人材を集める「千人計画」

中国版GPSと呼ばれるグローバル衛星測位システム「北斗」が既に運用されている。人工衛星は、艦艇や航空機の位置把握、ミサイル誘導などの軍事目的にも役立つ。

21年3月の全国人民代表大会(全人代)で採択された新5カ年計画には、「科学技術の自立自強を国の発展の戦略的な支えとする」との文言が盛り込まれた。最先端の民間技術を積極的に軍事に転用する国家戦略「軍民融合」の下、今後も、世界トップレベルの研究者の招請や企業買収などを通じ、最先端技術を吸収していくだろう。

軍民融合の一環として、中国は「千人計画」を進めている。百人計画が成功したのを受けて、外国から優秀な人材を集める中国政府の人材招致プロジェクトだ。国家レベルでは08年から実施されている。採用される日本人研究者も増えている。

――外国人研究者は破格の待遇で集められているようだ。読売新聞の取材では、研究経費として500万元(約8600万円)が補助され、100万元(約1700万円)の一時金が与えられる例もあったようだ。

招聘に応じた日本人研究者には、「日本の大学だと研究費が年数十万円ということもある。日本の研究者は少ない研究費を奪い合っている。中国からの資金補助はとても助かる」と話す人もいる。

■補助金、広い研究室にマンション、運転手付きの車まで…

補助金だけではない。広い研究室やマンションも与えられる。家賃はほとんど中国政府が払ってくれる、家政婦付きのマンションを与える、運転手付きの車が使えるとか、そんな話もある。退職した後の仕事を探していた大学教授や研究者が、こういった好条件につられて中国に渡航するケースが多い。

モダンなリビングルーム
写真=iStock.com/CreativaStudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CreativaStudio

米司法省は、20年1月28日、「千人計画」への参加を巡って米政府に虚偽の説明をした米ハーバード大化学・化学生物学科長の教授を起訴した。ナノテクノロジーの世界的な権威だ。この教授は、12~17年頃に千人計画に参加し、月5万ドル(約550万円)の給料や15万8000ドル(約1740万円)の生活費を受け取った。この教授は国防総省などから研究費を受け取っていたため、外国から資金提供を受けた際に米政府へ報告する義務があったが、「千人計画」への参加を隠していたということだ。

中国が米国の最新技術や知的財産を狙い、この教授に接近したのだろう。

――中国政府は外国人の研究者らをどうやって招いているのか。

日本に留学していた中国人の元教え子や、日本で共同研究を行った中国人の研究者が誘うケースがあるようだ。元々の知り合いのつてを利用しているのだろう。

■兵器開発とつながりが深い大学に所属する研究者も

――「千人計画」に応じて中国に渡った研究者らは、どういったところで研究をするのか。

中国軍の兵器開発とつながりが深い「国防7校」(国防七子)に所属していた研究者もいる。

国防7校は、軍と軍事産業へ理工科人材供給を目的に設置された以下の7つの大学だ。

・ハルビン工業大(宇宙工学や通信、電子、新素材、生産自動化)
・北京航空航天大(航空・宇宙工学、電子、素材、コンピューター、AI)
・北京理工大(素材、ソフトウェア、光エレクトロニクス)
・西北工業大(航空、宇宙、海洋・船舶工学)
・ハルビン工程大(船舶工業、海軍装備、深海工程と原子力)
・南京航空航天大(航空・宇宙工学)
・南京理工大(化学工業、AI、交通自動化、素材、通信、電子)

■本国と全く同じ研究施設を再現する「シャドーラボ」

――「千人計画」によって、これまでどのような技術が中国に奪われたのか。

米軍の最新鋭ステルス戦闘機F-35のエンジンに関するデータを中国に流出させた事例も報告されている。日本のある研究機構で働いていた中国人が、「風洞(ふうどう)設備」の技術を中国に持ち帰ったことも確認されている。

風洞設備は、飛行機や宇宙へ向かうロケットなどが空気中を飛ぶ際の空気抵抗や、機体周辺の空気の流れを調べるためのものだ。大きな筒のような洞(ほら)の中に、航空機の模型を置き、人工的に空気を流す設備だ。

この研究者は1990年代半ば、この研究機関で研究し、2000年に中国に帰っている。今は北京の中国科学院力学研究所に所属している。ここに日本のものと酷似した風洞設備が完成していることが確認されている。この研究所は極超音速ミサイルを研究している。つまり、開発中のミサイルの空気抵抗を減らしたり、宇宙から弾道弾が大気圏に再突入する際の熱防護素材を作ったりする研究に利用されているということだ。

本国にあるのと全く同じ研究施設を再現する、こういった例を「シャドーラボ」(影の研究室)という。

■ノーベル賞級の研究をする人を集める「万人計画」

――「千人計画」に応じた人たちにはノルマはあるのか。

論文執筆のノルマを課しているようだ。『ネイチャー』や『サイエンス』など世界的に名だたる科学誌への掲載を求めていた。さきほど、中国の論文数が増えていると説明したが、こういった圧力も反映されているのだろう。

文章に赤入れする人
写真=iStock.com/AndreyPopov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AndreyPopov

中国は、00年から17年までに、6万6690人を留学させて、彼等は米国で博士号を授与されている。米国の大学で博士号を取得する学生のおよそ1割強が中国人留学生だ。シリコンバレーや研究機関で、中核的役割を果たしている。07年に5万人以下だった海外人材の帰国者数は、17年に48万人に急増している。高度な技術を母国に持ち帰っているということだ。

中国には「万人計画」もある。ノーベル賞級の研究を行う研究者を集めるものだ。

■日米欧と中国では「目指す未来」がまったく違う

――日本は米国や欧州各国とも、科学技術の競争をしている。中国との競争はそれとは違うのか。

全く違う。日米欧など西側先進諸国と中国は、国際秩序に関する考えで大きな隔たりがある。西側先進諸国が目指す秩序は「自由で開かれた、法の支配に基づく世界」だ。それぞれの国が平等で、法の支配、自由を尊重するというものだ。

中国が目指す秩序は何か。習主席は頻繁に「新型国際関係」という言葉を使うが、西側主導の秩序への挑戦にほかならない。「自由、人権、民主主義」といった日米欧の価値観に真っ向から挑戦している。中国共産党による一党支配が自由や平等、法の支配とはほど遠いものであることは、中国が新疆ウイグル自治区や香港で行っていることを見れば明らかだ。対外関係でも、他国と対等なつながりを持とうとしているようには見えない。

習主席の言う「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」に基づき、中国を頂点としたピラミッド型の国家連合を目指しているというのが本質だ。「一帯一路」構想の一環でアジアやアフリカの途上国に、インフラ整備のための桁違いの投資を行っているが、単なる経済協力ではない。それは、しばしば当該国の財政を圧迫し、「援助」自体がエコノミック・ステートクラフト化している。最終的に目指しているのは、中国の資金を背景とした影響力の行使だ。

中国は、単なる技術競争をしているだけではない。習主席の視線の先には、我々西側先進諸国が想像するのと全く異なる人類の未来が広がっている。

■日本にとっての軍事的な脅威は増していく

――中国の国家体制は盤石なのか。

短期的に習主席の基盤が固まっていることは間違いないと思う。

北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)
北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)

ただ、習主席は、政権全体の動揺を懸念していると思われる。中国共産党とは異なる価値を信じる組織に対する恐れは、日本人が考える以上に大きい。チベット、台湾、ウイグル、民主派、法輪功の5つを彼らは「五毒」と称し、いずれも中国共産党の体制に服さないものとして徹底的に弾圧していることが、その表れだろう。中国の歴史を見ると平和的、民主的な政権移行はなく、王朝が代わることにより政権が代わるというのが歴史が示すところだ。中国共産党は王朝ではないが、民主的政権交代を容認しない中国共産党による一党支配であり、そうした中国自身の歴史が常に念頭にあると思う。

習近平政権は、「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」を実現するために、富強、強軍の政策を継続することは間違いない。日本にとって軍事的な脅威は増していくことを覚悟しなければならない。

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北村 滋(きたむら・しげる)
前国家安全保障局長
1956年12月27日生まれ。東京都出身。私立開成高校、東京大学法学部を経て、1980年4月警察庁に入庁。83年6月フランス国立行政学院(ENA)に留学。89年3月警視庁本富士警察署長、92年2月在フランス大使館一等書記官、97年7月長官官房総務課企画官、2002年8月徳島県警察本部長、04年4月警備局警備課長、04年8月警備局外事情報部外事課長、06年9月内閣総理大臣秘書官(第1次安倍内閣)、09年4月兵庫県警察本部長、10年4月警備局外事情報部長、11年10月長官官房総括審議官。11年12月野田内閣で内閣情報官に就任。第2次・第3次・第4次安倍内閣で留任。特定秘密保護法の策定・施行。内閣情報官としての在任期間は7年8カ月で歴代最長。19年9月第4次安倍内閣の改造に合わせて国家安全保障局長・内閣特別顧問に就任。同局経済班を発足させ、経済安全保障政策を推進。20年9月菅内閣において留任。20年12月米国政府から、国防総省特別功労章(Department of Defense Medal for Distinguished Public Service)を受章。2021年7月退官。現在、北村エコノミックセキュリティ代表。

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(前国家安全保障局長 北村 滋 聞き手・構成=大藪剛史)

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