プーチンの敗北は避けられない…イギリスの専門家が指摘する「ロシア軍の内部崩壊」の現実味
プレジデントオンライン / 2022年5月25日 18時15分
■ロシアの戦争は事実上失敗した
ウクライナ侵攻に関し、ロシアは敗北を回避する手段を失いつつあるとの指摘が出はじめた。
電光石火の首都キーウ陥落を目指したプーチンだが、ロシア兵の練度不足やウクライナ側の徹底抗戦など、複数の要因を受けて戦況は膠着(こうちゃく)状態に陥っている。英ガーディアン紙は英国防省による分析として、ロシア軍が投入した兵士の約3分の1をすでに5月中旬までに失ったと報じた。
同省の分析によると、ロシアは「継続的な高レベルの消耗」に苛まれ、兵力については「2月に投入した地上戦力(19万人)の3分の1を喪失した」とみられる。今後の展望については、「現状を鑑みるに、今後30日間でロシアが進撃の速度を劇的に加速することはないだろう」との見解だ。
首都キーウ陥落をねらう「特別作戦」に事実上失敗したいま、どう動いてもプーチン政権へのダメージは避けられない状況となった。プーチンにとって真の危機は、もはやウクライナを落とせないことなどではない。今後想定されるリスクは、ロシア軍の内部崩壊およびプーチン政権の瓦解(がかい)だ。
■軍事大国・ロシアの威信失墜
英シンクタンクのヘンリー・ジャクソン協会で研究員を務めるタラス・クジオ氏は、米シンクタンクのアトランティック・カウンシルへの寄稿を通じ、ロシア内部崩壊のシナリオはあり得るとの見解を示している。
クジオ氏は、初期のキーウ攻略でロシア側が「壊滅的な損失」と「驚異的な数の犠牲者」を招き、「主目的の達成に失敗した」と断言する。一方でウクライナ側は粘り強く防衛戦線を維持し、ゼレンスキー大統領の巧みな演説とフョードロフ副首相の積極的なIT活用により、国際社会からの支持を獲得した。
氏は、「侵攻からおよそ3カ月となった現在、プーチンは悲惨なまでの敗北を回避するための手段を急速に失いつつある」と論じる。「軍事超大国というロシアの見掛け倒しのステータスを粉々に打ち砕き、彼の政権全体の未来を危機に追いやる敗北だ」とし、その最大の要因は、ロシア軍内部の統率不足による反乱リスクだという。
■「ロシア帝国の崩壊前夜に酷似」との指摘も
ロシアにとって最も大きなリスク因子は、かねてささやかれている兵士の士気の低さだ。クジオ氏は、「ロシア軍内部で士気は急下降を続けており、最終的には1917年(のロシア革命)のような形で崩壊に至る可能性がある」と指摘する。
ロシア革命は、第1次世界大戦中の食糧難を受けたデモ行進に端を発する。制圧のため軍が派遣されたが、かねてより不満を募らせていた兵士らの一部がデモ隊側に回ったことで、暴動はかえって拡大した。うねりは首都から各都市へと広がり、ロシア帝国崩壊とソ連誕生への流れを形成する。
当時の状況は、今回のウクライナ侵攻にもよく似ている。短期戦と思われていた大戦・侵攻の長期化、悪化する国内の生活水準、不満の募る兵など、ウクライナ侵攻後の展開はまるでロシア革命の前夜をなぞるかのようだ。
経済制裁に市民が疲弊し、冷遇される兵の不満が募れば、やがてプーチン政権の足元は揺らぎはじめる。これがクジオ氏の示すひとつのシナリオだ。
■上官と法廷闘争へ…不満の表面化がはじまった
現在のところ軍崩壊には至っていないが、上層部に対する不満はすでに表面化しはじめている。日々高まるロシア兵たちの不満が、ついに法廷闘争へともつれ込んだ。ロシア国境警備隊に所属していた25名は、ウクライナへの侵攻命令を拒んだことで解雇されたことを不服とし、ロシア国内で上官を相手取り訴訟を起こした。
この訴訟は、数ある派兵拒否騒動の氷山の一角にすぎない。人権弁護士のパベル・チェーコフ氏によると、すでにロシア国内の17以上の都市と地域から、「数百人もの警備兵」が氏に法的助言を求めている。今後、訴訟を起こした25名に続く可能性がある。
危険な任務を嫌っての派兵拒否もさることながら、おなじスラブ人を攻撃することに強い抵抗感を覚える兵士も相当数に上る模様だ。英デイリーメール紙は、徴兵対象となった兵士の最大40%が侵攻への参加を拒否したと報じている。
■「良い兵士」と「悪い兵士」
兵隊を切り捨てにするロシアの方針が、侵攻の泥沼化につながったとの指摘もある。米シンクタンク「ランド研究所」のダーラ・マシコット上級政策研究員は、米政治専門誌『フォーリン・アフェアーズ』への寄稿を通じ、兵を冷遇するロシア軍の文化が裏目に出たと論じている。
マシコット研究員は一般にアメリカでは、「良い兵士」「悪い兵士」という概念があると説く。良い兵士とは幸福な兵士であり、適切な食事、十分な給与、そして市民からの敬意を受ける兵士のことだ。多くのアメリカ兵はこれに該当するといえるだろう。
一方でロシアは、兵士の生活水準に無関心な文化を維持しつづけてきた。アフガン紛争やチェチェン紛争などの例を引くまでもなく、ロシアの兵士たちは十分な事前情報と戦地に赴くための準備期間を与えられることなく、十分な装備もないまま最前線に送り出される。
今回のウクライナ侵攻に関しても、ベラルーシに駐留中であったあるロシア兵は、侵攻前日に移動を知らされたと証言している。
■過度の秘密主義が招いた混乱
このように兵への伝達が直前に行われるのは、兵を軽視する文化が根底にあり、作戦の機密保持が過剰に優先されるためだ。
マシコット研究員は、「軍のほぼ全体」の少なくとも一般兵に対して計画が秘密とされ、これによりロシアは「準備の度合いを危険にさらし、自ら不利な条件を課している」と説く。
機密保持の必要性はある程度理解できるにしろ、結果としてその戦略が功を奏したとは言い難い。実際のところ、侵攻の計画は事前に西側にある程度察知されていた。それでもプーチンは兵を危険にさらし、侵攻の強行を選択する。
マシコット氏は、「実に、作戦上の機密がすべてに優先し、兵士たちを簡単に犠牲にできるとでも考えていない限り、侵攻前のロシアの戦略について意図をくみ取ることは難しい」と述べる。
無理な作戦を決行した結果、現地からは悲惨な報告が相次いでいる。荒すぎる計画の犠牲となり凍傷を負ったロシア兵を、衛生兵が44年前に作られた応急処置用の当て布を使って処置したとの話が聞かれるようになった。
別の前線では水も食料もない状態となり、司令官が何の前触れもなく姿を消した。あとには何も知らない兵士たちだけが取り残されたという。
■プーチンはすでにNATOに敗北している
明らかな準備不足により、兵の練度も装備品の数もまったく足りていない。米保守派サイトの編集者を務めるジョン・ガブリエル氏は、米アリゾナ・リパブリック紙への寄稿を通じ、プーチンの軍事的損失は「驚くべき規模」だとの見解を述べている。
ロシア軍は明確に苦戦しており、同記事によると、将軍クラス9名と大佐クラス42名の軍人を失ったという。また、ロシアの戦車1170両および航空機119機がこれまでに破壊されたとウクライナ国防省が発表している(5月21日時点)。
記事は、ウクライナ発表の数字が多少誇張されている可能性があるとしたうえで、それでも「プーチンは1904〜05年に日本がロシア帝国の2艦を沈めて以来の、最悪の敗北に直面している」とみる。続けて「この敗北は数年後になって、あわや旧帝国を転覆させようかという革命の引き金となるところであった」とも述べ、こちらもロシア革命との関連を論じている。
ガブリエル氏はまた、ウクライナ侵攻により近隣国が相次いでNATO加盟の意思をみせている事態を受け、ロシアはウクライナ侵攻の成否とは別に、実質的な敗北を喫したとみる。「しかし彼(プーチン)は、すでに本当の敵との戦いに負けたのだ。その敵とは、北大西洋条約機構(NATO)である」。
直近で加盟の意向をみせたフィンランドは、国民人口550万人に対し予備兵100万人と、人口あたりでヨーロッパ有数の規模の軍隊を保有する。ロシアを刺激することを避け中立姿勢を貫いてきたフィンランドまでを、明確にNATO側に回す事態となった。
■国民生活、秋口までに限界か
投入した侵略軍の3分の1の兵力をすでに失ったとされるロシアだが、国内に目を向ければ時を経るごとに西側の経済制裁は厳しさを増している。辛抱強い国民とて、不満の噴出は時間の問題だ。
潮目が変わる時期としてクジオ氏は、今夏の終わりごろを見込む。この時期までに禁輸品目の代替品の調達が厳しくなり、かつ一般家庭の貯蓄が底をつきはじめるためだ。
ロシアでは禁輸によるチップ不足を受け、同国最大の自動車ブランドであるラーダが休業に追い込まれた。戦車製造の2社も同じ理由で操業を停止しており、経済への打撃は大きい。
以降、国内経済への影響は一層深刻なものとなり、失業率は上昇を続けるだろう。「今後数カ月のあいだにプーチンの苦境はさらに悪化するとみられ、彼自身が進めるウクライナ侵攻は輪をかけて継続不可能となるであろう」と同氏は述べる。
こうなれば、欠けた兵力を補充し一気に片を付けたいところだが、ロシア軍には十分な予備兵がいない。徴兵を行おうにも、侵攻前にはウクライナの大多数の国民が「解放」を歓迎するだろうと述べていた手前、徴兵に動けば苦戦を認めることになる。プーチンの打てる手は一つまた一つと失われていっている状況だ。
■予想外の泥沼化に苦しむプーチン
つい昨年までは世界で2番目に強力な軍隊との評判をほしいままにしてきたロシア軍だが、今年2月の侵攻によりあからさまな弱さが露呈する形となった。
ウクライナ領特有の泥沼化した土壌に文字通り足をすくわれたとの分析もあるが、そうでなくとも、統率された部隊との印象は皆無だ。
戦地では秘匿性の弱い民間の携帯回線で通信し、また、友軍を誤射する事件が多発している。ロシア兵の救護キットを鹵獲(ろかく)したところ、なかにはほぼハサミしか入っていなかったとの海外報道も出ている。先日のドネツ川渡河作戦では作戦ポイントをウクライナ側に予測され、わずか2日間で70両の戦車および装甲車を喪失した。
軍隊としてのロシア軍をみれば、侵攻を正当化し隣国を蹂躙(じゅうりん)する行動は断じて許されるものではない。一方で個々のロシア兵を考えるならば、彼らに多少なりとも同情の余地があるとする議論もあり得る。
民間人を虐殺し民家で略奪を繰り広げる蛮行にはあぜんとする一方、旧式の装備を背負って予告なく戦地へと駆り出され、命を危険にさらしている状況は、彼らと彼らの家族が望んだ今日の生き方ではないだろう。
プーチンの戦争が手詰まりの気配を漂わせはじめたいま、ロシア兵のあいだにも不満が鬱積(うっせき)している。兵の命を軽んじる「特別軍事作戦」へ反感が、今後数カ月のあいだに軍内部や国内からの暴動に発展する可能性は十分に考えられそうだ。
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フリーライター・翻訳者
都内大手メーカー系システム会社勤務を経て、2010年に文筆業に転身。文化・テクノロジー分野を中心に、『ニューズウィーク日本版』などのメディアで執筆中。本業の傍ら海外で開かれるカンファレンスの運営にも携わっている。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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