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政府に批判的な記者は次々と殺される…プーチン政権を裏から支える「民間軍事会社」の卑劣すぎる手口

プレジデントオンライン / 2022年6月3日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ipopba

ロシアでは政府に批判的なジャーナリストが暗殺されるケースが後を絶たない。軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「プーチン政権を裏から支える民間軍事会社『ワグナー・グループ』の関与が疑われている。2018年にはこの会社を追っていた4人の記者が死亡した」という――。

※本稿は、黒井文太郎『プーチンの正体』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

■記者の転落死現場にいた「迷彩服姿の男たち」

ロシア国内で偏狭な民族意識・愛国意識を扇動するポピュリズムで権力を強化したプーチンだが、その裏ではダーティな手法を多用している。自分に都合の悪い人間を消す、すなわち「暗殺」だ。

ロシアではプーチンに睨まれたら最後、誰しもが、いつどのような形で命を失うことになるかわからない。政権による暗殺の証拠が挙がらなくても、暗殺が強く疑われる不審死も多い。

たとえば2018年4月12日、ウラル地方スベルドロフスク州エカテリンブルクでのマクシム・ボロジンの変死事件がある。ボロジンはニュースサイト「ノービ・デン」の記者だったが、その日、アパート5階にある自室から転落し、3日後に病院で死亡した。転落した経緯は明らかではないが、遺書などは残されておらず、勤務先も「自殺の理由はない」と明言している。

また友人の一人は、転落死前日の午前5時にボロジンから電話を受けており、「バルコニーに銃を持った男がいて、階段にはマスクを被った迷彩服姿の男たちがいる」との話を聞いている。

ボロジンが政権によって暗殺されたのではないかとの疑惑は、この「迷彩服の男たち」の話に加えて、ボロジンの当時の仕事内容にもある。彼は、ロシアの民間軍事会社「ワグナー・グループ」について記事を書いていたからだ。

■ロシア軍情報機関の作戦を行う「民間軍事会社」

ワグナー・グループはウクライナやシリア、リビア、マリ、中央アフリカなどに投入されている表向きは民間軍事会社で、その要員も民間のロシア人雇い兵だが、作戦に関しては、軍の情報機関である参謀本部情報総局(GRU)の事実上の指揮下にある。ロシア正規軍が公式には活動していないことになっている地域で、GRUの作戦を行ういわばダミー組織である。

ただし、すべてがGRUの擬装作戦というわけではなく、アフリカなどでは現地の独裁政権や鉱物利権を持つ軍閥などと結託し、それなりに報酬を稼いでいることもある。

組織規模は最大で数千人とみられるが、継続的な隊員ばかりでなく、その時々で契約があり、要員数は時期によって大きく変動する。中核は元GRU隊員を中心に、元ロシア軍特殊部隊などの要員で、戦闘機の操縦士などもいるが、その他の短期契約の一般隊員は元プロ軍人ばかりでなく、むしろロシア各地で募集された応募者たちが多い。彼らは兵士としては練度が低く、ある意味で“消耗品”として危険で劣悪な状況の現場に投入される。

■ワグナー・グループのオーナーはプーチン側近の政商

ワグナー・グループの起源を遡ると、もともとはロシアの総合警備会社「モラン・セキュリティ・グループ」を母体に、2013年に戦時下のシリアで活動するために設立された民間軍事会社「スラブ軍団」(本社は香港)だった。当時、ロシアはシリアのアサド独裁政権を支援してはいたが、まだ直接の軍事介入をしていなかった。

翌2014年、シリアで活動するさらに本格的な傭兵会社として、スラブ軍団を拡大するかたちで、ワグナー・グループが設立された。指揮官は元GRU特殊部隊中佐のドミトリー・ウトキンだったが、彼はプーチン側近の政商エフゲニー・プリゴジンに近い立場の人間だった。その設立・運営資金はプリゴジンが出している。つまりワグナー・グループのオーナーは、プーチン側近の政商というわけである。

ワグナー・グループは2014年、ウクライナ紛争にも進出している。ウクライナでも表向きは、ロシア軍が活動していないことになっていたため、こうした部隊がウラで使うには便利だったのだ。

■シリアではアサド政権軍とともに地上戦を担当

その後、ロシアは2015年9月からシリアに直接、軍事介入するが、ワグナー・グループはそのままシリア各地に投入された。ロシア正規軍は航空機による無差別空爆などを主に行っていたが、ワグナー・グループはアサド政権軍とともに地上戦を担当した。もちろんシリア駐留ロシア軍司令部の指揮下にある。

手持ちのライフル
写真=iStock.com/John_vlahidis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/John_vlahidis

2018年2月7日、このワグナー・グループが主導するロシア=アサド政権合同軍が、米軍が支援するクルド人部隊を襲撃し、米軍の報復空爆によりワグナー・グループのロシア人兵士、数十人以上が戦死(300人という情報も)するという事件があった。先に手を出したのはワグナー・グループのほうだが、この作戦の前後に、ワグナー・グループとプリゴジン、それにクレムリンの間で頻繁に連絡があったとみられる。

なお、プリゴジンはロシア軍(およびワグナー・グループ)の支援でアサド政権がIS(イスラム国)から奪ったシリア東部の油田地帯の利権を手中にしたとも報じられている。このプリゴジンは、ロシアのSNS不正操作組織「インターネット・リサーチ・エージェンシー」(IRA)のオーナーでもある。つまり、クレムリンに直結するロシア情報機関の代理人のような立場の人物と言っていいだろう。

■毎年複数人のペースでジャーナリストの命が狙われる

転落死したボロジン記者は、このワグナー・グループについて取材し、シリアで死亡したロシア人傭兵のうちの3人が、ウラル地方のスベルドロフスク州出身だったと報じていた。また、その他にも反プーチン派の有力な民主派活動家であるアレクセイ・ナワリヌイとともに関連する記事もいくつか書いていた。こうした彼の仕事はプーチン政権からすれば邪魔なものだ。

ボロジンが当局に暗殺されたとの証拠はない。しかし、ロシアでは政府に批判的なジャーナリストが襲撃されたり暗殺されたりする例が数多い。犯人はほとんど検挙されていないが、エリツィン時代含めて1993年以降、ロシアで殺害されたジャーナリストは2018年までに少なくとも58人に上っていた。

最も有名なのは、プーチン批判記事で知られた『ノーバヤ・ガゼータ』のアンナ・ポリトコフスカヤ記者が2006年に自宅エレベーター内で射殺された事件だが、それ以外にもプーチン政権を批判しているジャーナリストが毎年複数人のペースで暗殺されるか暗殺未遂に遭っている。

■中央アフリカ共和国で取材中の記者3人が銃撃

いくつか例を挙げると、2008年には、モスクワ近郊の道路建設の反対運動を報じたジャーナリストのミハイル・ベケトフが襲撃され、重傷を負った(2013年に死亡)。同じ事案を報じたオレグ・カシンも2010年に襲撃され、重傷を負っている。

2017年10月には、政権に批判的な論調で人気の民間ラジオ局「モスクワのこだま」キャスターのタチアナ・フェルゲンガウエルが勤務先で襲撃されて、重傷を負った。

2018年7月30日、中央アフリカ共和国で取材中だったロシア人ジャーナリスト3人が、車両で移動中に待ち伏せ攻撃を受け、殺害された。

3人はベテランのフリー記者であるオルハン・ジェマリを中心とする取材チームで、反プーチン派の億万長者(元オリガルヒ)であるミハイル・ホドルコフスキーが創設した調査機関「調査管理センター」(ICC)の依頼で取材活動をしていた。

■記者たちが追っていたのはワグナー・グループ

ジェマリらがそのとき追っていたのはワグナー・グループである。ロシア軍は2018年2月、中央アフリカ共和国の国軍の軍事顧問や大統領警備要員などとして180人を派遣していたが、それに関連してワグナー・グループも投入された疑惑が浮上していた。3人はその実態を探るために中央アフリカ共和国に入っていた。

襲撃犯は約10人の武装グループだったが、その正体は不明だ。プーチン政権の宣伝機関に等しいロシアのメディア各社は、強盗説や地元ゲリラ犯行説を盛んに流している。だが、殺害の動機が最も高いのは、当然、取材対象のワグナー・グループもしくは、その動きを察知されたくないロシア軍当局だろう。

ワグナー・グループは、こうしたいわくつきの謀略集団でもある。その活動の実態が暴かれることは、ロシア情報機関の非公然活動が暴かれるということになる。

ロシアのクレムリンの暗い夜ショット
写真=iStock.com/skyNext
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skyNext

■プーチンの汚職の暴露に繋がるアンタッチャブルな存在

汚い手法が暴かれれば、もちろんそれを命じた側であるプーチン政権の失点になる。また、オーナーであるプリゴジンの活動の実態が暴かれることは、下手をすればプーチン個人の汚職の暴露にも繋がりかねない。ワグナー・グループとプリゴジンは、ロシアではいわばアンタッチャブルな存在なのだ。

だからこそ、プーチン政権と敵対する富豪のホドルコフスキーが、その実態の調査にベテランのジャーナリストを雇い、わざわざ中央アフリカ共和国まで派遣したわけだが、それがどれだけ危険なミッションかは言うまでもない。

ロシアの場合、プーチン政権に批判的なジャーナリストや活動家の暗殺は日常茶飯事だが、この時は相手が武装集団で、しかも法の秩序がほとんどない中部アフリカの紛争国である。“消された”可能性はきわめて高い。

では、ロシア情報機関のどこが、こうした暗殺を行っているのか。

ロシアには3つの主要な情報機関がある。ロシア国内を担当する秘密警察で、治安部隊も持つ強大な連邦保安庁(FSB)、海外での諜報活動を担当する対外情報庁(SVR)、そして軍の情報機関である軍参謀本部情報総局(GRU)だ。

■反プーチン派の暗殺を担う連邦保安庁(FSB)

このうち、反プーチン派に対する暗殺は主にFSBが行っているとみられる。国内にとどまらず海外での暗殺も、おそらくFSBが実行している。庁内に破壊工作専門セクションがあるのだ。

黒井文太郎『プーチンの正体』(宝島社新書)
黒井文太郎『プーチンの正体』(宝島社新書)

ただ、攻撃の実行役としては、FSB破壊工作部門の手配でチェチェン系の下請け人脈が代行するケースもあるようだ。とくに疑われているのは、プーチン政権と癒着しているチェチェン共和国首長のラムザン・カディロフの配下グループだ。

他方、SVRは現在、外国での情報収集活動を主に行っており、近年はこうした荒っぽい暗殺はあまり聞かない。ただ、SVRにも破壊工作を行うセクションは小規模ながらある。

SVRは世界中にスパイ網を構築していて、もちろん日本にもロシア大使館員、通商代表部員などの身分(冷戦時代は国営メディア特派員でも)で工作員を送り込み、情報収集活動をしている。ときおり日本の外事警察に摘発されるが、暗殺などはこれまで報告されていない。ただ、北朝鮮の工作機関のように、実在の日本人に成りすます「背乗り」を行っていた事例が判明しているので、その人物に何らかの危害が加えられた可能性はある。

GRUも世界中でスパイ活動をしている。日本でもいまだに活動しており、こちらもときおり外事警察が摘発している。日本では暗殺などの破壊工作の形跡はないが、ロシアの周辺国、あるいはロシア軍が介入しているような地域では、特殊作戦・破壊工作も行っている。とくにロシア軍が介入しているウクライナとシリアでは、GRUも秘密作戦を活発に行ってきたことがわかっている。

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黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう)
軍事ジャーナリスト
1963年生まれ。横浜市立大学卒業。週刊誌編集者、フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)、『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』(以上、講談社)、『インテリジェンスの極意!』(宝島社)、『本当はすごかった大日本帝国の諜報機関』(扶桑社)他多数。近著に『プーチンの正体』(宝島社新書)がある。

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(軍事ジャーナリスト 黒井 文太郎)

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