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「信じられないくらい未熟でお粗末」元自衛隊幹部が読み解くロシア軍の"決定的な弱点"

プレジデントオンライン / 2022年6月8日 11時15分

モスクワで行われた対ドイツ戦勝記念日の軍事パレードの予行演習で、「赤の広場」を行進するロシア海軍の兵士ら=2022年5月7日、ロシア・モスクワ - 写真=AFP/時事通信フォト

ロシア軍によるウクライナ侵攻は軍事のプロからどう評価されているのか。元陸将で陸上自衛隊富士学校長をつとめていた井上武さんは「ロシア軍は侵攻2日目あたりから主導権を失っている。まったく戦況の変化に対応できておらず、地上部隊が大損害を受けている。ロシア軍の現状は信じられないくらい未熟でお粗末だ」という――。

※本稿は、渡部悦和、井上武、佐々木孝博『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。

■侵攻から2日目で主導権を失ったロシア軍

【井上武(元陸上自衛隊富士学校長)】ひとことで言えば、ロシア軍の陸戦は杜撰な計画に加えて、攻撃開始後もまったく戦況の変化に対応できていない。普通の軍隊であれば、戦況の変化に応じて判断し、計画を修正し、必要な対策をとります。しかしロシア軍は、侵攻後も作戦をいっさい変更していません。

戦いの原則でいえば、攻めるほうは主導権をもち、所望の時期と場所に攻撃できる優位性がありますが、侵攻して2日目あたりからロシア軍は主導権を失っています。しかも、陸上侵攻は、まず、誘導ミサイル攻撃や航空攻撃で、ウクライナ軍の航空基地、対空火器、対空レーダーおよび作戦指揮組織等を徹底的に破壊し、航空優勢を獲得し、それから地上攻撃を開始するのが鉄則ですが、それをやっていない。航空攻撃と地上攻撃が、ほぼ同時でした。

キーウ制圧をかなり焦っていたので、航空優勢をとらないままに、ロシア軍は地上攻撃を開始しています。絶対にやってはいけない作戦展開です。私の現役時代の大規模指揮所演習の教訓では、対空カバーのない状況で、攻撃した戦車群が、敵の航空攻撃によって短時間で壊滅的な損害を被ったことがありました。

【渡部悦和(ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー)】ロシアのウクライナへの精密誘導ミサイル攻撃について、ミサイル失敗率が最大で60%にものぼるとアメリカ政府は分析しているとの報道もあります。ミサイル自体に不良品が多いと私は見ています。

■地上部隊が大損害を受けても当然

【井上】なぜ、作戦の成否を左右する航空優勢が獲得できなかったのかは、今後、いろいろなデータを分析する必要がありますが、渡部さんが指摘した精密誘導ミサイルの質の問題もありそうです。撃つには撃ったけど、その効果が出ていない。ロシアも偵察衛星でウクライナ軍の動きを把握し、重要目標を捕捉しているはずです。それでも成果を上げられないのは、ひとつにはアメリカ軍やNATO軍からの情報提供があるからではないでしょうか。

アメリカ軍やNATO軍が偵察衛星や早期警戒管制機でロシア軍の動きを捕捉し、ミサイルを撃ちそうな前兆があれば、それをウクライナ軍に伝える。それによってウクライナ軍は航空機や防空ミサイルなどを移動させるので、ロシアのミサイル攻撃は失敗に終わっています。

防空ミサイルが生き残っている状況でロシアが航空機や武装ヘリコプターで攻撃しても、逆に撃ち落とされてしまうわけです。完全な航空優勢の獲得は無理だとしても、時間をかけてある程度の航空優勢を確保してから地上攻撃はやらなければいけない。今回はその鉄則さえロシア軍は守っていない。地上部隊が大損害を受けても当然だと思います。

【佐々木孝博(広島大学 大学院人間社会科学研究科 客員教授)】飛行機がいないところにミサイルを撃ち込んでみたところで、攻撃する意味はありません。

■航空基地へのミサイル攻撃は効果的ではなかった可能性も

【井上】航空基地へのミサイル攻撃をロシアはやっています。しかし、ミサイルが届いたときには飛行機は上空にいた、といった情報がけっこうあります。防空ミサイルも多くが移動式ですから、攻撃される情報があれば、そこから移動してしまえばいいだけのことです。そういう情報がアメリカ軍やNATO軍から流れている。

ミリタリー air 企んで防衛の準備
写真=iStock.com/ewg3D
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ewg3D

【佐々木】そういう情報がなければ、いくら移動式でも的確に動くことはできません。正確な情報があってこそできることです。

【井上】ミサイルを発射するときには発射機を移動したり、発射態勢をとりますので偵察衛星等からある程度探知できます。その情報をウクライナ側に流せば、航空機なら上空に逃げればいいし、移動式ミサイルなら移動してしまえばいいわけです。ロシアのミサイルが狙ったところに着弾しても、命中したことにはなりません。

【渡部】アメリカ軍やイギリス軍がとった情報は、リアルタイムでウクライナに伝わっています。それがなければ、ウクライナ軍は初期段階で大きな被害を受けていたはずです。

■戦闘損害の評価を適切に行わずに戦力を投入

【井上】仮定の話として、航空優勢獲得のため2~3日間ほどミサイル攻撃を継続し、そのあとに「バトル・ダメージ・アセスメント」といわれる戦闘損害評価を実施します。これによって、ミサイルによる攻撃が狙いどおりの戦果を上げているかどうかを確認していれば、ロシア軍の損害は局限できたと推測します。

空挺部隊を送り込んだり、地上軍を本格的に動かす前に、侵攻条件が整っているか確認することが重要となります。そうした戦い方の鉄則を、ロシア軍はまったくとっていません。バトル・ダメージ・アセスメントによって戦果を確認しないままに、ヘリコプターや輸送機による地上軍の投入を行ってしまっている。侵攻が始まってから5日間でロシア空軍は、29機の飛行機と29機のヘリコプターを撃墜されています。ウクライナの対空火器が損害を受けずに健在だった証拠です。

撃墜された航空機のなかには、兵員輸送に使われる「イリューシンII―76大型輸送機」2機が含まれていました。この2機だけで、200人から400人のロシア兵が死亡した可能性があるといわれています。

【佐々木】バトル・ダメージ・アセスメントを行わずに無謀な兵員投入を行った結果です。これはロシア軍に大きなショックを与えているはずです。

■重要な空港占拠にもあえなく失敗

【井上】輸送機で空輸し、パラシュートで敵地に降下する空挺部隊は、軍管区に所属しているのではなく、たぶんモスクワ直轄の部隊だと思います。

AN225 Mriya Hostomel ランウェイに発車し、空港
写真=iStock.com/Erchog
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Erchog

【佐々木】統合司令部があって、その傘下に空挺部隊も入って作戦を遂行していれば、対空火器が待ち構えているところに飛んで行ったりはしなかったかもしれません。モスクワ中央の命令で、軍管区とは連携をとらないままに作戦が行われた気がします。同じロシア軍でありながら、別々の作戦を展開している状態で戦っていたわけで、これでは損害が大きくなるのも無理ありません。

【渡部】ロシア軍は、空挺作戦だけでなく、ヘリボーン作戦も実行しています。多数のヘリコプターに兵士を乗せ、空港などの重要な目標を奇襲して占拠する作戦です。侵攻後の早い時期に、キーウ近郊のホストメル空港を、この方法でロシアは占拠しました。

しかし、すぐにウクライナ軍に押し戻されて、取り返されています。キーウ近郊の空港を押さえておけば、空路での補給が効率的にできて、キーウ制圧は簡単に達成されたかもしれない。その大事な空港占拠に失敗したことは、ロシア軍にとっては大きな痛手だったはずです。

■ロシア軍が駄目な一方で、ウクライナ軍は的確に部隊を運用している

【井上】それも、ウクライナとアメリカ・イギリスとの情報共有の成果だと思います。空挺部隊を運ぶ輸送機やヘリコプターの大群が飛び立ち、どこに向かっているか情報が共有できれば、防空体制を敷くとか、部隊を迅速に集中するなどして、降着直後の弱点に乗じて撃破することができます。情報共有による作戦展開が、じつにうまくできたのだと思います。

渡部悦和、井上武、佐々木孝博『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ワニブックスPLUS新書)
渡部悦和、井上武、佐々木孝博『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ワニブックスPLUS新書)

【渡部】情報に基づいて、ウクライナ軍は的確に部隊を運用しています。ロシア軍の作戦のマズさが目立つ一方で、ウクライナ軍はすごく頑張っているという印象です。

【井上】渡部さんが指摘されたとおり、ロシア軍のマズさということでは、諸兵科協同作戦がまるでやれていないことが気になりました。

軍隊内には歩兵部隊、砲兵部隊、戦車などを有する機甲部隊など、異なる兵科があります。どれも単体では弱いので、それを統合して弱点を補いながら戦うのが諸兵科協同作戦です。これがうまく展開できないと、戦いに勝つことは難しくなります。

ところが、今回の戦争でロシア軍には、諸兵科協同作戦の欠片も見あたりません。精強と思われたロシア軍が、このような基本的な戦術行動がとれていないのはほんとうに不思議なことです。

■125個用意した部隊も基本的な行動がとれていない

【渡部】それについてもう一度説明します。ロシア軍改革の目玉のひとつとしてロシアは、大隊規模の諸兵科連合部隊である「大隊戦術群(BTG)」を170個もつくりました。機械化歩兵大隊を根幹にして、戦車、防空、砲兵、通信、工兵、そして補給を担う後方支援の各部隊で構成されています。歩兵が200人、戦車が10両、装甲歩兵戦闘車が40両の組織です。

ロシア軍は、このBTGを125個(125個はアメリカの説、イギリスの説では120個)、戦争に投入しましたが、とくにキーウ正面では大きな損耗を出しました。じつはBTGにはいくつかの欠点がありました。

まず、歩兵の数が200人と少なすぎる点です。200人は自衛隊でいえば一個普通科中隊の人数です。大隊レベルであれば600人の歩兵は最低限必要だと思います。次にBTGは指揮・統制が難しい組織だというです。指揮官は機動と火力を連携させ、電子戦をやり、障害処理を行い、補給や修理などの兵站も行わなければいけません。そのためには優秀な指揮・統制システムが必要ですが、そのシステムが機能したとはとても思えません。

そして、ロシア軍がBTGの実戦的訓練をほんとうに行ったのか極めて疑わしいと思います。それは井上さんが指摘した基本的な行動をとれていない点からも明らかです。

■アメリカ軍とロシア軍は根本的に戦術が違う

【井上】アメリカ軍とロシア軍の戦術面の根本的な「違い」を指摘したいと思います。ロシア軍は、伝統的に「命令で動く戦術」です。それに対して西側諸国のアメリカやドイツ、イスラエルなどは、任務を与えて達成させる「任務戦術」を基本にしています。「任務戦術」においては、上級部隊は任務を付与しますが、その達成の仕方の細部まで統制することなく、下級部隊を信頼して委任します。

加えて上級部隊は、任務達成に必要なアセット、つまり装備等を提供します。任務を与えられた下級部隊のリーダーは、階級に関係なく、上級部隊の企図や指針に基づき、自ら状況判断と決心を繰り返しながら、任務を達成していきます。ロシアの大隊戦術群が、しっかり機能するには、このような「任務戦術」をベースにする必要があります。

ところが「命令で動く戦術」だと、上級部隊の命令がないと動けません。上級部隊の命令を実行するには状況が違いすぎているにもかかわらず、その命令を守っていくことしかできない。侵攻してみたら状況が違っていたにもかかわらず、現状に合わせた作戦変更を現場の部隊ができない。上級部隊は現場の状況を把握できないので、適切な命令変更ができない。これでは任務の達成が難しくなります。

ウクライナでのロシア軍は、まさに、このような状況で、指揮や戦術が硬直化しており、柔軟性に欠けています。

【渡部】そういう柔軟な作戦を実行できる部隊を、ロシア軍も改革のなかで目指し、大隊戦術群をつくったはずなのです。しかし末端の指揮官や兵士が、それを運用できる練度に、まだまだ達していなかったことを、今回の戦争で示してしまったことになります。

■ジョージア紛争での成功体験が裏目に出ている

【佐々木】ジョージア紛争での成功体験も影響していると思います。ジョージア紛争では今回に比べて作戦は非常に単純でした。ジョージア中央に位置する「南オセチア自治州」には、紛争前からロシアの平和維持軍が駐留しており、現地のロシア軍部隊の支援を得ながら軍事作戦ができました。

また、ウクライナと違い、当時のジョージアは旧式の装備しか保有していませんでしたので、5日ほどで、西部のアブハジア自治共和国および中部の南オセチア自治州を制圧でき、作戦目的を達成しました。部隊規模も今回と比べて小さかったために、比較的容易にいわゆる統合的な作戦ができたものと思われます。そのため、改革で目指した本来の機能を実現できていない部隊でも勝てた単純な戦争でしかなかったのかもしれません。

ジョージア紛争以降でロシアによる軍事介入は、シリアくらいしかありません。そのシリアでもミサイルを大量に撃ち込んだくらいで、派遣された地上軍が大々的に作戦を展開したわけではありません。軍改革の目標が実現されているかどうか、まったく検証されてこなかったわけです。

そのうえ、渡部さんが指摘されるように訓練が十分にできていないのですから、大隊戦術群が構想どおりのオペーレーションができるはずがありません。

【井上】組織は変えたけれど魂までは変えられていない。それが、今回のウクライナ侵攻で証明されてしまった。信じられないくらい未熟で、お粗末なロシア軍の現状です。

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渡部 悦和(わたなべ・よしかず)
ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー
1978年東京大学卒。陸上自衛隊入隊後、外務省出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学等を経て、東部方面総監。2013年退職。

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佐々木 孝博(ささき・たかひろ)
広島大学大学院人間社会科学研究科客員教授
1986年防衛大学校卒(30期)、博士(学術)。海上自衛隊入隊後、オーストラリア海軍大学留学、在ロシア防衛駐在官等を経て、下関基地隊司令。2018年退職。

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井上 武(いのうえ・たける)
元陸上自衛隊富士学校長
1978年防衛大学校卒(22期)。陸上自衛隊入隊後、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、ドイツ防衛駐在官、陸上自衛隊富士学校長等を経て、2013年退職。

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(ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー 渡部 悦和、広島大学大学院人間社会科学研究科客員教授 佐々木 孝博、元陸上自衛隊富士学校長 井上 武)

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