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ウクライナ軍の食べ残しで命をつなぐ…ロシア国内からも報道が始まった「敵前逃亡」「徴兵逃れ」の現実

プレジデントオンライン / 2022年6月4日 12時15分

ウクライナ南東部マリウポリで、警備に当たるロシア軍兵士=2022年5月18日(ロシア軍主催のメディアツアーで撮影) - 写真=AFP/時事通信フォト

■高額求人でも兵士が集まらない…ロシア軍が短期決戦を図るワケ

ウクライナ東部への攻撃を強化するロシア軍だが、ドンバス地方制圧を急ぐ背景には相当の焦りがあるようだ。兵力を集約させ短期決戦を図るロシアは、兵士の頭数不足により長期戦の維持が困難となってきている。

ロシアの独立系報道機関『モスクワ・タイムズ』は5月下旬、「ウクライナによる決然とした防衛」を相手にロシア軍が複数の前線で交戦しており、これが「ロシアの歩兵予備隊をひどく減損させた」と報じた。

結果、このところロシア国内の複数の都市で、兵員募集の横断幕などが多く見られるようになっている。同紙によるとモスクワ近郊の都市では、現地の平均月給の4倍をうたう募集が確認されており、その提示金額は17万ルーブル(約35万円)にも達する。高額での勧誘に、前線での深刻な欠員が透けてみえるかのようだ。

しかし、高額募集をもってしても兵力の補充は追いついていない。モスクワ・タイムズ紙は軍事アナリストの見解として、ロシア軍が「その場しのぎで編成した軍」で急場をしのいでいるとの分析を報じた。苦境のロシア軍は各部隊で生き残った残党を寄せ集め、応急的な部隊を編成して前線を維持している模様だ。

一般に、侵攻する側の軍が敵陣を落とすには、防御側の3倍の兵力が必要だとされる。しかしイギリス当局の分析によると、ロシア軍は優勢を確保するどころか、2月の侵攻開始以来投入した兵力の3分の1をすでに失った。兵力比3対1には「ほど遠い」状態だとモスクワ・タイムズ紙は嘆く。

■つぎはぎだらけのロシア部隊

軍事アナリストのミカエル・コフマン氏は5月14日、外交・安全保障誌『ワー・オン・ザ・ロックス』によるポットキャスト番組に出演し、「現段階においてロシア軍は、複数部隊の一部をその場しのぎで編成した軍でこれ(ウクライナ軍)と戦っている」と述べ、兵力の限界を指摘している。

氏はその要因として、「彼らが抱えている最大の課題は、欠員を効果的に穴埋めできず、交代できる部隊を持ちあわせていないという点にある」とも論じた。ロシア軍の現状に関しては、前線投入に備える予備隊が決定的に不足しているとの分析が各所から上がっている。

ロシア側が打てる手段としては、徴兵による兵力増強が考えられる。ロシアでは毎年、春と秋に18~27歳の男性を徴兵し、1年間の兵役に就かせている。今年も4月から春の徴兵が始まった。しかし、侵攻中の徴兵に対し、国民の拒否感は根強い。カタールのアルジャジーラは、ウクライナ侵攻の長期化を受け、「兵役の回避を手助けしてほしいという嘆願」がロシアの人権団体に多く寄せられていると報じている。

政権は火消しに躍起だ。ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は国内紙に対し、「徴兵された者たちはいかなる危険地帯へも送られることがないことを強調したい」と述べ、ウクライナ情勢とは無関係であると遠回しに主張した。しかし、この言葉を頭から信じている国民はむしろ少数派にとどまるだろう。

■ウクライナに派兵された息子たちを母親が取り返す

すでにウクライナへ派兵された兵士に関しても、検察を通じて帰国の権利を勝ち取る家族が現れた。米インサイダー誌が英BBCの報道として伝えた話によると、あるロシア人の母親は2人の息子を国にかえすようロシア当局に迫り、奪還に成功している。

安全のためマリーナという仮名で取材に応じたこの母親は、息子たちはウクライナ行きに同意していないはずだとして軍事検察に調査を要求し、2人をウクライナから帰国させた。

軍の将校は当初、母親に対し、息子たちはウクライナ派兵に同意する契約書にサインを済ませていると説明していた。しかし、母親の請求を受けた軍事検察が調査に乗り出したところ、そのような事実はないことが確認された。こうして当該兵2名はロシアへの帰国が認められた。

一命を取り留めた兵士たちだが、戦地からの帰還後はすっかり別人のようになってしまったという。母親は訴える。「目をみればわかります。別の人です。幻滅しています。明るい未来、平和と愛を、もう一度信じてほしいのです」

破れた服の息子たちに戦地で何をみたのかと聞くと、彼らはただこう答えた。「あそこで何が起きたかは、知らないほうがいい」

破壊されたウクライナの家屋
写真=iStock.com/Shamil Makhsumov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shamil Makhsumov

■英紙「徴兵逃れがますます増加している」

ウクライナ派兵に対するロシア国民の抵抗感を象徴するかのように、このところ徴兵逃れが目立ちはじめている。英エクスプレス紙は5月、プーチンの戦争動員は「ボロボロの状態」であり、「徴兵逃れがますます増加している」と報じた。

ロシアの状況は、フランスでも注目を集めている。軍事研究家のクリスティン・デュゴン氏は、フランス上院が出資する議会チャンネル『パブリック・セナート』に出演し、ロシアでは「多くの人々のあいだで、徴兵逃れの傾向やその試みがみられます」と指摘した。

シングルマザーと結婚する、教育機関に入学する、医師の診断書を得るなど、「あらゆる手段を複数並行して」使うことで、人々は兵役を回避しようと躍起になっているのだという。

こうした現状を受けデュゴン氏は、兵の頭数の不足により、プーチンの軍勢が縮小する可能性すらあると論じている。

■無計画な戦場から逃亡する兵士たちも

兵士不足に追い打ちをかけるように、戦地から逃亡を図るロシア兵も相次ぐ。食糧の調達難などで生存環境が悪化し、兵士たちの戦闘意欲を削いでいる。軍事ニュースサイトの米『ソフレプ』は、給与目当てに兵役に登録したロシア側の契約軍人の例を報じた。

イワンと名乗るこの21歳の兵士は、月給3万1000ルーブル(約6万5000円)の報酬に惹(ひ)かれて入隊を志願したという。2021年11月の入隊時点では、故郷の近くシベリア・ケメロヴォの街に配属され、毎日家に帰れるという説明を受けた。

ところが、契約から4カ月とたたずにプーチンがウクライナ侵攻に踏み切ったことで、急遽(きゅうきょ)戦地へと送られる。彼を待っていたのは、食糧もろくに補給されず、疲れ切った夜も廃屋に寝泊まりするという厳しい生活だった。

イワンがソフレプ誌に語ったところによると、「食糧がないため、ウクライナ軍が残していったものを何であれ食べなければならなかった」という。この兵士の件とは別に、ロシア軍内で6年前の戦闘食が配給されているとの報道も出ている。

■新兵動員は違法のはずだが…プーチンが「戦争」と呼ばないワケ

前線で続々と倒れるロシア軍を補うべく、多くの新兵が、非常に基本的な訓練を受けただけの状態で実戦に駆り出されている。これは、ロシアの国内法にさえ抵触する恐れがある。

銃を持つ兵士
写真=iStock.com/Semen Salivanchuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Semen Salivanchuk

ロシアの国内法は、入隊4カ月未満の兵を戦地に送ることを違法と定めている。ソフレプ誌は、プーチンが戦争でなく「特別軍事作戦」との呼称にこだわる理由のひとつに、違法との指摘をかわしたいねらいがあるとみる。

実質的な犯罪行為が軍全体に横行していることになるが、上官たちは軍部の非を認めるどころか、若い兵たちの逃亡を糾弾するばかりだ。ある部隊では兵士たちが契約の解除を申し出ると、現地にロシア連邦保安局(FSB)の捜査官が現れ、離反は違法行為であると脅したという。上官の命令に背いて契約を解除することは軍事犯罪であり、刑事告発も免れないとの脅迫だ。

しかし、逮捕承知で逃亡を図る兵が後を絶たない。「ウクライナ(の戦地)に戻るよりは、刑務所に入るほうがまだましだ」とこの兵士は語る。

こうして兵の流出が続いた結果、軍の活動維持さえ危うくなってきている。イギリスの王立防衛安全保障研究所で陸上戦を専門とするニック・レイノルズ研究員は、モスクワ・タイムズ紙に対し、「ロシア軍のモデルを念頭に置き、(兵力の)損失を考慮に入れた場合、彼らは限界に近い状態で活動しているといえます」との分析を示した。

■3分の1の兵力を失い、かつての勢いを失ったロシア軍

イギリス国防省諜報(ちょうほう)部は、ロシア軍が投入兵力の3分の1を失った可能性があると分析している。同省は軍事評価のなかで、ウクライナ東部でのロシア側の軍事行動は「勢いを失っており」、いまでは侵攻が「予定よりも大幅に遅延している」との分析を示した。英ガーディアン紙が5月に報じた。

北大西洋条約機構(NATO)のミルチャ・ジョアナ事務次長も同じく、ロシアの攻勢の衰えを指摘する。ジョアナ氏は5月、加盟各国外相との非公式の会談に先立つスピーチのなかで、「ロシアの残忍な侵略は勢いを失いつつある」との見解を示した。氏はNATO加盟国による支援を念頭に、「ウクライナがこの戦争に勝利できることを確信している」とも明言している。

米CNNの記者がプーチンへのメッセージを求めると、ジョアナ氏は次のように応じた。「したがって我々がプーチン氏に送りたいメッセージは、彼らが第2次世界大戦後としては最も残忍かつ皮肉な戦争を仕掛けたのだということだ。おそらく彼は、ウクライナの人々の勇気と西側の政治的結束にただただ驚愕(きょうがく)していることだろう」

■忍び寄る戦線崩壊の足音

戦闘が予想外に長期化したことで、プーチンと軍上層部は国内からの批判にも対峙(たいじ)しなければならない厳しい状況に追い込まれた。本来ならば違法である入隊4カ月未満の若い兵士たちが戦地に送られ、その家族らが安否を気遣い眠れない夜を過ごしている。

高給に惹かれ、自らの意思で軍に関わった契約軍人に関しては、戦地での厳しい生活は織り込み済みだったとの指摘もあるだろう。しかし、侵攻前の2021年に契約を交わした兵士たちの胸中は複雑だ。祖国の防衛のために命を懸けるならばいざ知らず、「特別軍事作戦」と称する侵略戦争に寄せ集めの部隊で参戦させられ、敵軍の食べ残しを拾って命をつなぐ日々が続く。

プロパガンダにより侵攻を正当化してきたプーチン政権も、遠からず国民感情の悪化に向き合うときを迎えるだろう。囁(ささや)かれるプーチンの健康状態の悪化を待つまでもなく、兵士の逃亡と欠員による戦線の崩壊で終わりを迎えるシナリオもあり得そうだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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