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手取り月収は20万円足らず…「"2億円"給付金詐欺で現役国税職員が逮捕」を元国税職員が予期していた理由

プレジデントオンライン / 2022年6月7日 11時15分

画像=経済産業省ホームページより

2022年6月、東京国税局鶴見税務署の職員(24)、元大手証券会社社員(27)らが国の「持続化給付金」をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕された。現役職員が不正受給に加担するという衝撃的なニュースについて、元国税職員・小林義崇さんが知られざる若手国税職員の金銭事情とともに、事件の背景 に踏み込む――。

■現役国税職員が逮捕の衝撃

6月2日、元東京国税局職員の筆者にとって、非常にショッキングなニュースが目に飛び込んできた。国から支給される「持続化給付金」をだまし取ったとして、東京国税局鶴見税務署に勤める現役職員を含む仮想通貨投資グループに関係する20代の男女7人が逮捕されたのだ(主犯格の30代の男は、ドバイに逃亡中)。

このグループは、主にLINEのグループチャットで10~20代の高校生や大学生などに対して給付金を暗号資産に投資すると持ちかけたうえ「投資家なら個人事業主になるので、給付金を申請できる。投資すれば元金が2倍になる」「コロナ対策の持続化給付金がもらえる」などと虚偽の説明をし、不正受給をさせた疑いを持たれている。被害総額は2億円を超える見込みだ。

持続化給付金とは、新型コロナウイルス感染症の経済対策として臨時的に導入された給付金である。売り上げが前年同月比50%以上減少している個人事業主に最大100万円、法人に最大200万円が支給された。

事業者をスピーディーに救済することを目的に、持続化給付金の手続きは他の事業者支援制度よりも簡素化されていた。身分証や売上台帳の写し、確定申告書の控えなどを用意してネットで申請し、書類審査で問題がなければ給付金が支払われたのだ。

そうして売り上げが落ち込んでいた多くの事業者が救済された一方で、不正受給の問題が起きてしまった。中小企業庁によると、すでに不正受給と認定した総額は12億円を超え、不正申請者による自主返還は約166億円に上ったという。

持続化給付金の不正受給はたびたびニュースになってきたが、今回は現役国税職員が逮捕されたことで、さらにセンセーショナルに報道されていると感じる。現在の状況は、日々真面目に仕事をしている国税職員にとっては迷惑以外の何ものでもないだろう。

しかし、元国税職員として今回の事件の背景を考えると、少し複雑な気持ちになる。この事件は決して許されるものではないが、起こるべくして起こったものだと思うからだ。

■金銭がらみの不祥事が相次ぐ国税

私は以前から、今回のような事件は起きると考えていた。その理由は大きく2つある。

1つめの理由は、税務の基礎知識がある者であれば、持続化給付金の必要書類を簡単に用意できたという点だ。知識の差だけで考えれば、一般の人よりも税務職員のほうが不正受給を起こしやすい状況にあったといえる。

2つめの理由は、近年報道された国税関係の不祥事を受けてのものだ。以下のとおり金銭がらみのものが目立つのだ。実は今回の事件と同様の持続化給付金関連の詐欺事件も2020年に発生している。

2020年9月:栃木県内の税務署に勤める30代の職員が、勤務時間中にFX取引をしたとして減給10分の2の処分

2020年12月:山梨県内の税務署に勤める20代の職員が、国の持続化給付金の詐欺容疑で逮捕され、懲戒免職処分

2021年11月:群馬県内の税務署に勤める50代の職員が、扶養手当の不正受給をしたとして停職処分(同日付で退職)

2021年7月:京都府内の税務署に勤める50代の職員が、勤務時間中に株取引をしていたとして停職処分(同日付で退職)

2022年1月:東京都内の税務署に勤める20代の職員が、兼業許可を得ずに風俗店で働いていたとして停職処分(同日付で退職)

人事院の公開情報によると、国税庁の懲戒処分件数はトップクラスだ。2019(平成31)年は全省庁中トップ(法務省と同数)、2020(令和2)年および2021(令和3)年は法務省に次ぐ2位となっている。これらの懲戒処分のなかには、酒気帯び運転や暴力事件などもあるが、報道を見るとやはり金銭がらみのものが目立つ印象を拭えない。

一般の人からすると、安定した給料がもらえる公務員がこのような行為に走ってしまうことを理解できないかもしれない。しかし、かつて組織の中にいた私の考えは少し違う。公務員だからこそ、危険な儲け話に手を出しやすい事情があるのだ。

警視庁
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■国税職員の“リアルな”収入

今回の事件に関する報道で、国税職員の平均給与が約43万円であることを引き合いに出しているものがあった。しかし、国税職員は年功序列の賃金体系になっており、単に平均給与を見てもあまり意味はないだろう。今回逮捕された職員が24歳という点を考えれば、平均給与よりも初任給のほうが実情に合っているはずだ。

国税庁ホームページ・募集要項より
画像=国税庁ホームページより

逮捕された職員は高校卒業後の2017年4月に東京国税局に採用されている。高卒採用の場合、採用後に1年間の普通科研修を受け、これを卒業すると約17万円の月給になる。逮捕された職員の勤続年数や勤務地などの状況を踏まえると、逮捕時点の手取り給与は20万円に達しない水準であったと思われる。

年功序列賃金の公務員だから、若いうちはどうしても生活は苦しくなる。筆者は国税専門官採用だったので逮捕された職員よりも高い初任給を得ていたが、それでも決してゆとりはなかった。

これは筆者が国税職員だった2017年までの話なので今は状況が変わっているかもしれないが、国税職員には特殊な支出がある。たとえば労働組合の組合費や、自費の社員旅行のための積立金、たびたび行われる飲み会代など。これらの支払いは強制ではないものの若手職員にとって拒否しづらいものだ。こうした支払いがあると、確実に生活は圧迫されてしまう。

逮捕された職員は、投資セミナーに参加し、その後、暗号資産の投資グループに入ったことで、今回の事件に発展したと報道されている。私はその職員の置かれていた状況をすべて把握しているわけではないが、「お金がほしい」という動機があったことは容易に想像できる。

もちろん、どんな事情があったにせよ不正受給は許されることではなく逮捕された職員は法に基づいて裁きを受けるべきだ。ただ、事件の背景を正しく理解しなければ、また同じことが起きてしまうだろう。

■公務員の副業禁止を見直すべき

ここからは、今後のことを考えたい。同様の事件が起きないようにするために何を変えるべきなのだろうか。

おそらく、事件を受けて国税局や税務署は職員に対する監視を強めるだろうし、注意喚起のための研修がなされるだろう。でも、それだけで事件を防げるとは思えない。

私の考える対策は、「公務員が収入を得る選択肢を増やす」ということだ。要するに公務員の副業を、守秘義務などを守ることを前提に解禁し、“まっとう”に稼げる仕組みを作ることが、不祥事の抑止につながると考えている。

公務員は原則として副業を許されていない。だから、収入を増やしたくなった職員が最初に考えるのが「投資」だ。しかし、利益を確実にするには数十年単位の長期投資がセオリーだと言われる。投資をしたからといってすぐに目の前の生活はよくならないし、そもそも若手職員なら投資をするお金自体がないかもしれない。

すると次に考えるのは、信用取引やFXといったリスクの高い投資か、隠れて副業をすることだろう。先に挙げた懲戒処分の事例は、まさにそのような背景があったことがうかがえる。

無論、そのように考えたとしても実行する職員はまれだ。懲戒処分のリスクを考えれば、失うものがあまりに大きい。でも全国に約5万6000人いる国税職員のうち数人がネットなどの甘い言葉に誘われ、不正をはたらいたとしても私は驚かない。

薄暗い部屋で電話をかける男性
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

公務員の副業が禁止されているのは、「職務専念義務」が規定されている国家公務員法に基づく。公務員は国民全体の奉仕者であり、公平中立であることが求められているから、公務以外のことはするな、ということである。

小林 義崇『節税の全ワザ』(きずな出版)
小林 義崇『節税の全ワザ』(きずな出版)

しかし、今はかつてより国税職員の退職金や年金などの待遇は悪化し、社会保険料などの負担も増している。働き方改革の流れを受け残業代も当てにできない。「公務員の給料だけでは足りない」と感じる職員は年々増えているはずだ。

国税職員だった頃、私より上の世代の職員には「組織にいれば一生安泰」という信頼があるように見えた。この組織への信頼は、不正の抑止につながったと考えられる。しかし今の職員、とりわけ若い職員にそうした信頼があるのだろうか? 「組織に一生を預けられないから、リスクを取って不正に手を染める」と考える職員が出てきてもおかしくはない。

あらためて強調したいが、大半の国税職員は今もきちんと職務専念義務のルールを守っている。だが、そのルールに無理が生じているのであれば、時代に合わせた抜本的な改革が必要ではないだろうか。

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小林 義崇(こばやし・よしたか)
フリーライター
国税局の国税専門官、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所に勤務。2017年、金融関係のフリーライターに転身。著書に『すみません、金利ってなんですか?』(サンマーク出版)などがある。

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(フリーライター 小林 義崇)

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