1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

三浦友和、長澤まさみ、鈴木保奈美…中国で「日本人俳優が大量登場する映画」が異例の大ヒットになったワケ

プレジデントオンライン / 2022年6月16日 11時15分

張哲瀚さんが出演していた『琅琊榜』のポスター(写真=『琅琊榜』公式サイトより)

世界最大の映画市場をもつ中国で、過去最高の大ヒットとなった映画『唐人街探偵 東京MISSION』(2021年公開)の舞台は「東京」だった。そのため、この映画には日本人俳優も多数出演している。ノンフィクション作家の青樹明子さんは「ここ数年で中国の反日感情は高まりつつあるが、日本のエンタメや俳優の人気は衰えていない」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、青樹明子『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

■とある若手俳優の芸能界追放劇

2021年、芸能界に粛清の嵐が吹き荒れた頃、何人かのスターたちが「封殺」され、事実上芸能界から消されてしまうことになった。なかには「日本」との関連性により、抹殺されたスターもいる。人気俳優の張哲瀚さんである。

張哲瀚は1991年生まれ、中国ではいまだに大人気の神ドラマ『琅琊榜(ろうやぼう)』で主人公の若年時代を演じ、一躍人気スターとなった。「国宝級イケメン」の一人になり、順調に実績を積んでいき、とうとう大型歴史ドラマの主役をつかんだのである。大スターへの道が約束されたちょうどその頃、事件は突然起こった。

2021年8月12日。張哲瀚が2年前の2019年に友人の結婚式に参加した折の写真がネット民によってアップされた。結婚式は「乃木神社」で行われたといい、神社に祀られているのが「大日本帝国陸軍大将」乃木希典であることが、中国人民をおおいに刺激した。

乃木神社での結婚式がネットで炎上したのを受けて、「過去の罪状」も明らかになっていく。あまり公にはしていなかったようだが、彼は以前、日本に留学経験があった。その折、東京の色々な観光名所をめぐったようだが、靖国神社もそのひとつである。靖国神社で撮った写真も同時に問題になった。

8月中旬というのは、中国では最も「敏感」な時期である。日本の中国侵略にからめ、あらゆるメディアで「反日」がクローズアップされるのである。

乃木神社・靖国神社と連鎖し、「人民日報」などで、厳しく批判された。その結果、新進スター・張哲瀚は、たった一日で、封殺されてしまったのである。

■約1140億円を使って作られた「小京都」も営業停止に

ネット炎上が8月12日で、翌日の8月13日、CM出演していた複数の大手ブランドとの契約が、その日すべて打ち切られた。撮影中だった主演作品も降板を余儀なくされ、事実上芸能界から追放されてしまい、取り消された広告契約は26社以上に上るようだ。

1991年生まれの彼は、事件当時まだ30歳である。留学した先での思い出の数々をSNSに投稿しただけで、輝ける前途を一瞬にして失うことになった。それはあまりに酷である。

張哲瀚事件のほぼ2週間後、今度は「京都」が消される羽目に陥った。

コロナ蔓延直前まで、日本中がインバウンド特需に沸いていた。特に目立ったのは中国人の訪日観光客である。数の多さとともに、「爆買い」という言葉も生み、中国人の海外旅行先で人気ナンバーワンだったのは日本である。

それがコロナで「ご破算」となった。

対面での交流が失われると、何が起きたか。反感を伴う双方への不信感である。良くも悪くも、接触がなくなると、尖閣問題もコロナ問題も、対話の糸口さえ見出せない。

そんななかで起きたのが「小京都」問題だ。

「小京都」とは、2021年夏、中国東北部・大連に東京ドーム13個分の敷地を使い、60億元(約1140億円)の資金が投入されて造られた模擬都市である。中国人が大好きだった「京都」の再現だったが、わずか1週間で営業停止に追い込まれる。あまりに「日本」が前面に出すぎていたため、ネットで「日本文化の侵入」などと批判が集中したことが理由だといわれる。

■ここ数年で日本への印象は驚くほど悪化している

「小京都」には、1200戸の住宅と90軒の店舗が設置予定で、停止時点で完成していた300戸の住宅はすでに完売状態だった。店舗も、日本の家電メーカー、北海道物産店、日本料理店などがあり、8月25日に街開きが行われると、観光客が多く訪れていたという。

それから約半年後。「小京都」は名称を変えて再スタートを切ることになる。当初の「盛唐・小京都」から、「金石万巷」と、日本とは無関係の名前に変わった。街に展開する日本料理店も、日本を前面に出さないような店名にするよう指導を受ける。たとえばカレーパン店「神戸異人館」は、ラーメンの提供もあったので「味噌拉麺」という店名になったという(ハフポスト日本版、2022年1月19日)。

そして、日本色を薄めるために、日本以外の国も出店するようになったという。北朝鮮の「平壌冷麺」やスペイン、イタリア、ロシア、モンゴルなどの料理店が並んだ。

2021年、言論NPOと中国国際出版集団が共同で行った調査によると、中国人回答者の66%が日本に「良くない」印象を持つと答えた。訪日観光客が束になって訪れていたほんの数年前は、半数近くが日本に良い印象を持っていたのに比べて、驚くほど悪化している。日本政府が20年に香港国家安全維持法に「遺憾」を表明したこと、ウイグル問題でアメリカ政府に同調する動きなどが影響したようである。

このように、2021年は日中間で様々な出来事が起きた。だが、その年のスタート時点では、思いもよらない出来事が起きていた。春節映画の興行成績である。

■コロナ禍でも沸き立つ中国の映画市場

中国を拠点にして活動する日本人俳優・大塚匡将さんは、香港出身のスター・ジャッキー・チェンさんに憧れて中国に渡った。大陸から香港映画界への足掛かりを探ろうとしたのである。何年か後、ついに夢にまで見たジャッキーさんに会う機会が訪れた。

「私はあなたに会いたいがために中国に来ました。いつかは香港で映画に参加したいです!」

するとジャッキー・チェンさんは笑いながら言ったという。

「わざわざ香港に来る必要はないよ。香港映画界は、ほとんど大陸に移動してきているんだからね」

その言葉の意味を、大塚さんはほどなく知ることになった。

かつて「アジアのハリウッド」と称された香港映画界は今や中国に取って代わられ、それどころか中国エンターテインメント界は、本場ハリウッドを凌ぐまでに急成長している。それを端的に示しているのが、映画の興行成績である。特に春節(旧正月)映画がもたらす巨額の富は、世界の予想をはるかに超えている。

2020年の春節はコロナ禍ということもあり閉鎖された映画館も多かった。翌2021年はまさにそのリベンジが起き、前売りの段階から記録を更新していた。21年1月29日午前8時。春節映画・前売り券が発売になったが、5日目の2月2日午前8時には、販売額が2億1500万元(約40億円)を超えたという。

前売り販売額は、公開後の数字にもきちんと反映する。春節初日の2月12日。興行収入は21億元(約399億円)を突破し、1日当たりの数字としては中国映画市場における過去最高の数字である。世界中のエンターテインメント界がコロナ禍に苦しむなか、世界記録も更新したことになる。

■長澤まさみや妻夫木聡が出演した映画が大ヒット

そんな春節映画で、前売りランキング、そして興行成績ともに首位を獲得したのが、《唐人街探案3》(『唐人街探偵 東京MISSION』、別名『僕はチャイナタウンの名探偵3』)である。

前売り券の売り上げは9億6800万元で中国映画史上最高を記録した。公開初日には、10億5800万元(約201億円)を売り上げて世界記録を更新、そして公開後4日間で29億元(約551億円)を突破した。

『唐人街探偵 東京MISSION』の日本向けポスター
『唐人街探偵 東京MISSION』の日本向けポスター(写真=『唐人街探偵 東京MISSION』公式サイトより)

異例の大ヒットと言っていい。

中国・映画興行の数字を塗り替えたこの作品は、人気シリーズの第3作である。同時に日本人として無視できないのは、舞台が日本であるということだ。中国のスター、劉昊然さん演じる青年探偵と王宝強さん演じる彼の叔父が、世界のチャイナタウンで起こる事件を解決していくというミステリー・コメディーで、1作目はタイ、2作目はニューヨーク、そして3作目が東京である。

密室殺人事件を軸に、温泉、相撲、歌舞伎町などが次々と登場し、中国人がイメージする「日本」が満載だ。そこに「やくざ」がからみ、「日本度」は沸点に達していた。

出演者も豪華である。中国側の主演二人は言うまでもなく中国国内の人気スターだし、共演の日本人俳優は、中華圏での知名度が高い大物がこぞって登場する。

中国でも人気が高い長澤まさみさん
中国でも人気が高い長澤まさみさん(写真=『唐人街探偵 東京MISSION』公式サイトより)

前作から出演している妻夫木聡さん、台湾映画に中国語で主演した長澤まさみさんをはじめ、中華圏ではいまだに「神スター」の三浦友和さん(山口百恵さんと共演した「赤いシリーズ」は、10億人が見たといわれる)、日本語学習者のバイブル『東京ラブストーリー』のヒロイン鈴木保奈美さん、そして日中合作映画『空海』で主演した染谷将太さん、中国映画に出演経験があり、中国で知名度のある浅野忠信さんなどである。

■大ヒット映画の影響で北海道に観光客が殺到

思い起こすのが2008年の映画『狙った恋の落とし方。(非誠勿擾)』である。

こちらも中国映画史上記録に残る大ヒット作だが、映画後半の舞台は、日本の北海道だった。釧路、阿寒湖、網走、厚岸、斜里、美幌などの美しい風景が描かれ、この作品を契機に、中国で北海道観光ブームが巻き起こった。

これが日本経済に与えた影響は改めて言うまでもない。北海道への中国人観光客が激増し、釧路空港への国際便乗り入れも増加した。また、いいことか悪いことかは別にしても、中国人投資家による北海道の土地購入も増えた。

中国人になぜ北海道が好きかと尋ねると「高倉健さんの映画」「狙った恋の落とし方。」と、このふたつの影響を挙げる人は多い。

コロナでインバウンド観光が消滅して2年になる。しかし疫病はいつかは収まるものだ。北海道ブームの次は東京・チャイナタウンかもしれず、別の都市かもしれない。しかし、いつどこで、どう風向きが変わるかわからないので、準備だけはしっかりしておく必要がある。

■40年たっても変わらない「神スター」

いずれにしても、《唐人街探案3》は、2021年春節の話題の中心にあったことは間違いない。そんななか、満足度が高いとした人は、どういう点に賛同したのだろうか。それは「東京」と「日本人スター」である。

「《名偵探柯南(名探偵コナン)》を思い起こす。東京の今が見られたのは嬉しい」
「日本人俳優の存在感が素晴らしかった。三浦友和と長澤まさみが特にいい。二人の演技は精彩を放ち、作品の世界を昇華させている。日本語に好感を持った」

なかでも三浦友和さんには高い評価が寄せられた。

「三浦友和は確かに年を取った。しかしそれでもかっこいいおじさんだ」
「この映画には、若くて美しい俳優が多く出演している。しかし最も魅力的だったのは、69歳の三浦友和だ。一人の男性が、一生涯このように美しく輝けるのだということを、我々に教えてくれた」
「三浦友和が演じたのは『やくざの親分』で、中国人の心にある彼のイメージとは程遠い。しかし演技に説得力があり、複雑な心の内を深く表現していて、見るものに深い印象を刻み、記憶に残る演技だった」

中国で「神スター」と呼ばれている三浦友和さん
中国で「神スター」と呼ばれている三浦友和さん(写真=『唐人街探偵 東京MISSION』公式サイトより)

驚くほどの高評価である。

青樹明子『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』(日経プレミアシリーズ)
青樹明子『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』(日経プレミアシリーズ)

鈴木保奈美さんも同様だ。鈴木さん出演のドラマ、『東京ラブストーリー』はDVDや動画サイトなどでずっと人気の作品である。特に、青春時代にドラマを見た40代、50代の中国人ファンにとっては、30年以上変わらぬスターでもある。

ファンの声を探ると、「声を聞いた途端に赤名リカを思い出した!」「昔を思い出す。赤名リカのファッションが、私のおしゃれの原点だった」

鈴木さんは中国版フェイスブック「微博」(Weibo)で、映画撮影時に撮った三浦友和さんとのツーショットを公開した。これに対し「あなたたちのために映画館に行きました」などのコメントが寄せられたという。

コロナ以降、なんとなくざわついていた日中関係だが、《唐人街探案3》は、日本に放たれた良い意味での一本の矢だったのかもしれない。

■日中関係が悪化しても中国人には独自の“愛し方”がある

中国人には独自の愛し方がある。一度心をつかんだら、半世紀たっても変わらない。その代表例が高倉健さんや山口百恵さんである。高倉健さんがお亡くなりになったのは、日中関係が氷河期といわれ、最悪を更新していた時だった。それでも多くの人が日本大使館前に献花し、メディアもこぞって追悼番組を放送した。

中国人独自の「愛し方」は、人でも物でもほぼ同じだ。日中で活躍する中国人ジャーナリストは、青年期に初めて訪日した際乗ったのが「全日空機」だったため、それ以降ずっと変わらず「全日空機」を使っているという。

----------

青樹 明子(あおき・あきこ)
ノンフィクション作家
愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。

----------

(ノンフィクション作家 青樹 明子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください