子供たちの前で威張ることでしか存在感を示せない…そんな残念な熱血教師がいまだに頼りにされるワケ
プレジデントオンライン / 2022年6月18日 15時15分
※本稿は、川上康則『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)の一部を再編集したものです。
■こじらせ教師が醸し出す、独特の雰囲気
ある朝のことです。
私は、いつものように廊下ですれ違う子どもに「おはよう」と声をかけました。いつもは視線がちゃんと合う子どもなのに、その日は、全く返事がありません。そして私の肩越しに、かなり遠くの方を見ているのが分かりました。
そんなことが何度かあり、その子どもが何に注目しているのか、視線の先を確認するようにしました。すると、その先にはいつも「かなり圧の強い」教師がいました。教師がどう行動するかをうかがっている様子がはっきりと分かりました。
言葉でのやりとりがあまり見られない知的障害がある子どもたちも、大人の支配的な圧を敏感に感じ取ることがあります。むしろ、自分の思いを上手く表現できずにいるからこそ、周囲に事実が伝わらないことが多々あるのではないでしょうか。その経験から、私は、自分以外の大人といる時のその子どもの視線や表情を確認するようになりました。
教師の中には、
「私についてくれば間違いないからね」
「おれが全てを握っているからな」
といった雰囲気を醸し出しながら、子どもを自分の「子分」にしていく方がいます。圧をかけるだけでなく、ときに褒めることもしながら、相手をコントロールしていきます。
そうしたかかわりを続けていくうちに、その教師の前だけはいい子を演じるようになり、その他の場では行動が荒れるということがあります。中にはこのことを「学校で頑張っているから、家ではわがままを言わせてあげてください」と説明する教師もいます。
■「強面キャラ」役割を演じ続け、人格が変わっていく
また、紹介したあいさつのエピソードのように、他の教師の前ではすごく穏やかな表情をしているのに、ある人が視界に入ると、急にぴりっとした雰囲気になったり、恐れ戦くような表情になっていたりすることもあるかもしれません。
教師側の全てに、子どもを怖がらせたい、子どもを支配したいという意図があるわけではないと思いますが、結果として、「教室マルトリートメント」(※)になってしまっているということは多々あります。
※子どもの心を傷つける不適切な指導を表す筆者造語。「マルトリートメント」そのものは、不適切なかかわり・好ましくない子育てを表す概念
学校は、一歩間違えれば、洗脳による支配が往々にして起き得る場だということに十分留意しなければならないと思います。それだけ、学校は特殊空間であるということです。
学校の中には、生徒指導上「強面キャラ」「厳格な父親的キャラ」を求められる雰囲気があります。いわゆる「あの先生が一喝すれば、ビシッとする」的な存在の教師です。仮に「役割として求められている」という認識があったとしても、それが繰り返されれば人格まで変わっていきます。
そして、誰もその人に意見できない空気感を漂わせ、その人自身も自分の立場に依存するようになります。職員室でも教室でも、相手にマウントをとることでしか自分の存在を示せない教師になってしまうことは、とても怖いことだと思います。
■こじらせ教師化を予防する他者の視線
教師にはみな、こじらせ教師の「予備軍」的なところがあります。もちろん、私もしかりです。
ある日、フラッシュバックがきっかけとなり、破壊行為が始まった生徒がいました。
その子は教室のドアを蹴り倒し、さらに壁にも大きな穴をあけました。その子の体を後方から淡々と抑えながら、一方でこれからやらねばならないことを頭の中で整理していました。同僚を呼ぶ言葉かけ、管理職への状況の報告、ドアや壁の修繕をお願いする連絡……などなどです。謝罪もしながらお願いもしなければなりませんし、報告書の提出が求められるかもしれません。
そんなことを考えていた矢先、その子の後方への頭突きが私の顎にヒットしました。脳が大きく揺れるような感じがして、クラッとしました。二回、三回と連続して入り、眼鏡が吹き飛び、自分の歯から来る衝撃で口の中が血だらけになりました。
自分の身の危険を感じるような事態に陥ると、誰でもこのままでは心を保てなくなるのではないかという怖さを感じます。そのため、近くにいた同僚に「そばにいて、私のことを見ていてほしい」と頼みました。
誰かの視線があるだけでも、冷静さをキープできます。「事の顛末を見届けてくれる人がいる」と思うだけでも、自分を客観視できますし、冷静に対応できます。それだけ、他者の視線は、自身の行動のコントロールに大きな影響をもたらすものだと言えます。
その一方で、もし客観視を促してくれる他者の存在がなかった場合、いとも簡単に「こじらせ教師」になってしまうのではないかとも感じました。教師という仕事は「不安常在」です。常に不安と隣り合わせだということが、自分をこじらせていくことにつながりやすいことを実感した瞬間でした。
教師も人間である以上、常に完璧なふるまいをするのは難しいです。自分の中にある「理想の教師像」と乖離し始めた時に、他者の視線を意識しつつ、それを心の支えとしながら自分を見つめ直す具体的な機会が必要なのだと思います。
そのような視点に立てば、どの教師にもみな、「教室マルトリートメント予備軍」的なところがあり、それは孤立を防ぐことで解決に近づくと考えられます。職員室内が温かい空気感で包まれ、そこにポジティブでお互いを尊重し合う対話があること。これこそが、教室マルトリートメントを予防する最大のカギだと言えるのではないでしょうか。
■個人の特性だけではなく職場の雰囲気が影響している
教育と隣接領域とされる保育の現場では、保育者(保育士等)による「マルトリートメント」の事案が1980年代から何度か社会的に注目されてきました。幼児に対して、叩く、つねる、小突く、言うことを聞かない子を怒鳴りつけたり、暴言を吐いたりする、さらに好き嫌いがある子どもの口に無理やり食べ物を押し込む、などです。
植村善太郎氏と松岡恵子氏(2020)による研究論文「保育におけるマルトリートメントと関連する組織要因の探索」では、保育現場におけるマルトリートメント行為は、保育者の個人的な特性のみで説明されるものではなく、周囲の状況が影響していることが言及されています。具体的に言えば、職場の人間関係やチームワークがよい場合には、マルトリートメント行為が減ることが示唆されたのです。
【引用】植村善太郎・松岡恵子「保育におけるマルトリートメントと関連する組織要因の探索」『福岡教育大学紀要』第69号第4分冊、2020年、9-15頁
チームワークは多面的に捉えられる概念ですが、この論文の中では、チームワークを構成する要件として以下の三点が示されています。
①職員同士の情報共有
②保育方法や考え方の統一
③園長や主任のリーダーシップ
同研究では、職員間のチームワークやコミュニケーションの重要性が指摘されています。特に、コミュニケーションが少なく、目標や規範が共有されていない組織には「隙間」があり、「同僚に見られている」あるいは「同僚に支えられている」という意識が薄れることが、マルトリートメントを生じやすくするのではないかと分析されていました。さらに、一人がマルトリートメント行為を目にすると、同調者が増えていってしまうというプロセスも存在するのかもしれないとも論じられています。
この研究は保育の現場を対象としたものではありますが、学校教育の現場においても重要な示唆をもたらすものと言えるのではないでしょうか。
■教室マルトリートメントが生じにくい学校の雰囲気5つ
組織内に漂う雰囲気や空気感のことを、「組織風土」(organizational climate)あるいは「組織文化」(organizational culture)と言います。チームワークがよい学校では、教師同士はもちろんのこと、校内の関係者がチーム一丸となって子どもたちの成長を支えていて、そのような職員室は、自然と以下のような雰囲気で包まれたものになります。
①達成すべき目標の共有
②職員間での協力関係
③それぞれの役割の明確化
④お互いの立場の尊重
⑤前向きな内容のコミュニケーション
読者のみなさんの職員室はどのような空気感に包まれていますか(教職員以外の方が本稿をお読みになっている場合は、ご自身が過去に通っていた学校の職員室の雰囲気を思い出していただいたり、お子さまが通っている学校の職員室の状況を確認したりするとよいと思います)。
和気あいあいとしているでしょうか。ちょっとしたことでも、気軽に助け合える雰囲気ができているでしょうか。
それともピリピリとしているでしょうか。対話がなく、相手のミスやエラーを指摘し合うような苦しさが感じられる職員室になっているということはありませんか。後者のような雰囲気の職員室は、その場の居心地を悪くさせ、非常にストレスフルな職場になります。
■教師の間に存在する「有無を言わせない主従関係」
以前一緒に仕事をしたことがある先生の中に、気の弱い部分がある人がいました。その人がいる学年の主任は非常に強い圧をかける教師で、子どもたちだけでなく、同僚の教師にも厳しく目を光らせる人でした。
心理的虐待に似たかかわりをする学年主任から子どもたちを守ろうとするあまり、気の弱いその先生は「子どもたちが学年主任に厳しく言われないように、先回りして子どもたちに圧をかける」という指導をしてしまっていたと述懐してくれました。
自分よりも立場の強い人に怒鳴られないように「私が先にやっておきました」という気持ちで子どもに圧をかける姿勢は、まるで亭主関白で厳格な父親とそれに従わざる得ない立場の弱い母親のような構図に見えます。
日本の学校には依然として、こうしたかつての「家父長制」とも呼べるような、有無を言わせない主従関係が残っている学校が少なくないように思います。特に、管理職が職員室の雰囲気を下支えするような気持ちをもっておらず、まるで全権を掌握しているかのような縦社会をつくっている場合は、極めて閉鎖的にならざるを得ない危険性をもはらんでいます。
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東京都立矢口特別支援学校主任教諭
立教大学卒業、筑波大学大学院修了。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザーとして、NHK Eテレ『ストレッチマンV 』『ストレッチマン・ゴールド』番組委員、一般社団法人日本授業UD学会理事などを務める。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育とともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『子どもの心の受け止め方』(光村図書出版)、『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)などがある。
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(東京都立矢口特別支援学校主任教諭 川上 康則)
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