20代のウクライナ人女性が"新戦力"に…「錦糸町のロシアンパブ大盛況」という記事が突きつけること
プレジデントオンライン / 2022年6月9日 17時15分
■「金髪碧眼の女性たちが、ずらりと並んでお迎え」
週刊誌の1本のなにげない短い記事が、大きな問題を提起していることがある。
週刊新潮(6/2日号、以下、新潮)が報じた、東京・錦糸町のロシアンパブが、避難してきたウクライナ人女性が働いていて大人気だという、一見たわいもない風俗記事を読んで、私は考え込んでしまった。
短い記事なので、そのほとんどを紹介することになってしまうが、新潮編集部には、ご寛容のほどお願い申し上げる。
新潮は、東京の錦糸町にある一軒のロシアンパブが、連日大盛況だと報じている。
その理由をライバル店の店員がこう語る。
「今あそこは、二十歳そこそこの娘をはじめ、20代のウクライナ人が何人も働いている。他店と違い、“新戦力”を備えているのが人気の理由でしょう」
その店は錦糸町駅からすぐ近くの雑居ビルにあり、収容人数は40人ぐらいだというから、中規模店のようだ。ウイスキーなどの飲み放題付きで60分5000円、リーズナブルな店のようである。
新潮の記者が店を訪れると、「金髪碧眼の女性たちが、ずらりと並んでお迎えしてくれる」
店で働いているウクライナ人の、アンナさん(27・仮名)は、こう話したという。
「私は1カ月前に、ハンガリーの国境に近い街から、トルコのイスタンブールを経由して日本に来ました。家族は国に残したままです。男の人の場合、出国は許されません。なので、お父さんと弟が徴兵されて戦場に送り込まれやしないか、不安で仕方ありません」
■「わざわざ避難民を呼び寄せている」
彼女は「避難民」として来日しているため、日本国内で1年間の就労が可能になる「特定活動ビザ」を付与されている。
先のライバル店の店員はこういう。
「偽装結婚が横行して、入管の対応が厳しくなり、15年ほど前から若い娘が入らなくなった。結果的に現在、都内のロシアンパブで働くパブ嬢は、ほとんどが30代か40代。ですが、あの店はわざわざウクライナの避難民を呼び寄せている」
他の店では、働いている女性たちの家賃などは店側の負担になるが、アンナさんのような避難民は、都営住宅を用意されているから、「タダで暮らせる。店側にすれば、コストがかからず、ホステスの新陳代謝が図れる」(新潮)と、両者にウィンウィンの関係があるようだ。
だが、新潮は、特定活動ビザを持っていても、風営法が適用される店などでは働くことができないと指摘している。
入管法に詳しい高橋済弁護士がこういう。
「避難民の方が、そうした店で専(もっぱ)ら働いていると明らかになった場合、形式的には強制退去処分されるおそれもあります」
また店側にも、「不法就労を助長した罪で3年以下の懲役や300万円以下の罰金が科せられる可能性があります」(同)
■外国人パブといえばフィリピンだったが…
新潮は、「もっとも、激しい戦火から逃れ、言葉の壁もある中で糊口をしのぐ彼女たちを、強く責めることはできまい」として、「当局が法令通り避難民の退去を強制すれば、世論はどう受け止めるだろうか……」と締めている。
私はロシアンパブというのは行ったことがないが、やはり錦糸町などを中心に雨後の筍のように全国に増殖していったフィリピンパブなら、何度か行ったことがある。
小柄でフレンドリーなフィリピン女性に、日本の男たちは魅かれた。私の友人もその1人で、ついには妻と離婚し、彼女と結婚してフィリピンへ移住してしまった。
元々、日本の男たちはフィリピン女性が好きで、中年男性たちがツアーを組んで「買春」に出かけていたことが、世界的に批判されたことがあった。
歌も踊りもうまい彼女たちに加え、そうしたクラブのバンドのほとんどがフィリピンバンドだった時代が、わずか二昔前には日本中にあったのだ。
当時、彼女、彼らは、「興行ビザ」で入国して働いていた。フィリピン政府も「海外雇用庁」をつくり、出稼ぎを奨励していたほどだった。
だが、2004年にアメリカの国務省が、日本を「人身売買容認国」と名指しし、女性の興行ビザによる入国は、性的搾取による人身売買で、被害者である外国人女性たちを保護していないと非難したのだ。
■旧ソ連国からやってきた人が多かった
アメリカにいわれれば何も考えずにすぐ動く日本は、興行ビザ運用の厳格化を決め、まもなく発行件数は激減したといわれる。全盛を誇ったフィリピンパブは、そのためもあって、あっという間に消えていった。
それと入れ替わるように目立ってきたのがロシアンパブなのだろう。
NEWSポストセブン(2月26日16時配信)によれば、
「東京の錦糸町に外国人バーが増え、なかでもロシアンパブという看板を掲げた店が1990年代に激増した。ロシア美女の接客触れ込みだったが、実際に働いているのはルーマニアやウクライナなど、ソ連崩壊によって独立した国からやってきた人が多かった。1991年のソビエト連邦崩壊から30年が経ったいまも、かつてほど目立たないがウクライナから出稼ぎにきている人たちがいる」
ロシアがウクライナに侵攻したのは2月24日。その前の21日に、NEWSポストセブンは錦糸町のロシアンパブで働いているウクライナ人女性をインタビューしている。当時、プーチン大統領はウクライナに侵攻しない、国境に配備した軍は一時撤退させるといっていたが、彼女は、「ロシアを信用するウクライナ人はいません」と語っている。
■「何度も奪われました、また奪おうとしてる」
「ロシアはそういう国です。ウクライナはいじめられて、奴隷にされたこともあります」
「何度も奪われました、また奪おうとしてる」
彼女はウクライナの日本語学校に通った経験もある国立大学卒のエリートだという。
その後、シングルマザーとなり、紆余曲折を経てコロナ禍より以前に来日した。彼女の所属する店も「ロシア美女」を広告の煽りに使っているがロシア人は少ないそうだ。
「ウクライナ人と言ってもロシア人と一緒にする人は多いです。仕方ないです」
嫌いなロシアの名がついたパブで働くことに抵抗感はあるのだろうが、その店はデリバリー形式だから、他の女性と会うことも少ないという。パブでデリバリー? ヘルスというのはあるが、それではあるまいな。
「彼女の来日の理由は就職とお金だが、在留できている理由はあえて問わなかった。芸能や日本の企業就職、外国人講師など『在留資格認定証明書』は様々な形で交付される。『招へい人』と呼ばれる身元保証人のような形もある。残した家族のために異国で生きるとは並大抵のことではない」(NEWSポストセブン)
■難民ではなく「避難民」とする日本政府の問題
日本人の大多数はロシア嫌いだといわれるそうだ。そのロシアからいじめられているウクライナ人はかわいそう、助けてやらなくてはと考える日本人は多いはずだから、彼女たちを雇えば客は来る。
私たちはウクライナ女性たちを助けている、皆さんもボランティアのつもりで飲みに来てくれませんか。そんな“商魂”が透けて見えてくる。
先の新潮の記事は、週刊誌によくある風俗探訪記事だが、私は、ここには大マスコミが書かない問題がいくつも隠されていると思っている。
一番重要な問題は、日本政府が“難民”とはせずに“避難民”とした欺瞞的なやり方である。
日本は、世界から「難民鎖国」と非難されるほど、難民に厳しすぎるとして有名な国である。だが今回のように、ロシアに理不尽に侵略され、雄々しく戦っているウクライナからの避難民たちを受け入れなければ、世論の反発にあうのは間違いない。
難民として受け入れれば、他の国から逃げてきた難民やその支持者たちから、差別ではないかと批判が起きることも考えられる。
そこで、知恵者がひねり出したのが避難民という呼称だったのであろう。
■1日2400円で暮らしていかなければならない
4月にポーランドを訪問していた林芳正外相が、ウクライナからの避難民をわずか20人だけ乗せて帰国したことが話題になったが、5月24日の時点で避難民は1040人になっているとNHK(5月24日18時01分)が報じている。
この人たちはあくまでも特例措置としての一時的な受け入れであり、難民条約や入管法に基づく「正規の難民」ではない。
東京都は、ウクライナから避難してきた人々に都営住宅を最大700戸用意するとしている。すでに20組以上が入居しているという。主な家具、家電は都が設置するが、住むとなると水道代や電気代は自腹だそうだ。
近くにウクライナ語やロシア語を話せる人間はいない。スーパーで買い物をするにも一苦労だ。日本語を勉強して仕事に就こうと努力する人もいるが、難しい日本語をマスターして仕事を見つけるのは簡単ではないはずだ。
日本政府は、「一時滞在先を出たあとは、一日当たり12歳以上は2400円で、2人目以降は1600円、11歳までは1200円を支給するとしています」(NHK、4月11日17時16分)
私は1日2400円では暮らせない。このほか、医療費をどうするのか、その際、医療通訳も必要になるが、その確保はできているのかなど、多くの課題があることは素人目にも分かる。
■世間が忘れた頃に特例をなくそうとするのではないか
日本政府は、いたずらに戦争を引き延ばすウクライナへの援助は即刻止めて、いま日本で困窮している避難民たちの支援に、そのカネを使うべきである。
しかし、戦争が早期に終結したとしても、すぐに帰国するのは難しいだろう。万が一、この戦争が長期化したら、日本政府は彼女、彼らをどう遇するつもりなのだろうか。
日本人は忘れやすい民族である。長期化すれば毎朝「遠い国の戦争」を報じていたワイドショーもやらなくなり、多くの日本人がウクライナ戦争のことを忘却していく。
そうなれば、世論に敏感な日本政府は、「避難民」という特例をなくそうとするのではないか。
生活の最低保障もなくなり、難民認定を受けられなければ“地獄”を見ることになるかもしれない。
だが、難民に冷酷なこの国で、難民認定を受けることは至難である。
2021年3月にスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で死亡した事件(遺族が国に対して約1億5600万円の損害賠償を求めた訴訟が6月8日、名古屋地裁で始まった)を追及している志葉玲氏は、『難民鎖国ニッポン』(かもがわ出版)の中で、
「『法の守護者』であるはずの法務省の外局、出入国在留管理庁(入管)は、本来は助けるべき存在である難民を難民として認めず、また、日本人と結婚していたり、家族が日本にいる等、この国での在留を望む外国人に対しても在留資格を与えず、こうした人々を収容施設に無期限で長期拘束(収容)している」
■日本の認定率は限りなくゼロに近い
「その中でウィシュマさんを含め、1997年以降、現在までに20人以上の人々が入管施設内で医療の不備や自殺などで命を落とし、数え切れないくらい多くの人々が、心や身体に大きなダメージを負わされている。日本の入管行政の非人道性は、弁護士会や人権団体等が指摘し、国連の人権関連の各委員会からも改善するよう、幾度も勧告されてきた」
日本は難民という定義を極めて狭くすることで、ほとんどの難民を拒絶してきた。難民申請をした人がどれだけ受け入れられたかという割合を示す「難民庇護申請認定率」というのがある。
難民を助ける会会長で立教大学教授の長有紀枝氏がビデオニュースで語ったところでは、2020年の日本の認定率は0.7%。カナダの75%、ドイツの52%、イギリスの22%、フランスの13%と比較しても、限りなくゼロに近いのである。
志葉氏が、なぜこうも少ないのかを法務省に問い合わせると、「地理的に遠い、言語の壁などの要因から、避難を余儀なくされている人々が多い国からの難民申請者が少ないためであって、日本が難民を拒絶しているわけではない」と回答したという。
■「鎖国」と呼ばれる政策が変わるきっかけになるのか
しかし、志葉氏は現実は違うという。全国難民弁護団連絡会議のまとめによると、2006年~2018年の統計で、スリランカからの難民申請は7058人だが、認定率は0%。オーストラリアでは39.1%、カナダでは78.3%。
ネパールからの申請は8964人だが0%。アメリカは29.7%、カナダでは61.7%。多くの人が難民化しているミャンマー人、内戦から逃れてきたシリア人、ミャンマーで迫害を受けているロヒンギャ難民たちも当然ながら冷遇している。
日本政府が今回のウクライナから逃れてきた人たちを難民ではなく、避難民とした理由が見えてくるではないか。
難民に固く門戸を閉ざしてきたこの国が、ウクライナ避難民を受け入れたことで、「鎖国」とまでいわれる難民政策を世界標準まで引き上げることができるきっかけになるのか。
新潮の短い1本の記事は、そのことを日本政府と日本国民に問うている。私は、そのように読んだ。
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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