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次々と市民が殺されても国連に止める力はない…ロシアのウクライナ侵攻が突きつける冷厳な現実

プレジデントオンライン / 2022年6月14日 15時15分

激戦が続くドネツク付近の前線で、アメリカが供与したM777榴弾砲を撃つウクライナ軍の兵士=2022年6月6日 - 写真=EPA/時事通信フォト

ロシアのウクライナ侵攻に対し、湾岸戦争時のような「多国籍軍」が編成される兆しはない。前ウクライナ大使の倉井高志さんは「国連の紛争解決システムは残念ながら機能しなかった。他国の軍事侵攻にはNATOのような集団防衛機構への加盟か、自国の軍事力で対抗するしかないという冷酷な現実を、われわれは突きつけられている」という――。(第4回)

※本稿は、倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■機能しなかった安保理の紛争解決システム

今回のロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、誰もが心の底では理解しながら口に出して言うには躊躇を感じる、いくつかの冷厳な事実を改めて認識させることとなった。

それは第一に、結局のところ「力には力で対処するしかない」ということ。第二は「軍事大国に対抗するためには自ら軍事大国になるか、あるいは軍事大国を含む集団防衛体制の中に組み込まれるしかない」ということ。そして第三は「国連安保理常任理事国が何らかの形で関与する紛争に対して、安保理の紛争解決システムは機能しない」ということである。

■米国もNATOも「部隊派遣は行なわない」と明言

今回の軍事侵攻が開始される以前から、米国のバイデン大統領もNATO(北大西洋条約機構)のストルテンベルグ事務総長も、ウクライナへの部隊派遣は行なわないと明言していた。これにはウクライナがNATO加盟国でない(よって防衛義務がない)という形式論だけではなく、米国や欧州の世論がそれを受け入れないであろうとの判断、及びロシアとの直接対決のエスカレーション・リスクの予測が困難であることが背景にあったと思われる。

3月中旬の時点でポーランドが行なった、MIG-29S戦闘機等をドイツの米軍基地経由で(要するに米国が提供する形で)ウクライナに供与するとの提案も米国は拒否した。このときバイデン大統領はその理由として、「攻撃的兵器や米国軍人のパイロットを含む航空機や戦車を投入すること」は「第三次世界大戦」になりかねない、との懸念に言及していた。

■世界の非軍事大国が突きつけられた現実

攻撃型兵器の供与を含め、米国のウクライナへの関与の仕方はのちに少しずつ変化していくのであるが、戦闘開始の頃のこの発言はウクライナのみならず、おそらく世界の非核保有国にとって、なかんずくロシアの脅威を感じている非NATO加盟国、さらには中国の脅威を感じている国々にとっても、衝撃であったに違いない。

倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)
倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)

要するに、ロシアあるいは中国のような軍事大国から脅威を受けたとき、米国は部隊派遣によって助けることはしない、換言すれば自分たちで何とかせよ、ということを言っているのだから。このことはこれらの国々に対し、NATOのような集団防衛機構への加盟を急ぐか、あるいは自身の軍事力を強化するしかないと改めて確信させることになったであろう。

しかしながら他国から攻撃を受けたならば、まずは自分で戦えというのは特別のことを言っているのではなく、至極当然のことなのである。

問題の本質は、要するに力に対しては力で対処するしかないという単純な事実に、多くの国がはたと気づいたということである。

しかも力による現状変更は、時として全く合理的な計算なく行なわれることがある。今回のロシア軍による軍事侵攻について、多くの識者が合理的計算の上に立てばウクライナ全土の制圧は目指さないだろうと考えていたが、プーチン大統領の判断は異なっていた。この点、当のウクライナも間違っていたかもしれない。

実際、この事実は人類の歴史を見れば明らかなのであるが、多くの人はこの問題を直視することなく現在の相対的な安定を享受することに慣れてしまっていた。

■「衛星国」の犠牲の上に成り立っていた平和

ウクライナが直面している問題を地政学的観点から見れば、大国と大国あるいは国家ブロックの狭間に位置する国の安全は、いかに確保されるのかという問題である。

冷戦時代、東ヨーロッパ諸国はソ連の「衛星国」となって、客観的にはソ連の「緩衝地帯」としての役割を果たしていた。これにより第二次大戦後の欧州は確かに安定し、大規模な戦争は起こらなかった。しかしながら、その実態はこれら「衛星国」の犠牲の上に成り立った安定であったのである。

東ヨーロッパ諸国は自ら好んで「衛星国」になったわけではない。彼らがこれを本来望んでいなかったことは、ハンガリー動乱、プラハの春、さらには1989年のベルリンの壁崩壊の経緯を見れば明らかである。

■ロシアが達成を狙う戦略目標とは何か

今回、ロシアがウクライナに対して突きつけている要求は、まさにロシアの「緩衝地帯」になれということである。今後、もしロシアが黒海沿岸地帯等を確保し、その上で仮に一旦戦闘が収まったとしても、ロシアが考える自国の安全保障はそれによっては完成しない。ウクライナを「緩衝地帯」にする、換言すれば「ウクライナを支配下におく」という戦略目標を達成するまで、いずれまた攻撃を仕掛けてくるであろう。

戦車
写真=iStock.com/Alexey Molotov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alexey Molotov

このような侵略が段階的に行なわれ、その都度、既成事実を積み重ねていけば、ロシアはいずれその戦略目標を達成することになる。それで戦争が終結すれば、欧州には再び相対的な安定が訪れるだろう。ただそれは、冷戦時代に東ヨーロッパ諸国の犠牲の上に成り立っていた安定が、今度はウクライナ、あるいは場合によってはさらに他の旧ソ連諸国等の犠牲の上に成り立つ安定に代わるということに他ならない。

■日本にも突きつけられている深刻な課題

我々はこのようなプロセスを許し続けるのだろうか。冷戦時代の安定を学術的に論じるとき、「緩衝地帯」と呼ばれた地域にも主権をもつ国々があり、そこには大国と同じ人間が住んでいて、自由を享受すること、家族をもって毎日を幸せに過ごすことを願うごく普通の人たちが暮らしていたことを忘れてはならない。

今回の軍事侵攻に端を発する戦争の結果、ロシアが支配地域を拡張した上で一旦戦闘が収まるような場合はもちろん、ウクライナがロシア軍を撃退して暫定的にせよ停戦が実現する場合であっても、いずれにせよ数えきれないほどの何の罪もないウクライナの人々の犠牲の上に立った停戦にしかならない。

このようなことを許さないとすれば、我々は何をすべきなのか。これは日本にも、どの国にも突きつけられているもっとも深刻な課題であり、決して欧州に限定されるものではない。

■非核保有国の選択肢は2つしかない

我々の目の前にある単純な事実は、ロシアは核大国であるのに対し、ウクライナは非核保有国で、かついかなる軍事同盟にも属していないということである。ウクライナが核兵器をもつか、あるいはNATOに加盟していたならば、状況は全く異なるものであったろうことは誰でも分かる。

要するに核保有国から恫喝を受ける可能性のある、非核保有国が自国の安全を確保するためには、自ら核保有を含む軍事大国になるか、あるいは同盟・集団安全保障機構の中に位置づけられることを求めるか、のいずれかしかない。魔法のような選択肢は存在しない。

これはウクライナに固有の問題ではなく、同様の地政学的環境の中に生きる国すべてに妥当するものである。

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倉井 高志(くらい・たかし)
元外交官、前ウクライナ大使
京都大学法学部卒業後、1981年、外務省入省。外務省欧州局中東欧課長、外務省国際情報統括官組織参事官、在大韓民国公使、在ロシア特命全権公使、在パキスタン大使を経て、2019年1月~2021年10月までウクライナ大使を務め、同月帰国。

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(元外交官、前ウクライナ大使 倉井 高志)

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