「タバコ・ポルノ・飲酒=絶対悪」そんな日本式"正義社会"で鬱になる人が増えている
プレジデントオンライン / 2022年6月10日 11時15分
■相次ぐ公衆喫煙所の撤去・廃止に精神科医が感じること
タバコが体に害を与えることは明らかだ。だから、2020年4月1日には、望まない受動喫煙などを防ぐために、改正健康増進法なども全面施行された。
これに伴い、世の中の多くの場所で「原則禁煙」となったものの、喫煙ができる場所もある。飲食店においては、所定の要件に適合すれば、各種喫煙室の設置ができる。例えば、バーやスナック、シガーバー、そして、たばこ販売店、公衆喫煙所でも吸うことができる。
しかし、公衆喫煙所を管理する自治体や店舗が新型コロナ感染拡大を防ぐ目的で、こうした施設を次々に撤去・廃止している。2019年にはセブン‐イレブンが東京都内の店舗から灰皿を撤去する方針を打ち出しており、喫煙者にとっては駅前の喫煙所でもコンビニ店頭でも吸えず、逆風が吹き続けている形だ。
禁煙推進派は喜んでいるだろうが、タバコを吸わない私から見ても喫煙する人たちの肩身の狭さは、ちょっと気の毒に思うほどである。
前回、本コラムで、「高齢者の多いわが国においてポルノグラフィの効用は大きい」と書いた。体にいい影響を与える男性ホルモンを簡単に増やしてくれるツールだと考えているからだが、眉をひそめる人も少なくない。それだけでなく、最近はポルノグラフィへの“弾圧”とでもいうべき事態が発生している。
■日本でAV鑑賞ができなくなる日
今国会では「AV(アダルトビデオ)出演被害防止・救済法案」なる法案が審議されている。年齢や性別にかかわらず、法律施行から2年はAV公表から2年(その後は1年)は、出演者などが無条件で契約を解除できるようにすることなどが柱になっている。
出演強要の被害を減らす、という趣旨の法案に、精神科医である私も大賛成だ。
というのは、出演強要の被害を受けた人の相談にのったことがあるからだ。話を聞く限り、AVの撮影というよりレイプだった。その人には症状が出ていなかったが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が出てもおかしくない深刻な内容だった。
その意味では、この法律は手ぬるい気さえする。一応、事業者に対しては罰則規定が設けられているものの、仮にだまして出演させても「3年以下の懲役・300万円以下の罰金」というレベルであり、レイプとは認定されていない。もちろん、男優が強制性交罪でつかまる話にもなっていない。
ただ、この法律について、別の角度から批判が出ている。
この法律ができることで、「カメラを回すことで性交を伴う契約を合法と認めることになる」「性売買の合法化につながる」といった反対の声が上がっているのだ。
実際のところ、警察の見解ではAVでの性行為を合法とは認めていないという。AV監督の代々木忠氏と対談したことがあるが、モザイクは性器を隠すためだけでなく、性行為をやっているかどうかわからなくする目的でもあるそうだ。
海外では無修正の本番行為を映したものが合法なのに、日本では本番行為のあるAVそのものが許されないものになりかねないわけだ。
また前回問題にしたように、警察の対応も最近になって急に厳しくなり、海外で合法のポルノ動画をDVDにして焼いた業者の摘発(刑法175条に規定される犯罪のため)が続き(客はほとんど高齢者だといわれる)、また無修正のサイトへの投稿者の摘発も続いている。
■運転前夜にお酒を飲む行為ができなくなる?
タバコ、AV以外にも取り締まりが厳しくなる分野がある。この4月から、改正道路運送法規則が順次施行されてく。運転前後のアルコールチェックは今まで運送・輸送事業者(緑ナンバー)のみが対象だったが、製品などを搬送のため自動車を使用する事業者(白ナンバー)まで対象が拡大された。10月からはアルコール検知器の使用が義務づけられる。
この検知器はこれまでバスなどの運転前に使われたものと同じレベルのもので、前日の晩にビール2本以上のアルコールを飲むとひっかかると言われる。
飲酒運転がいけないのは言うまでもない。だが、その美名の下に多くの運転をなりわいとするエッセンシャルワーカーが、前日の夜にお酒がろくに飲めなくなるのはどうなのか。
2021(令和3年)中の飲酒運転による死亡事故件数は152件。そのうち車両単独事故(いわゆる自爆)が6割程度で、人をはねるのは1割前後だ。飲酒運転が減っているのに、前日のお酒まで制限・禁止しようというのだ。
喫煙、ポルノ、飲酒運転に共通するのは、世間の価値観では絶対悪になっていることだ。絶対悪なのだから、撲滅すべき。そんな論理になるだろう。
しかし、心の問題などを考えるとメリットがないわけではない(この場合の飲酒運転とは、前日にお酒を飲む行為)。
コロナ禍になって以来、喫煙所がオアシスのように見えることがあった。喫煙者がとても幸せそうな顔をしてタバコを吸い、知らぬ同士がほどよく距離を取りながら言葉をかけあっている。勝手な思い込みかもしれないが、迫害された者同士の連帯感のようなものが感じられた。
街を歩くマスクをした人々が無言でムッツリとして歩くのとは対照的だ。迫害が強まる中、連帯感が強まるならもっとメンタルヘルスにいいのかもしれない。
もちろんルールを守る喫煙は必要だろうが、喫煙所をどんどん撤去・廃止して完全に排除するというのは、精神科医としていかがなものかと思わざるをえない。
ポルノにしても、児童ポルノや残虐なものは許されないが、ノーマルな性行為なら、もっとも安全に男性ホルモンを増やすツールとなり、老化予防に大きな効果を与える。
男性ホルモンが増えると、意欲が増し、記憶力が上がり、人付き合いに積極的になり、さらに筋肉もつきやすくなる。すべて老化予防につながるものだ。しかもこれは男性だけでなく女性にも当てはまる。女性用の良質なポルノができれば、女性の老化予防につながるのだ。
欧米のような無修正を解禁せよと言いたいくらいなのに、これまで通り、修正のものであるにもかかわらず、弾圧されてしまう……。
■コロナ禍の日本で鬱になる人が増えている理由
飲酒運転にしても、死亡事故件数が減っているのに、飲食の翌朝の呼気チェックまで義務付けようとしている。結果的に夜の飲酒を伴う会食がけしからんということにもなりうる。
そうでなくても飲食店はコロナ禍で大ダメージを受けているのに、今回の改正道路交通法の場合は、それで客が減っても何の補償もない。コロナ禍のときも痛感したことだが、そんなに人とワイワイと酒を楽しむことが悪いことなのか?
人々のささやかな楽しみが「官」によってことごとく奪われることによって失われるもの。それはメンタルヘルスである。
これが奪われることはうつ病や自殺の増加につながる。精神神経免疫学の考え方では免疫力が落ち、がんも増えかねない。そもそも日本では死因のトップが40年以上がんであり、先進国の中でがん死が増えているのは日本だけだ。
アメリカと違って、日本はビジネスパーソンがカウンセリングを受けられる場所がほとんどない。保険の点数が低いので、精神科医が長い時間をかけての診療を嫌がるし、そもそも日本には82も大学の医学部があるのに、精神科の主任教授が私のように精神療法が専門である医学部は一つもない。精神科医がカウンセリングを習いたくても習う場がほとんどないのだ。
それを補っているのが、ガード下のようなところで職場の愚痴をさかなにほどよい量の酒を飲むことだろう。まさにピアカウンセリングと言っていい。コロナでこの機会がすっかり奪われ、うつ状態になっている人がかなり多いという調査結果も明らかになっている。
経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査によると、日本国内のうつ病・うつ状態の人の割合は、2013年調査では7.9%だったのに対し、新型コロナウイルス流行後の2020年には17.3%と約2倍に増加しているというのだ。
もちろん、飲み会が減っただけが原因でないのだろうが、仲間と飲むことでストレスが解消される人が少なくないのは確かだ。
認知療法の世界では、善悪二元論は二分割思考といって、心に悪い思考パターンの最たるものとされているし、この手の思考をしているとうつ病になりやすいことが明らかになっている。
コロナ禍では、自粛・マスク・ワクチン=絶対善とされ、その弊害がほとんど論じられなかった。タバコ・ポルノ・飲酒は=絶対悪とされ、メリットがほとんど論じられない。どちらも二分割思考の典型的なものだ。
賢い人がバカにならないために、いいとされているものの弊害や悪いとされているもののメリットもぜひ考えていただきたい。
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精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)
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