「東京都庁舎サイズの火柱」が都民を襲う…首都直下地震で起きる"想定以上"の大災害
プレジデントオンライン / 2022年6月17日 13時15分
■首都直下地震の犠牲者想定は3割減
東京都は5月25日に首都直下地震の被害想定に関する新たな報告書を10年ぶりに公表した。都心でマグニチュード7.3(以下ではMと表記)という大型の直下型地震が発生した場合、東京23区のうち11区で震度7を観測し、23区全体の6割で震度6強の揺れが襲ってくると試算された。その結果、建物被害は約19万棟で犠牲者の総数は6148人に達する。
この試算は前回発表された9641人よりも約3割少なく下方修正した数字である。地球科学を専門とする私から見ると、東京都が発表した試算にはいくつかの問題点が残る。首都直下地震はいつ起きても不思議ではない、まさに喫緊の課題である。
最初にどうして首都直下地震が起きるのかを見ていこう。そのためには、最近の日本列島で頻発する地震のメカニズムから説明したい。
■爪が伸びる速さでプレートは移動している
地下深部で起きる地震の発生は、地球科学の基本理論、すなわち「プレート・テクトニクス」で説明される。日本列島には太平洋から海のプレート(厚い岩板)が押し寄せている(図表1)。
このプレートは「太平洋プレート」と呼ばれ、東から西に水平移動している。その速度は1年当たり8センチメートルという非常にゆっくりとしたもので、人の爪が伸びる速さにほぼ等しい(鎌田浩毅著『地震はなぜ起きる?』〈岩波ジュニアスタートブックス〉を参照)。
この際、太平洋プレートは「北米プレート」と呼ばれる陸のプレートをじわじわと絶えず押している(図表1)。その結果、陸の深部にある岩盤には歪(ひず)みが蓄積される。
この歪みは地下の弱いところで岩盤を割り、断層をつくる。ここで地震が発生するのだが、内陸で発生する地震は「直下型地震」と呼ばれる。首都直下地震もその一つで、首都圏の全域にこうした岩盤が割れやすい場所が広がっている。
断層が地上にまで達すると、地面に地形の断差が生じる。これが「活断層」と呼ばれるもので、首都圏には立川断層などが知られている。ちなみに、1995年に起きた阪神・淡路大震災も、野島断層という活断層が動いて犠牲者6400人以上を出した。
■首都圏の地下にある3つのプレート
さて、首都圏の地下はもう少し複雑で、もう1枚別のプレートが加わっている。「フィリピン海プレート」と呼ばれる海のプレートが、太平洋プレートと北米プレートの間に割り込んでいる。すなわち、首都圏の地下では3枚のプレートが互いにひしめいているのである(図表2)。
これは首都直下地震の成り立ちを考える上で重要なので整理してみよう。首都圏は北米プレートという陸のプレートの上にあるが、その下にフィリピン海プレートという海のプレートがもぐり込み、さらにその下には太平洋プレートという別の海のプレートがもぐり込んでいるのだ。
そして、プレートの境界が一気にずれたり、また地下の岩盤が大きく割れたりすることで、さまざまなタイプの地震が発生する(鎌田浩毅著『日本の地下で何が起きているのか』〈岩波科学ライブラリー〉を参照)。
国の中央防災会議は、首都直下で発生する地震を具体的に予想し、4つのタイプに分けた。最初のタイプは「都心南部直下地震」や「東京湾北部地震」と呼ばれるもので、M7.3の直下型地震が起きる。
簡単に言うと都心の地下で起きる大地震であり、東京23区を中心に激しい揺れをもたらす。その結果、23区の半数以上で震度6強の揺れに見舞われると想定された。
今回想定されている首都直下地震は、江戸時代にも起きたことがある。幕末の1855年に東京湾北部で安政江戸地震(M7.0)が発生し、4000人を超える犠牲者を出した(図表3)。こうした「過去に起きた負の実績」から、将来必ず起きるとされる首都直下地震の被害想定の数字が出されたのである。
■東京都の被害想定が見落としていること
さて、先に述べたように東京都は首都直下地震に関する新しい被害想定で、約3割少なく下方修正した数字を出した。具体的には、前回の発表以降の10年の間に建物の耐震補強が進んだため、直下型地震によって全壊する戸数が減ったことを理由に挙げている。
たとえば、延焼の恐れがある木造住宅密集地域の解消などが進んだことが要因」とした。特に、地震の直後から起きる火事によって延焼の恐れがある木造住宅密集地域の解消が進んだことも、試算の根拠としている。確かに住宅の耐震による倒壊家屋数の減少は犠牲者数の減少に直結するので、正しい判断であると思う。
一方、10年間の家屋の老朽化や都市インフラ全体の劣化がこの試算には十分考慮されていないという問題点がある。
たとえば2021年10月に東京と埼玉を襲った震度5強の地震は、2005年にも同じ場所で起きている。ところが2021年には前回にはなかったトラブルが多発し、その多くが水道管の破裂などのインフラの劣化が原因だった。
さらに日暮里・舎人ライナーが緊急停止した際に、先頭の3両が脱輪する事故も発生した。すなわち、16年間にインフラの老朽化が予想外に進んでいたため、被害が思ったより拡大したのである。
このように、首都圏では高速道路・鉄道・橋・トンネル・ビルなどの都市インフラと、水道管・ガス管・電線などのライフライン網などが、この10年ですべて劣化していると考えた方がよい。
■過密都市で起きる「火災旋風」
地震の被害もさることながら地震に伴う火災の問題もある。首都直下地震の問題は、強震動による建物倒壊など直接の被害に留まらず、火災をはじめとする複合要因によって巨大災害となる点にある。
来年、発生後100年を迎える関東大震災では約10万人が死亡したが、そのうち9割が火災による死者だった。「火災旋風」という高さ200~300メートルに達する巨大な炎の渦が竜巻のように移動し火災を広げたのである。
これは火柱のように炎が渦を巻いて高く立ち上って大きな被害をもたらす現象で、ちょうど東京都庁舎に匹敵するサイズの火柱が立ち上がると考えられている。
具体的には、局所的に発生した火災がまだ火災が起きていない周辺から空気を取り込むことで、激しい上昇気流を発生させる。これが次々と増幅されて炎を伴った「燃える竜巻」になる。
関東大震災では人々が避難していた陸軍被服廠の空き地に旋風が襲来し、ここだけで3万8000人が亡くなった(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』〈ちくま新書〉を参照)。
人口が過密な状態の首都圏で大地震が発生した場合、火災が必ず発生する。ちなみに、東京都は首都直下地震の犠牲者の4割は火災により発生すると試算している。
被害予測図を見ると、下町と言われる東京23区の東部では、地盤が軟弱なために建物の倒壊などの被害が強く懸念される(図表4)。
■東部では建物倒壊、西部では大火災
これに対して、23区の西部は東部に比べると地盤は良いが、木造住宅が密集しているために大火による災害が想定される。こうした地域は「木造住宅密集地域」(略して木密地域)と呼ばれ、防災上の最重要課題の一つとなっている。
たとえば、環状6号線と環状8号線の中に挟まれている、幅4メートル未満の道路に沿って古い木造建造物が密集する地域が、最も危険である(図表5)。
確かに木密地域は関東大震災当時と比べて減ったとはいえ、首都圏にはまだたくさん存在する。地震を生き延びても、潰れた木造家屋の火事で命を落とす可能性はなくなっていない。東京都も指摘するように木密地域は減ったとは言え、耐震化を施していない住宅がまだ多数残っていることを忘れてはならない。
■明日起こるかもしれない「ロシアン・ルーレット」
政府の地震調査研究推進本部によると、首都直下地震の発生確率は今後30年間で約70%である。ここで大事なポイントは、こうした活断層が動く日時を前もって予知することは、現在の地震学ではまったく不可能だということである(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』〈MdN新書〉を参照)。
すなわち、首都直下地震の発生は30年後かもしれないし、明日起こるかもしれないのだ。
近年、地震学会も認めたように首都直下地震の発生時期は予知できないため、不意打ちとならざるを得ない。言わば「ロシアン・ルーレット」状況にあるので、「不意打ちに遭うのが当たり前」と覚悟して首都圏に住まなければならないのである。
今後、劣化しつつあるインフラを早急に整備すれば、被害予測はさらに下げることができる。東京都は2025年を目標に耐震化と不燃化を積極的に支援している。よって、被害を最小限にするためにも、一人ひとりが過密都市にまつわる「最悪の事態」を想定し、しっかり備えていただきたい。
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京都大学名誉教授
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学教育。著書に『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『地球の歴史 上中下』(中公新書)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『理科系の読書術』(中公新書)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『理学博士の本棚』(角川新書)、『座右の古典』『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)など。YouTubeに鎌田浩毅教授「京都大学最終講義」を公開中。
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(京都大学名誉教授 鎌田 浩毅)
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