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アベノミクス以上にアベノミクスな内容…「骨太の方針2022」でわかった新しい資本主義の古臭さ

プレジデントオンライン / 2022年6月16日 13時15分

経済財政諮問会議・新しい資本主義実現会議の合同会議で発言する岸田文雄首相=2022年6月7日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■アベノミクス以上にアベノミクスな内容になった

今後1年の政府の経済財政運営の方針である「経済財政運営と改革の基本方針2022」、いわゆる「骨太の方針」が閣議決定された。就任前から岸田文雄首相が強力に打ち出していた「分配重視」の政策がどう具体的な政策として盛り込まれるのかが注目されたが、「分配」はすっかり影をひそめ、「成長」一辺倒といっていい内容となった。

見出しや注記も加えた報告書全体に出てくる「分配」という語句は16カ所。これに対して「成長」という語句が登場するのは68カ所にのぼる。安倍晋三首相が言い続けた「経済好循環」を「成長と分配の好循環」と言い換え、分配には成長が必要だと、当初の主張から大きく舵を切ったように見える。

アベノミクスによる成長重視戦略で格差が拡大したとして、「いわゆる新自由主義的政策は取らない」と大見えを切っていた就任当初の岸田首相の「新しさ」は姿を消した。結局は、アベノミクス以上にアベノミクスな内容になった。

■金融所得課税の強化は「完全に引っ込めた」

岸田氏が当初、「格差」対策の分配策として打ち出した金融所得に対する課税強化は、今回の骨太の方針にはまったく盛り込まれなかった。税制改革については、「適正・公平な課税の実現の観点から制度及び執行体制の両面からの取組を強化する」という一文が書かれているが、これは菅義偉内閣が閣議決定した「骨太の方針2021」を引き継いだもので、ここから金融所得課税の強化をやると読むのは難しい。

「7月の参議院選挙を控えて完全に引っ込めたということです」と岸田首相の側近は解説する。何せ、金融所得課税強化を打ち出したことで、市場関係者が一斉に反発。国会で課税強化に触れるたびに「岸田ショック」と呼ばれる株価下落が市場で起きた。「分配」を優先するとした岸田首相には市場関係者や改革派の経営者が一斉に反発。日経CNBCが2月8日に報じたアンケート結果では、「個人投資家の95%が岸田政権『不支持』」という衝撃の結果が出た。

自民党支持者には、株式投資を行っている個人投資家層が少なくない。「株価が下落すると、支持者からお叱りの電話がかかってくる」という自民党議員の声も聞かれる。安倍内閣は過剰なほど株価の動向に敏感で、株価上昇につながる政策を打ち出すことに必死だった。そうした姿勢が「金持ちだけがより豊かになった」というアベノミクス批判につながった。

■市場に擦り寄る「資産所得倍増プラン」

今回の骨太の方針で「分配」を封印したのは、そうした「市場の反発」に配慮したためだろう。しかも、反発される政策を盛り込まなかっただけでなく、「市場に擦り寄る」政策を盛り込んだ。「『貯蓄から投資』のための『資産所得倍増プラン』」である。

「政策を総動員し、貯蓄から投資へのシフトを大胆・抜本的に進める」とし、「本年末に総合的な『資産所得倍増プラン』を策定する」としている。

もちろん、岸田首相の「分配重視へ」という当初の政策転換姿勢に喝采を送っていた人たちも少なからずいた。野党幹部からも「分配政策は我々の十八番。それを岸田自民党に奪われる」と危機感を露わにする声も聞かれた。それが、5月5日にロンドンで市場関係者を前に「Invest in Kishida(岸田に投資を)」と呼びかけ、露骨に市場に擦り寄ったことで、こうした支持層からも疑念の目が向けられている。「岸田首相の周りは新自由主義者だらけだ」と批判する声も上がる。

かといって、「市場」が岸田支持に回ったか、というとどうもそうではない。ロンドン演説への海外投資家の反応も冷ややかだった。「選挙前だから言っているだけで、岸田首相の本心ではないのではないか」といった見方が市場関係者の間には根強くある。

英国国旗、ビッグベン、国会議事堂
写真=iStock.com/IR_Stone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IR_Stone

■人材投資を促進する政策を「分配」と称している

今回の骨太の方針で「分配」を「成長」に切り替えるにあたって使われた「レトリック」は、人への投資は「分配」だというものだ。

岸田首相の「看板」である「新しい資本主義」について書いた「第2章 新しい資本主義に向けた改革」の冒頭で、「人への投資と分配」を掲げている。個人に直接分配する政策というよりも、人材投資を促進する政策を「分配」と称している。賃上げや最低賃金の引き上げと言った直接の「分配」にも触れているが、これは安倍内閣、菅内閣を通じて行ってきた政策だ。

DX(デジタルトランスフォーメーション)分野やスタートアップ企業の人材など、骨太の方針の各所に「人材確保」「人材育成」という語句があふれている。もちろん、人材を育成することが、競争力を高め、経済の付加価値を高め、分配の原資を膨らませていく。だが、これが「新しい資本主義」だと言われても困惑する。新しい資本主義は市場原理に従った競争を批判する立場だったはずだが、いつの間にかアベノミクスと同じ土俵に上がっている。

■もう一つの文書で掲げた「労働移動の円滑化」

これを端的に示しているのが、骨太の方針と同時に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」という文書だ。

岸田首相が昨年末に設置した「新しい資本主義実現会議」がまとめたものだ。「実現会議」と言いながら計画を作るのに半年以上もかけていること自体が噴飯物。閣議決定も通常国会の会期末ギリギリだった。実現するためには法案を作って、国会審議を通す必要があり、議論は早くて秋の臨時国会から。どんなに早くても何かが実現するのは2023年4月からの施行、通常ならば2024年4月からの施行ということになる。

話を戻そう。その実行計画の冒頭に驚くべき記載がある。

「新自由主義は、成長の原動力の役割を果たしたと言える」と新自由主義を評価しているのだ。その上で、「資本主義を超える制度は資本主義でしかあり得ない。新しい資本主義は、もちろん資本主義である」と宣言している。

問題は中味だ。ここでも、「人への投資と分配」が新しい資本主義の柱として書かれているが、骨太には明確には触れられていないことがある。賃金の引き上げと並んで掲げられているのが「スキルアップを通じた労働移動の円滑化」である。「学びなおし」や「兼業推進」「再就職支援」などを行い、「教育訓練投資を強化して、企業の枠を超えた国全体としての人的資本の蓄積を推進することで、労働移動によるステップアップを積極的に支援していく」としている。

チームワークと人事管理の概念
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■安倍内閣が実現できなかった政策

つまり、生産性の低い産業分野から生産性の高い分野への労働移動を促すことで、ステップアップ、つまり賃金を上げていくような社会を作るべきだとしているのだ。

実は、これはアベノミクスが当初からやりたくてできなかった政策である。労働移動を促進するためには、本来は滅ぶべき企業、いわゆる「ゾンビ企業」を救済するのではなく、それを潰して、強い企業へ集約していくことが重要だという議論が当初からあった。その際、がんじがらめになっている解雇規制を緩和することが必要だとしたことで、左派野党から猛烈な反発を食らう。「安倍内閣は解雇促進法を作ろうとしている」といった攻撃に負け、安倍内閣は労働法制の改革を断念している。

その後も「働き方改革」の流れの中で、労働移動を促進する制度整備を取ろうとしたが、なかなか本格的に手をつけられずに終わった経緯がある。

■「本気」ならば、大規模な政策転換だ

そんな時に、新型コロナウイルスの蔓延が起き、雇用調整助成金を大規模に給付せざるを得なくなった。余剰人員の人件費を政府が肩代わりする制度だから、これによって企業に人を抱えさせることとなった。新型コロナにもかかわらず日本は失業率がまったくと言って良いほど上がらなかった。失業率が一時14%まで上がったが、その後の好景気で新型コロナ前の失業率に戻った米国とは対照的だった。米国はこの間、大きく労働移動が起き、ポストコロナ型産業へのシフトが進んだが、日本は労働移動を阻害する政策をとったために産業構造の転換はまったく進んでいない状況になった。

岸田内閣は2022年3月末までだった雇用調整助成金の特例措置を6月末まで延長。さらに選挙後の9月末まで延ばした。労働移動を促進するというのが「本気」ならば、これも大規模な政策転換である。新しい資本主義は、アベノミクスができなかったことに挑む、アベノミクスよりもアベノミクスな資本主義ということになるのだろうか。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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