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転勤しなくていいが…「月1、2万円の住宅手当廃止」正社員のリモートワークは得か損か

プレジデントオンライン / 2022年6月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/laymul

リモートワークの普及により、転居を伴う転勤や単身赴任を見直す企業が出始めた。ここで問題となるのは住宅手当。ジャーナリストの溝上憲文さんは「住宅手当の性質・目的は転居を伴う転勤にかかる費用の補助。転居を伴う転勤がない正社員に住宅手当を支給していれば非正規社員にも住宅手当を支払わなければならず、住宅手当そのものを廃止する動きもある」という――。

■「転勤・単身赴任廃止」と引き換えにする大きな代償

リモートワークの普及に伴い、従来の転居を伴う転勤制度を見直す企業が徐々に増えている。転勤といえばよくも悪くも「正社員」の証しでもあった。

2021年9月にNTTグループが「転勤・単身赴任」を原則廃止する方針を打ち出した。同社の澤田純社長は「リモートワークが増えれば、居住地と働く場所の結びつきが薄くなり、転居を伴う転勤・単身赴任は自然に減る。いまは夫婦共働きの世帯が増え、転勤などはしづらい」(2021年10月20日、日経電子版)と語っている。

また6月中旬、NTTは主要7社の従業員の半分の約3万人を対象に、国内のどこでも自由に居住して勤務ができる制度を7月から導入することで労働組合と合意。居住地を移動することなく業務が可能になる転勤なしのリモートワーク勤務を加速させている。

例えば、地方支店に管理職として異動することになっても、居住地を変わることなく以前と同じように本社にいて、必要な会議や部下に指示を出すことも可能になる。

難しい案件が発生すれば出張ベースで移動すればよいだけだ。同社に限らず、リモートをフル活用し、転居を伴う転勤制度を廃止する企業も出始めている。

その背景には共働き世帯の増加で転勤を敬遠する社員の増加がある。昔は一家の大黒柱である男性が働き、女性が家事・育児を引き受ける専業主婦世帯が多かったが、今では専業主婦世帯は566万世帯に減少し、共働き世帯が1247万世帯と“逆転”している(2022年)。

エン・ジャパンの「転勤に関する意識調査」(1万165人回答、2022年6月20日)によると、「転勤は退職のきっかけになる」と回答した人は64%に上る(「なる」36%+「ややなる」28%)。

「今後、転勤の辞令が出た場合、どう対処するか」については「承諾する」が16%、「条件付きで承諾する」が36%であるが、「条件に関係なく拒否する」と回答した人が26%も存在する。世代別では30代が30%と最も多く、男女別では男性が22%、女性が30%に達している。

しかも、リモートワークが普及するコロナ禍前の2019年の調査に比べて転勤拒否派が一層増えている。

リモートワークによる転勤制度の見直しを進めているサービス業の人事課長は「会社の考えを上回るスピードで若年層の転勤に対する抵抗感が高まっている。いつまでも転勤の仕組みを堅持するのは難しく、会社も人材流出を抑えるための方針転換が求められている」と語る。

■で、「住宅手当・住居補助」はどうなるのか?

単身赴任など居住地を移動しなくてもすむのはありがたい話であるが、気になるのは「住宅手当」や「住居補助」がどうなるかだ。

とくに契約社員やパートなどの非正規社員を抱えている会社の場合だ。一般的に正社員には住宅手当を支給しているが、非正規社員には支給していない会社が多い。実は住宅手当は転居を伴う転勤の有無と密接に関係している。

正規と非正規の格差を是正する目的で「同一労働同一賃金法」(パートタイム・有期雇用労働法)が大企業は2020年4月、中小企業は21年4月に施行された。

この法律は、均等・均衡待遇原則に基づき正社員と非正規社員の不合理な待遇差を解消することにある。均等待遇とは、働き方が同じであれば同一の待遇にすることであり、均衡待遇とは働き方に違いがあれば、違いに応じてバランスのとれた待遇差にすることが目的だ。

給与支払明細書
写真=iStock.com/Yusuke Ide
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yusuke Ide

住宅手当など諸手当については「その性質・目的など合理的説明が全くなされていなければ正社員に支払う手当を非正規社員にも支払う必要がある」というものだ。

正社員に支給し、非正規社員に支給しないことに合理性があるかどうかの実際の判断は裁判所が行うが、実はすでに最高裁の判決で確定している。2018年6月の最高裁判決(ハマキョウレックス事件)では住宅手当についてこう述べている。

住宅手当は、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解されるところ、契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し、正社員については、転居を伴う転勤が予定されているため、契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る。したがって、正社員に対して住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理とはいえない

つまり、住宅手当の性質・目的は「転居を伴う転勤にかかる費用の補助」であり、転勤が予定されている正社員に住宅手当を支給してもいいが、転勤を前提としない非正規社員に支給する必要はないと言っている。逆に言えば、転居を伴う転勤がない正社員に住宅手当を支給していれば非正規社員にも住宅手当を支払え、ということだ。

実際に「転居を伴う配置転換が想定されていない正社員に支給されている住宅手当・住居手当が契約社員に支給されないことは不合理」との判決が下されている〔「日本郵便(東京)事件」東京高裁平成30年(2018年)12月13日判決〕。

■非正規者にも払うか、正社員に払うのもやめるか

この判決を含めて住宅手当を非正規社員に支給すべきかどうかについて争われた一連の高裁判決は、2020年10月の3つの事件の最高裁判決で住宅手当の解釈が確定している。東京大学社会科学研究所の水町勇一郎教授(労働法)はこう述べている。

「住宅手当については、正社員と契約社員の間に転居を伴う転勤義務の点で違いがあるか(それゆえ住宅に要する費用の点で両者間に実質的違いがあるか)否かを重要なポイントとして、支給の相違の不合理性が判断されるという解釈が示されたといえよう。住宅手当は『同一労働同一賃金ガイドライン』で例示されていない項目であるが、この解釈が実務に与える影響は大きいだろう」(『労働判例』2020年11月25日 産労総合研究所)

住宅手当が、転居を伴う転勤を行う社員に支給するものであれば“リモートワーク転勤”者には支払う必要がなくなると解釈することができる。もちろん会社の判断で支給するのは勝手だが、その場合は転勤なしの非正規社員にも住宅手当を支給しなければならなくなる。

さて会社はどちらを選択するのだろうか。

非正規を多数抱える会社は当然費用が膨らむことになる。正社員と同じように非正規社員も支給する良心的な会社ばかりではない。実は一部の正社員の住宅手当を廃止した会社もある。

日本郵便は、賃貸住宅で毎月最高2万7000円、持ち家は購入から5年間に限り月6200~7200円の「住居手当」を支給していた。その中には転居転勤のない一般職約2万人も含まれていた。

ところが前述した高裁判決で非正規社員に支給しないのは不合理との判決が下された。その結果、2019年に日本郵政労働組合は非正規にも支給することを要求したが、会社側は自宅から通勤している一般職約5000人の住居手当を廃止したいと逆提案している。

一般職の中には2万7000円を受給している人もおり、生活に与える影響は大きい。労働組合は住居手当を廃止するのはおかしいと主張したが、最終的に10年間かけて減額するという経過措置を設けて、廃止することで決着したという経緯がある。

当時、会社側は住居手当について「転勤がある正社員に対する住居費の補助の目的で支給しており、非正規社員には支給していない」と主張していた。

しかし今のようにリモートワークが普及し、リモート転勤が可能になると、その主張の前提も崩れることになる。ちなみにNTTグループの中には「住宅補助費」を支給しているところもあると聞く。

在宅勤務の普及によって「通勤手当」を廃止する企業も増えている。今後、リモート転勤が普及すると「住宅手当」の廃止に踏み込む企業も出てくるかもしれない。

ちなみに、厚労省の2019年のデータによれば、住宅手当の平均支給額は1万7800円(社員数1000人以上:2万1300円、30~99人:1万4200円)となっている。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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