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消滅の危機にあった寺が参拝客5万人超の「死ぬまでに行きたい絶景」に…52歳副住職が20年地道に続けたこと

プレジデントオンライン / 2022年6月27日 13時15分

副住職 - 撮影=鵜飼秀徳

秋田県男鹿半島の漁村にある「雲昌寺」に今、拝観者が殺到している。目当ては、境内を埋め尽くす青のあじさい。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんは「副住職の古仲宗雲さんが20年前から地道にあじさいの株分けをしてきたことにより出来上がった絶景は『死ぬまでには行きたい』とSNSで拡散され、消滅の危機にあった地域に経済波及効果をもたらしている」という――。

■小学校の入学者0人の秋田の町に全国から人が殺到中

「地方消滅」の筆頭格に挙げられている秋田県男鹿市に、ある寺院の地道な試みによって再生の光が灯り始めた。火付け役は男鹿半島の漁村にある曹洞宗寺院の副住職。境内にあった1株の青いあじさいの株分けを20年間延々と続けた結果、えも言われぬ景観を作り上げた。SNSなどで瞬く間に広まり、「死ぬまでには行きたい世界の絶景地」のひとつに挙げられるようになった。近年ではシーズン中で5万人以上規模の参拝客が訪れ、寺だけではなく男鹿半島全域が再生し始めた。地域創生のあるべき姿をみた。

竹林とあじさい
写真提供=雲昌寺/木村秀吾

「泣く子はいねがー」。なまはげの伝統行事で知られる男鹿半島。国内でも、特に激しい人口減少にあえぐ自治体である。市内の随所になまはげの立像を置くなどして、なんとか観光誘致に結びつけようとしているが現実は厳しい。

2014年、日本創生会議(座長・増田寛也氏)が発表した報告書「地方消滅」は衝撃だった。同レポートでは、2040年までに896市町村が消滅する可能性があるとしている。

なかでも秋田県は、極めて深刻な数字が示された。県内にある市町村の95%が「消えてなくなる」というのだ。理由は、出産適齢期(20歳〜39歳)の女性の減少である。秋田県の全域で、2010年からの30年間で50%以上の女性が減少するとの試算がなされている。

特に男鹿市は74.6%減という県内最悪の減少率だ。国立社会保障・人口問題研究所の推計では2020年の男鹿市の人口は2万6886人だが、このまま対策を講じなければ2040年には1万2784人にまで半減してしまうという。

こうした状況に危機感を抱き、生き残りをかけて行動を起こした地元の僧侶がいた。男鹿半島の北部、北浦地区にある曹洞宗雲昌寺(うんしょうじ)副住職の古仲宗雲(こなか・しゅううん)さん(52)だ。

雲昌寺がある北浦地区は、かつてはハタハタ漁で栄えた漁村だ。だが、不漁と漁業従事者の高齢化と後継者不足によって近年の漁獲高は往時の20分の1以下に。人口流出は止まらず、地域経済は疲弊し切っている。北浦地区は男鹿半島の集落の中ではもっとも人口の多い集落であったが、2022年度はついに小学校の入学者がゼロになった。

雲昌寺の檀家数も、ここ半世紀ほどは減少の一途をたどっていた。観光客を呼び寄せられるような「売り」のある寺でもなかった。

古仲さんが危機感を募らせていた2002年6月のこと。境内に植えてあった1株の青のあじさいの花がふと、目についた。

「パチンと切って、生花にして部屋に飾って眺めていると夜、ライトの光を浴びて青色が輝いてみえたのです。これを増やしていけば、お檀家さんや地域の方に喜んでもらえるのではないか」

そう考えた古仲さんの、地道な株分け・挿木作業が始まった。

■境内は青のあじさいで埋め尽くされ参拝者は年々倍増

2000坪ほどある雲昌寺には庭園らしい庭園はなく、山門から本堂までは梅と杉の林が広がっていた。思い切って梅と杉の木を伐採。他の品種や別の色のあじさいを新たに植えることはせず、この青のあじさいだけに特化して延々と株分けを続けることにした。

雲昌寺のあじさい(撮影=鵜飼秀徳)
雲昌寺のあじさい(写真提供=雲昌寺/木村秀吾)

10年ほどが経過し、ねずみ算式にあじさいが増え始めると、地元紙などが取り上げ始めた。すると、少しずつ地元民が訪ねてくるようになった。

さらに、古仲さんは株分けを続けていく。そして、最初の株分けからおよそ15年が経過。境内全域は青のあじさいで埋め尽くされた。お参りの人は年々倍増し、路上駐車問題が発生し始めるほどに。

2018年、古仲さんは問題解決のため有料拝観に踏み切る。シーズン中は500円(最盛期の土日は800円)、夜間特別拝観(ライトアップ)は1000円(最盛期の週末は1300円)とした。同時に「あじさいお守り」「あじさい御朱印」などの物販のほか「フォトウェディング」も始めた。

初年は4万人の参拝客を記録。翌2019年は5万3000人となった。秋田空港との定期便で結ばれている台湾からの客も相次いだ。

集落の高台にある立地も幸いした。青のあじさい畑の向こうに日本海が見える絶景となった。とあるインフルエンサーが運営する「死ぬまでには行きたい! 世界の絶景」の2017年国内ベスト絶景にも選ばれ、SNSなどを通じて噂は瞬く間に広まっていった。

青のあじさい畑の向こうに日本海が見える絶景
撮影/山崎良一
ライトアップされた雲昌寺のあじさい
写真提供=雲昌寺/木村秀吾
ライトアップされた雲昌寺のあじさい - 写真提供=雲昌寺/木村秀吾

それまで檀家相手の仏事だけに頼っていた寺は、拝観料や物販に加え、フォトウェディングなどの収入源が生まれた。「寺院消滅」の危機に瀕していた寺は、一転して「寺院再生」のモデル寺院となった。

突如として出現した男鹿半島の新名所。地元への経済波及効果も絶大だった。たとえば、男鹿半島の突端の入道埼には、土産店や飲食店が5軒あるが、雲昌寺のあじさいシーズン中の売り上げは1店舗あたり数百万円ほど増えたという。

地元の男鹿温泉に宿泊した客には、開門前の朝の特別拝観を実施する試みも始めた。2020年夏シーズンには、大型バス200台以上の予約が入っていた。雲昌寺を軸にして、地域創生の芽が出始めた。

■寺を復活させた副住職が次に狙っていること

がしかし、2020年春以降はコロナ禍が到来。団体客のキャンセルが相次いだ。それでもコロナ初年にあたる2020年夏でも3万人、翌2021年には3万7000人が寺に訪れた。

京都や奈良、鎌倉の観光寺院ではコロナ禍が始まって以来、設備投資や人件費などの固定費で経営を圧迫する状況が続く。たとえば奈良の法隆寺では先日、維持費を捻出するためにクラウドファンディングを始めたとのニュースが報じられたばかりだ。

だが、雲昌寺はそもそも大きな投資はしていないのでリスクは小さい。あじさいの株分け・挿木はさほど費用がかからない。ただ、地道に株を増やしていっただけのことである。

雲昌寺のあじさい
写真提供=雲昌寺/木村秀吾

あじさいで有名な寺は、京都の三室戸寺や鎌倉の長谷寺、明月院などさまざまある。筆者も多くのあじさい寺を訪れている。それぞれが、それなりに美しい。しかし、雲昌寺は他のあじさい寺とは一線を画す、感動の景色である。特に夜間ライトアップはブルーのLEDライトに照らされ、幻想的な世界が広がる。まさに、「見ずには死ねない景色」といえる。そこには、疲弊した地方の再生の灯火をみることができる。

雲昌寺の花を使った寺院・地方再生モデルは他の地域でも、まねる価値は十分ある。いや、これこそが地域創生の「唯一の手段」と言っても過言ではないと思う。

雲昌寺のあじさい
写真提供/雲昌寺

雲昌寺境内のあじさいはすでに飽和状態。すでに、古仲さんの目は寺外に向いている。

たとえば男鹿市内の高齢者施設にあじさいを分け、入居者が株分けを楽しんでいる。さらに自治体などとも連携し、秋田空港などへの株分けも検討されている。古仲さんはこれからもたくさんの人に喜んでもらえるようにあじさいを増やしていきたいと話している。

※同寺では2022年6月11日(土)から7月18日(月・祝)の間「あじさい観覧」が行われる。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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