佐藤優「『プーチンを苦境に立たせ、ワシントンに引っ張り出す』アメリカのシナリオ」
プレジデントオンライン / 2022年6月30日 13時15分
■ホワイトハウスとクレムリン双方から信頼が厚いロビイストが語ること
戦争は、どちちの側からカメラを向けるかによって、全く違う姿に見えます。太平洋戦争において、日本の従軍記者の撮った記録映画と、アメリカの従軍記者の撮った記録映画は、同じ戦闘を扱っても全く別物でした。情報を一元的に絞るのではなく、両方の情報を見て判断すべきです。
ロシア国内の報道といえば国民に現実を知らせず、プロパガンダばかり垂れ流していると思われがちですが、それは違います。ロシアのテレビも西側の情報を流しているし、この戦争に懐疑的な報道もあります。
前回の連載では、最近の西側の報道が、ウクライナの劣勢とアメリカの政策転換を伝え始めたことに触れました。今回は、ロシア側の報道を見てみましょう。
ロシアの政府系テレビ局・第1チャンネルが不定期に放映する政治討論番組「グレート・ゲーム(ボリシャヤ・イグラー)」は、ウクライナへの侵攻開始以降、クレムリンが諸外国へシグナルを送る機能を果たしています。
6月6日(月)の22時55分から76分間放映された番組の冒頭34分は、とても情報的な価値の高い内容でした。出演したのは、ロシア高等経済大学のドミトリー・スースロフ教授、アメリカ共和党系シンクタンク「ナショナル・インタレストのためのセンター」のドミトリー・サイムズ所長、対外諜報庁中将で前戦略研究センター所長、元対外諜報庁分析局長のレオニード・レシェトニコフ氏の3人です。
サイムズ氏は1947年生まれで、父親はソ連の反体制派を支援する弁護士、母親は人権活動家です。両親は、70年代初頭にソ連からアメリカに亡命しました。モスクワ国立大学歴史学部を卒業したサイムズ氏も両親とともにアメリカに亡命し、アメリカの国籍をもっています。知識人が用いるロシア語を完璧に操ることができ、ホワイトハウスとクレムリン双方から信頼が厚く、重要なロビイストです。
ロシア政府あるいはアメリカ政府の考えを知悉している3人の目には、この戦争がどう映っているか。また、アメリカの内情をどう分析しているか。3人の発言のうち、注目すべき部分をいくつかピックアップしてみます。
■バイデンの発言内容の変化を、ロシアが注視
【スースロフ】ドンバス(ウクライナ東部のルハンスク州とドネツク州)の戦闘の進捗によって、アメリカの政策が変化しているようだ。もちろんアメリカからウクライナへのロケットシステムを含む武器の供与は続く。400億ドルの包括的支援を変更することもない。しかし、先週来、バイデン政権からウクライナの「勝利」とロシアの戦略的敗北という話が出なくなった。
対して戦闘の「終了」に関する声がよく出てくるようになった。少なくとも交渉による紛争の凍結について言及がなされるようになった。バイデン大統領自身が、紛争はロシアの敗北によってではなく、交渉によって解決されなくてはならないと、最近、「ニューヨーク・タイムズ」で述べた。
5月31日にバイデン大統領がニューヨーク・タイムズに寄稿した記事で、「最終的にこの戦争は外交によってのみ決定的に終結する」「NATOとロシアの間で戦争が起きることを望んでいない」「プーチン氏の失脚を望んでいない」と書いたことを指摘しています。
■ロシアが攻勢に転じると欧米は「そろそろこの戦争を手じまいしよう」
ここで、スースロフ氏はサイムズ氏に「あなたはアメリカで何が起きているかについて承知していることと思う。ワシントンの政策は、実際に変化しているのか。変化しているとするならば、それはどの程度、真剣なものなのか」と話を振ります。
【サイムズ】(ワシントンの政策は)変化している。それは事実だ。
(中略)
第1の要因は、戦局が変化してきたことだ。残念ながら、現時点では、西側連合の交渉スタンスとの関連では、この要因が決定的に重要だ。
第2の要因は、世論調査の結果だ。メディアでは有識者たちが、ロシアとの紛争に関して、より抑制的な対応ができるのではないかと議論している。これはバイデン大統領と民主党に好感を持つ人々だ。この人たちは、ドナルド・トランプ前大統領のことをとても恐れている。この人たちは世論調査の結果を見ている。アメリカの有権者の中でウクライナ戦争というテーマが優先度を持っていると考える人は3%だ。最初の頃、バイデン氏は自らを勝者のように見せていた。
しかし、アメリカ人の主要な利害関心はインフレだ。インフレによって米社会が破壊されている。商品が不足している。アメリカの国境を防衛する資金がない。アメリカの有権者にとって、またバイデン大統領や民主党を支持する人たちにとっても、ウクライナに提供する400億ドルは、関与しすぎだと見なされている。それによってアメリカの国内的利益が毀損(きそん)されている。
どちらも鋭い指摘です。ウクライナが優位な戦局だと欧米も強気になって、プーチンを追い払うまで戦うんだと主張するけれど、ロシアが優位になると、そろそろこの戦争を手じまいをしようとなってくる。戦局によって政策が変わるということです。ウクライナのメディアでさえ、ドンバス地方でロシアが大きく攻勢に転じたと報じており(朝日新聞・6月13日)、そのために欧米は「戦闘の終了」に言及するようになっているのです。
2つ目の指摘もその通りでしょう。アメリカの世論調査がバイデン政権の政策に大きく関係している。アメリカの有権者が関心のない問題に時間とお金をかけるのはコストパフォーマンスが悪い。そしてそんなことばかりやっていると、ドナルド・トランプ前大統領が台頭してきてしまう、とバイデン支持者は恐れているというのです。
■トランプ支持者から攻撃される…国内の世論も気になるバイデン
【スースロフ】戦争が長引くことが、11月の中間選挙を前にしてバイデン氏個人にとって好ましいことでなくなっている。アメリカ国内でバイデン氏は左右両翼から攻撃されている。
一方では、共和党支持者、特にトランプ支持者たちからだ。この人たちは大規模な資金をウクライナに提供することを支持していない。メキシコとの国境警備の資金が不足している、子ども用食品や他の商品も不足していると批判している。
バイデン大統領は大統領就任後の21年2月、トランプ前大統領の公約だった、メキシコ国境の壁の建設を中止しました。その結果、「バイデン大統領は移民に寛容だ」という期待が広がり、アメリカに入国しようとする移民がメキシコ国境に殺到。21年度には約166万人が身柄を拘束され、今年度はさらにペースがあがり、5月には過去最高の約24万人が拘束されました。バイデン政権に非難が集まっています。
■ロシアを「北朝鮮のように制裁をかけたまま孤立」させたいアメリカ
インフレに苦しむアメリカ国民の意識や、トランプ支持者の勢い、中間選挙を意識せざるをえないバイデン大統領など、アメリカの国内事情を深く読んでいることがわかります。そして、戦局がロシアに優位に変わってきたことで、アメリカの筋書きも変わってきていると見ています。
【レシェトニコフ】戦局の変化は、アメリカの分析専門家たちも認めている。ドンバスの戦場は、これまでと異なっている。ロシア軍がドニエプル川を越えて西にやってくるかもしれない。さらにその先に進軍してくる可能性もある。だから現状で停戦を提案した方がいい。いずれかの線でロシアと合意して、紛争を凍結する。だから朝鮮戦争のパターンについて(アメリカが)検討する意味がある。
(中略)
朝鮮戦争のヴァージョンだとロシアが勝利することにならないからだ。大部分の領土はウクライナに残る。そして、ウクライナは現在果たしている役割を続ける。ウクライナはアメリカによって管理されている韓国のようになる。緊急事態対応としてこのヴァージョンがある。万一、ロシアが現状を打開してしまう場合に備えてのことだ。
【サイムズ】正確を期すためにもう一つ質問したい。韓国・北朝鮮関係との比較は興味深い。イグナチウスは、ウクライナでその後、韓国のような成功が生じると述べている。しかし、ウクライナがそのようになるとは思えない。そして、ロシアが北朝鮮のようになることを提案している。ロシアは制裁によって孤立した状態に置かれる。イグナチウスの前向きの言葉の背後には、そのような思惑が潜んでいるのではないだろうか。
前回の記事でも紹介しましたが、デイヴィッド・イグナチウス氏は今もホワイトハウスに出入りしていて、アメリカ政府の意向を表明するコラムニストとして、非常に有名な人です。
6月2日の「ワシントン・ポスト」のイグナチウス氏の記事、つまり「バイデン大統領はウクライナにおける長期にわたる限定された戦争を準備している」とし、「平和条約がいまだ存在していないにもかかわらず、今日、韓国は世界の経済的成功例の一つになっている。つまり、ウクライナが韓国のように栄え、ロシアが北朝鮮のように制裁がかけられたまま孤立した状態に置かれる」という考察を、アメリカ政府の意向として注目しているのです。
■ロシアが「朝鮮半島化」を拒否するのは「韓国に米軍基地があるから」
【スースロフ】朝鮮戦争ヴァージョンについては、アメリカにとって魅力的かもしれないが、ロシアが受け入れることはできない。
【サイムズ】朝鮮停戦協定のような形態では受け入れられない。
【スースロフ】その理由は、北朝鮮が孤立しているからだけではない。韓国はアメリカの同盟国で、そこには米軍基地がある。しかも大量の兵員がいる。日本よりほんのわずかに少ないだけだ。
【サイムズ】ロシアには平和条約による解決が必要ということか。
【スースロフ】その通りだ。ロシアにとって、朝鮮半島の38度線のような、ウクライナを貫通する分界線を定めるだけでは不十分だ。ロシアにとっては、最終的な正常化、当然のことながら、ウクライナの中立的地位、同国の軍事力の制限、同国と西側の軍事協力、軍事技術協力の制限が必要だ。
「ウクライナを朝鮮半島化したい」と考えるアメリカに対して、ロシアは受け入れがたいと言っている。ではアメリカはどうやってのませる気なのか。
■嫌がるロシアを「ワシントンに引っ張り出す」シナリオとは
6月16日に放映された「グレート・ゲーム」で言及がありました。同番組に出演したのは、ドミトリー・スースロフ氏(ロシア高等経済大学教授)、アンドリャニク・ミグラニャン氏(モスクワ国際関係大学教授)、ニコライ・スタリコフ氏(作家)、アレクサンドル・ローセフ氏(外交・国防政策評議会幹部会員)の4人です。スタリコフ氏は著名な政治評論家でもあり、公共団体「ロシア市民連合」の創設者でもあります。
【スタリコフ】アメリカの戦略について述べるならば、アメリカ人にとって何が勝利かということが重要だ。ロシア人にとっての勝利は単純だ。ウクライナの非ナチス化と非軍事化だ。ロシアの指導者は、賢明なことであるが、目標を達成したら紛争に終止符を打つと述べた。ロシアは戦線を拡大しない。
アメリカ人にとっての勝利とは何だろうか。アメリカは、ウクライナが勝利することはできないし、勝利してはならないと考えている。その理由はウクライナにロシアに対して勝利する潜在力が欠如しているということだけではない。ウクライナに勝たせないということが米国の戦略だ。
ウクライナは米国にとってロシアに対抗する道具だからである。ロシアを倒すのではなく、弱体化させるのが米国の戦略だ。だから紛争が継続する規模の武器をウクライナに供給する。ロシアは弱体化する。しかし、いかなる状況においてもウクライナが勝利を収めてはならない。ロシアが西側を必要としているからだ。経済的にロシアは苦しい状況に置かれる。暗いトンネルの先に光が見える。そして、ウクライナ政府やゼレンスキー大統領と折衝するのではなく、ワシントンに赴いて、全ての問題を解決して合意を達成するということになる。米国はロシアにさまざまな問題を作り出して、簡単な解決のシナリオを準備する。ワシントンがすべての問題を一挙に解決する。これが米国にとっての勝利ということだと思う。
「外交による紛争の終結」を口にしながら、ウクライナに武器を送り続けるアメリカの腹の内をよく推測しています。そして一貫してロシアが要求しているのは「ウクライナの中立化・非軍事化」ということもわかります。
西側とロシア双方の報道、特にホワイトハウスやクレムリンと精通している人物の発言に注目することで、両者の戦略を読み解くことができます。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)
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