「生きて苦しむより、死んだほうがマシ」就職氷河期世代、51歳男性の絶望【2021編集部セレクション】
プレジデントオンライン / 2022年7月11日 10時15分
■スキルを身に付けられず中年になった
「コロナの影響でただでさえ仕事が減っているのに、年齢的に不利な私たちがどうやって正社員になれるのだろうか」
小野明美さん(仮名、40歳)は諦め顔だ。2004年に都内の短大を卒業した明美さんは、新卒採用では事務職を希望していた。ところが当時は就職氷河期で事務職が非正規雇用に置き換わり始めた頃で、正社員の枠は少なく、エントリーしても全滅。それでもいったんは消費者金融会社に営業事務として正社員入社した。債務者に取り立て(債権回収)の連絡を入れる業務もあり、それがつらくなって入社2年目で退職した。
「無職でいるわけにはいかない」と、学生時代に経験のあったアパレル販売のアルバイトでしのいだ。一人暮らしの生活費を稼ぐため、シフトがない時は日雇い派遣を入れるうち、本格的な再就職活動ができなくなるジレンマに陥った。そして2008年のリーマンショック。「なんのスキルもない私に正社員は一層とハードルが高くなりました」と明美さんは振り返る。
アパレル店や飲食店で仕事を続けたが、そもそも正社員は店長など限られた人数しかいない。今はコロナでシフトが減り、いよいよ違う業界に目を向けなければ完全に職を失いそうな状況だ。明美さんは「事務職に転職しようにも経験がありません。今さら氷河期世代を支援するといっても、これから資格をとろうにも日々の生活で精いっぱい」と頭を悩ます。
■できるか? 3年間に30万人を正社員化
国は就職氷河期の定義を「おおむね1993年卒から2004年卒。大卒でおおおむね37~48歳、高卒で同33~44歳」(2019年4月時点)とし、その中心層を「35~44歳の371万人」としている。同世代は、1991年のバブル崩壊、1997年の金融不安、2001年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックなどの影響を受けてきたうえ、今、コロナショックのさなかにいる。
2020年6月に発表された支援策では、3年間で就職氷河期世代30万人を正社員に移行する目標を立てている。主な支援内容は、ハローワークに専門窓口を設置し、担当者によるキャリアコンサルティングや職業訓練などチームを組んで支援。専門窓口は全国69カ所から82カ所へ、就労・生活支援アドバイザーと就職支援コーディネーターはそれぞれ69人から82人へ、職業相談員は118人から144人体制に強化する。民間ノウハウも活用して正社員への就職につなげるが、どれも過去の施策の寄せ集めとなっている。
目玉施策として厚生労働省がIT、建設、運輸、農業などの業界団体に委託し、「短期資格等習得コース」の講座を開講し、業界で必要な訓練と職場体験を組み合わせて正社員就職を支援する「出口一体型」を行う。建設や農業はもともと人手不足で外国人労働に頼っている業界だ。ほかにも、造船・舶用工業、内航船員、林業、自動車整備業など深刻な人手不足業界に就職氷河期世代を呼び込もうとしている。理想どおりにいけばいいが、中年層になってからのこれらの業界への転身が進むかは疑問が残る。
■助成金受給や再就職に厳しいハードル
雇用の受け皿を担ってきた飲食業や観光業が大打撃を受けるなか、国は「地域における観光産業の実務人材確保・育成事業」を掲げ、ポストコロナを見据えたワーク・ライフ・バランスの改善を図る。しかし、たとえコロナが収束したとしても観光業は他国の景気や政治状況にも左右されるため、今までインバウンドに依存してきたこと自体が危うかったと言えないか。
帝国データバンクの「新型コロナウイルス関連倒産」(法人および個人事業主)によれば、2月3日16時現在(掲載当時)、全国で985件の関連倒産となっている。業種別の上位は、「飲食店」(158件)、「建設・工事業」(81件)、「ホテル・旅館」(77件)、「アパレル・小売店」(56件)という状況だ。このような厳しい状況を前提とした業界動向や収益構造のなかで正社員雇用ができるのかを問い直さなければ、国の支援策も絵に描いた餅になる。
コロナで在宅ワークが進む中でIT業界への就職支援も強化するが、専門知識が必要だ。その場合は職業訓練を受けることになるが、受講中の収入減がネックになる。落ち着いて勉強して未経験の仕事に就けるよう、国は職業訓練受講給付金を「給付金支給単位期間」(訓練開始から1カ月ごとに区切った期間)ごとに10万円支給するというが、その要件に、①収入が8万円以下であること、②同居または生計を一つにする別居の配偶者、子、父母の世帯の収入が40万円以下であること、③世帯の金融資産が300万円以下であること――などがハードルとなって給付金を受け取りながら職業訓練を受けられないケースもある。
また、人材ニーズがある業界は、シフト制で深夜、土日祝日の勤務があることが少なくない。子育て中はもちろん、就職氷河期世代の親は高齢で介護や日常生活のサポートが必要な場合もあり、不規則な時間帯の勤務や自宅から遠い職場で働けない事情も生じる。就職氷河期世代が中年となった今、こうした生活変化が起きやすくなっている。
国は就職氷河期の「中心層」を35~44歳と強調しているが、それは支援する対象者を少なく見せるもので、実際にはバブル崩壊後に社会に出た45~49歳(2019年時点/1970~1975年生まれ)も多く存在する。就労支援の専門家が「ただでさえ正社員採用は難しい」という45歳以上の存在を覆い隠すようなもので、本来は、より重点的に支援すべき年齢層だ。
■切り捨てられた45歳以上
非常勤の公務員として雇用に関する部署で働く池野良太さん(仮名、51歳)も氷河期世代に当たり、「40歳くらいまでならチャンスがあるかもしれないが、45歳以降で正社員になるのは厳しい」と切実な思いを語る。
西日本に住む良太さん。県内の正社員の有効求人倍率は1倍台であるものの、「就職氷河期世代を採用しようとする企業は、私が知る限り地元でブラックと呼ばれているところばかり。これでは人が集まるはずがない」という。地元の大手優良企業が募集をかけると、その企業の退職者が手をあげたことで枠がすぐに埋まってしまい、氷河期世代向けの募集は取り消されてしまったという。
自治体に公務員の氷河期世代の採用枠を作ってほしいと打診しても、「予算の都合でできない」という回答しか得られなかった。良太さんは「だったら、広報宣伝に俳優を起用する費用を削ってでも良い企業を開拓する費用に充てればいいのに。これでは、行政が『対策しました』という言い訳のための事業でしかない」と、いら立つ気持ちが抑えられない。
2019年度は、兵庫県宝塚市が就職氷河期世代を対象に正職員の採用試験を行うと、倍率が400倍超えとなって大きな反響を呼んだ。
「これほど倍率の高い公務員試験になったのは、どれだけ多くの人が困っているのかを如実に表しているのだと思います。当事者としても、就職支援に関する立場としても、もっと公務員枠を増やしてほしい」
2021年度、氷河期世代を対象にした府省の国家公務員の中途採用は157人が予定されている。各自治体でも中途採用がより進むことが期待されるが、地方公務員も年々非正規雇用が増えているという状況だ。
良太さんがより矛盾を感じるのは、氷河期世代を支援する年齢区分だ。良太さんは「35歳からの支援にすれば、確かに30代後半は救われるチャンスがあるだろう。この年になって畑違いのところで働くのは難しく、40代のうちとりわけ45歳以降は不利なまま取り残されてしまう」と懸念している。良太さん自身、現在の雇用は非常勤で、来年度の更新はない状態だ。正職員の求人募集を見つけては応募しているものの、決まらなければ4月から無職かもしれない。
「昼ごはんはパン2つで出費を180円に抑える生活。明日どうやって生活しようという不安が絶えません。地方での生活には車が必要で、生活保護の申請は難しいと思います。政治はもっと本気で対策してほしい。もし仕事が決まらず路頭に迷えば、生きて苦しむよりも死を選んだほうがいい」
緊急事態宣言下でも一人数万円もかけて会食する政治家に、良太さんら就職氷河期世代の現実は見えているのか。
■「非正規」を生まない抜本改革が必要
大卒就職率が史上初の6割を下回った2000年からちょうど20年(掲載当時)。
当時、株主至上主義や自己責任論の拡大で若者の雇用問題は軽んじられ、氷河期世代の問題は置き去りにされた。第1次安倍晋三政権(2006年9月~07年8月)で「再チャレンジ」施策が行われたが短命に終わり、2008年にリーマンショックが襲う。少なくとも就職氷河期世代がまだ30歳前後だった10年前にもっと救いの手が差し伸べられていたら、状況は好転していたのではないか。
国が策定した「行動計画」は、既存の就職支援の焼き直しの部分が大半を占め、氷河期世代が中年となった今、通用しない面があることは否めない。コロナの打撃は計り知れず、雇用の受け皿が壊れてしまった今、他業界で働くことも視野に入れなければならない状態で、正社員化の即効性を求めることは難しい。じっくり職業訓練に取り組めるよう、氷河期世代の生活基盤を支えなければならない。
新卒採用も徐々に厳しさを見せるなか、新たな氷河期世代を生まないためには、非正規雇用を生み出す構造そのものを変えなければならない。約20年前、1999年に労働者派遣法が改正され対象業務が拡大。2004年には派遣も含め非正規雇用の「3年ルール」ができて、企業は3年経ったら正社員にするのではなく、多くが雇い止めした。
厚生労働省「労働者派遣事業報告書の集計結果」(2018年度)によれば、派遣労働者約123万人のうち3年が経過する見込みである人は約11万人。直接雇用の申し込みがあったのが約3万人で、実際に雇用されたのは1万4223人にとどまる。
直接雇用を前提とする紹介予定派遣でも、実際に直接雇用されるケースは多くはない。同調査では、2018年度に紹介予定派遣で働いた派遣社員は3万6791人であるのに対し、直接雇用の紹介があった2万8120人のうち実際に直接雇用に結びついたのは1万9214人でしかないことが分かる。
非正規雇用を生み出し、それを容認する制度を許す以上、いくら就労支援を行っても不安定な就労はなくならない。就職氷河期世代の支援は就労支援だけでなく、労働法制そのものを規制強化することが必要なのではないか。
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労働経済ジャーナリスト
1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年より現職。13年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 保育格差』など。
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(労働経済ジャーナリスト 小林 美希)
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