選ぶ側がDX音痴…「DX人材急募」で起きている採用現場の笑うに笑えないドタバタ劇
プレジデントオンライン / 2022年7月19日 11時15分
■どの業種でもDX人材は引っ張りだこだが……
中途採用市場が活況を呈している。中でもデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を担う人材の獲得競争が業種を超えて激しくなっている。
背景にあるのは、コロナ禍でデジタル化がさらに加速したこと。既存のビジネスの盛衰やビジネスモデルが劇的に変化し、業種を問わずデジタル化を推進し、新たな競争に打ち勝とうとの思いがある。
例えば、ニトリホールディングスは、IT部門の人員を2032年までに現状の約3倍となる1000人に増やす計画だ。消費のデジタル化が進む中、IT人材の拡充を通じて自社のシステム開発を内製化し、競争力を高める狙いがある。
イオングループも2022年度中途採用計画は前年を400人上回る約2900人に増やす。同社は次世代型ネットスーパーの構築や来店客データを活用したシステム開発に取り組んでおり、デジタル分野などの専門人材など多様な経験を持つ人材の獲得を目指している。
ただし、デジタル人材はどこでも引っ張りだこだが、労働市場に多くないというミスマッチの問題を抱えている。
またデジタル人材はほしいが、IT系企業やメーカー、ニトリなどのように大量に採用するわけでもない企業も多い。そうした企業は、「デジタル人材を雇っても本当に活用できるのか」という問題も抱えている。
■そもそもDX人材とは何かという定義が曖昧
都内の広告関連会社の人事部長は次のように語る。
「当社にはDXをやってきた人がもともと少ないので採用しても育てられるのかという問題や、本人の専門性を有効に活用できるのかという点で非常に曖昧なところがある。また、専門性に特化した人が今は必要でも数年経っても必要なのかという見極めが難しい」
さらに問題なのは、そもそもDX人材とは何かという定義が曖昧であることだ。国内のAI研究の第一人者である東京大学工学系研究科人工物工学研究センターの松尾豊教授が政府の「新しい資本主義実現会議」(5月20日)に提出した資料でこう述べている。
「いつの時代も、新しい職種は定義されていない『その他』から出ている。DX人材も20年前には『その他』に分類された、あるいは存在しなかった職種である」
その上で「DX人材とは多様な定義がある」とし、「突き詰めると、仮説思考・デジタルスキル・目的思考の3つが揃う人材ではないかと考えられる」と述べている。
「仮説思考」とは、ある課題に対してそれを構造化し、試行錯誤を繰り返しながら検証するというPDCAを回す能力のことだ。
「デジタルスキル」とは、数理的計算を駆使し、データ・AIを扱うスキル。
「目的思考」とは、やるべき必要があるものと必要のないことを明確に意識できる思考だ。
■“DX人材の卵”を新卒者から探そうという動き
松尾教授は「今後20年で、確実にニーズが高まる職種として、DX人材、あるいはAI人材が挙げられる」と言っている。
しかし、この3つを兼ね備えた人材がどれぐらいいるのか、いるとしても採用する側が見極めるのはかなり困難だろう。自ずと目に見えやすい「デジタルスキル」に限定されるだろうが、そのレベル感を見極める専門家が社内にいないと採用は難しい。
そこで今始まっているのが“DX人材の卵”を新卒者から探そうという動きだ。中途採用で希少なDX人材が見つからないのであれば、松尾教授が言うように今後必要になるDX人材の卵を見つけて自社で育てていこうというものだ。
日本経済新聞社が株式の時価総額の上位100社と主な子会社を対象に調査したところ、23年卒の学生からデータ分析やAIなどの専門人材を別枠で採用する企業が3割(29社)もあったという(「日本経済新聞」22年6月28日)。
自動車など大手メーカーやIT関連、通信業以外に製薬、金融など多岐にわたっている。入社後は基幹システムの構築やDX戦略の立案を担うという。
別枠で採用するということは通常の新卒の選考ルートではないということだ。一部上場企業の建設関連会社の人事部長は別枠での採用に踏み切った理由についてこう語る。
「大学・大学院でDXに関するスキルを学んできた新卒を育てるには時間はかかるが、中途採用と違い、新卒であれば当社に合った人材を育成できるのではないかと考えた。といっても他のメーカーさんと違い、多く採用するわけでもない」
■人事部がDX音痴…DX人材の採用が難しいワケ
では、どうやって採用しているのか。同社は職種別採用を実施しているが、DX人材の定義が難しいことからあえて募集職種を設けていない。基本的には同社のインターンシップ応募者やエントリーシート提出者から選考しているという。
「募集職種には技術、営業など幅広いが、こうした職種に応募してくる多数の学生の専攻や学科を見ながら人事部内で『この学生はDX人材じゃないか』と思われる学生をピックアップしている。もちろん工学部など学部だけではわからないので、どんな勉強をしてきたかをチェックする。専攻・学科でいえば情報工学系の学生、情報系の学科でもAIを学んだ人、工学系でロボット工学などを学んできた人を中心に探す」(人事部長)
ただ人事部員もデジタルに関しては素人だ。応募書類などを見てすり合わせる。
「たとえばAIを使ってグラフィック機能や映像を勉強した人を見つけると『彼はDX人材じゃないか』と言ってくる部員もいる。皆で話し合って『ちょっと違うんじゃないか』と思う人は外したりする。実際に見分けるのは難しいが、ある程度、DX人材らしい人を見つけると、学生と個別に接触し、デジタルに詳しい専門の担当者と会わせてインタビューしながら掘り下げていく。そうしないと本人が学んできたこともよくわからないし、その力を活かして当社で活躍してくれるかを見極めるようにしている」(人事部長)
専門の担当者がDXの素養があると見なした学生は独自にアプローチする。
「専門の担当者と人事部が有望だと思う学生には、この職種に応募しませんかと口説く。『応募してもらえれば内定を出します』と約束し、グリップしながら選考を進めている」
DX人材に関しては会社からのスカウトが中心になる。ただ人事部長は「学生が大学で何を学んできたかを細かくチェックすることはこれまでほとんどなかった。多めに採る企業は実際に使えない学生が混じっていても歩留まりの点で大丈夫だろうが、少人数しか採らない場合、未知の職種ほど丁寧に見ていかないといけないし、難しい時代になった」と実感する。
同社のような取り組みは他の企業でも水面下で行われている可能性もある。あるいは同社は応募学生から見つけていく方式だが、大量に採用する企業は、リクルーターを使って学部や研究室に出向いて積極的にアプローチしている企業もあるだろう。
また、ヤフージャパンは新卒の能力のあると認めた人材には年収650万円超と一般職の年収(400万~500万円)より高い賃金で採用するところもある(前出・日経)。
DX人材といっても各社によって定義や要件も異なるだろうが、今後、少なくともデジタルスキルの素養を身につけた学生は、学歴など大学の偏差値を超えて人気が高まる可能性がある。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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