「新工場の立ち上げに苦戦中」と自らツイート…イーロン・マスクが大赤字の理由をまったく隠さないワケ
プレジデントオンライン / 2022年7月20日 11時15分
■「リスクを恐れない」というイーロン・マスク特有の手法
「巨大な炉で数十億ドルの現金を燃やしているようなものだ」
これは今年3月に独ベルリンで、そして4月に米テキサス州のオースティンで稼働を開始した電気自動車企業テスラの新工場の立ち上げで苦戦しているCEOのイーロン・マスクのボヤキだ。
世界のEV販売ランキングで昨年1位となったテスラのEV「モデル3」は需要が旺盛で、生産が間に合わない状況が続いている。巨大工場を建ててEVの生産能力を一気にアップさせる手法は、リスクを恐れないイーロン・マスク特有のものだ。
振り返れば、テスラは米ネバダ州にリチウムイオン電池の巨大工場「ギガ・ネバダ」の建設を2014年から開始し、次に中国の上海で工場を着工し、わずか1年で稼働にこぎつけたのが2019年だった。
世界で初めてガソリン車を生み出した聖地であるドイツでテスラが建てたベルリン工場は、イーロンのEV戦略における欧州市場の要衝となるものだ。しかし、生産台数は予定を下回った。
さらに、米テキサス州オースティン工場は新型リチウムイオン電池4680のセル生産に挑んだが、トラブルを起こしている。
これまでテスラは汎用リチウムイオン電池18650型をロードスターに、2170型をセダンのモデルSと3万5000ドルのEV「モデル3」に使っていた。そして、性能とコストを大きく向上させるために開発したリチウム電池が4680型である。
4680型の寸法は、2170型より直径も長さもひと回り以上大きく、正極にはコバルトをやめて、コーティング剤や添加物を工夫することで価格の安いニッケルを使用。負極には、現在使用しているグラファイトよりもリチウムが多く蓄えられるシリコンを用いて、性能とコストの二兎を追ったのだったが、このセル生産が軌道に乗っていない。
■新型バッテリーの量産を計画していたが…
さらに、オースティン工場で取り組んでいるコストダウンを目的としたストラクチャル・バッテリーパックの量産も計画通りに進んではいない。
ストラクチャル・バッテリーパックとはなにか。そもそも、テスラ以前の電気自動車は大きな専用電池を搭載していた。
一方で、テスラはノートPCなどに使う汎用で単三乾電池ほどのサイズのリチウム電池を数千個束ねて、一つの大きな電池のように扱う独自技術を開発した。これにより、ポルシェを越える加速性能と、一回の充電で300kmから400kmの航続距離を実現し、EVの常識を覆した。
大量のリチウム電池を搭載するテスラ車では、もし一つのバッテリーセルで問題が起きても全体に波及しないよう技術的な工夫を施してある。まず、セルを集めてモジュールにし、そのモジュールを集めてバッテリーパックにする。もし一つのセルで品質問題が起きてもモジュールで食い止める設計がそれだ。
このように3段階からなるバッテリーパック式の構造から簡素化したのがストラクチャル・バッテリーパックだ。モジュールを作らず、バッテリーセルを直接にシャーシーに組み込むことで製造コストを大幅に削減するものだが、この量産にもテスラは手こずっていた。
■全自動化には失敗したが、手作業で出荷数を持ち直した
とはいえ、これまでも似たようなトラブルは何度も起きていた。テスラの最初のEVスポーツカータイプのロードスターはトランスミッションなどで問題が続出し、出荷は遅れ、「テスラは倒産する」との噂まで飛び交ったが、イーロンはかろうじて乗り切った。
次に出したEVセダン「モデルS」でも量産立ち上げに苦労している。資金繰りで窮地に立ち追い詰められたイーロンは、友人でグーグルの共同創業者にして世界的な大富豪でもあるラリー・ペイジにテスラを引き受けてもらうことまで考えていた。それでも持ちこたえてモデルSの出荷を軌道に乗せた。
予約注文が40万台以上入った新型EVのモデル3では、カリフォルニア州のフリーモント工場の生産ラインを完全自動化して製造効率のアップを図ったものの、それが裏目に出ている。
従来の10倍以上の生産性を実現するために数百台の組立てロボットを生産現場に配備したまではよかったが、ロボットが部品を掴み損ねたりするなど稼働が上がらず、生産計画を大幅に下回ってしまった。
イーロンは連日、生産ラインに入って問題解決に奔走し、夜は工場に泊まり込んで頑張ったが出荷台数はなかなか増えなかった。
そこで、イーロンが取った挽回策は、工場の建屋の外にフットボール場2個分の大きさの巨大テントを建てて、生産ラインを持ち込むことだった。ただし、それは最新の自動化設備ではなく、手作業中心の生産ラインだった。2週間で生産ラインを完成させて、死に物狂いで出荷数を増やしてかろうじて危機を脱した。
ところで、日本のメーカーなら、「増産」といえばコピペのように同じ設備を単純に増やす場合がほとんどだ。急劇な需要に対応する際に、生産性を上げようと設備を設計変更して生じるリスクを背負うよりは、安全、着実に生産数量を確保したいという思考が優先するからだ。
しかし、イーロンの思考は違っていた。数量を増やしながら製造ラインも進化させてしまう。つまり、“二兎を追う“やり方だ。そのために上述したように、新しいEVを立ち上げる時は必ずトラブってきた。
■なんども試練を乗り越えてきたが、不安材料もある
現在、独ベルリンと米オースティンの新工場の稼働は徐々に生産計画に近づいているようだ。新型コロナによる中国の都市ロックダウンの影響を受けテスラの上海工場も大幅に生産台数を落としたが、それでもテスラの2022年の第2四半期(4月~6月)の生産台数は前年同期比で約25%増の25万8580台で、同年上期合計でみると前年同期比約46%増の約56万台となった。
イーロンは今年2022年で前年比50%増の成長を目指しているが、それを成し遂げるには下半期の巻き返しがより一層重要になってくる。上海工場の稼働回復と、ベルリン並びにオースティン新工場の出荷台数が生産計画の値に近づけば、達成は現実味を帯びてくるだろう。
新工場と新型EVの立ち上げで苦労する体験をこれまでイーロンは何度もしてきた。そして、いずれも挫折を乗り越えテスラは期待値以上の成長を遂げてきたことも歴史は証明している。ならば、今回もイーロン・マスクはやってのけるのだろうし、その自信を秘めているはずだ。
ただし、彼がコントロールできない要因がある。リチウムなどの原材料価格の高騰だ。昨年来、モデル3などの価格を上げざるを得ない状況が続いてきたが、当面解消されそうもない。
EVの生産台数を年率5割もアップしながらコストを抑えるという試練は、まだまだイーロン・マスクにつきまといそうだ。
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経営コンサルタント
1957年生まれ。徳島大学大学院工学研究科修了。米国ノースウェスタン大学客員研究員。松下電器産業(現パナソニック)に入社。PC用磁気記録メディアの新製品開発、PC海外ビジネス開拓に従事。その後アップルコンピュータ社にてマーケティングに携わる。日本ゲートウェイを経て、メディアリングの代表取締役などを歴任。シリコンバレー事情に精通。現在、コンサルタント事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『TechnoKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』(朝日新聞出版)、『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)、『世界で最もSDGsに熱心な実業家 イーロン・マスクの未来地図』(宝島社)などがある。
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(経営コンサルタント 竹内 一正)
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