普通の人は知らないが、薬物乱用者なら絶対に知っている…麻薬捜査官が危険視する"あるアプリ"
プレジデントオンライン / 2022年7月24日 14時15分
※本稿は、瀬戸晴海『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■ロシア出身の技術者が開発した無料のメッセージアプリ
ツイッターで販売広告を見た、薬物に関心のある若者たちは、密売人と連絡をとるために無料の秘匿アプリ「テレグラム」をダウンロードします。
このアプリに密売人のIDを入れれば一瞬で密売人とのホットラインが繋がります。そして、ブツを注文するとともに、取引方法などを決めるわけです。写真1はテレグラムのチャット画面です。ブツの売買交渉の中身がよく分かると思います。
テレグラムは、ロシア出身の技術者が開発した無料のメッセージアプリ(コミュニケーションツール)で、LINEなどと比べてセキュリティが極めて強固です。
現在はアラブ首長国連邦(UAE)にある団体が運営しているそうですが、チャット機能やダイレクトメッセージだけではなく、ファイル交換や音声通話機能も充実しているため、世界で数億人のユーザーがいるとされます。
セキュリティが強固ということは、通信の秘密が確保されていることに他なりません。その上、高機能で無料となればメッセージアプリとして申し分がない。密売人はこの性能の高さを悪用して、取引に用いているわけです。
■交信記録は運営側も捜査機関も確認できない
テレグラムの代表的な機能に「シークレットチャット」があります。この機能を選択すると、送信元のメッセージを暗号化し、受信先でしか復元できないように加工する「暗号化通信」に切り替わってしまう。これを「E2EE(エンドツーエンド暗号化)」と呼び、こうなると運営側ですら通信内容を閲覧することができません。
さらに、暗号化されたメッセージは第三者への転送も、スクリーンショット(モニター画面の全部または一部を画像化すること)を保存することもできません。それどころか、「自動消去タイマー」を設定することで、交信記録を自動消滅させることまで可能に。仮に密売人が「1時間後に自動消去」と設定したら、双方の交信記録は1時間で消え去ってしまうのです。
また、テレグラムには、自分のスマホに登録している相手のテレグラムIDを削除すると、相手のスマホに登録されているこちら側のIDや交信記録が全て削除される機能があります。
そのため、薬物の密売人は関係者や客が逮捕されたことを知ると、身を守るために、まず自分のスマホに登録されている相手方のIDを削除する。密売グループ同士は音声通話機能でやり取りすることが多いのですが、これも電話でなく「ネット通話」なので捜査機関は通話履歴を把握できないという問題が生じています。
■子どものスマホにあるわけがない
もうお分かりでしょう。テレグラムは、いわば「消えるチャット」で追跡捜査が困難になるので、密売側からすると最良の交信ツールというわけです。
「ウィッカー」も似たようなアプリですし、最近では「ワイヤー(Wire)」というアプリも使われます。いずれも機密性が高いことから、ポルノ情報のやり取りや浮気相手との交信に使われ、特殊詐欺グループなどの犯罪組織やテロ組織が情報交換に用いているとも言われます。
もちろん、アプリ自体を危険と言い切ることはできません。それこそ、企業が先端技術に関わる極秘情報を扱う際に、漏洩や流出を防ぐためにこうしたアプリを用いることは十分に想定できます。しかし、それほど秘匿性の高いアプリを、中学生や高校生が利用する必要はあるでしょうか。言うまでもなく、彼らがそんな機密を持ち合わせているとは思えません。
■流行りはTwitter→「テレグラムチャンネル」の誘導
そして、テレグラムを巡ってはもう一点、注視すべき点が浮上しています。それは「テレグラムチャンネル」の存在です。
写真2をご覧頂ければ、ツイッターと同様の販売広告が、テレグラムにも掲載されていることが分かると思います。
2021年夏ごろから、このテレグラムチャンネルでの薬物密売が確認されるようになり、22年に入って以降は、より顕著なものとなっています。ツイッターを舞台に薬物密売に手を染めていた者たちが、マトリ(麻薬取締官)をはじめとする捜査機関の監視から逃れるため、テレグラムチャンネルに販売広告を移行させているのです。
テレグラムチャンネルは、テレグラムの機能のひとつで、ユーザーが画像やメッセージをアップロードできる広告板を指します。作成するために必要な「テレグラムチャンネルID」は、テレグラムのIDさえ持っていれば容易に取得でき、また、テレグラムIDを持つ誰もがテレグラムチャンネルを閲覧可能です。
密売人はテレグラムチャンネルに掲載した情報のなかに、自分のテレグラムIDを記載しており、客側はそのIDにメッセージを送信するという仕組みです。
悪知恵の働く密売人は、ツイッターには「色々あります」とだけ書き込み、「テレグラムチャンネルID」を記載してそちらに誘導する。
なかには「テレグラムチャンネルID」しか記さないケースもあります。「とりあえずテレグラムチャンネルを見てくれ」という意味です。客側も事情を理解しているため、そのテレグラムチャンネルを閲覧して「このチャンネルの発信者は信頼できるプッシャーだ。価格も申し分ない」などと判断。広告主のテレグラムIDにメッセージを送って商談に及ぶわけです。
テレグラムチャンネルを利用した密売は、ツイッターのようにアカウントから相手の素性を調べることができません。現状では情報の削除要請も不可能です。捜査側の立場からすると、今後に残された大きな課題と言えるでしょう。
■薬物のみならず拳銃や身分証を販売しているサイト
写真3のスマホ画面をご覧ください。上段の左側は、皆さんもご存知のツイッターのアイコンでその隣がテレグラムです。
右横が「ウィッカー」、下段の左側が「ワイヤー」のアイコンで、その右側は「シグナル(Signal)」というこちらも秘匿アプリのアイコンです。利用率は低いのですが、これを使っている密売人も見かけます。
そして、その横が一般的な検索エンジンでは引っかからないネット空間「TorBrowser=トアブラウザ(以下、Tor)」のアイコンです。
「TheOnionRouter」と呼ばれる無料のソフトをインストールし、これを経由してウェブサイトにアクセスします。スマホの場合は「OnionBrowser」というソフトをインストールします。通常の検索エンジンの場合は、パソコンやスマホから正規のプロバイダーを経由してサイトに接続しますので、アクセス記録を辿ることができます。
ところが、Torの場合は、いくつものサーバーを経由し、その上、接続経路が暗号化されますので追跡するのが非常に困難になります。そのため、「ダーク(闇の)ウェブ」と呼ばれ、多くの犯罪に悪用されているのです。
Torの海外サイトには、とても違法とは思えないほど、大量で多種類の薬物販売広告を見ることができます。日本では流通していない、淡いピンクやブルーに着色されたキャンディー状の覚醒剤も売られていました。薬物のみならず拳銃や身分証など、信じ難いものまで散見されます。Tor日本版サイト「Onionちゃんねる」では、ツイッターを遥かに超える、薬物密売広告を確認することができます。
ツイッターでの密売は個人や少人数のグループが手がけていますが、Torでは大規模な組織が参入していると考えて間違いありません。Torでの検索は、多くのサーバーを経由するため通信速度が遅く少々苛(いら)つきます。にもかかわらず、このようなブラウザを使ってネット検索する意味はないはずです。使っているとするなら、怪しいサイトへアクセスしていると言っていいでしょう。
■登録なしに複数のメアドを取得できるアプリ
下段最右側は、「捨てメアド」アプリのアイコンです。通常はYahoo!やGoogleなどのフリーメールであっても、メールアドレスを取得するには電話番号やメールアドレスといった個人情報の登録が求められます。
ところが、「捨てメアド」は何の登録もなしに、しかも、複数のメールアドレスを取得できる。つまり、誰が使用しているのか全く分からないまま、たった1回だけ使用される、文字通りの“使い捨てメアド”なのです。
確かに便利な側面のあるインスタントメールですが、子どもたちがこんなアプリを使う必要はありません。使っているとするなら、それは親には言えない怪しいことをやっている証拠になると思います。
親御さんにあっては、お子さんのスマホを一度確認してみていただきたい。このようなアプリが入っていたら要注意です。
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元関東信越厚生局麻薬取締部部長
1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒業。1980年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。薬物犯罪捜査の第一線で活躍し、九州部長等を歴任。2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2018年3月に退官。2013年、2015年に人事院総裁賞受賞。
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(元関東信越厚生局麻薬取締部部長 瀬戸 晴海)
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