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それでも中国の台湾侵攻は起こらない…安倍元首相の最大のレガシー「日米豪印のQUAD」を評価するべき理由

プレジデントオンライン / 2022年8月4日 13時15分

台北で会談に臨むペロシ米下院議長(左)と台湾の蔡英文総統=2022年8月3日 - 写真=AA/時事通信フォト

戦後の日本で最も長く総理大臣を務めた安倍晋三氏の「最大のレガシー」とはなにか。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「中国を牽制するQUADという枠組みを提唱したのが一番の功績だろう。台湾統一への機運が高まる中国を抑えこむには、日米豪印4カ国によるQUADを『東アジア版NATO』に発展させるしかない」という――。

■アメリカ版「鉄の女」の訪問で台湾が揺れている

8月2日深夜11時過ぎ、台北にある5つ星ホテル、グランドハイアットの前は、アメリカ下院議会のペロシ議長の訪台を歓迎する市民と、これに抗議する市民とで騒然となった。

現地に住む知人によれば、双方がプラカードを掲げてシュプレヒコールを上げ、翌日未明にかけて騒然となったという。

ペロシ議長は、大統領や副大統領が執務不能になった場合、アメリカ合衆国大統領に就任する地位(アメリカでNo.3)にある。民主党きっての対中強硬派で、1991年には、2年前に起きた天安門事件の現場を訪れ、最近では今年2月の北京冬季五輪で、人権問題を理由に外交ボイコットを主導した人物として知られる。

そんな彼女が台湾を訪問した背景は2つある。

1つは、アジア外交に赴く中で、安全保障の面から台湾を外せなかったこと。そして経済安全保障の面からも、半導体生産で世界一を誇る台湾を欠かすことはできなかったことだ。

さらに言えば、82歳を迎えたペロシ議長にとって、11月の中間選挙以降も議長に留まる可能性は決して高くなく、言うなれば、アジア歴訪に台湾を組み込むことで自らの花道を飾りたいという思いもあったろう。

「台湾と世界の民主主義を守るというアメリカの決意は揺らぐことはない」

トランプ政権時代、トランプ大統領が行った一般教書演説を、ぶぜんとした表情で聞き、演説の原稿を破り捨てたアメリカ版「鉄の女」は、蔡英文総統との会談でこのように語った際、最高の気分だったのではないだろうか。

■「偉業」をかき消されたバイデン大統領

習近平総書記からすれば、メンツがつぶされた形だ。7月28日、バイデン大統領との電話会談で「火遊びをすれば必ず焼け死ぬ」と釘を刺したにもかかわらず、訪台を許した。これでは面目丸つぶれである。

バイデン大統領にとっても痛い出来事で、アルカイダの指導者、ザワヒリ容疑者殺害という「偉業」がかき消されてしまった。中間選挙を前に、アフガニスタンからの撤退で「弱腰」と批判された過去を一気に挽回する機運が、ペロシ議長の訪台で上書きされたわけだ。

ついでに言えば、アジア歴訪の最後の訪問国、日本としても、当初は、参議院選挙後の臨時国会にペロシ議長を招き、安倍元総理に対する弔辞を聞いてもらう案が、弔辞先送りで崩れ、台湾問題だけに世界の目が注がれることになってしまった。

それだけペロシ議長の訪台はインパクトがある出来事で、中国は、指導部の強い意志と強力な海軍力を見せつけるため、台湾本島を6つの海域から取り囲み、軍事的な威嚇体制に入った。

アメリカも、空母「ロナルド・レーガン」をはじめ横須賀の第7艦隊を差し向けたため、1995年の第3次台湾海峡危機(台湾・李登輝総統の訪米に反発した中国がミサイル等を発射した出来事)に近い緊張は当面続くとみられる。

■強いて言えば、得をしたのは習近平

ペロシ議長の訪台で、表面的には、面目丸つぶれ、権威失墜となった習近平総書記だが、得をした側面もある。

中国では今週末から、共産党長老らが河北省のリゾート地で今後の政治体制を話し合う「北戴河会議」が予定されている。秋の党大会で3選がかかる習近平総書記にとっては特に重要な会議になるが、アメリカ側の動きを受けて、「少しはアメリカと協調したら?」という空気は、この件で完全に立ち消えになったと言っていい。

つまり、習近平総書記は、3選さえされれば、台湾統一、打倒アメリカに向けて邁進できるきっかけができたとも言えるのである。

中国は、なかでも習近平総書記は一筋縄ではいかない。アメリカだけで制御するのは難しく、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々の総力で対処しなければならないということである。この状況で、日本は何ができるのだろうか。

■安倍元首相の「3つの功績」

7月8日、安倍晋三元首相が糾弾に倒れた。国内問題で言えば、森友学園問題に加計学園問題、それに桜を見る会での招待客や前夜祭の費用負担問題、さらにはアベノミクスの是非など、詳細な説明と総括が必要な事象は多々ある。

このことが、岸田政権が決定した安倍元首相の「国葬」に、依然として反対論が渦巻く最大の要因となっているが、同時に評価できる点も忘れてはいけない。

○バラク・オバマ大統領だけでなく、あのドナルド・トランプ大統領とも良好な関係を築き、日米同盟を強固にしたこと
○自衛隊法などを改正し平和安全法制を成立させたこと
○中国の脅威を念頭に、自由で開かれたインド太平洋を提唱し続けたこと

少なくとも、これら3つは評価されるべきで、アメリカの民主・共和両党の知人からは、今なお、筆者のもとに、安倍元首相の死を惜しむメールが寄せられるくらいである。

「中国に毅然とした姿勢を示す行動主義は、日本に対する信頼につながった」(7月10日付 仏紙「ルモンド」)

「安倍元首相ほど歓迎された同盟国の指導者はいなかった」(7月11日付 米紙「ウォールストリート・ジャーナル」)

「日本とアメリカ、オーストラリア、インドによる戦略的な枠組み、QUADは安倍氏が始まりだった」(7月13日付 韓国紙「中央日報」)

安倍元首相が亡くなってまもなく、海外のメディアもこのように報じたが、筆者も安倍元首相のレガシーの中で、外交や安全保障に関しては高く評価したい。

なかでも、韓国紙ですら評価したQUAD(日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国による戦略対話)という枠組みの提唱である。

■インドを巻き込み、同盟国以上の集団に

国際的な枠組みと言えば、「アメリカが提唱したもの」と思われちだが、QUADは、安倍元首相が第1次政権時代の2007年8月、インド国会で演説した際に提唱したものだ。

インドの国会で、というのがポイントで、安倍元首相は、同盟国のアメリカや友好国のオーストラリアだけでなく、インドを巻き込むことで中国をけん制しようとしたのである。

第2次安倍政権時代、自衛隊のトップ、統合幕僚長を務めた河野克俊は「QUADで評価できるのは、インドを入れたことです。インドを仲間に引き入れたことで、インド洋と太平洋をつないだ。これは中国にとっては大きなけん制になります」と話す。

また、アメリカの現代政治・外交が専門の上智大学総合グローバル学部、前嶋和弘教授も筆者の問いに次のように語る。

「インドが加わったことで、同盟国以上の集団になりました。これを受けてアメリカ国務省にはインド太平洋局という部署が設けられましたし、大きな意味を持つものになったと思います」

Map of 中国
写真=iStock.com/pakornkrit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pakornkrit

■インドも「中国に対抗する」意識を共有している

その鍵はインドである。インドはQUAD4か国の中で唯一、中国と地続きで接している。その距離は実に約3500キロに及ぶ。(ロシアへの脅威からNATOに加盟したフィンランドでも、ロシアと接している国境の長さは約1300キロ)

そのため、緊張関係が続き、2020年には国境が画定していない地域でインド軍と中国軍が衝突し、双方に死傷者が出る事態も起きている。

「中国に対抗する」という意識は、インドも他の3か国と同じである。事実、5月24日、東京で開催されたQUAD首脳会合では、来日したモディ首相が、「QUADの信頼と決意は民主主義に新たな強さをもたらしている」と語り、率先して連携強化を求めた。

このとき、アメリカのバイデン大統領はこのようにモディ首相を持ち上げている。

「モディ首相による民主主義の実現に向けた努力に感謝したい」
「私は米国とインドのパートナーシップを地球上で最も緊密なものの1つにしていきたい」

これらの発言は、日本だけでなくアメリカも「インドをつなぎ留めておきたい」と考えている何よりの証左である。

このように、安倍元首相の提唱によるQUADは、アメリカでも、オバマ⇒トランプ⇒バイデンと3代の大統領に受け継がれ重要視されている。それは、中国の習近平指導部による覇権主義が、年々色濃くなっていることの裏返しでもあるが、同時に、中国の動きを見据えた安倍元首相の功績と言うこともできるだろう。

■QUADの足並みを乱すインドのロシア対応

ただ、QUADも盤石とは言えない。対中国では思惑が一致しているものの、ウクライナに侵攻したロシアをめぐって足並みの乱れが続いてきたからである。その張本人がインドなのだ。

インドは、隣国の中国とは緊張関係にあるものの、ロシアとは伝統的に友好関係を築いてきた。インドが所有する兵器の6割から7割はロシア製であり、中国との有事の際、最も頼れるのはロシアの兵器との認識が今でも強い。

ロシアも、インドに対し、高機密の原子力潜水艦貸与や、巡航ミサイルの共同開発などに応じ、インドの防衛力強化にひと役買ってきた経緯がある。

実際、インドは、国連の安全保障理事会や国連総会の緊急特別会合でロシア軍の即時撤退を求める決議案の採決や、国連人権理事会でロシアの理事国としての資格を停止する決議案の採決など、少なくとも10回以上棄権している。

ロシアのウクライナに侵攻について、インドは一貫して直接的には非難しておらず、ロシアに経済制裁を科すG7や、ウクライナへの軍事支援を強化するNATO加盟国とは一線を画してきた。

そればかりか、日本をはじめ欧米諸国がロシアからの原油や天然ガスの禁輸へと舵を切る中、インドは原油の輸入を続けている。

インドの原油輸入に占めるロシアの割合は1%あまりに過ぎないが、対ロシア制裁に関してはインドが抜け穴になっている、と言わざるをえない。

■中国への牽制にはなるが、危うさも残っている

そのようなインドに関して筆者の目に留まったのは、5月19日付の産経新聞、インドのバルマ駐日大使へのインタビュー記事であった。大使の発言要旨は以下のとおりである。

○覇権主義的な動きには反対
○QUADは軍事同盟ではなく様々な問題を協議する場
○台湾有事が発生した場合の対応を考えるより、有事が起きないようにすることが大切
○ロシア制裁に関してインドは独立した立場を取っている

日本やアメリカの立場とは、少し異なることがわかるはずだ。

インドは、中国の覇権主義的な動きにも反対だが、アメリカがインド太平洋地域でプレゼンスを強くすることも快く思っていない。QUADでは技術協力に関する期待からQUADに参加している部分もある。台湾有事に関しても、インド軍を派遣してまで台湾を救う気概は感じられない。

近頃は、中国海軍がロシア軍とともに日本の近海を航行し、軍事演習を行うケースも増えている。大嫌いな中国と仲良しのロシアが対欧米で連携を強化した場合、インドはどう動くのか、危うさもがあることも忘れてはいけない。

■「自分で努力しない国に手を差し伸べる国はない」

「インドが動かなくても、日米安全保障条約があるのだから、アメリカが動いてくれる」

このように思う方は多いかもしれない。しかし、実際はそう簡単ではない。

安倍元首相の話に戻せば、筆者が最後に安倍元首相を取材したのは、7月6日、横浜駅西口での街頭演説であった。

「自分で努力しない国に手を差し伸べてくれる国はどこにもありませんよ。日本とアメリカの間には安全保障条約があり、強固な同盟関係もありますが、何もしない日本のために戦い、血を流すことにアメリカ国民の理解を得ることができるでしょうか」

中国および日本
写真=iStock.com/pengpeng
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このように強調した安倍元首相は、中国をにらんで防衛費のGDP比2%までの増額、そして憲法への自衛隊明記を熱く訴え続けた。

■台湾有事の際、アメリカは助けに来てくれるか

この安倍元首相の指摘は正しい。日米安全保障条約は、軍事同盟としての日米関係が色濃く打ち出されたもので、アメリカの対日防衛義務を定めた第5条は特に重要視されてきた。

しかし、アメリカの「防衛義務」には足かせがある。というのも、アメリカが「防衛義務」を行う場合、アメリカ憲法の規定ならびに諸手続きに従うことも明記されているからだ。

つまり、大統領や国防長官の一存では決められず、最終的には連邦議会によって決定されるとうたっているのである。

議会で決めるとなると、上下両院で民主・共和両党の議席数がどうなっているか、そして、その時点での大統領への支持率や国民世論がどうであるかに左右される。

「台湾や尖閣諸島が攻撃を受けた場合、アメリカ軍は、攻撃での損失を避けるため、沖縄などの基地からいったんグアムかハワイまで退くでしょうね」

とは、元陸将、渡部悦和氏が筆者に語った見立てだが、いったん退いたあと、態勢を立て直し、日本の支援に来てくれるかどうかは、アメリカの国内事情と、「日本もしっかり防衛力強化をやっています」という自助努力の有無にかかっていると言っていい。

だからこそ、アメリカだけに頼らない枠組みが大事になってくるのである。

■習近平が目指す「中華民族の偉大なる復興」

先に述べたように、習近平総書記の3選が確定すれば、台湾や台湾の一部とみなす尖閣諸島への圧力が強まるのは避けられない。

台湾を統一させなければ、習近平総書記が折に触れ唱えてきた「中華民族の偉大なる復興」は叶わない。

北京皇居の中国国旗
写真=iStock.com/TheaDesign
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TheaDesign

振り返れば、中国は、2013年、東シナ海上空に「防空識別区」を設けて、尖閣諸島空域があたかも「中国の領空」であるかのように表示した。

2021年には海警法を施行し、国際的には沿岸警備隊として位置づけられている中国海警局の船舶に、有事の際、海軍と同じ役割と権限を与えることを決めた。中国は、この年、宇宙やサイバーなどの領域に関わる国防法も改正し、今年に入って、中国軍を海外に派遣して活動させる根拠となる海外派兵法の制定にも取りかかった。

■「東アジア版NATO」に発展させられればベスト

このように着々と準備を進める中国に対抗するには、「3、4、5」という数字がキーワードになる。

安倍政権時代、外相や防衛相を歴任した自民党の河野太郎広報本部長は、7月10日、参議院選挙を受けての開票特別番組で、このように語っている。

「NATOのようなものになるかどうかはわかりませんが、QUADのようなまとまりを作る必要があります。他にもAUKUSやファイブ・アイズのようなまとまりも重要で、そういうところに日本は積極的に入って行くことを考えていかなければいけないと思います」

また、前述した元統合幕僚長の河野克俊氏も、「QUADは画期的な枠組みですが、イギリスやフランスを加えることができれば、より強固なものになるのですが……」と注文を付けている。

AUKUSとは、オーストラリア、イギリス、アメリカの3か国による軍事同盟だ。ファイブ・アイズとは、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン系5か国による情報共有の枠組みを指す。

これにQUADを含めれば、それぞれ3か国、4か国、5か国からなる枠組みが、中国包囲網として存在していることになる。

ただ、QUADひとつだけでは、インド次第で揺らぐ可能性があるため、それらを統合し、ベトナムなども加えた「東アジア版NATO」のような組織ができればベストである。そうすれば、安倍元首相のレガシーをさらに進化させることができ、中国の動きを阻止できるのではないか。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、『すごい!家計の自衛策』(小学館)ほか多数。ウェブマガジンも好評。

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(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水 克彦)

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