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どれだけ働いても身につくのは「文章力と調整能力」だけ…国家公務員が不人気な職業となった当然の理由

プレジデントオンライン / 2022年8月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■国家公務員試験の申し込み者数は10年で約1万人減

官公庁を志望する若者が減っている。人事院が今年4月に発表した「2022年度国家公務員採用総合職試験の申込状況について」によると、2022年度の総合職試験への申込者数は、院卒者試験と大卒程度試験を合わせて1万5330人で、6年ぶりに増加傾向となった。しかし、総合職試験を導入した12年度の申込者数は2万5110人であったことから、約10年で申込者数が1万人近く減少していることが分かる。

ひと昔前であれば、東大をはじめとする優秀な大学生・大学院生の多くが中央省庁のキャリア職を選択肢のひとつに入れていただろう。しかし最近では、優秀な学生ほど大学在学中から起業するという話も多く聞くようになった。

若者の「官僚離れ」の原因のひとつに挙げられるのが、深夜残業が多いなど、ワークライフバランスが取りづらいとされる点だ。志望者数の減少や若手の退職増加を受け、今年4月に人事院と内閣人事局の若手官僚8人からなるチームが、持続的な職場にしていくための提言を発表するなど、霞が関の職場改革への取り組みが始まっている。

■「20代成長環境」スコアを最も下げた官公庁

若者を取り巻く環境と意識の変化をひもとく上で、興味深いデータがあるので紹介したい。私が代表を務めるオープンワークでは今年5月、この10年間の社員クチコミを分析した「日本の働き方10年での変化『社員クチコミ白書』」を発表した。過去10年間で起きた大きな変化として、「働き方改革」による長時間労働と有休消化率の是正が挙げられる。

ただ今回注目したいのは、「働きやすさ」が改善された一方で、「働きがい」を構成する指標のひとつである「20代成長環境」スコアが低下したという点である。また、「20代成長環境」スコアの推移を業界別に見ると、元々スコアが高くなかった「官公庁」が最もスコアを下げていた。

この結果が示唆するものは何か。「社員クチコミ白書」や実際に「OpenWork」に投稿された社員クチコミを参照しながら、官公庁の成長環境における課題や、10年間での働き方変化、若者の意識について解説したい。

■10年で働きやすさは大きく改善されたが…

「社員クチコミ白書」から、働き方改革によって残業時間と有休消化率がどのように推移したかを見てみよう。このグラフは、OpenWorkに投稿された現職の社員による「平均残業時間(月間)」と「有休消化率」の10年間の推移だ。

残業時間は、2012年は46時間であったのに対し、2021年では24時間となっており、ほぼ半減。有休消化率は、2012年の41%から大きく改善し60%となった。どちらも、働き方改革が推進された2010年代中盤から数値が改善しており、長時間労働や、休みにくさは着実に是正されてきていることが読みとれる。

平均残業時間の推移
有休消化率の推移

OpenWorkに投稿される、社員・元社員による企業評価スコアには、「待遇面の満足度」「社員の士気」「風通しの良さ」「社員の相互尊重」「20代成長環境」「人材の長期育成」「法令順守意識」「人事評価の適正感」という、働きがいを構成する8つの評価項目がある。ほとんどの項目がこの10年間で右肩上がりに推移しているなか、「20代成長環境」だけが下降している。

社員口コミ 評価項目別スコア平均の推移

■「早く帰らせる」は本質的な改善にならない

次に、年代別平均残業時間と有休消化率の推移を見ると、20代は最も残業が少なく、有休消化率が最も高い年代となったことが分かる。データ上は、働き方改革の恩恵を受けている世代ともいえる20代だが、成長環境への満足度が下がっている背景には何があるのだろうか。

【年代別】平均残業時間の推移
【年代別】有休消化率の推移

働き方改革によって長時間労働が是正され、有休消化率が向上したことは働き方改革の成果であり喜ばしいことである一方、企業によっては、残業時間を減らすことだけが目的化し、「とにかく早く帰らせる」というような本質的ではない改善となっており、そのことが若者の「もっと働きたい」や「成長したい」という意欲を抑圧することにつながっている可能性もある。

■「20代成長環境」スコアが低いのは官公庁、航空、鉄道…

では、「20代成長環境」のスコア変化を詳しく見てみよう。各年一定の回答数があった業界について、2017年から2021年までの5年間の変化を集計している。

【業界別】20代成長環境スコア平均の推移

推移グラフを見ると、元々「20代成長環境」スコアが高かった「インターネット」や「コンサルティング、シンクタンク」といった業界では、スコアがさらに上昇している。一方で、「官公庁」や「航空、鉄道、運輸、倉庫」など、5年前時点でスコアが高くなかった業界は、さらにスコアを落としている。5年前との比較で最も「20代成長環境」のスコアが下がった業界は「官公庁」だった。

ここで、実際の社員クチコミの一例を見てみよう。下記に引用するのは、今年投稿された官公庁で働く職員の声だ。

■「他の企業でも活かせる能力は身につかない」

・事務的な能力(文書作成能力、調整能力、段取り力、説明力)は身につくと考える。しかし専門性というと、法律を読む能力はつくかもしれないが、それ以外で他の企業でも活かせる能力は身につかないと思われる。(事務職、男性、厚生労働省)

・研修は各種用意されているものの、具体的な仕事をすることは少ないので活きる機会は少ない。また、キャリアとしても、公務員共通ではあるが、どの部署に配属されるか、もしくはどの府省に行くかわからず、全体を通したキャリア形成という考え方はあまりなく、配属になった先で淡々と仕事を処理していくイメージ。(総務、男性、総務省)

■「他律」「ルーティン」「ジェネラリスト」…

官公庁の中では評価スコアがトップレベルの経済産業省でも、「20代成長環境」「人材の長期育成」スコアは5年前よりも下がっており、近年のクチコミを分析すると「他律」という言葉が多く出現し、「自分ではコントロールのできない」国会対応などで疲弊してしまう実情が浮かび上がってくる。

過去と現在の会社評価
口コミ白書 注目企業Pick Up! /経済産業省

・国会対応など他律的な側面があるため、自分でプライベートを調整しづらい場合がある。また、部署にもよるが繁忙期は帰って寝るだけという場合も珍しくないのでワークライフバランスは両立しづらいと感じる。(係長、男性、経済産業省)

・数年前と比較して、自宅でも職場と同じPC環境で仕事ができるようになったり、テレワークやフレキシブルな勤務体系を奨励する取組が進められていたり、国会業務の迅速化に向けた取組が進展しており、大幅に改善されているように感じる、ただし、国会業務を始め、国会や他省庁や海外政府との関係など、他律的な要因で、ある程度の制約が生じることは当然あり得るが。(企画、男性、経済産業省)

■IT業界は「相談しやすい」「チャレンジを打診してくれる」

多くの業界が5年前よりも「20代成長環境」のスコアを落としているなか、もっともスコアが上昇したのは「インターネット」業界だった。研修制度やキャリア面談が充実していたり、若手にもチャンスを与える文化があったりと、成長を促し、実感しやすい環境がありそうだ。インターネット企業に投稿された実際の社員クチコミを見てみよう。

・キャリアに悩んだりした際に上長・同僚に率直に相談出来る文化がある。その際、ただのガス抜きだけではなく、次のチャレンジの打診や現状の部署で出来る違う取り組みなどをセットで打診してくれる。前向きなチャレンジであれば基本的に称賛を惜しまない。(広告営業、男性、サイバーエージェント)

・上司との面談が頻繁に組まれており、ステップアップのために開発すべき能力や今すべきことが明確になる。最近は研修も多くベーシックからアドバンスの知識を仕入れられる。社内で非常に多岐に渡る事業展開をしているので、やりたい職種に転じられるチャンスも他社より多いのではと思う。(営業、女性、楽天グループ)

ビジネスミーティング
写真=iStock.com/hoozone
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hoozone

■Z世代の転職理由は「収入」の次に「成長したい」

・人事評価において、将来のキャリアビジョンを設定させ、今の働き方にズレがないかを確認する。長期的な目標の確認と、本人の挑戦のルートをいくつも用意してくれるので、自ら行動すれば必ず成長するような会社であった。また挑戦に対して失敗しても、挑戦を讃える風土があり、行動を後押ししてくれている。(ものづくり系、男性、LIFULL)

・年齢や社歴を問わず、入社してすぐに裁量を持たせてもらえるので、若手でも比較的大きなプロジェクトにアサインされ、ガンガン経験を積める。マネージャーとの1on1やチームメンバーとのコミュニケーションも推奨されているので、相談やフィードバックも受けやすい。(管理、女性、LINE)

ここに、企業が「20代成長環境」スコアを高めるためのヒントが見えてきそうだ。

当社が実施したZ世代&ミレニアル世代の転職活動に関する意識調査では、「転職を考え始めたきっかけ」として「自分がやりたい事・実現したいことができる環境で働きたいから」が23~26歳で突出していた。今の若い世代は自ら描いたキャリアパスに向けて早く成長したいという意欲が強く、それをかなえる成長環境が得られない場合に転職を考えたり、環境を変えたりすることが考えられる。

Q. あなたが「転職を考え始めたきっかけや理由」としてあてはまるものをすべてお知らせください。

■SNSで「同世代の成功」が目に入ってしまう

23~26歳の若い世代、いわゆる“Z世代”はなぜ自ら描いたキャリアパスの実現に向けて焦燥感を抱くのか。その理由としてSNSが大きく影響しているのではないだろうか。

物心がついた頃から私生活もキャリアも可視化されるSNSに触れて育ったZ世代は、同級生の活躍や同世代の起業家のキラキラした日常を逐一目にする機会があり、常に自分と他者の比較を行いながら生きている。そのため、自らの成長環境や今後のキャリアパスに対する関心が高く、焦りを感じやすいのだろう。

若い世代にとって、終身雇用はもはや昔の話。2019年に経団連の中西宏明前会長やトヨタ自動車の豊田章男社長が相次いで「終身雇用は維持できない」と発言し、話題を集めた。名だたる大企業が早期希望退職を募っている状況や有名企業の倒産を子どもの頃から見てきた若者たちは、終身雇用への期待や1社で勤め上げようという意識が薄れ、自律的なキャリア構築を目指す人たちが増えているのだ。

同世代の活躍が可視化されるSNSの存在と終身雇用の崩壊により、20代を中心とした若手社員は「早く成長しなければならない」という焦りとともに、成長環境を求める気持ちを強くしているのではないだろうか。では、若者が求める成長環境とはどのようなものだろうか。

■配属先を決められない「総合職」に魅力はない

ここで改めて前述した官公庁とIT業界の社員クチコミを見ていくと、20代が求めているものが浮かび上がってくる。それは一言で表現するならば、「20代のうちから他の企業でも活かせる『ポータブルスキル』を身につけるとともに、希望する職種や仕事に挑戦し、専門性を身につけていく」こと。

昨今のジョブ型雇用への若者の支持を見ると、総合職として会社に配属や異動を委ねることはもう魅力的に映らないだろう。そういう意味で、ジェネラリスト育成の傾向が強い官公庁が若者をひきつけるためには大きな変革が求められる。

終身雇用が前提となっていた時代、個人はキャリアパスや就労場所もすべて会社に委ね、それと引き換えに会社は社員の定年まで面倒を見るという了解があった。それはお互いが拘束しあう相互拘束型の関係ともいえるだろう。しかし現代では、1人のキャリアを1つの会社が責任を持つことは難しくなっている。

■社員の「働きがい」が向上すれば売上高も上がる

これからの時代は、会社と個人が相互に拘束するのではなく、相互に選び合うようなフラットな「相互選択型」の関係になることを前提とした経営が求められているのではないだろうか。

「働き方改革」を行いながら、社員の意欲や生産性を向上させている企業も当然ある。そうした企業の特徴は、「働きがい改革」を行っていることだ。信用調査システムを手掛ける「クレジット・プライシング・コーポレーション」西家宏典氏による、OpenWorkの社員クチコミを分析した2021年の論文(※)では、「働きがい」の向上は2~3年後の売上高にプラスの影響を及ぼすことが分かっている。

働き方改革によって多様な人材の労働参加率を上げるのと同時に、働きがい改革によって社員の意欲を引き出し、創造性や労働生産性の向上を図る。外部環境が大きく変化する中で、働きがいを上げるには変化に合わせて柔軟に対応できる、ある種の「運動神経」が重要になる。

※西家 宏典, 長尾 智晴(2021)「従業員口コミを用いた働きがいと働きやすさの企業業績との関係」、『ジャフィー・ジャーナル』2021年 19巻、p. 79-96

オフィスでミーテイング中
写真=iStock.com/yoshiurara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yoshiurara

■「働き方改革」だけでは20代に選ばれない

例えば、コロナ禍で緊急事態宣言が発出された後、OpenWorkへ投稿される評価スコアにも違いが表れた。同じ業界の企業でも、緊急事態宣言の発出後すぐにテレワークに切り替えた企業や、即座に飛沫防止シートを導入したスーパーなど、従業員の健康に配慮し、環境変化に対応する瞬発力のあった企業は評価を高めた一方で、そうではない企業は評価を下げた。

評価スコアの低い企業のクチコミを分析すると、「年功序列」「旧態依然」「アナログ」といったキーワードが並んでいる。変化が激しい時代だからこそ、環境変化に合わせて古い体質を変える勇気が必要だ。

転職を前提にキャリア形成を考え、他者を意識しながら、より魅力的な働き方を常に探している20代の若手社員。そうした考え方を受け入れ、選ばれる会社になるために、「働き方改革」を超えた「働きがい改革」を続けていく必要があるのではないだろうか。

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大澤 陽樹(おおさわ・はるき)
オープンワーク社長
東京大学大学院卒業後、リンクアンドモチベーション入社。中小ベンチャー企業向けの組織人事コンサルティング事業のマネジャーを経て、企画室室長に着任。新規事業の立ち上げや経営管理、人事を担当。2019年11月、オープンワーク副社長に就任。2020年4月より現職。

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(オープンワーク社長 大澤 陽樹)

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