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毎月10万円、所得の1割以上が保険料で消える…なぜ「国民健康保険」はこんなに高額となってしまうのか

プレジデントオンライン / 2022年8月5日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AzmanL

日本人は全員が何らかの医療保険に加入している。勤め人は勤務先の健保、75歳以上は後期高齢者医療制度、それ以外の人は「国民健康保険」(国保)となる。国保の加入率は27.1%(2020年9月末現在)。4人に1人は国保に入っているが、その保険料はきわめて高い。なぜこんなことになっているのか。自身の「年間88万円」の納付額に疑問をもったというジャーナリストの笹井恵里子氏がリポートする――。(第1回)

■所得の約14%が「健康保険料」で消えてしまう

国民健康保険(国保)の加入者は、今年度の「国民健康保険料(国保料)」の決定通知を受け取っただろう。今年度から新しく加入した人は、その金額の高さに驚いているのではないだろうか。

私も昨年6月半ば、自宅に届いた「国民健康保険料(以下、国保料)の決定通知書」を見て目を疑った。その額なんと年間88万円、10カ月払いで月々約8万8000円であったのだ。

筆者の国民健康保険料
筆者撮影
筆者の国民健康保険料 - 筆者撮影

国保料は前年の所得(年収より仕事にかかる経費を引いた額)に基づいて算定される。昨年の保険料がはじきだされた、一昨年の私の所得は約600万円。ちなみにその前年の所得は約450万円で、保険料は約63万円だった。150万円の所得が上がったことで翌年に25万円の保険料増額。例年、国保料が所得のおよそ14%を占めている。

これより所得が低い人は、それだけ所得があるならいいじゃないか、と思うだろうか。だが私は組織に属さないフリーランスであるため、ボーナスや退職金などは当然なく、不動産などの不労所得もなく、取材して執筆し、それを雑誌や書籍、インターネットなどで発表することで原稿料(収入)を得ている。そのため、収入を上げるには書き続けるしかなく、年に数日の休みしかとれないほど。高校生の子どもと2人暮らしなので、不測の事態に対するリスク管理も必要だ。高い保険料を払って健康保険証を手にしても、窓口負担がゼロになるわけではないから、病気や事故に遭った際の入院費や治療費も別に確保しておく必要がある。

■「保険証を返したい、自由診療がいい」は認められない

もう一度、決定通知書を見た。もちろん金額が変わるわけがない。猛烈に腹が立ってきた。私も子どもも、1年間のうちそれぞれ1回ずつしか病院を受診していない。窓口での支払いは3割自己負担でたしか3000円ほどだったはず。それなら10割負担でも2人分で2万円程度だ。この国民健康保険証を返したい、と真剣に思った。

「僕も行政の窓口で『国民健康保険証を返します』と言ったことがあります」

と、自営業の知人男性が言う。彼は現在の保険料の年間限度額(およそ100万円・地域により若干異なる)を支払っている。やはり所得の1割を超えるようだ。

「1年に1、2回しか病院に行っていないのに、保険料は月に約10万円の支払いでしょう。さすがに高いですよ。僕が保険証を返したい、自由診療がいいと言うと、窓口では『日本は皆保険制度ですから、保険証を返されても困ります。相互扶助、つまり助け合いの仕組みなんです』と繰り返し言われました」

そう、日本ではすべての人が、何らかの公的医療保険に加入する「皆保険体制」のため「保険証を返す」ことができない。

■国保は「助け合い」で運営しているわけではない

ここで公的医療保険を整理しよう。大きく6つに分けることができる。

1)大企業に勤める労働者とその家族が加入する組合健康保険(組合健保)
2)中小企業で働いている人とその家族が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)
3)公務員、学校職員とその家族が加入する共済組合
4)医師や建設など特定の職業団体が運営する国保組合
5)後期高齢者医療制度
6)国保(市町村が運営)

国保には、1)~5)に該当しない人がすべて加入することになっており、国保があるからこそ皆保険制度が成り立つといえる。そのため国保料が高い、私は病院にかかっていないなどと文句を言うと、先の男性のように、自治体窓口では「相互扶助、助け合い」と言われてしまう。つまり、みんなで医療にかかれる体制をつくりましょう、ということだ。一見正しく感じるかもしれないが、実はこのような理論はおかしい。

佛教大学社会福祉学部准教授で、『市町村から国保は消えない』『新しい国保のしくみと財政』(ともに自治体研究社)などの著書がある長友薫輝氏が説明してくれた。

「よく誤解されるのですが、国保は“助け合い”で運営しているわけではありません。例えばテレビコマーシャルでおなじみの民間保険は、サービスを受けたいのであれば保険料を納めなさいという保険原理ですよね。しかし国保を含む公的医療保険、年金保険、雇用保険、労災保険、介護保険の5つは社会保険といわれ、個人への保険料だけでなく、事業主にも負担を求め、国が公費を投入し、運営に責任を持つ、国民に加入を義務づけるという面も持ち合わせます。これは自己責任や家族・地域の助け合いだけでは対応できない貧困、病気、失業などのさまざまな問題に対して、社会的施策で対応していきましょうということなのです。ですから加入者に“助け合い”ばかりを強調して過酷な負担を強いるのは、社会保険として考えた時に問題なのです」

■定年になって無職になると、国保に加入する

そもそも、なぜ国保料はこれほど高くなってしまうのだろうか。

長年、国保問題に取り組んできた大阪社会保障推進協議会事務局長の寺内順子氏は、大きな要因として「被保険者層の年齢層が高いこと」を挙げる。

「基本的に定年になって無職になると、国保に加入するのです。75歳以上は後期高齢者医療制度に加入しますが、65~74歳で国保に加入する人が多く、この層は病気を抱えやすい。特にがんは60代が中心です。ですから医療費がかかります。加入者ひとり当たりの年間医療費を保険ごとに比べると、組合健保15万8000円、協会けんぽ17万8000円、共済組合16万円に対し、国保は36万2000円です。地域に医療費が多く発生すれば、それだけ保険給付費(自己負担額以外の費用)も上昇し、それに応じて保険料が高くなるのです」

ちなみに後期高齢者医療制度は、年間医療費が94万5000円とずば抜けて高額だが、これを運営する資金は、加入者本人の保険料1割、公費約5割、他の公的医療保険から支援金約4割で構成されている。

■無職、年金加入者、非正規雇用が多く集まる保険

国保は加入者の平均年齢が高いこと、それに加えて「所得の低い人」が多く加入していることが、結果的に保険料を押し上げている。かつては加入者の7割が自営業者と農林水産業者だったが、次第にその割合が減少し、現在は国保加入者で「所得なし」の割合が約3割、所得100万円未満が半数を占める。

当然ながら、所得に応じた保険料(所得割)だけでは医療費をカバーできない。

「ですから国保には世帯人数に比例して保険料が高くなる『均等割』、国保に加入する全世帯が平等に負担する『平等割』があるのです」(寺内氏)

特に均等割は、家族が多いほど、子どもが多いほど損な制度だ。例えば世帯主の夫がいて、妻、子どもがいれば、3人分の均等割が発生してしまうのである。住まいの地域によって金額に多少の差はあるが、例えば大阪府大阪市在住で現役40代夫婦と未成年の子ども2人(小・中学生)の4人世帯で世帯所得が300万円の場合、国保料は年間58万円と試算されている。所得の19%だ。国保加入者以外の人は、自身の所得の19%が健康保険料としてもっていかれることを想像してほしい。

「国保は今や無職の人、年金加入者、非正規雇用の人々が多く集まる保険になりました。所得が低い人たちで、かつ年齢が高くて病気を発症するリスクが高い、つまり医療費がかかる集まり。このメンバーでがんばりなさいといわれても……加入者にとって過重な国保料です」(長友氏)

■まるまる一冊分の原稿料が国保料に消えていく

都内に住む私は、国民健康保険を扱う近くの窓口をたずねた。国民健康保険の決定通知書を見せ、今年も現状維持の収入となりそうだが、この状態で減額の措置はあるかとたずねると、区の職員は首を横にふる。

「ありません。通常、国保料の減免は直近3カ月の収入や家賃の金額などトータルで判定しますが、生活保護を受けられるかどうかというほど困窮している世帯が対象になります。コロナ禍でも前年より30%の収入が減っていることになれば、減免措置が受けられますが……」

私は納得がいかなかった。毎年一冊、本を出版しているが、そのまるまる一冊分の原稿料が国保料に消えていくのだ。その思いを伝えると区の職員は同情をこめてうなずく。

「以前は住民税と同じようにお支払いになった生命保険などを差し引き、ひとり親控除なども行った所得に対し、国保料を算定していました。しかしそうなると、ご家族の多い方が優位になってしまうという考えから、現在は“基礎控除のみを行った所得”で国保料を計算しています」

■「もう国保の制度が破綻しているんです」

厚生労働省はコロナの感染拡大による受診控えが影響し、国民健康保険の2020年度の財政状況が2054億円の黒字だと発表した。全体の医療費は大きく減ったはずである。それなら保険料の減額につながらないのだろうか? これも申し訳なさそうに区の職員が首を横にふる。

「国保は保険料だけでは運営できませんから一般会計からも補塡(ほてん)しています。これはいってみれば、企業にお勤めの被用者保険に入っている方の住民税をもらっているようなものです。公平性を考えたら国保は国保の中だけで解決しなければなりません。ですから医療費が減ったからといってすぐ保険料を下げるというわけにはいかず……」

そして区の職員は小さな声で「もう国保の制度が破綻しているんです」とつぶやいた。

私は労働意欲が失せていくのを感じた。働いても働いても、その分を保険料にとられていくのだ。

バンドエイドが貼られた豚の貯金箱
写真=iStock.com/BrianAJackson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

■保険料負担でまかなう制度設計にはなっていない

長友氏は「自治体の努力ではもう限界なんです」と指摘する。

「組合健保や協会けんぽにとっても国保に対する納付金や、後期高齢者への支援金が非常に重たい。医療保険同士の奪い合いに終始するのではなく、医療保険全体に対する国庫支出を増やすことです」

国庫負担率は年々低下している。寺内氏も、これに同調する。

「つまり国保はもともと保険料負担でまかなう制度設計にはなっていないのです。83年までは収入全体の約6割を国庫支出金が占めていましたが、84年から低下し、現在は二十数パーセントに過ぎません。減らされた国庫負担分を被保険者の保険料に肩代わりさせていることが保険料高騰の大きな要因です」

旧国民健康保険は1938年に制定、施行された。

設立時の国保法(旧法)の第一条には<国民健康保険は“相扶共済の精神に則り”疾病、負傷、分娩または死亡に関し、保険給付を為すを目的にする>と記される。つまり旧法では相互扶助・共助の制度だったわけで、国庫負担も自治体負担もなく、保険者(健康保険事業の運営主体)は産業組合・農業会(農協の前身)などだった。

■新法には「相互扶助」の精神は消えている

45年に第2次世界大戦が終わり、48年に国保法の改正、保険者は原則市町村に。50年に出された社会保障制度に関する勧告では「生活保障すなわち社会保障の責任は国にある」と明言され、56年の「医療保障に関する勧告」では「医療を受ける機会の不平等が疾病や貧困の最大原因である」ことが指摘され、この勧告が「国民皆保険」につながっていく。

「57年度版の厚生白書には医療保険の適用を受けていない国民は約2900万人、総人口の32%におよぶと報告されています。無職者、高齢者、病人をすべて抱え込む医療保険制度をどうするか、そこで地域保険である国保を再編成し、59年に新国保法が施行されたのです」(寺内氏)

新法には“相互扶助”の精神は消えている。第4条には「国の責務」が明記され、国庫負担の根拠が示されたのだ。

「国民健康保険において支払い能力を給付の条件にすれば、負担能力のない層が排除され、“皆保険”である意味がなくなってしまう。国保財政を安定させるために国庫負担が絶対不可欠です」(同)

■皆保険が機能しなければ、最低限の医療すら受けられない

コロナ発生以降、通常診療が行えないという医療崩壊が危惧されてきたが、皆保険が機能しなければ、そもそもその最低限の医療すら受けることができない。救急医療現場を密着取材していると、保険証がない、あっても所持金が数十円で窓口負担金が払えないという人にしばしば出会う。

国は国民の命を守るため「皆保険」を支える、「健康保険への支出」を決断するべきだ。

第44条には一部負担金減免、第77条には保険料減免を市町村が独自に実施できることも定められている。だが実際にはこれらも、生活保護レベルでなければ減免を許可されず、さらに滞納に対する措置は厳しい。

次回は、私のその後と、高い国保料に苦しんで滞納し、脱法的な差し押さえ処分を受ける人たちを取り上げる。(第2回に続く)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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