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健保変更で保険料は年88万円から年45万円の半額に…加入者を経済的に追い込む「国保」に入ってはいけない

プレジデントオンライン / 2022年8月5日 15時30分

筆者居住地から送られてきた「督促」のSMS - 筆者撮影

日本人は全員が何らかの医療保険に加入している。勤め人は勤務先の健保、75歳以上は後期高齢者医療制度、それ以外の人は「国民健康保険」(国保)となる。国保の加入率は27.1%(2020年9月末現在)。4人に1人は国保に入っているが、保険料はきわめて高い。しかも支払いが滞ると自治体から「差し押さえ処分」を受け、そこでは違法な手口も横行している。ジャーナリストの笹井恵里子氏がリポートする――。(第2回)

■自治体は「資格証明書の発行」より「差し押さえ」に注力

医療機関を受診する際に必要になる健康保険証。前回、国民健康保険(国保)は他の公的医療保険よりも、群を抜いて保険料が高いことを述べた。加入者は高い保険料に苦しむ。そうして国保料の納付が滞ると、通常の保険証から有効期間が短い「短期保険証」に切り替わる。さらに一年以上の国保料を滞納すれば「資格証明書」が交付され、保険診療は受けられるものの窓口では10割負担になる。

そして近年は地方自治体が「資格証明書の発行」よりも、「差し押さえ」に力を入れているという。長年、国保問題に取り組んできた大阪社会保障推進協議会事務局長の寺内順子氏が説明する。

「2000年に介護保険制度がスタートして、40歳以上の加入者に介護保険料がプラスされるようになって保険料が一層高くなりました。その頃から滞納処分が強化され、差し押さえの件数が格段に多くなったのです」

大阪社会保障推進協議会は厚生労働省のデータを基に分析を進めると、差し押さえ率が高い自治体が明らかになった。

きわめて高い県は、佐賀県、群馬県、長崎県だ(2016年度の分析)。例えば佐賀県は県全体で9億2641万円の滞納額の滞納額に対し、9億192万円の金額を差し押さえている。群馬県にいたっては滞納額が県全体で約38億8000万円に対し、60億1700万円も差し押さえている。なぜ滞納額より差し押さえ額が上回るのかといえば、「不動産(土地)」を差し押さえるからだ。

全国市町村・国民健康保険 差し押さえ率の高い自治体(2016年度)
滞納世帯数(滞納世帯率)/滞納額/差押数/差押金額
1)佐賀県 9509(8.6%)/926,416,790/5106/901,927,978
2)群馬県 42488(14.1%)/3887,144,723/15739/6017,474,774
3)長崎県 24914(11.5%)/2,242,667,813/7722/1,582,660,974
4)鹿児島県 30698(11.9%)/2,494,837,858/8473/1,937,594,179
5)福島県 52421(18.0%)/3,973,067,868/13172/4,876,088,123
※厚労省データを基に大阪社会保障推進協議会が分析・作成 

■前橋地裁で「全額差し押さえは違法」という判決が確定

違法な差し押さえから市民を守ろうと奮闘する司法書士の仲道宗弘氏に話を聞いた。

「国税徴収法48条に『わずかな滞納額ではるかにそれを上回る金額を差し押さえてはならない』と明記されているのですが、実際には数万円の滞納額に対して、数百万円の評価額がある不動産を差し押さえるということもよくあります。ほかにも仕事で使う車をタイヤロックする『自動車の差し押さえ』や、給料が銀行に振り込まれたら、即日全額差し押さえという事例も。ただしこれについては2018年に前橋地裁で“全額差し押さえは違法”という判決が出ました。前橋市は控訴をあきらめ、判決が確定しています」

厚労省は差し押さえ禁止の基準について「1カ月ごとに10万円と、滞納者と生計を一にする配偶者その他の親族がある時は、ひとりにつき4万5000円を加算した額は差し押さえることができない」としている。つまり世帯主と配偶者、その子どもの3人世帯であれば(世帯主)10万円+(配偶者)4万5000円+(子ども)4万5000円=19万円は「差し押さえ禁止額」である。にもかかわらず、預金口座全額を差し押さえるケースが今も後を絶たない。

■市に生命保険を強制解約させられたシングルマザー

生命保険を強制解約されるケースもある。

前橋市で働くある40代のシングルマザーは生活が苦しく、国保料を納めていない時期があり、延滞金を含めて50万円程度の滞納があった。昼も夜も働きづめの中、約12万円の給料が入った時、市から銀行預金を差し押さえられ、強制的に10万円を徴収された。女性は友人に借金をしてしのいだそうだが、その後、生命保険を強制解約させられて解約返戻金を市に徴収されてしまったのだ。

そして、この女性は4年前にがんで死亡したという。仲道氏が怒りを込めて訴える。

「彼女は毎月2万円ずつ支払っていたのです。しかしそれを4万円にしなければ生命保険を解約すると市に脅されました。違法ではありません。市税を滞納している市民が生命保険に加入しており、解約返戻金がある場合には、契約者の意思によらずに生命保険契約を一方的に解約することができます。しかし、生命保険の契約内容が資金運用や蓄財の場合と、生活保障を主目的にする場合とで区別せず、解約返戻金があるという理由だけで強制解約に及ぶことはあまりに乱暴すぎるのではないでしょうか」

特に非正規職員は離婚や死別によって、もともと負担であった国保料がさらに重くのしかかり、経済的に追い込まれやすい。

自治体の延滞金通知の解説内容
筆者撮影
自治体の延滞金通知の解説内容 - 筆者撮影

■自治体に「違法である」と抗議することが大切

小学生と中学生の子どもを抱え、非常勤職員として働く女性は、国保料と市民税に滞納があった。そしてある日、銀行口座に振り込まれた児童扶養手当を引き出しに行ったところ、全額を引き出せなかったという。振り込まれたはずの児童扶養手当は「銀行預金」として差し押さえられていたのである。だが、これは違法だ。

「例えば前橋市は、滞納する市民について、その所有する不動産や自動車の資産価値ばかりでなく、すべての銀行に対して照会することにより、銀行預金口座の有無やその残高、いつが給料日なのか、生命保険に加入しているのか、解約返戻金はいくらか、勤務先および給与の手取り金額、年金や児童扶養手当などの給付金の受給の有無およびその金額など、一切の財産に関する事項を調査することが法で許されているし、簡単にこれらの情報を取得することができます。しかし給与については全額これを差し押さることは許されないし、年金も同様です。児童手当や児童扶養手当、生活保護費のような各種の給付についても、差し押さえが禁じられています」(仲道氏)

もしあなたが差し押さえ禁止財産を差し押さえられたら、自治体に「違法である」と抗議することが大切だ。しかし独力では強硬姿勢の自治体相手だと交渉が難航しやすいため、困った時は弁護士や税理士らの専門家で構成される「滞納処分対策全国会議」や「滞納相談センター」などに相談してほしい。

■食費を一日700円まで切り詰めても、納付可能額はゼロ

「滞納相談センター」で相談員を務める税理士の角谷啓一氏は、「役所は『納めろ』しか言いませんが、それぞれの実情、納められない原因は何か、ということをまずは把握してほしい」と強調する。

「滞納相談センター」で相談員を務める税理士の角谷啓一氏
筆者撮影
「滞納相談センター」で相談員を務める税理士の角谷啓一氏 - 筆者撮影

「昨日も50代後半の男性の相談がありました。建設業を営んでいる方ですが、コロナ禍で元請け先の企業の経営状態が厳しく、仕事が減って今は月の所得が10万にも満たないのです。奥さんがパートで月7、8万円の収入を得ていますが、お子さんが4人もいて、国保料を納付するどころか食っていくのが厳しい状態」

しかもこの男性は、10年前から国保料を含めた税金を滞納しており、その額、約200万円にのぼる。延滞金も200万円近くで、総額約400万円である。延滞金の利率は年々少しずつ下がっているものの、現在は8.9%(納期限から2カ月を経過した日以降)。しかし8年前には年14.6%であったため、男性はこの頃の延滞金もかさんでいるとみられる。

「滞納は、男性一家の一番上のお子さんが大学生になる頃から始まっています。子供が4人もいて、その均等割(国保にだけある世帯人数に比例して保険料が高くなる仕組み)もあって、当時の国保料が月額6万8000円。一番生活費がかかる時に最も国保料が高くなるんです。納められるわけがありません。現在も、事業の収支計算、一家の生活費を計算して、食費を一日700円まで切り詰めても、納付可能額はゼロなんです」(角谷氏)

■「医療を受ける資格がない」と我慢する滞納者たち

滞納処分によって滞納者の生活を著しく窮迫させるおそれがある場合は差し押さえを停止し、納税義務を消滅させる制度がある。国税徴収法で定められた「納税緩和制度」といい、本来は国保料にも適用される。この中の「徴収猶予」が認められると1年以内の納付が猶予され、さらに1年も延長できる。また差し押さえを受けていた時は解除を申請でき、延滞金も減免できるのだ。しかしこれらの緩和規定は、残念ながら地方徴収行政において事実上“飾り物”状態といっても過言ではない。

一方で大阪府では古くから国保にまつわる市民運動が盛んで、「例えば生活保護を受けている人は生活困窮なのだから、“滞納処分停止の対象”ではないかという声がありました。今では生活保護世帯は、ほぼ滞納処分が停止されています」(寺内氏)という。

もちろん国保料を含めた税金は、憲法に規定されている通り、日本国民として支払う義務がある。多くの滞納者はそれをわかっているからこそ、差し押さえをされて生活できなくなっても、声を上げない。自分は医療を受ける資格がない、とひたすら我慢の生活を送るのだ。

私が昨年、救急医療現場で密着取材していた際、所持金が7円で公的医療保険に加入していない40代男性を見かけた。お金がない、住むところがない、死にたいが死ねないと、その男性は救急車を呼んだのだ。決して許される行為ではないが、八方塞がりの状況に胸が痛くなった。もしあなたの身近な人がそのような事態に陥っても、「それは本人の責任だから」と言えるだろうか。リストラや給与の引き下げ、事業の縮小や廃止などの憂き目は誰にでも起こり得る。そして国保に加入すれば、所得に占める割合の高い保険料と、厳しい取り立てに直面する可能性がある。明日はわが身なのだ。

■健保変更で保険料は年88万円から年45万円に減った

さて前回、私の昨年の国保料は年額約88万円と記した。このままでは高い国保料によって生活が破綻すると考えた私は、「市町村が運営する国保」でなく「特定の職業団体が運営する国保組合」に加入申請した。

前回のおさらいになるが、公的医療保険は以下の6つに大きく分けられる。

1)大企業に勤める労働者とその家族が加入する組合健康保険(組合健保)
2)中小企業で働いている人とその家族が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)
3)公務員、学校職員とその家族が加入する共済組合
4)医師や建設など特定の職業団体が運営する国保組合
5)後期高齢者医療制度
6)国保(市町村が運営)

私は(6)から(4)に加入したということだ。(4)には医師や芸能人、建設、食品などさまざまな職業団体があるが、私の場合は著作活動を主として収入を得る「文芸美術国民健康保険組合」が該当した。審査を経て、昨年8月から私も子どももそこに加入することができた。保険料は収入にかかわらず均等で、私と高校生の娘の二人分で年間約45万円(加入者の年齢や家族構成によって異なる)。市町村が運営する国保のおよそ半額になった。個人事業主やフリーランス、非正規職員で市町村国保が払えないと感じた時、自分の仕事の業種が当てはまる国保組合がないか、調べてほしい。

左がこれまでの国保、右が今の文芸美術国保の保険料
筆者撮影
左がこれまでの国保、右が今の文芸美術国保の保険料 - 筆者撮影

しかし、私はこれで一件落着ではなかった。昨年4月から7月まで加入していた国保料の支払いが残っているのだ。年間88万円と述べたが、その4カ月分の国保料として「29万円」(88万円÷12カ月×4カ月分)の納付書が送られてきた。一括納付は厳しいと感じ、その支払いについて相談しようとすると、区の職員から「滞納しているあなたの主張は聞きません」という言葉を投げつけられた。代わりに「このまま国民健康保険料の未納が続くと、あなたの財産を差し押さえます」というショートメールや督促状が届いた。その紙には指定期限までに納付しないと、<財産調査が行われ、予告なく差し押さえが執行される>とある。

それを見た時、私も子どもも7月まで一度も病院にかかっていないのに、と正直腹が立った。だが何とか区との話し合いの場を持ち、分割納付を申請し、今も月々1万2000円を分納している。支払いは来年の11月まで。現在加入している文芸美術国民健康保険の保険料と合わせると、月に5万円が「健康保険料」として消えていく。しかも、29万円の完納後も、その延滞金の支払いが待っている。国保料の支払いは、いつまでも終わらない。

現在も続いている筆者の分納の様子
筆者撮影
現在も続いている筆者の分納の様子 - 筆者撮影

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『徳洲会 コロナと闘った800日』(飛鳥新社)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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