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最低賃金を引き上げている場合ではない…日本人が中国人や韓国人より貧乏になった"諸悪の根源"

プレジデントオンライン / 2022年8月6日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tuaindeed

日本の平均賃金は30年も横ばいの状態が続いている。なぜ日本人の給料は上がらないのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「正社員の特権を守る代わりに日本人は貧乏になった。いますぐ終身雇用制を廃止するべきだ」という――。

■日本人がますます貧乏になる悪循環

今、物価上昇の話題がしばしば新聞紙上にとりあげられ、政府は物価対策に躍起だ。それにもかかわらず、本来、物価対策で最前線に立つべき日銀は表に出てこない。

それどころか政府の政策と真逆の方向に「バズーカ砲」を打っている。国債の指値オペを発動し、国債を無制限に買い取ることで長期金利の上昇を断固防止しようとしているのだ。これでは日米金利差が拡大し、円安が進んで輸入インフレが起きてしまう。

主要中央銀行が利上げに舵を切る中、日銀が唯一、金融緩和に固着する理由は明らかだ。金利が上昇すれば、日銀は債務超過で存亡の危機に直面してしまう。さらに巨額債務を抱える政府は支払い利息の急増で予算が組めなくなってしまうからだ。

利上げをしない理由について黒田東彦・日銀総裁は「日本はインフレではない」「日本はまだ金利を上げない方が良い」などの苦し紛れの方便を展開せざるを得ない。その一つが「賃金上昇が物価上昇に追い付いていない」という主張だ。

米ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁は「賃金が上昇しているとはいえ、モノの価格急騰と同じペースで上がっているわけではない。米国人の大部分にとって『実質所得が下がっている』」と話したとブルームバーグは報じた(8月1日付)。

欧米諸国は、現在、どの国も賃金上昇が物価上昇に追いついてはいない。それでも中央銀行は大胆な金融引締めに着手している。FRB(米連邦準備制度理事会)は、FOMC(連邦公開市場委員会)で0.5%、0.75%、0.75%と大胆な利上げを3回連続で決定した。

物価上昇しても、給料も上がれば問題はない。しかし、日本においてはそれは期待できない。30年も日本人の給料は上がっておらず、これからも上がる見込みはない。

■日本人の給料が増えない最大の理由

なぜ日本人の給料が増えないのかについて考えたい。

日本人の給料が増えない最大の理由は、30年間、日本のGDP(国内総生産)がほとんど増えていないからだ。米国3.7倍、英国3.3倍、豪州5.2倍、韓国8.5倍、シンガポール6.8倍、中国に至っては51.2倍(1991年VS2021年いずれも自国通貨ベース)にもなっているのにもかかわらず日本は1.1倍にしかなっていない。

数年前、オーストラリアの要人とこんな話をした。その人は「昔は日本から豪州に旅行に行く日本人の方が豪州から日本へ豪州人旅行客よりはるかに多かったが、今は逆転し、日本を訪れる豪州人の方がはるかに多い」と言っていた。

「円安のせいですか?」と聞いたら「いや、そうではない。為替はその当時のレベルとあまり変わりはない。豪州人の収入が増えて豊かになり、日本への旅行が安く感じられるようになったからだ」と答えてくれた。

東京スカイツリー
写真=iStock.com/YUJISTYLE
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YUJISTYLE

日本のGDPが30年間でほとんど増えていないのに、豪州のGDPは5.2倍になっているのだから、その解説には納得がいく。

大雑把に言えば、日本人の所得が30年間ほとんど増えていないのに豪州人は5倍に増えているのだから日本旅行が安く感じられるようになるのは当たり前なのだ。

■日本は昔の東南アジアになった

私が若い頃、東南アジアの人たちは収入が低いがゆえに慎ましい生活をしていた。だからなんでも安い東南アジアへ日本人が大挙して押し掛けたのだ。

今の日本は、かっての東南アジアの地位に墜ちつつある。安さを求めて外国人が訪日するのだ。訪日外国人は高級旅館に泊まり、日本人の国内旅行は安価なビジネスホテルに、となるならあまりに情けない。

この旅行の話からも分かるように、日本はGDP(経済全体のパイ)が大きくなっていないのだから、各人の分け前(一人あたりの所得)が増えないのは当たり前なのだ。

パイ全体が大きくなっていないのに、誰かの分け前が増えれば、他の誰かの分け前は減らざるをえない。ゼロサムゲームになってしまう。

ちなみに日本が巨大赤字国家になってしまったのも同じ理由でもある。

大雑把に言えば、GDPが2倍になれば国民一人一人も2倍豊かになり(=収入が2倍になり)、国も2倍豊かになる(=税収が2倍になる)。日本はGDPが伸びていないから税収も増えないのに歳出を2倍に増やしたがゆえに、巨額借金が溜まってしまったのである。

■過大評価された日本円

日本人の給料が上がらなかった第2の理由は為替だ。

円が強すぎたがゆえに日本人の仕事を外国人に奪われてしまったのだ。労賃もモノやサービスと同じで需給で決まる。日本人労働者に対する需要が減少すれば賃金など上がるわけがない。

「円が弱いと輸出産業に良く、円が強いと輸入産業に良い」と多くの日本人が思い込んでいるようだが、そんな単純な話ではない。

たとえば農業。農業は輸入産業でも輸出産業でもないが円安になれば日本の農業は復活する。安い外国産砂糖の進出で沖縄産サトウキビが補助金なしでは立ち行かなくなったのと反対の理由だ。

1個1ドルのトマトは為替が1ドル=100円の時は、輸入価格は100円だが、1ドル=300円になれば300円となる。国産トマトは外国産トマトに値段面でも勝てるようになる。

労働力も同じだ。円が強ければ、強い円で外国人を安く雇える。為替が1ドル=300円の時、月給1000ドルの外国人を雇うには30万円が必要だが1ドル100円の円高になれば10万円で外国人を雇える。円高に伴って、日本企業が海外進出をし、日本国内が空洞化していった理由だ。

日本企業が海外進出をするとは日本人労働力の替わりに外国人労働者を雇うということ。日本人労働力への需要は減る。日本人の給料が上がらないのも当然だ。

お札
写真=iStock.com/itasun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/itasun

■円安が進まず、経済成長は止まった

為替とは本来、経済情勢に合わせて上下すべきもの。経済の自動安定装置なのだ。円が安いとは「円で売るモノ、サービス、労働力」などがドル換算で安くなることで国際競争力が増す。

労賃で言えば日本人の労賃がドル価で安くなり、外国人労働者との仕事獲得競争に打ち勝つことができるのだ。日本人が「引く手あまた」となれば、日本人の給料は増える。

経済が本来30年も拡大しない低迷経済なら、本来、円は国力に応じて低下していなければおかしい。国内に魅力的な投資先がないのだから、経済成長を遂げて魅力的な投資先が沢山ある外国に資金は流れていたはずだ。

円売り/外貨買いが起き円安が進むのが通常の経済原理だ。しかし日本では当たり前の経済原理が働かなかった。それがゆえに円安は進まず、国際競争力欠如のままで経済は低位安定してしまった。

円安が進まないから高いままの日本人労働力への需要が増えなかったのと同時に、国際競争力が増さないのだからGDPが伸びず、各人の給料も増えなかったのだ。

■低賃金とブラック職場を強いられる原因

日本人の給料が上がらない第3の理由は終身雇用制だ。

日本人は、終身雇用制で仕事が守られている分(非正規が増えている今ではそんなことも言ってはいられなくなったが)、低賃金とブラックな職場に甘んじなくてはならない。

一方、米国は終身雇用制など存在しない。実力や成果がものを言う。そんな職場だからこそ日本にはない緊張感があった。いまでも忘れられない記憶がある。

私はモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)勤務時代、NY本店へ出張し、ディーリングルームでたむろしていたら、部屋から出てきた資金為替本部長(のちの副会長)のカート・ビアメッツ氏に「すぐ東京に戻れ!」と雷を落とされた。

大柄で強面の彼に怒鳴られたのだから驚いたのはもちろんだが、ディーリングルーム中が凍り付いた。それほど彼の怒りぶりはすさまじかった。

1987年10月。株価が大暴落した「ブラック・マンデー」の直後で、本来なら東京で指揮を執っていなくてはならないはずの私がのんびりとNYにいたのだから、彼が「瞬間湯沸かし器」になったのもよくわかる。特にディーラー出身の人は感情の起伏が激しい性格の人が多いからなおさらだ。

当時、私はブラック・マンデー直前の週末、翌年入社の新人獲得のために米国西部のビジネススクール回りをしていた。本来は、月曜日に株価大暴落のニュースを聞いた後、NY出張を取りやめ、カリフォルニアから日本に直帰すべきだった。出張でディーリングルームにおらず、ブラック・マンデーのすさまじさを体験できていなかったから翌日のこのことNYに顔を出してしまったのだ。大失態だった。

会議室
写真=iStock.com/Chris Ryan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chris Ryan

■外銀時代に実感した「上司と部下の緊張感」

怒られてしょぼくれながら帰国支度をしていた私を、カートは自室に呼び入れた。そして「皆の前で怒鳴って、大変申し訳なかった」と丁寧に謝まってくれた。転職して2年半が経過していた当時、「部下が、上司に怒られっぱなしの邦銀とは全く違う」と感じいったものだ。彼は、業績を上げ始めていた私が辞職するのを怖がったのだ。

これは後に私が部下を怒る立場に就いた時も同様だった。怒った相手(部下)が優秀であればあるほど、辞めないようにフォローした。部下には上司に対し「辞めるぞ」と言って対抗する手段があった。その意味で上司と部下の間には、ある種の緊張感があった。

米系企業にブラック企業が存在しないのも同様の理由だ。職場がブラックなら従業員がこぞって辞めてしまう。そうなると翌日から仕事が滞ってしまい企業存続の危機となってしまうのだ。

単身赴任という非人間的な制度もない。「転身赴任」の辞令を無理やり出すと、翌日、従業員は辞めてしまうからだ。ボーナス交渉も同様だ。優秀な従業員を引き留めておくには高給を出す必要がある。渋い企業と分かれば、ごそっと従業員が会社を辞めてしまうからだ。

■安定の代償はあまりにも大きい

青色ダイオード訴訟もいい例だ。青色発光ダイオードを開発した中村修二博士が、勤務していた企業に特許権譲渡の対価を求めた訴訟があった。約8億4400万円で和解が成立したが、米国では報酬額が裁判で決まるなど考えられないことだ。

もし十分な報酬を与えてくれなかったら、当人はもちろん、まわりの研究者もごそっと転職していっただろう。他社が「成功してもあの程度ですよ、わが社が払う成功報酬ははるかに高いですよ」と、引き抜きの絶好のチャンスととらえるからだ。

要は、報酬額は裁判ではなく労働市場の需給で決まる。まさに資本主義経済そのものだ。

会社を辞めるという選択肢を有効に活用しない日本人労働者は、安定と引き換えに自身の給料が抑えられ、時にブラックな環境に甘んじなくてはならないのも道理である。

労働者にとって「辞めてやる」という選択肢の無い終身雇用制のコストはあまりに高い、と私は思っている。

■「過去最大の大幅増」でも見劣りする最低賃金

8月1日、中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)の小委員会は、2022年度の最低賃金の目安を決めた。全国平均で時給961円、上げ幅は31円(3.3%)と過去最大の引き上げ額、伸び率となった。

日経新聞によれば、全国平均の961円は西欧諸国と比べてかなり見劣りするらしい。執筆時点で英国1522円、フランス1456円、米国ロサンゼルス市2095円、ドイツは1610円なのだ。しかし、この事態も、先に述べたように、日本のGDPが世界段トツのビリ成長なのだから致し方あるまい。日本が相対的にどんどん貧乏になっているのだから。

「最低賃金」と書かされた新聞の見出し
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

なお、最低賃金を上げれば経営者にとって日本人労働者は魅力的でなくなり外国人労働者に取って変わられてしまう可能性がある点には注意が必要だ。

終身雇用制の日本では、経営者は一度上げた従業員の給料を下げるのも、クビにも容易にはできない。日本人労働者は、外国人労働者と比して、仕事獲得競争でハンディキャップを背負っているのだ。幸いにも日本人は勤勉・誠実だから今は多少のコスト高でも雇ってもらえるのだろうが、それにも限界がある。

以前、日本の労働組合は経営者と利益の分捕り合戦をしているとの前提で団体交渉をしていたのだろうが、グローバル化した現代では事情が異なる。現代の日本の労働者は経営者と戦っているのはなく、外国人労働者と仕事を奪い合っているとの認識が重要だ。

■「日本は世界最大の社会主義国家だ」

こう考えてくると、政府のやるべき仕事が見えてくる。

それは、最低賃金を上げるよう中央最低賃金審議会に圧力を強めることでも、企業に給料を上げるよう要請することでもない。それらは社会主義国家が注力することであり、資本主義国家では枝葉の問題だ。

政府がやるべき第1は「GDPを上げる努力をする」こと。これに成功すれば労賃問題だけでなく、国の大借金や保険の財源問題など現存する多くの問題が解決される。

GDPを上げるのは、逆説的なようだが、政府が「出しゃばらないこと」に尽きる。詳しくは他の機会に譲るが、要は社会主義的経済運営を真の資本主義国家運営に変えることが不可欠である。

日本は資本主義国家だと思っている方が大勢いるようだが、JPモルガン時代の私の部下の欧米人たちは、「日本は世界最大の社会主義国家だ」と言いながら帰国していった。日本で生活し、働いたうえでの感想だ。

社会主義国家が資本主義国家に負けるのは歴史が証明している。小さな政府にして税金を少なくし、民間主導の経済を作ることこそ必要だ。これが日本が「皆が平等に貧しい国」になってしまうことを回避できる唯一の道だ。

競争を促すこと、成功した人が大金持になれる税制も必要だ。成功しても成功しなくても、働いても働かなくても、皆、同じ生活ができる国家は成長しない。もちろん失敗者のためのセーフティーネットを確立したうえでの話である。

■安定を得るために、経済が死にかけている

そして政府がすべきことは、終身雇用制を助長する税制を改め、金銭解雇ができる法律を整備することだ。よく「強者はそれでいいかもしれないが、弱者は仕事を失う」との反論を聞くが、そんなことは無い。

藤巻健史『Xデイ到来 資産はこう守れ!』(幻冬舎)
藤巻健史『Xデイ到来 資産はこう守れ!』(幻冬舎)

好景気で完全雇用が実現した状態であれば、1人が辞めるとその分補充が必要になる。雇用は常に開かれ、循環をしているだけだ。

労働者が経営者に対して「辞めるぞ」との武器を使えるのは転職市場が整備されていて、すぐに次の仕事が見つかる環境があればこそだ。だからこそ政府が、転職市場を整備し、完全雇用状態を守る経済政策を打つことが必要だと言っている。

これが労働者個人の収入を高めるとともに、日本の国際競争力向上でGDPを押し上げ、さらに個人の収入を引き上げることにつながる。

新型コロナの感染拡大の際に、日本政府は、真に保護を必要とする個人ではなく、企業に巨額の補助金を配った。ゾンビ企業を生き延びらせる政策を取った。

これでは非効率な日本が継続する。コロナ禍以前の水準にすら戻れないのも当然だろう。完全雇用制が崩れて転職社会になっていれば、個人への補助を考えればよく、ゾンビ企業を生き延びらせることもなかったはずだ。

私たちはそろそろ気づくべきだろう。正規社員の小さな安定を守る終身雇用が、非効率な経済を生み出しているのだ。

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藤巻 健史(ふじまき・たけし)
フジマキ・ジャパン代表取締役
1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。当時、東京市場唯一の外銀日本人支店長に就任。2000年に同行退行後。1999年より2012年まで一橋大学経済学部で、02年より09年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師。日本金融学会所属。現在(株)フジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参議院議員を務めた。

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(フジマキ・ジャパン代表取締役 藤巻 健史)

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