NHKも「複数の回線が必要」と報じたが…「KDDIの通信障害で自動運転が危険」というマスコミの過ちを正す
プレジデントオンライン / 2022年8月9日 12時15分
■自動運転で「命に関わる事故が起きかねない」は本当か
7月上旬に起きたKDDIの大規模な通信障害で驚いたことがあった。将来、自動運転が普及したときに同じような通信障害が起きれば「命に関わる事故が起きかねない」とテレビや大手新聞で警告を発していたからだ。「飛行機は落ちるかもしれないから乗らない方が良い」というような話を垂れ流すメディアに嘆きたくなった。
土曜日の7月2日未明から始まったKDDIの通信障害は週明けの4日も続いた。テレビの朝のワイドショーでは格好の材料だった。テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」(7月4日放送)では元官僚で弁護士のコメンテーターが「例えば自動運転なんてこともこれからあるわけですけど、その時に通信が途切れたら、それこそ命に関わる事故なんて増えるんじゃないか」と心配顔だった。
NHKでも同じ日に、解説委員が「人命に関わるおそれがある自動運転や病院での設備などの場合は、いざという時に備えて複数の通信回線を義務づける、といった検討も必要」と対応策まで提案していた。(7月4日放送)
将来、手術ロボットを使って遠隔地から専門医が手術をしているときに通信障害が起きれば、それこそ命に関わるだろう。そういう意味で「通信障害が命につながることがある」という指摘自体を否定する気はない。しかし、こと自動運転に関して言えば、一体どのようにして命が危険にさらされるのか、私には思いつかなかったのだ。
■「AI=通信でだめになる」という認識のウソ
まず、自動運転の仕組みをおさらいしたい。
人が運転するとき、ドライバーの目や耳を使って進行方向の信号や道路標識、後方も含めて車両の周辺状況を確認し、ブレーキやアクセルを踏んだり、ハンドルを回したりしながら車を走らせる。周辺状況を「認知」し、そのうえで「判断」し、手足を使って車を「制御」しているのだ。
一方自動運転になると、車の前方や後方などに設置されたレーザーやミリ波、超音波などを使ったセンサーとカメラを使って周辺の状況を「認識」し、人間の脳にあたるAIが進む、止まる、曲がるを「判断」し、その判断をデジタル情報として「制御」システムに送り、車を安全に走らせることになる。「判断」するAIコンピューターはどこにあるかというと現状では車に搭載されている。
SFのようにクラウド上にすごいAIが存在し、そこで地上の車を制御する、というイメージがあるのかもしれないが、今、実証実験が進められている自動運転車は違う。車載センサーが時々刻々と集める情報をクラウドに上げ、そこのAIが判断し、通信で車に指示をし、制御するという仕組みではない。それでは素早い判断が必要な車の安全は守れないからだ。自動運転をつかさどる主な判断は車体側でしているのだ。
つまり、AIがクラウドではなく、車に載っている限り、たとえ通信障害が起きたとしても安全上大きな問題はない。3社の大手自動車メーカーの自動運転開発者らにも確認したが、「その通り。なぜテレビで通信障害が即座に自動運転の危険性につながるかのようなコメントが出てくるのか分かりません」と口をそろえた。
■“コネクティッドサービス”は使えなくなったが…
どうしてあのような発言が出てきたのか。コメンテーターらの名誉のために少し考えてみた。
今回の通信障害で、確かに車に関するトラブルはあった。車の未来を占う言葉に「CASE(コネクティッド・自動化・シェアリング・電動化)」があるが、そのC、「コネクティッドサービス」が使えなくなったのだ。
代表的なのはトヨタ自動車のレクサスのオーナー向けサービスで、これも通信障害でサービスが止まった。影響を受けたのは周辺の道路渋滞などのリアルタイム情報を得ながら最適ルートを探したり、365日24時間対応のコンシェルジュにドライバーがホテル予約を頼んだりするサービスだ。
そこから何らかの未来を予測したのかもしれない。しかし、このようなサービスは「命に関わる」というようなものではなく、単に「利便性」の問題にすぎない。
自動運転が普及し、スマホで自動運転車を自宅に呼び、病院に行くといった配車サービスが10年ほどたてば広まるかもしれない。公共交通機関が減った地方での移動弱者を救うサービスだが、このようなサービスは確かに通信障害でストップする。もしかすると、配車が間に合わないなど、命に関わる事態を招くこともあるかもしれない。しかし、これもまた「命」に直結するというよりは、「不便」の延長線上に想定される問題にすぎない。
■自動運転には「車同士の通信が欠かせない」のか
また新聞でもこんな記事が載っていた。
朝日新聞の天声人語には「もっと進んだ世の中なら、どうなっていただろうと考えてみる。例えば未来の自動車として想定されるのは人の手を必要としない完全自動運転で、それぞれの車が高速通信でつながっている。車同士で会話しながら、円滑に走行する仕組みである。その会話が途絶え、玉突き事故となるような事態は起きないだろうか」(7月4日朝刊)と警告を鳴らした。
日本経済新聞の編集委員は「自動運転にはクルマとクルマ、あるいは道路などインフラとの超高速通信が不可欠だ。……通信が人命を預かるという、単なるネットの利用とは別次元の役割を担うことになる」(7月6日電子版)と指摘した。
いずれの記事も、「車と車」や「車とインフラ」との通信が自動運転には欠かせないと指摘している。たしかに、自動運転になると周辺の道路状況などをリアルタイムで把握し、最適ルートを探すために通信を使うだろうが、安全に関わる瞬時の判断のところで通信は必ずしも必要ではない。
どういうことか。自動車業界で研究開発が進んでいる、車と車、車とインフラとの通信技術についてご紹介したい。
■安全性を高めるための“プラスアルファ”にすぎない
昨年11月、ホンダが「2050年交通事故ゼロに向けた、先進将来安全技術を世界初公開」と題し、車同士の通信や道路に設置されたカメラとの通信を利用し、運転の安全性を高める技術を開発中だと発表した。他社も同じような開発を進めている。
具体的にどのような技術なのか。想定されるのは次のような場面だろう。
もしも車同士で通信できれば、もっと安全に車線変更ができるかもしれない。
▼交差点に向かっている車が、直角に交わっていて様子が見えない道路の状況を
事前に知ることができれば交差点での事故が減るかもしれない。
たしかに、このような技術は、通信障害が起きれば、合流地点などでの安全性が低くなる恐れがある。しかし、あくまでも運転の安全性を高める「プラスアルファ」が機能しないということにすぎず、たちまち「玉突き事故」という技術ではないのだ。
ある自動車メーカーの技術者は「もちろん100年後にすごい通信システムが完成し、クラウドですべての車を制御する、という仕組みができるかもしれない。それを否定しないが、もしもそうなったとしても通信に車の安全を全て委ねることにはならないでしょうね」と指摘する。
■命に関わる機械を設計する技術者の2つの思想
自動車のようにそもそも命に関わる機械を設計するとき、いろいろな設計思想が関わっている。
まず、「フェールセーフ」という思想がある。重大な事故や故障が起きればまずは安全を確保するために止めるという考え方だ。もしも通信障害で車が制御できない事態が起きると想定すれば、「まずは周囲の安全を確認しながら道路の脇に停車する、という仕組みを入れるでしょう」と取材した技術者はみんな口をそろえる。
またシステムを「冗長にする」という思想もある。一つのシステムが故障しても代わりのシステムを準備する、いわば無駄なシステムを最初から用意しておくという考え方だ。つまり、KDDIで障害が起きれば、すぐにNTTに切り替え、さらに障害が広がればソフトバンクに切り替える、ということだ。冗長性には限度があるにしろ幾重にも代替手段を用意することで致命的な事故を招かないという設計思想はまだしばらくは踏襲されると見ていいだろう。
本稿では、自動運転の安全性をクラウド上のAIにゆだねる未来について繰り返し否定してきた。万万が一、そのような未来が実現したとしても、このような設計思想を鑑みれば、通信が途絶えて、即座に「玉突き事故となるような事態」になるような技術が開発されるとは思えない。ましてや、遠隔医療と並列して「通信が人命を預かる」というふうに結論付ける解説にはいささか問題があるのではなかろうか。
■「飛行機は落ちるかもしれない」と言っているのと同じ
昨今のメディア空間には多くのフェイクニュースが入り込んでいる。また今回の自動運転にまつわる報道のように、100%否定できないものの、想定する必要がないような事態を「命に関わる恐れ」というような表現で、不用意に不安を煽るニュースも多いのかもしれない。
ある自動車メーカーの技術者は「自動運転に関しては根も葉もない都市伝説のような話がよく聞こえてくる。なぜそんな話になるのか分からない。もしも筆者に会えて話せれば、5秒で説得できますがね」と笑う。
これらはまるで「飛行機は落ちるかもしれないから乗らないほうが良い」とテレビで話し、新聞の社説に書いているような状況ではないかと思う。
新聞やテレビなど既存メディアの経営の厳しさは増している。今回、取材した技術者らは「現場の記者の方からは問い合わせがあり、ちゃんと取材し、理解もされています」と話していた。ひょっとしたら影響力が強いコメンテーターや編集委員、解説委員といったベテラン記者の問題なのかもしれないが、自省を込めて言いたい。「もう少しちゃんと取材し、記事を書いてほしい」と。
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Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)
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