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「プーチンはすでに負けた」歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが、そう断言する理由【2022上半期BEST5】

プレジデントオンライン / 2022年8月10日 10時15分

ブリュッセル自由大学の名誉博士授与後に講演するユヴァル・ノア・ハラリ氏=2020年1月27日、アントワープ - 写真=AFP/時事通信フォト

2022年上半期(1月~6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。教養部門の第3位は――。(初公開日:2022年6月2日)
世界的な賢人12人のインタビュー・論考をまとめた『ウクライナの未来 プーチンの運命』が話題だ。「人は想像を超える事態を目にすると、しばしば思考停止に陥るが、目を背けてはならない。考え続けなければならない。賢人たちの言葉は、私たちにより深い視座を与えてくれるはずだ」と編集を担当したクーリエ・ジャポン編集部は言う。同書より、『サピエンス全史』で知られる歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリのインタビューを特別公開する──。

※本稿は、クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。

■古い戦争と新しい戦争は両立する

──21世紀の戦争は、サイバー攻撃戦略やAI搭載兵器に決定づけられ、より冷淡で暴力性が低いものになるだろうと、私たちは考えていました。ところが、ウクライナ侵攻においては、ロシアが航空支援を受けた地上戦という昔ながらの図式に倣(なら)っている様を私たちは目撃しています。

【ハラリ】テクノロジーは野蛮に対立するものではなく、たいていはそれと両立するものです。最も発達したテクノロジーは、野蛮な暴君に貢献します。さらに歴史においては、古いものと新しいものは両立するのが常です。

人々はこの戦争がサイバー戦争になるだろうと予想していましたが、私たちは、火炎瓶で攻撃される戦車を目にしています。もちろん、サイバー戦争も並行して展開されています。

■プーチンの空想が生んだ悲劇

──プーチンは、ロシアの軍事作戦の目的は「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」であると宣言し、ウクライナ軍がネオナチに指揮されているというクレムリンの主張に言及しました。

【ハラリ】プーチンは正気を失い、現実を否定しているのだと思います。この戦争すべての基本的原因は、プーチンが頭のなかで空想を作り上げたことにあります。「ウクライナは現実には存在しない、ウクライナ人はロシアに吸収されたがっている、それを阻んでいるのはナチ一派だけだ」というものです。

この妄想のせいでプーチンは、ウクライナを侵略した瞬間にゼレンスキー大統領は逃亡し、ウクライナ軍は降伏し、国民は花を持ってロシアの戦車を出迎え、ウクライナはロシアの一部に戻るはずだと考えたのです。

けれど、彼は完全に間違っていました。ウクライナは現実に存在する、非常に勇敢な国家です。ゼレンスキーは逃亡しませんでした。ウクライナ軍は猛烈に戦っています。そしてウクライナ国民は、ロシア戦車に向かって花ではなく火炎瓶を投げつけています。

プーチンはこの国の大部分を征服するかもしれません。でも、手元に留め、吸収することはできないでしょう。それこそが彼の目標ですが、達成することはできないでしょう。

彼はすでに戦争に負けたのです。

■人々の団結は一人の残酷な野心に勝利する

──ロシアによるウクライナ侵攻に誘発されたウクライナ国民の大脱出は、考えられない規模に及んでいます。ヨーロッパに混乱をもたらすというプーチンの目的の成功のほかに、この大量移住は何を意味しているでしょう?

【ハラリ】たった一人の残酷な野心が、いかに数百万人に悲惨をもたらすことが可能であるかを示しています。

でも私は、プーチンがヨーロッパを混乱させられるとは思いません。事実、彼はヨーロッパを1つにしています。ヨーロッパの人々は、誰も想像しなかったほど迅速で、強力な、全会一致の反応を見せています。

もしヨーロッパがこのまま団結し続けるなら、恐れることは何もありません。ロシア経済は、イタリアや韓国の経済よりも小規模です。ロシアの国内総生産(GDP、2020年)はおよそ1兆5000億ドル(約177兆9000億円)、ヨーロッパ全体のそれは約20兆ドル(約2370兆円)です(1ドル=118円で計算)。

■リベラリズムとナショナリズムのあいだ

【ハラリ】ここ数年、ヨーロッパと西側諸国は、左派と右派、リベラル派と保守主義者のあいだの文化戦争に引き裂かれてきました。ウクライナがこの対立に終止符を打つ一助となってくれるかもしれません。いまは誰もが危険を察知しており、「自由」という中心的価値をめぐって団結できるかもしれないのです。

文化戦争は、間違った考えに基づいていました。ナショナリズムとリベラリズムのあいだには矛盾があるというものです。右派はナショナリズムを支持し、リベラリズムを拒絶しました。左派はリベラリズムを支持し、ナショナリズムを拒絶しました。

けれど、リベラリズムとナショナリズムが本当は連動していることを、ウクライナは証明しています。どちらも自由に関わるものです。

ウクライナ人は、自由な社会のために戦うのと同じぐらい、国家の自由のために猛獣のごとく戦っています。さらに彼らは、ナショナリズムとは、外国人を憎むことでもマイノリティを憎むことでもないのだと、私たちに思い出させています。

それは自国民を愛し、人が自分の未来を自由に選択するのを認めることなのです。

ナショナリズムとリベラリズムのあいだの深い繋がりをヨーロッパが思い出せるなら、地域内の文化戦争を終結させることができ、プーチンを怖れる理由は何もなくなるでしょう。

■火薬より砂糖が死をもたらす…プーチン戦争までは

──以前、あなたはこう述べました。「歴史上、平和とは『一時的に戦争がない状態』を意味していたことが多かった。(中略)ここ数十年においては『平和』は、『戦争が起こり得ないこと』を意味する。(中略)戦争の減少は、神が奇跡を起こした結果でも、自然の法則に変化が生じた結果でもない。人間がより良い選択をした結果だ。これが現代文明における最大の政治的・道徳的偉業であることは間違いない」と(『エコノミスト』オンライン、2022年2月9日号)。私たちが後退して、こうした成果を失うことは何を意味しているでしょう?

クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)
クーリエ・ジャポン編『ウクライナの未来 プーチンの運命』(講談社+α新書)

【ハラリ】プーチンの攻撃が成功すれば、世界中に戦争と苦しみの暗黒時代が訪れることでしょう。

過去数十年、私たちは歴史上で最も平和な時代を謳歌(おうか)してきました。1945年以降、国際的に承認されている国家で、外国からの侵略により地図から消えた国は1つもありません。

内戦のような別種の争いは減っていませんが、21世紀最初の20年間で、人間の暴力により殺害された人の数は、自殺や自動車事故、肥満に起因する病の犠牲者数を下回りました。

火薬は、砂糖よりも死をもたらす存在ではなくなったのです。

■劇的に減っていた防衛費

【ハラリ】この平和の時代は、政府予算にさらに明確に反映されていました。過去数十年間、世界中の政府が自国は充分に安全であると感じたため、軍隊にかけられる予算は平均してたったの6.5%でした。

一方で、教育、保健、ソーシャルワークには、はるかに多くの金額が投資されてきました。EU加盟国のあいだでは、防衛費は平均して3%程度でした。これは驚くべき成果です。

数千年のあいだ、王、皇帝、スルタンたちは、予算の大半を軍隊に費やし、臣民の教育や保健にはほとんど投資しませんでした。古い王たちと同じように、プーチンは予算の10%以上をロシア軍に費やし、社会サービスを疎(おろそ)かにすることで軍事力を築いてきました。

もしもウクライナ侵攻が成功すれば、世界中の国々がプーチンを真似るでしょう。このような征服を夢見る独裁者は大勢おり、彼らはプーチンと同じことをして幸福を感じるはずなのです。民主主義国家も、自衛のために軍事予算を2倍、3倍にするように求められるでしょう。

■未来は二分する

たとえば、すでにドイツは一夜にして国防予算を倍増させました。教師、看護師、ソーシャルワーカーに充てられるべきお金が、戦車、ミサイル、そして「サイバー兵器」にかけられるのです。

戦争の新時代はまた、人類共通の緊急の課題をめぐる国際協力を衰退させるでしょう。

相手を壊滅させる覚悟の国と仕事をするのは容易ではありません。おそらく、プーチンが成功すれば、人工知能による軍備拡大競争が起こり、気候変動予防に向けた国際的努力は崩壊するでしょう。

プーチンが敗北すれば、平和な時代の継続が保証されることでしょう。世界中の国が、暴力に勝ち目はなく、プーチンを真似れば罰せられるという教訓を学ぶのです。

矢印の上に立つ男性
写真=iStock.com/olaser
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/olaser

国防予算は低く抑えられ、保健予算は高くなります。プーチンが敗北すれば、おそらく地球の住民一人ひとりが、より良い医療と教育を受けられるでしょう。

■観察者に留まってはいけない

──過去の悲劇が引き起こした痛みを知り尽くし、同時に変化の可能性に信頼を置く歴史家として、いま、あなたはご自身に何と語りかけますか?

【ハラリ】決定的瞬間が訪れた、そして攻撃と圧政を打ち破るために誰もができる限りのことをするべきだと言います。寄付をするのであれ、オンラインの「戦い」に貢献するのであれ、制裁を支持するのであれ、ただ窓にウクライナの国旗を吊るすのであれ。

ウクライナの人々は、全世界の未来の輪郭を描いているのです。我々が圧政と攻撃の勝利を許したら、すべての人がその結果を被ることになります。ただの観察者に留まっている意味はありません。いまは立ち上がり、態度を示すときなのです。

■ロシア国民の勇敢な抵抗が人類を救う

──ウクライナで命運が懸かっているのは人類の歴史の行方であると、あなたは主張しています。ロシア社会にどのようなメッセージを送りますか?

【ハラリ】これはロシアの戦争ではありません。プーチンの戦争です。ロシア人とウクライナ人は家族です。プーチンは毎日両者のあいだに憎しみの種を植え付けようとしていますが、いま戦争が止まらなければ、何世代も憎しみが続くでしょう。

かつてロシア国民はヒトラーに勇敢に抵抗し、人類を救いました。ロシア国民は、プーチンに勇敢に抵抗することにより、再び人類を救うことができます。

もしかすると、彼らは通りに出て意思表示をするのは危険すぎると感じているかもしれません。しかし、ロシア人は暴君への抵抗にかけては非常に聡明な人々です。彼らは経験豊富です。

ですから、プーチンとその戦争に抵抗する方法を見つけてください。それも遅すぎないうちに、そうしてください。

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ユヴァル・ノア・ハラリ 歴史学者、哲学者
1976年、イスラエル生まれ。オックスフォード大学で中世史、軍事史を学び博士号取得。現在はヘブライ大学教授。主な著書に日本国内でも100万部を超えるベストセラーとなった『サピエンス全史』のほか、『ホモ・デウス』『21 Lessons』(いずれも河出書房新社)など。

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(歴史学者、哲学者 ユヴァル・ノア・ハラリ)

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