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2割引と同じことなのに…なぜ人は「衣類5000円購入につき1000円下取り」のほうに魅力を感じるのか

プレジデントオンライン / 2022年8月19日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AdShooter

お客の心をつかむには、数字の先を読まねばならない。「現代の消費者は『消費を正当化する理由』を求めている」と語るのは、セブン&アイ・ホールディングスの名誉会長・鈴木敏文氏だ。割引率でいえば2割引きと同じ「現金下取りセール」が、消費者の心をつかんだ理由とは? 消費者の「タンスの中」まで想像すれば、その答えが浮かんで見えてくる――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■着なくなった服に新しい価値をもたらした「現金下取りセール」

リーマン・ショック後、消費が急落するなかで、わたしの発案でイトーヨーカ堂が始めて大ヒットした「現金下取りセール」という不況突破企画があります。

衣料品のお買い上げ金額の合計5,000円ごとに、お客様の不要になった衣類を1点1,000円で下取りするという企画です。

現金下取りセールは理屈上は「2割引き」と同じです。そのため当初、社内では「割引をしても簡単には売れない状況なのに、割引もせず、下取りをするだけではお客様は反応しないだろう」と疑問視する声があがりました。これは売り手側の発想です。

しかし、わたしはお客様の心理や感覚に目を向けました。

いまはモノ余りで、どの家庭もタンスの中は着なくなった服であふれています。着なくなった服は客観的に考えれば、価値はありません。でも、捨てると損をするような気がして自分ではなかなか捨てられない。

ただ、下取りであれば、着なくなった古い服に新たな価値が生まれます。ならば、お金に換えて買い物をしようと思うでしょう。

■現金下取りが「単なる割引」と異なる理由

人は、損と得を同じ天秤にかけようとせず、通常は損して失うもののほうが得して得るものより大きく感じてしまう。ただ、現金下取りなら、服を手放す損失の感覚を上回る喜びが得られるので、利用しようと思う。

単に2割引きでは特に洋服を買おうとは思わない。でも、不要の古い服を下取りに出して、お金に換え、新しい洋服を買うのであれば、自分の選択を納得できるし、消費を正当化できる。それが人間の心理であり、感覚であり、感情です(図表1)。

【図表1】「値引き」と「現金下取り」は同じようで違う
出所=『鈴木敏文のCX入門』

結果、現金下取りセールは大ヒットし、他のスーパーや百貨店も追随しました。

セールを疑問視した人々は、「現金下取りは2割引きと同じ」→「いまは割引してもなかなか売れない」→「下取りだけでは反応しない」と理屈で考えました。

現金下取りも2割引きも同じと考えた人たちは、どちらも5,000円の洋服を4,000円で買う点では同じと考えたわけです。これは、買い手にとっての現金下取りの意味や関係性に目を向けず、商品を売ることだけを考えるモノ的な発想です。

一方、わたしはこう考えました。タンスの中が服でいっぱいなら、タンスの中を空ける仕かけを考えればいい。もう着ない服が価値をもち、タンスの中が空くなら、お客様はお店にやってくるはずだ。

そして、5,000円の洋服を買い、不要の服を下取りで1,000円を得る。現金下取りセールという一連の体験に価値を感じ、消費がイベント性をもつようになる。これはコト的な発想です。

■消費税分が還元されるならカシミアのコートも買う

少し前の話になりますが、1997年に消費税率が5%に引き上げられたときに行った「消費税分還元セール」も同じです。

当初、営業幹部に提案すると、「消費税分還元は5%引きと同じ」「普段の売り出しで10%、20%引きでも必ずしも売れるわけではないのに、5%では魅力を感じてもらえないのではないか」と大半が反対意見でした。実施すると大反響を呼び、売り上げは6割増です。

特に売れたのは1着数万円もするカシミアのコートなど高価格のものでした。

消費税率の引き上げは、国家財政にとっては必要でも、消費者の心理ではやはり抵抗があります。だから、「5%割引き」ではなく、「消費税分5%還元」というイベント性がヒットしたのです。

大切なのは、人の消費行動は常に心理や感情と結びついて動くということです。

セブン‐イレブンでは、冬でもちょっと気温が上がって汗ばむような陽気の日には、冷やし中華が陳列棚に並ぶことがあります。

モノ的な発想で考えれば、冷やし中華は夏の食べ物です。初夏になって、中華料理店の店頭に張り出される「冷やし中華、始めました」の貼り紙は夏の風物詩です。

しかし、買い手の皮膚感覚では、冬でも気温が上がると「暖かい」と感じ、「冬に冷やし中華を食べる」という体験(コト)を楽しもうとする。そこには、人とは違ったものを食べようという自己差別化の心理も働いているかもしれません。

消費が飽和するほど、心理が消費を左右し、消費がイベント性をもつようになる。「コトを楽しむ心理の世界」にいる買い手に、売り手は「モノ売りの理屈の世界」で接してはいけません。

■現代の消費者は「損したくない」

人間は損と得を同じ天秤にはかけず、同じ金額なら利得より損失のほうを大きく感じてしまいます。同じ1万円でも、1万円をもらった喜びや満足感より、1万円を失った苦痛や不満足のほうを2〜2.5倍大きく感じる。そこで、人間は損失を回避しようと考え、行動するようになる。これを行動経済学では「損失回避性」と呼んでいます(図表2)。

【図表2】損失回避の心理
出所=『鈴木敏文のCX入門』

標準的な経済学では、人間は「ホモ・エコノミクス(経済人)」といって、経済的、合理的に損得や確率を計算し、それにもとづいて、得られる利得が常に最大になるよう判断し、行動する存在として想定されています。その際、心理的な影響について考えるのはタブーとされています。

しかし、現実にはそんな人間は存在しません。人間は健康に害があるとわかっていてもタバコを吸ったり、同じ1万円の出費でも被服費については二の足を踏んでも、飲食費は躊躇しなかったりと財布が別々で、必ずしも常に合理的な判断するとは限りません。

■「消費を正当化する理由」がほしい

そこで、近年、注目を浴びてきたのが心理を重視する行動経済学です。

わたしは行動経済学が注目される以前から、「現代の経済や消費社会は経済学だけでなく、心理学で考えなければならない」と唱えて、お客様の心理を重視した経営の大切さを説き続け、自らも実践してきました。

そのため、行動経済学関連の本を読んだときは、「わたしがこれまで話してきたことと同じ内容が書かれている」と感じたものです。

現代の消費者には、損を回避したいという心理が広がっている。ただ、その半面、何も消費したくないわけではなく、正当な理由があれば、何か買いたいと思っている。つまり、現代の消費者は「消費を正当化する理由」を求めているのです。

■「プチぜいたく」にもメリハリをつける

このことに関して、マーケットライターで世代・トレンド評論家でもあり、消費者の購買行動に詳しい牛窪恵さんと対談させていただいた際、興味深いお話を伺いました。牛窪さんは、「おひとりさまマーケット」「草食系男子」など、独創的なキーワードを駆使したマーケット分析に定評があります。

牛窪さんによれば、一億総中流といわれたころと比べれば、いまは階層化が進んだものの、どの階層の人たちも、「自分が大切にしていることにはお金をかけ、それ以外の出費はできるだけ抑える」というお金の使い方をするようになっており、それを「メリハリ消費」と呼んでいました。

たとえば、お皿を買うときも、ライフスタイルにこだわり、その日の気分に応じて、100円ショップで買ったり、高級な専門店で買ったりと使い分けがどんどん進んでいるというのです。つまり、そのときの心理状態で、異なる買い物体験を選んでいるわけです。

興味深かったのは、流通のPB(プライベートブランド)商品についても、メリハリ消費があるという話でした。

平日はセブン&アイ・ホールディングスのPBであるセブンプレミアムの惣菜などを買う。そして、週末はワンランク上のセブンプレミアム ゴールドのような、価格は2倍以上高くても、高品質の原料や高級店の調理法を取り入れ、付加価値をいっそう高めたより高品質の商品を買うといった具合に、使い分けをはっきりさせる。

セブンプレミアム ゴールドを買う際も、NB(ナショナルブランド)商品と比べて値段がどうかと比較するというより、「頑張ったから自分へのごほうびにゴールドを」という心理的なメリハリで消費するケースが目立つというのです。

週末の時間を豊かな気分で過ごすことを大切にし、「ごほうび消費」でちょっとしたぜいたく、いわゆる「プチぜいたく」をするというわけです。

■モノを買うのではなく、体験にお金を使う時代

なぜ、現代の消費者は「メリハリ消費」や「ごほうび消費」をするようになったのか。それは、自分の選択を納得できる理由、つまり選択の納得性を求めるからだとわたしは思います。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)
鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

お客様は何を買うかといえば、価値を買いたいのです。セブンプレミアム ゴールドは高品質な分、価格も高めですが、「今日は週末だから」「頑張ったごほうびだから」、買うべき価値があると自分の選択を納得できる理由を求め、消費を正当化しようとする。

単にセブンプレミアム ゴールドというモノ(商品)そのものを買うのではなく、生活にメリハリをつけるため、週末には自分へのごほうびとしてセブンプレミアム ゴールドを買うコト(体験)に価値を感じ、メリハリ消費やごほうび消費を楽しむ。

これは、消費が、単にモノそのものを買うのではなく、イベント性をもつようになったことを物語っているのかもしれません。「選択を納得できる理由」「消費を正当化できる理由」があると、買うという体験に自分にとっての価値や消費に意味が生まれ、イベント性をもつようになる。

モノにお金をかけるのではなく、自分が体験したいコト(イベント)にお金を使う。

モノを買う時代から、コトを買う時代へと変わってきたことを、メリハリ消費やごほうび消費は象徴しているように思います。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。

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勝見 明(かつみ・あきら)
ジャーナリスト
1952年生まれ。東京大学教養学部教養学科中退後、フリージャーナリストとして、経済・経営分野を中心に執筆を続ける。著書に『鈴木敏文の統計心理学』『選ばれる営業、捨てられる営業』ほか多数。最新刊に『全員経営』(野中郁次郎氏との共著)。(写真提供=日刊ゲンダイ)

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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文、ジャーナリスト 勝見 明)

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