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出世頭が窓際医師に…急死した近藤誠医師「がん放置療法」「相談料30分3万2000円」の光と影

プレジデントオンライン / 2022年8月19日 11時15分

雑誌の単独インタビューに応じる医師の近藤誠氏=2013年7月31日撮影 - 写真=東洋経済/アフロ

■他界した近藤誠医師の光と影

放射線科医であり「がん放置療法」の提唱者としても知られた近藤誠医師が、2022年8月13日に虚血性心不全で亡くなった。享年73。

慶應義塾大学病院の放射線科講師として勤務する傍ら、一般向け著書を多数手掛け、1996年の『患者よ、がんと闘うな』(文藝春秋)、2012年の『医者に殺されない47の心得』(アスコム)はベストセラーとなった。

2012年には「抗がん剤の毒性、拡大手術の危険性など、がん治療おける先駆的な意見を、一般人にもわかりやすく発表し、啓蒙(けいもう)を続けてきた功績」として菊池寛賞を受賞している。

とりわけ一部の患者や文化人からは熱狂的に支持され、東京大学元教授でフェミニストの上野千鶴子氏は、近藤医師死去の報を受け、「ガンになったら絶対にセカンドオピニオン外来に行こうと思っていたのに、行くところがなくなった」とTwitterで嘆いた。

一方、「がん放置療法」については、「適切な時期に治療を受ければ助かったはずの患者が命を失った」として数多くのがん専門医から非難されている。

■エリートコースを歩んだ医師人生の前半

近藤医師を直接知る人々はみな口をそろえて「昔は優秀だった」と言う。慶應義塾中等部、慶應義塾高校、同大学医学部を経て最短コースで慶應病院放射線科に就職し、米国医師免許も取得している。米国留学を経て卒業後10年で講師に昇進しており、同病院のような歴史ある名門医大としてはスピード出世であり、「いずれは教授」の呼び声も高かったようだ。

私生活においては、医大同期の女性医師と結婚しており、「男尊女卑の感覚が一切なく、完全にイーブン。子育ても半分やって当たり前」という1970年代の男性医師としては稀有な意識の持ち主だったと語る関係者もいる。

■標準医療からの別離

名門医大のエリートコースを歩み将来を嘱望されていたはずの近藤医師が、手術や抗がん剤のような標準的な医療から離れ、がん放置療法に転向したきっかけは何なのか。

東洋経済の単独インタビューに応じる医師の近藤誠氏=2013年7月31日撮影(写真=東洋経済/アフロ)
近藤誠氏=2013年7月31日撮影(写真=東洋経済/アフロ)

1980年代、米国留学から帰国した近藤医師は「乳がんの乳房温存療法」の普及に熱心に取り組んだ。当時の乳がん治療は、外科手術によって乳房全体を切除する方法が主流だった。また、当時の外科医局はテレビドラマ「白い巨塔」のような教授が絶対君主として支配する封建的組織であった。「外科」「内科」などの診療科は「メジャー科」と総称されて院内でのヒエラルキーやプライドも高い一方、「麻酔科」「放射線科」のような地味な診療科は「マイナー科」として下に見られがちであり、慶應大のような伝統校では特に顕著だった。パワハラの概念はなく、外科医が手術中に気に入らない研修医を蹴る行為は、「指導」としてまかり通っていた。

そういう時代背景の中、マイナー科である放射線科の若手医師だった近藤医師が、米国での知見を基に、メジャー中のメジャー科である外科医の治療方針に異議を唱えることは、大学病院という封建的な組織の中で激しい反感やバッシングを招いたことは想像に難くない。

1988年、近藤医師は「乳ガンは切らずに治る 治癒率は同じなのに、勝手に乳房を切り取るのは、外科医の犯罪行為ではないか」という内容の記事を月刊『文藝春秋』誌に寄稿した。1990年には『乳ガン治療・あなたの選択』(三省堂)という、標準医療に沿った一般人向け著書を出版しているが、さほど売れなかったようだ。

■逸見政孝氏のがん治療論争でブレーク

近藤医師とがん放置療法を有名にしたのは、1993年のフジテレビアナウンサーの逸見正孝氏の胃がん手術をめぐる一連の報道と論争だろう。

逸見氏は記者会見で、再発した進行性胃がんであることを自ら公表した。東京女子医大で消化器外科の「ゴッドハンド」と呼ばれた教授らによって数キロの臓器を摘出する大手術を受けたが、約3カ月後に死去した。

近藤医師は女子医大での治療について、『がん治療総決算』(文藝春秋)の中で「意味のない手術」と激しく批判し、積極的にマスコミの取材を受けた。雑誌プレジデント(2013年6月17日号)でも、「元気な人が、あっという間に変わり果てた姿で逝くのは、がんの治療のせい」などと発言。シンプルで歯切れの良い近藤医師のメッセージは多くのファンを獲得し、医学的な根拠を問題視する人は少なかった。

1995年、文藝春秋誌上で連載された『患者よ、がんと闘うな』は読者投票で1位となり、「文藝春秋読者賞」を受賞している。

■教授候補から窓際医師に、そして定年

その後も近藤医師は次々と標準医療を否定する著作を発表し続け、医学的な正誤はさておきヒット作を連発したので出版界の寵児となった。ただし、慶應病院では教授候補から窓際医師へと変貌し、細々とセカンドオピニオン外来を行っていた。

2014年には講師のポジションのまま定年退職を迎え、その後は都内で「近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来」を開業し、相談料「30分3万2000円(税込)」の自由診療を行っていた。

「近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来」近藤誠の公式サイトより
「近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来」近藤誠の公式サイトより

しかし、オピニオン外来を受診した有名人からは、近藤理論への否定も相次いだ。

2009年、作家でロシア語通訳者の米原万里氏が「卵巣がんになったけど、近藤外来を受診して手術を選択しなかったら1年で再発した」といった内容を著作に記している。

2015年に胆管がんで近藤外来を受診し、その後に死去した女優の川島なお美氏も著作で「がんと診断された皆さん、決して『放置』などしないでください。まだやるべきことは残っています」と明確に否定している。

おなじ2015年には『そのガン、放置しますか? 近藤教に惑わされて、君、死に急ぐなかれ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『がんとの賢い闘い方 「近藤誠理論」徹底批判』(新潮社)と、がん専門医によるアンチ近藤誠本が次々と出版された。

この頃、慶應義塾大の看板を失ったせいか、あるいはインターネットの大波に乗り遅れて若いファンを掴めなかったせいか、近藤医師も徐々に影響力を失っていくように見えた。

■コロナ禍では反ワクチンで再注目

2017年、近藤医師は『ワクチン副作用の恐怖』(文藝春秋)という反ワクチン本を出版した。医療関係者から「がん放置療法の次は反ワクチンか」と猛バッシングを受けたが、医療に詳しくない患者向けにわかりやすい文章で構成したこの著作はヒット作となった。

そしてコロナ禍においてワクチンが実用化された2021年には、『こわいほどよくわかる 新型コロナとワクチンのひみつ』(ビジネス社)を出版し、長引くコロナ禍による社会不安を背景にヒットし、その後も反コロナワクチン本を出版している。

■最後の著作の宣伝文句「わが家で安らかに逝ける」

一連の近藤本の特徴は、医学的な正誤を突き詰めずに、物事を単純化し、因果関係や善悪を近藤視点で断定することによって、読者にある種のストーリーを提供することにあった、と筆者は感じている。

一方で、標準的治療を提供する専門医の反論は、医学的な正確さを重視するので「Aの症状ならBやCが考えられるが、Dの可能性もあり、治療薬はFが効く可能性がある」といった回りくどい表現になってしまい読者(特に高齢者)の心情には刺さりにくい。

ゆえに「ワクチンは危険だが、製薬会社と厚労省の陰謀で隠蔽(いんぺい)されており、医師会幹部は打っていない」のような(事実でなくても)単純明快で陰謀論的な内容のほうが売れるという傾向もあり、近藤医師の死後も、同様の非標準的治療を推奨する本は出版され続けると思われる。

近藤 誠『どうせ死ぬなら自宅がいい』(エクスナレッジ)
近藤 誠『どうせ死ぬなら自宅がいい』(エクスナレッジ)

これは近藤医師とは関係ないが、筆者としては「イベルメクチンを飲めばコロナは治る」「5類に落とせばコロナ病床は確保できる」のような治療法・解決法を単純明快に断言する著者は基本的には信じるべきではないとお伝えしたい。

社会不安が強いほど断定的な強い口調に惹かれがちだが、世界はそれほど単純ではないことを自覚することが、患者側にも求められている。

折しも、近藤医師は2022年8月2日に新刊『どうせ死ぬなら自宅がいい』(エクスナレッジ)が出したばかりだった。同13日の出勤途中に突然体調を崩し、搬送された都内の病院で亡くなったと報道されている。

「これさえ守ればわが家やホームで安らかに逝ける」と帯の宣伝文句にはあったものの、残念ながらかなわなかったようである。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)

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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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