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超人気就職先だったのは過去の話…全国114の地方テレビ局が次々と経営難に陥っている根本原因

プレジデントオンライン / 2022年9月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xavierarnau

■遅きに失した放送行政の歴史的大転換

デジタル時代の放送を見据えて、民放をめぐる放送政策が大きく変わりそうだ。

総務省は、地上放送のローカル局の救済を念頭に、民放界を規制してきた「マスメディア集中排除原則(マス排)」(一事業者による複数の放送局の経営を禁じている原則)など根幹のルールを大幅に緩和する方針を固めた。すでに放送法や省令の改正に着手、来春にも順次施行する見通しだ。

ネットが社会インフラとして定着しソーシャルメディアやスマートフォンの浸透で急速に「テレビ離れ」が進み、それに伴ってテレビの広告市場はどんどん縮小している。このため、広告収入に依存する民放界の経営が暗転する懸念が強まり、数年以内に債務超過に陥るローカル局が出かねないとの見立ても現実味を帯びてきた。

民放界を取り巻く環境が激変する中で打ち出された政策転換だが、遅きに失した感は否めず、苦境に立つ経営規模の小さいローカル局が立ち行くかどうかは予断を許さない。

ローカル局の整理・再編が進むようなら、多様な地域情報の発信が危うくなり、視聴者のテレビライフにも影響が及ぶ。民放各局は総じてネット対応が遅れており、若年層を中心にテレビとの距離は広がるばかり。「テレビ離れ」は加速しそうで、民放界の危機感は深い。

公共放送NHKと多数の民放が共存する世界でも稀有(けう)な「公民二元体制」を基盤としてきた日本の放送政策は、歴史的転換点を迎えることになりそうだ。

■全国にひしめく民放127局のいびつな構図

放送界の勢力図は、NHKと民放、さらに民放はキー局・準キー局とローカル局という二重構造になっている。

受信料を安定財源とするNHKに対し、民放は景気などに左右されやすい広告収入が中心で、拠(よ)って立つ財務基盤がまったく異なる。にもかかわらず、両者が放送の両輪として併存してきたのが「公民二元体制」という日本特有の形態だ。

NHKが単独で全国一律の放送網を展開しているのに対し、民放各局は全国で127局がひしめき合い、放送エリアも細分化されている。

しかも、三大都市圏の1都6県にまたがる関東広域圏を放送エリアとするキー局、2府4県の近畿広域圏および3県の中京広域圏の準キー局の計13局に対し、ローカル局114局のほとんどが都道府県単位に限定されているという、いびつな構図になっている。

放送前のプロのテレビカメラのクローズアップ画像
写真=iStock.com/batuhan toker
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/batuhan toker

■6年間で1局当たり約10億円の減収

ローカル局は、地域経済の疲弊やエリア人口の流出が深刻で、コロナ禍の影響も大きい。大都市圏のキー局・準キー局に比べ、ただでさえ商圏が小さいエリアで競争しているだけに、どこも経営が苦しくなるのは言わずもがなである。

全国114局のローカル局の売上高は、14年には7055億円だったが、20年には5933億円にまで落ち込んだ。単純平均すれば、1局あたり約10億円の減収になる。平均売上高が50億円余で、平均営業損益が1億円程度(いずれも20年度)しかないローカル局にとって、容易ならざる事態が進んでいるといえよう。

しかも、地デジ移行後、軒並み更新期を迎えている「マスター」と呼ばれる番組送出設備の費用が5~7億円かかるとされる。過疎地域をカバーする小規模中継局やミニサテライト局の負担も重くのしかかる。収支トントンのローカル局からは「今後の収支改善は期待できそうにない」との悲鳴が上がる。

■民放界を縛ってきた「マスメディア集中排除原則」の限界

民放の経営をめぐる規制策は微に入り細にわたるが、その中核となってきたのが「マス排」だ。

基幹放送である地上放送を、できるだけ多くの事業者が放送による表現の自由を享有できるようにするため、放送の多元性・多様性・地域性の確保を目指して設けられた仕組みで、原則として一事業者による複数の放送局の経営を禁じている。

ところが、ネットの浸透で放送界の先行きが危ぶまれるようになると、規制の例外としてさまざまな「特例」が設けられて条文の修正やつぎ足しが行われ、霞が関の中でも有数の難解な省令となってしまった。

かつて放送事業者への出資をめぐって、解釈の違いから「マス排」の制限を超える事態が続出する「事件」が起きたこともある。

こうした中、ユーチューブやネットフリックスをはじめとする動画配信サービスの急伸で、視聴者のテレビライフが激変。民放界は、新たなライバルへの対抗策を探ったものの、ネット事業者と違ってさまざまな規制があるため、効果的な対策を見いだせずにいる。

このため、経営の選択肢を広げられるように、民放界を縛ってきた「マス排」などの大幅緩和を求める声が大きくなってきた。

■規制中心から民放の裁量拡大へ

総務省もようやく重い腰を上げ、2021年秋に新たに有識者会議を設置。22年8月に取りまとめられた報告書では、「マス排」の大幅緩和など民放政策の抜本的見直しが提言された。

具体的には、

①認定放送持株会社の傘下の放送局の地域制限(現行12都道府県)を撤廃する
②一定数まで異なる放送エリアの放送局を兼営できるようにする
③複数の放送エリアで同一番組を放送できるようにする

等々。

総務省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

①は、フジテレビなどが要求していた事項で、例えばフジ・メディア・ホールディングスの認定放送持株会社の下で全国のFNS系列ローカル局の一体的経営を行えるようにするもの。系列といえどもローカル局は独立した経営体だが、認定放送持株会社の傘下に入れば、事実上、NHKのように1つの経営体が全国展開の放送網を運用する形が可能になる。

②は、これまでにも「特例」で放送エリアが隣接するローカル局の兼営は認められていたが、手続きが煩雑で使い勝手が悪く活用されずにいた。このため、隣接していなくても兼営を可能にするもので、例えば、福岡県のローカル局が鹿児島のローカル局と経営統合することなどが可能になる。

①と②は「マス排」の中核となる項目で、「マス排」の柱で残るのは「同一放送エリア内における兼営禁止」程度となり、提言どおりに改定されれば「マス排」は事実上の撤廃ということになりそうだ。

一方、③は、テレビ朝日などが主張していた項目で、放送免許の対象エリアは現状の県域のままで、面倒な手続きなしに放送番組を異なる放送エリアで放映できるようにしようというもの。放送対象地域の拡大であり、例えば、岩手、宮城、福島の3県のローカル局が同じ番組を流せることになる。

総務省は、有識者会議の提言に沿ってデジタル時代の民放のあり方を根本から構築し直す方針を決断。民放政策は、民放開設以来一貫してきた規制中心から、民放各局の裁量に委ねる大幅規制緩和へ大きく舵を切ることになる。

■責任を丸投げする総務省

民放政策の転換の背景には、ローカル局救済の狙いがあるが、総務省は「あくまで選択肢を示すが、経営判断を行うのは放送事業者」というスタンスに終始している。

それはそれで、決して間違ってはいないだろう。

だが、民放の地方展開にあたって、初めから三大都市圏のような放送広域圏を設定し、相応の商圏を用意していたら、これほど急速にローカル局が苦境に陥ることはなかったかもしれない。

現行のいびつな民放置局の体系を築いてきたのは総務省であり、厳格な規制で民放界を監督下に置いて経営の自由度を奪ってきたのも総務省だ。

そもそもの民放政策に根本的な問題があったと言わざるを得ない。

制度疲労が起きた今、責任を丸投げするかのような姿勢が問われるのは当然だろう。

18年春に「民放不要論」が飛び出した政府の規制改革推進会議の議論は記憶に新しいが、当時は「放送」という制度を事実上なくして「通信」に統合し、民放とネットの動画配信サービスを同列に扱おうという構想が下敷きになっているといわれた。

それから4年余、ようやく総務省は民放政策の大幅見直しに踏み切ったが、民放がネットと折り合いをつけていくためには、まだまだ取り組めることがあるに違いない。

■都道府県域とらわれるローカル局

総務省の政策転換を受けて、開局が比較的新しく経営規模が小さい「平成新局」を多く抱えるテレビ朝日ホールディイングスがさっそく、東北地方の系列ローカル局の集約に乗り出したという。

認定放送持株会社の傘下に組み込むか、東北ブロック全体を放送エリアとする広域放送会社に移行するか、北東北三局(青森・岩手・秋田)だけの経営統合を図るか、さまざまなプランが検討されているようだ。九州地方でも、同様の動きがみられるという。

フジ・メディア・ホールディングスは、現行の規制に抵触しそうなローカル局を複数抱えており、認定放送持株会社のルールが変われば、ローカル局を順次傘下に収めることも検討しているという。

ローカル局の事情はさまざまだ。

森の中の家のテレビアンテナ
写真=iStock.com/stoickt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stoickt

地元資本が複雑に入り込んでいるケースが少なくなく、経営統合は一筋縄ではいきそうにない。経営の安定している老舗ローカル局ほど、キー局の意向を汲(く)まないことも予想される。

「地域密着」の独自性にこだわり、放送対象地域の拡大に慎重な姿勢を崩さない局もあるだろう。「スポンサーの商圏とのミスマッチが起こり、広告の出稿量が減りかねない」と危惧する局もあるという。

もっとも、「テレビの力は落ちても、地方での影響力はむしろ大きくなる」という声も聞こえてくる。ローカル局には、地域情報や地域文化の担い手としての期待が根強くあるのだ。

とはいえ、物理的な境界がない「ネット時代」に、都道府県域にとらわれるローカル局の限界は明らかだけに、生き残るためには旧来の発想と意識の転換が求められる。

■ネット配信が拡大しても課題は山積

民放界も、手をこまねいているばかりではない。

無料番組配信サービスTVerによるネット配信が拡大し、今春からは民放各局の常時同時配信も始まった。

だが、ネットの配信事業で、放送と同じように広告収入を得られるかどうかは未知数で、収益源として確信できるまでには時間がかかるとみられる。受信料に裏打ちされて財源の心配なくネット事業を展開するNHKのようにはいきそうにない。

21年版情報通信白書によると、さまざまなメディアの中で「信頼できるメディア」としてテレビを挙げた人は53.8%で、新聞の61.2%に次ぐ。フェイクニュースが横行するネットと違って「信頼できる情報源」としての評価を引き続き得ることが、デジタル時代の民放界に課せられた最大のテーマになる。

過去の成功体験が次代の足かせになってしまうケースは、いやほど見てきた。メディアで言えば、新聞の凋落(ちょうらく)はその最たるものだろう。民放界が同じテツを踏まないためにも、民放政策の歴史的転換のタイミングをベストチャンスと捉えることが求められる。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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