招待状に「タッパーを持参して」と書きたい…ベテラン結婚プランナーを驚かせたミレニアム世代の常識
プレジデントオンライン / 2023年1月29日 14時15分
■花嫁から聞かれることが増えた「ある質問」
「“タッパーをご持参ください”という一文を加えてください」
こう言ったのは花嫁Aさん。昨年、都内にあるウエディング会場の打ち合わせの席で、招待状の文面を確認していた時のことです。
華やかなウエディングの話題に、突如出てきた「タッパー」という言葉のインパクトが衝撃的で、打ち合わせに同席していたスタッフ一同は一瞬、動揺してしまいました。
一方、当のAさんは「当然のことを言ったにすぎない」という雰囲気。隣に座っている新郎も驚く様子はなく、「君がそうしたいなら入れた方がいいね」とうなずいています。
ウエディングプランナーが「それなら当日、保存袋を配布してはいかがでしょうか。ジッパータイプのものならこぼれる心配もないですし……」と提案しましたが、「使い捨てプラスチック製品は使用したくないので」と断られてしまいました。結局、その場ではご納得いただける案が提案できず、この件は後日に持ち越されました。
この時、思い出したのが、ウエディングドレスの打ち合わせの際の会話です。Aさんはドレスをレンタルされたのですが、「レンタルのドレスというのは、最終的に廃棄されているのですか?」と聞かれたのです。スタッフの「残念ながら廃棄されるケースが多いです」という答えに対して、非常にがっかりした表情をしたのが印象的でした。
私は新郎新婦と直接お打ち合わせするだけでなく、クライアントである全国のウエディング関連会社から年間1000組以上のカップルについて報告を受けています。ドレスの廃棄について質問されたのはAさんが初めてではなく、最近、増えた質問の1つです。
それでも都心の高層ビルで働いていそうなカップルと「タッパー持参」とのギャップが大きく、Aさんは私が2022年に出会った中で最も印象に残る花嫁となりました。
■「環境への意識の高さ」だけが理由ではない
「ついに来たか」
Aさんの「タッパー発言」の後、私が思ったことです。彼女の発言に驚きはしましたが、決して想定外ではなかったのです。そう思った理由は2つあります。
1つは長年、大学、専門学校などで学生と接してきて、ここ数年で環境への意識を高く持つことは「特別なことではなくなった」と感じていたからです。学校に水筒を持参することや食べ残しをしないこと、ゴミの分別を完璧に行うことなどは、ほとんどの学生が当たり前にやっています。
私自身もフードロスなどに対する意識は高い方だと思っていましたが、学生の環境への意識に驚かされることが多いです。実は勤務する短大でも先日、ドレスの廃棄が問題になったばかりでした。授業に使用するウエディングドレスを買い替えた際、古いドレスで小物をリメイクすることを学生たちに提案されたのです。皆、洋裁ができるわけではないのですが、捨てるのはもったいないと言っていました。
もう1つはウエディングというセレモニーへの意識の変化です。
30年以上ウエディング業界で仕事をしてさまざまな変化を見てきましたが、震災の後あたりから「地に足がついた」と表現したくなる花嫁が増えました。結婚式には古くからのしきたりや式場側が提案する世界観があり、「いつもの自分ではない自分でいること」「非日常」を求められます。しかし、最近は特別な日であっても、あくまでも日常の延長であり、自分らしさをバランスよく取り入れようとする花嫁が多いのです。
■「セレモニーライフバランス」を取る新婦たち
私はワークライフバランスならぬ「セレモニーライフバランス」と呼んでいるのですが、彼女たちからは、「セレモニーにおいてもふだんの自分がやらないようなことはしたくない」という静かな意志を感じます。例えば披露宴のドレスは鮮やかな色ではなく、くすみカラー、ニュアンスカラーとよばれるグレーやベージュが人気だったり、引き出物に自分が愛用しているブランドの品を選んだりするのもその表れでしょう。
Aさんがタッパー持参にこだわったのも、「ふだんフードロスをしない自分が、いくら結婚式だからといって食べ物を廃棄するきっかけを作りたくない」ということなのです。
■「おもてなし」に対する価値観も変化している
結局、Aさんの結婚式では、食事が終わる頃に司会者から残ったお料理は持ち帰りができることがアナウンスされました。最終的にはウエディングプランナーが「招待状にタッパーのことを入れてしまうと、『残り物が出るような料理なの?』とも思われかねません」と伝え、持ち帰り用に紙製のコンテナを準備することで納得していただいたのです。
今回の件を通して、「おもてなし」に対する価値観の変化を改めて感じました。これまでウエディングに限らず、セレモニーのサービスでは「食事が余ることの問題よりも、足りない方が失礼」という感覚がありました。
ところが、フードロスをはじめ、SDGsを意識することが当たり前の世代にとって、食べ物を残して帰ることは嫌な気持ちになることであり、ゲストにフードロスに対する罪悪感を持たせないようにすることも「おもてなし」なのです。
背景には食糧危機や物価高が問題になっていることはもちろん、今の新郎新婦の30代のコスト感覚の変化があります。「結婚式にお金がかかったが、いただいたご祝儀で大幅に黒字になった」というケースが少なくなかった時代もありました。
しかしコロナ禍以降、招待客が減ったこと、親戚中がお祝いを贈るケースが減ったことなどもあり、費用に余裕がある披露宴は減っています。以前のように親が費用を援助するケースも少なくなり、新郎新婦の給与も減っていることなどもあって、招待する側にとっての「1名分の料理の重み」は以前とは違います。そういう意味でも「自分たちが一生懸命選んだ特別な料理でおもてなししたい」という気持ちが強く、だからこそ「大切に食べてほしい」のです。
■価値観の変化はビジネスチャンス
これはウエディング業界だけに起きていることではありません。Aさんのようなお客様が出てきた時、「新しい感覚の人が出てきて、常識外れのことを言っている」と捉えるか、「時代を考えれば、そういうお客様が出てきても当然だ」と捉えるかで、その企業の未来は変わるのではないでしょうか。
実際、この話をすると、否定的な意見が多く、特に仕事の経験値が高い人ほど「そんなことはできない」「マナー違反ではないか」という反応でした。「お料理は持って帰れないもの」という決めつけが強く、前例のないことに対する想像力が足りないと感じます。
今回は紙製のコンテナで対応しましたが、ウエディングの世界観を壊さずに解決する方法はあるはずです。例えば松花堂弁当の容器のようなイメージで、1品ずつが分かれているものを使う方法もあるでしょう。引き出物の1つを品のいい持ち帰り容器にしてもいいかもしれません。
こうした世代の感覚を捉えて、新しい事業を始めている会社もあります。ある大手の衣装会社では、セカンドハンドドレス(中古のドレス)のリメイク事業をスタート。5〜6着の古いドレスを丁寧に解体して1着の新しいドレスを作る、子供用のドレスにするなどさまざまですが、セカンドハンドだからといって安さを売りにするわけではなく、デザインや縫製の工夫によって新品と変わらない価格を維持する努力をしています。
今どきの若者は決して常識を逸脱しているのではなく、社会のこと、未来のことを真面目に考えています。だからこそ、その発言や行動の本質に気づき、ポジティブに対応できる企業が生き残っていくはずです。
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ウエディング研究家、戸板女子短期大学服飾芸術科教授
一般社団法人日本ホスピタリエ協会代表理事、株式会社エスプレシーボ・コム代表取締役。著書に『誰も書かなかった ハネムーンでしかできない10のこと』(コスモトゥーワン)、監修に『世界・ブライダルの基本』(日本ホテル教育センター)など。
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(ウエディング研究家、戸板女子短期大学服飾芸術科教授 安東 徳子)
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