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シティ激震! 終わりが見えないLIBORスキャンダル

プレジデントオンライン / 2012年9月25日 17時0分

オリンピックに沸いたロンドンで、「LIBOR」の不正操作問題が世間を騒がせている。ロンドンの金融センターであるシティで活動する銀行、さらには当局の信頼性をも失墜させる可能性があると筆者は懸念する。

■なぜゴルフは自己申告によってスコアを競うのか

ロンドンで第30回夏季オリンピックが開催された。ロンドンでのオリンピックの開催は、1908年、48年に次いで、64年ぶりの3回目である。7月27日(日本時間で7月28日)に開催された開会式に先立って、男女のサッカーの試合がその前々日と前日に行われた。日本女子サッカーはコベントリーでカナダに勝ち、日本男子サッカーはグラスゴーで優勝候補のスペインに勝ち、日本男女チームとも初戦を勝利で飾り、幸先のよいスタートを切った。サッカーをはじめ、多くの競技で日本選手に活躍してもらいたいと思うのは、筆者だけではないだろう。(※雑誌掲載当時)

言うまでもないが、スポーツで勝負および順位を決める判断の基準には2種類ある。一つは、サッカーや柔道のように1対1などで組み合って戦い、順位を決めるトーナメントである。もう一つは、陸上競技や水泳競技のように、時間やスピードなどを精密な計測機器で実測して、順位を決めるものである。体操競技のように、計測機器で実測できない技術点で順位が判断される競技については、中立的な審査員が点数を付けることによって、その点数によって順位が決められる。

いずれにせよ、実際に競技が行われ、その実際に行われた競技に対して何らかの形で優劣が表現されて、競技者たちの順位が決まる。優劣の決定において客観性と中立性を保証するために、精密な計測機器による実測や中立的な審査員によって評価されることが必要となる。オリンピックの競技になっていないが、ゴルフのように自己申告によってスコアを付けるスポーツは稀である。ゴルフは、イギリスが発祥であって、紳士のスポーツと言われている。英国紳士は虚偽の申請をしないはずだから、イギリス発祥のゴルフにおいては自己申告によってスコアを競い合うことになっているとも言われている。

そのロンドンから金融取引に関係するスキャンダルに関するニュースがロンドン・オリンピックの直前に流れてきた。そのスキャンダルに関するニュースは、イギリスのみならず、欧州全体さらにアメリカや日本などにも影響する可能性が懸念されている。そのスキャンダルは、LIBORスキャンダルと呼ばれている。

LIBORは、英語でLondon Inter-Bank Offered Rateの略語である。日本語ではロンドン銀行間取引金利と訳されている。しかし、London Inter-Bank Offered Rateの中の「提示された」という意味を持つ「Offered」という用語にこだわるのであれば、正確にはロンドン銀行間「提示」金利と訳したほうがいいであろう。LIBORスキャンダルは、この「Offered」(「提示された」)の用語に関わって起こった。

■異常値を排除する「刈り込み算術平均法」とは

LIBORは、代表的な銀行がロンドン銀行間市場において無担保で資金調達するための金利の平均値であって、多くの他の金融取引のベンチマークとなる。ロンドン銀行間市場のLIBORのほかに、東京銀行間市場の東京銀行間取引金利TIBORやユーロ圏銀行間市場の欧州銀行間取引金利EURIBORなどがある。ベンチマーク金利に基づいて、企業への貸出金利や個人への住宅ローン金利が決められたり、金利スワップなどの金融派生商品が設計される。LIBORは、10カ国通貨について、それぞれ翌日物から12カ月物までの15種類の満期、合計150種類の金利が毎営業日、発表されている。各銀行から金利の情報を取りまとめているのが英国銀行協会(BBA)である。そのことから、BBA-LIBORとも名づけられている。

LIBORの動向がロンドンの銀行間取引のリスクプレミアムを表す信用スプレッド(LIBOR-TB金利)とともに図に示されている。サブプライム問題の影響を受けて、07年8月に信用スプレッドが2%に上昇したものの、アメリカの連邦準備銀行の金利引き下げによってLIBOR自体は低下した。さらにリーマンショックが起きた08年9月15日直後は信用スプレッドとともにLIBORが急上昇した。サブプライムの証券化商品の不良債権化によってカウンターパーティ・リスクが高まり、そのリスクプレミアムが上乗せされた。その後、アメリカの連邦準備銀行がイングランド銀行や欧州中央銀行との通貨スワップ協定を通じてドルをヨーロッパに供給したことによって急速にLIBORが低下した。

BBAによれば、「もし午前11時直前に相当の市場規模で銀行間提示を求め、受諾することで資金を借り入れるならば、その場合に貴行が資金を借り入れることができる金利」が、その定義となっている。そして、ここが重要であるが、すべての銀行がLIBORとして発表されているすべての通貨と期間で相当の市場規模で資金を必要としているわけではないことから、必ずしも実際の取引に基づかなくてもよいとされている。また、その理由として、銀行は、実際に取引が行われた借り入れの金利から信用リスクや流動性リスクのプロファイルを知っていて、実際に取引が行われない借り入れの正しい金利を正確に予測する利回り曲線をつくることができるとしている。

3つの指針((1)市場活動の大きさ、(2)信用格付け、(3)該当通貨の専門性)に従って対象となる銀行が選択されている。10種類の通貨のそれぞれについて、ロンドン短期金融市場における活動を最もよく表すように、6行から18行までの銀行が選ばれている。そのため、提示される金利は平均的にはロンドン銀行間市場における最低の銀行間無担保借入金利となる傾向にある。LIBORは、その計算において異常値を排除するために、上位25%の金利と下位25%の金利を除外した刈り込み算術平均法によって計算される。例えば、18銀行がすべて金利を提示した場合には、上位4銀行と下位4銀行が提示した金利を除外して、10銀行が提示した金利の算術平均が計算される。この刈り込み算術平均法の計算によって、ある1つの特定銀行によるLIBORの上方や下方への誘導が行われない工夫がなされている。

しかしながら、LIBORスキャンダルは起きた。6月27日にイギリスの銀行のバークレイズが、LIBORとEURIBORを不正操作しようとしたとして、イギリスの金融監督当局の金融サービス庁(FSA)から5950万ポンド(73.2億円)、アメリカの商品先物取引委員会(CFTC)より2億ドル(157億円)、アメリカの司法省から1.6億ドル(125.6憶円)、総額355.8億円の課徴金が科された。その理由としてFSAとCFTCは次の2つの不正操作を指摘している。しかも、これらの2つの不正操作にバークレイズの経営者たちが長年にわたって関与していたことも指摘されている。

一つは、05年半ばから07年秋にわたって、LIBORとEURIBORの自己申告する金利を決定する責任のあるトレーダーと経営者が、金利スワップ取引などの金融派生商品のバークレイズの取引ポジションに利益を不正に誘導するためにベンチマーク金利を不正操作し、虚偽申告を行った。とりわけ、金利スワップ取引は、中小企業や金融機関や公的当局などの広範囲の顧客と取引されていることからその影響は甚大であることも指摘されている。また、バークレイズのトレーダーがEURIBORを不正操作することに協力するように依頼したり、他の銀行がドル建てLIBORとEURIBORの不正操作を行うことを幇助したりしたとしている。

もう一つは、07年8月から09年初めまでの世界金融危機において、バークレイズの上層部経営者からの指示に従って、バークレイズの財務状況や信用リスクに関してマーケットやメディアがネガティブに評価することを避けるために、信用リスクを過小評価し、リスクプレミアムを低く見積もり、ドル建てLIBORを意図的に低く申告した。円建てLIBORとポンド建てLIBORも同時期に低めに虚偽申告していたことも指摘されている。

■「ウィンブルドン現象」が金融機関でも起こっている

しかも、この不正操作については、イングランド銀行副総裁からの示唆があったという報道も流れ、LIBORに関わる不正操作が一層スキャンダル化している。08年9月15日のリーマンショック前後において、サブプライムローンの証券化商品の不良債権化が拡大するなか、各金融機関がどれほどその不良債権化した証券化商品を保有しているかわからず、金融機関がお互いに銀行間取引において疑心暗鬼となり、いわゆるカウンターパーティ・リスクが高まった。そのような状況のなかで、08年10月29日にPaul Tuckerイングランド銀行副総裁がBod Diamond経営最高責任者(CEO)に電話した内容が、Jerry del Missier最高執行責任者(COO)に伝えられた段階で、バークレイズによるLIBORの申告金利が他の銀行に比較して高すぎるから、引き下げよという指示であると理解され、申告金利を低めに虚偽申告したとされている。

自己申告制に基づいて成立しているLIBORの形成に際して、ある一つの特定の銀行が申告金利を虚偽申告することは、自己申告制の前提となっている「英国紳士は虚偽の申告をしないはず」という期待を裏切ることとなり、LIBORの信頼性が揺らぎかねない状況になっている。一方で、ロンドンの金融センターであるシティ(最近では、再開発されたロンドンのカナリー・ワーフに金融機関が集まり始めている)は、金融ビッグバンをきっかけに、イギリスの金融機関のみならず、世界中の金融機関が自由に活動できることで、その発展を見てきた。ロンドン郊外のウィンブルドンで行われるテニスのウィンブルドン大会では、海外から強豪選手が多数集まって、ウィンブルドン大会が活況を呈したものの、イギリスの選手が活躍する姿が見られなくなったことから、このような現象はウィンブルドン現象と呼ばれている。このようなウィンブルドン現象がシティでも起こっている。もはやシティの金融機関は、英国紳士によって経営されていないのかもしれない。ちなみにBob Diamondはアメリカ人である。LIBORの前提となる自己申告の公正性が維持されなければ、LIBORの信頼性は失墜するであろう。

LIBORが異常値を排除する刈り込み算術平均法によって算出されている制度を所与とすると、ある一つの特定銀行によってLIBORが不正操作されることは難しいと考えられている。他行が関与していたかどうかは、今後の調査・捜査によって明らかになることと思われるが、シティにおけるLIBORの組織的な不正操作の有無が明らかにされないかぎり、LIBORの信頼性の復活は難しいかもしれない。

最後に、09年に始まってまだその解決を見ない欧州財政危機のトリガー(引き金)を引いたのは、ギリシャ政府の財政赤字の統計上の改竄であった。このような改竄は象徴的に当該当局・機関の信頼性を失墜させる。同様に、LIBORの虚偽申告・不正操作がトリガーとなって、シティで活動する銀行の信頼性、さらには当局の信頼性を失墜させる可能性が大いに懸念される。

※すべて雑誌掲載当時

(一橋大学大学院商学研究科教授 小川 英治 図版作成=平良 徹)

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