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なぜ「高学歴難民」の女性はセックスワークを選ぶのか…「有名大学の学位だけでは不十分」という残酷な現実

プレジデントオンライン / 2023年12月9日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

博士号などの学位を取得しても、定職につけず、生きづらさを抱えている人たちがいる。そうした「高学歴難民」には、特有の困難がある。犯罪加害者の家族を支援するNPO法人の代表で、『高学歴難民』(講談社現代新書)を書いた阿部恭子さんに聞いた――。(第1回/全3回)

■「東大を卒業したけれどフラフラ」は対象外

――本書における「高学歴難民」の定義を教えてください。

私は高学歴難民を「大卒以上の学歴があるが定職に就くことができない人」と定義しました。「高学歴」という意味ですが、本書では「博士の学位を持っている、あるいは修士の学位を取得して後期博士課程まで進学したが定職に就けないなど、なんらかの困難に見舞われている人」という人々を対象としています。ロースクールは大学卒業後に入る機関ですが、卒業後に与えられる称号は「法務博士」なので、本書の高学歴難民の実態は博士難民ですね。

東大を卒業した後に定職に就かずにフラフラしている人や意外に就職ができない人たちもいるかもしれませんが、今回、そういった事例は「高学歴難民」としては扱ってしません。取材した人は卒業した学校名と学位を取得していることは必ず確認しています。

――本書に登場する取材対象者とは、どのように知り合ったのでしょうか。

過去に知り合った方々が多いですね。具体的には、学生時代の知人や、私が代表を務めるNPOの活動のなかで知り合った犯罪加害者家族、アルバイトをしていた塾や大学で一緒だった同僚などです。私にとって高学歴難民は特別ではなく、日常に当たり前にいる存在でした。

■「学歴があれば大丈夫」と勘違いする当事者

――取材対象者のなかには、有名大学出身者もいるのでしょうか。

むしろ、有名大学で博士号を取得した方がほとんどです。これだけ有名な大学の経歴が並んでいるにもかかわらず、どうして難民化してしまうのか、理由を考えたのですが……。

私の知り合いの中で、ネームバリューがあまりない大学の学生は自信がないので、30歳位までに就職の目途が立たないと、妥協して、とにかく就職先を探していました。一方で、日本でも一流と言われる大学の博士号を取得した人はプライドが高い分、選択肢が少なく、どこかで選ばれるのを待っているような傾向を感じました。

その結果、仕事をしなければならない状況に追い込まれても既に手遅れとなり、正社員になれないことがほとんどです。就職の時期を逃してしまうと、結果的に高卒や学士卒の人と同じフィールドで戦うことになります。そうなると、「こんなにいいカードを持っているのに」と学位を持っていることにかえって恥ずかしさを感じる人もいます。

そうした恥ずかしさが就職をますます遠ざけることもあるでしょうし、学位を取るための生活が維持できなかったり、プライドを刺激されることによってトラブルを起こしてしまったりすることもあります。これが有名大学の博士号取得者に高学歴難民が多い理由の一つだと考えています。

勉強する中学生
写真=iStock.com/taka4332
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taka4332

■昼は研究、夜は身体を売る高学歴女性たち

――本書に登場する高学歴難民のエピソードには、売春や犯罪など本人にとっては語りにくい内容も多く含まれています。取材対象者からどのようにして話を聞き出しているのでしょうか。

学生時代の知人に関しては、なにげない会話のなかで告白してくれる人が多かったですね。

私は大学院で性の歴史や売春史を研究していた時期があったのですが、20代のときに『コールガール 私は大学教師(プロフェッサー)、そして売春婦』(筑摩書房、2006年)を読んで衝撃を受けました。筆者のジャネット・エンジェル氏は、イェール大学で修士、ボストン大学で博士号を取得した人類学者です。昼間は教壇に立ちながら、夜は娼婦として生活していたという自身の体験を、この本でつづっています。

身近な人に「こんな本を読んだんだけど、日本でも同じようなことが起きているのかな」と何気なく話したときに「実は私も……」と打ち明けてくれる人がいたんです。当時は生活が困窮している真っ只中だったこともあって、詳しく語ってくれることはなかったのですが、彼女たちの生活が落ち着いた頃に、改めて取材を申し込みました。

犯罪については加害者家族支援で関わった家族や、その周辺にいる人たちの相談に乗っているなかで伺った話が多いです。

■なぜ高学歴女性はセックスワークを選ぶのか

――本書には、高学歴難民の女性がセックスワーカーとして働いている事例がいくつか登場します。彼女たちはなぜ、生活費を稼ぐ方法としてセックスワークを選ぶのでしょうか。

自分たちのことを知っている人に見つからずに、高い報酬を得たいからという話をよく聞きます。セックスワークは密室での労働ですから、店を選びさえすれば顔がバレにくいですし、コンビニ店員や塾講師よりもずっと時給がいい。

夜に部屋のベッドに一人で座り、窓から外を見る女性の背面図
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

本書で紹介している女性のひとりは、「『男に金を与えてやっている』という優越感を売ることだけはしたくない」と話しています。彼女としては、笑顔ですらタダで売ることなんて許せないわけです。キャバクラなどの接客は面倒。それよりも、男性を射精させるという仕事の目的がはっきりしているセックスワークのほうが取り組みやすいということでした。

『コールガール 私は大学教師(プロフェッサー)、そして売春婦』の著者も「教壇に立って何人もの学生を見ている私が、いまさらファストフード店では働けません」と告白していますが、客から暴力を振るわれたり、かなり危険な目にも遭っていて、私が彼女と同じ立場だったら、間違いなくファストフード店で働くことを選びます。

■「ノーベル賞を取ったらどうしよう」

――セックスワークをして生計を立てている高学歴難民の女性で、印象に残っている事例を教えてください。

理系の博士号を取得し、セックスワークをしながら家賃6万円のアパートをシェアして暮らしている30代の女性がいます。彼女は幼い頃から「博士」というあだ名がつくほど勉強ができる子でしたが、地方の貧しい農家の家に生まれたために経済的に大学進学が難しかったのです。お金持ちの同級生に負けたくないという思いと、自分の魅力を確かめるために、中学2年生の頃から売春行為を繰り返してきたようです。

取材のなかで「セックスワークをしていることがバレたらどうしようとは思わないんですか?」と聞いたことがありました。すると彼女は「私は絶対にバレないようにしているから大丈夫。でも、ノーベル賞を取ったらどうしよう」と一瞬、考え込みました。高学歴難民からしか聞けない印象的なひと言でした。

■「高学歴貧困家庭」で育った40代女性

――本書では、セックスワークをしていた高学歴難民女性の事例として、ギャルから研究者になった40代女性のエピソードも紹介されていました。

父親は大学教授、母親は元研究者という高学歴貧困家庭に生まれた女性ですね。彼女とはテレビにも出演している有名な研究者のイベントで知り合いました。見た目が派手で、会場のなかでもパッと目を惹く存在だったことを覚えています。

父親は大学教授でしたが、30代の後半に職を得たことと、そして勤務先があまり規模が大きくない大学だったこともあり経済的には恵まれていなかったそうです。

彼女が高校生の頃はコギャルブーム全盛期で、彼女自身も渋谷のセンター街を歩くギャルになり、高校卒業後は憧れのショップ店員として働きました。そんな彼女も20歳を過ぎたときに、自分が流行の中心から遠ざかってきたのを感じ始め「英語を話せるようになりたい」と思って英会話教室の体験入学に飛び込んだそうです。しかし、英会話教室にいた生徒はほとんどが大学生で、生まれて初めて学歴コンプレックスを味わったといいます。

東京都・渋谷の渋谷109とスクランブル交差点
写真=iStock.com/deeepblue
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deeepblue

彼女はもともと勉強ができたようで、仕事をしながら予備校に通い、有名大学の英文学科に入学します。その後、大学時代に知り合った男性と30歳のときに結婚し、夫に生活費を負担してもらいながら、博士課程まで進みます。この頃から初心者向けの英会話教室を開き、ブログやSNSの発信を機に応援してくれる人も増えてきたそうです。

■生活基盤を立て直し、事業でも成功

――スタートこそ遅かったものの、ここまでは順調に見えます。

ただ、研究者である夫が彼女の成功を妬み、彼女の資金や場所を提供してくれることになっていた人に直接抗議するなどの嫌がらせをした結果、彼女についていたスポンサーからの支援がすべて絶たれてしまうんです。

夫とは離婚し、なんとか借りた自宅の一部を改装して教室を再開しましたが、月10万円ほどの収入ではやっていくのは厳しい。かといって、大学ですでに講義を持っていたこともあり、スーパーやファストフード店で働くわけにはいかないという理由で、セックスワークの世界に足を踏み入れたそうです。

ちなみに、彼女はセックスワークを5年ほど続けて生活の基盤を立て直した後、教室を大きくし、本も出版しています。

■学歴ではなく、意志と行動力が道を開いた

――波乱万丈ではありますが、本書で紹介されている高学歴難民のエピソードのなかで、希望通りの社会的地位を得たほぼ唯一の成功事例です。彼女は、ほかの高学歴難民となにが違ったのでしょうか。

ほかの高学歴難民と違って、人脈を持っていて、自分の力で道を切り開いていますよね。英語教室も自分で考えて始めたものですし、元夫からの嫌がらせを受けて計画が頓挫しかけても、離婚した後に自分で不動産を契約して、自力で英語教室を開いています。

ショップ店員を経験していたこともあって愛想も良いですし、研究者であることに固執せず「多くの人に英語を話せるようになってほしい」という強い思いで立ち上げた教室なので、人気が集まるのもわかります。

彼女が成功したのは高学歴だったからではなくて、確固たる意志と行動力があったことに理由があるのではないかと考えています。

■どんなに立派な学位があっても受け身では成功できない

――高学歴であるだけでは成功できない、ということですね。

阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)
阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)

もう学歴だけで勝負できる時代ではないですよね。高い学位や、学位をいくつも持っているというだけではキャラクターとしても弱いですし、その後、社会での実績が伴ってこそ学歴が活きるわけです。逆に学歴だけで、その後の経歴が真っ白であれば、社会ではむしろ烙印(らくいん)を押されてしまう。学歴がない人より、「学歴しかない」人の方が疎まれ、社会に居場所が見つからない現実もあるのです。

難関大学に合格しているということは受験戦争を勝ち抜いてきたわけですから、優秀であることは事実です。取材した高学歴難民の中には、「エリート」と確信できた学部時代に戻りたいと嘆いている人たちも少なくありませんでした。

自分を過大に評価することなく、プライドを捨てて、自分の経歴を活かすために積極的に社会と関わる。助けを求めることも社会と関わる第一歩です。シンプルでありだからこそ大変なことですが、これこそが高学歴難民が自身の困難を乗り越えるためにすべきことなのではないかと、私は思います。(第2回に続く)

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。

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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子 構成=佐々木ののか)

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