なぜ約100年前の北海道でも「クマ被害」は急増したのか…ヒグマを甘くみた「にわか猟師たち」を襲った惨劇
プレジデントオンライン / 2023年12月21日 17時15分
■五体がバラバラになるほど食害されていた
今年は全国でクマの出没が相次いでいる。環境省の統計によると、2023年4月から9月の間にクマの被害にあった人は109人にものぼる。
特に北海道では、2023年5月に朱鞠内湖(しゅまりないこ)で釣り客の男性が襲われ死亡。10月には渡島半島で登山中の大学生が襲われてやはり死亡している。
いずれも五体がバラバラになるほど食害されていたといわれる。
なぜこれだけ被害が続いているのか。
いくつかの理由が考えられるが、まず猛暑など環境の急変によって山で十分なエサが手に入らず、やむを得ず人里に下りてくる個体が増えたこと、次に過疎化によってクマの生息域と人里が近接するようになったこと、最後にクマの個体数自体が増えたこと、などがあげられる。
■「ヒグマによる死者が多い年」に何があったのか
かつての日本でもクマによる被害が相次ぐ時代があったが、そこには上記の理由以外にも、別の大きな理由があったと考えられる。
筆者は、明治から昭和にかけての約70年分の地方紙を通読し、ヒグマに関する事件を拾い上げてデータベース化している。これをもとに、北海道・樺太でヒグマによる死者数が多かった年と、その理由を、可能な範囲で考察してみよう。
・明治34年 11名
当時の北見枝幸(えさし)はゴールドラッシュに沸いていた。砂金掘り人夫の小屋にヒグマが乱入し、2名が喰い殺されている。
・明治41年 14名
上川郡士別(しべつ)地方では、わずか2カ月の間に7名がヒグマの犠牲になった。(前年に大流行した狂犬病との因果関係が疑われる)
・明治43年 9名(樺太1名)
■大凶作の年には18名が犠牲に
・大正元年 16名
上川郡東川村、美瑛(びえい)村で、5名が喰い殺される事件が起きている。晩秋には士別朝日村で、4名が喰い殺された。
・大正2年 18名(樺太7名)
この年は北海道開拓史上最悪ともいわれる大凶作の年だった。
上川郡愛別村では、親子3名が自宅前でヒグマに襲われ死亡している。(この事件の加害クマが、前年の士別朝日村の事件を引き起こした可能性があることは、別稿で述べた)
また「北海タイムス」によれば、この年に日高の浦河(うらかわ)管内で6名がヒグマによって死亡したという報告がある。
さらに樺太では、巡業中の活動写真隊7名が行方不明となっているが、ヒグマが多数出没していた栄浜付近であったため、全員が喰われたのではないか、という記事がある。こちらも詳細は不明である。
・大正3年 8名
■「三毛別事件」の年には凄惨な事件が相次いだ
・大正4年 16名(樺太2名)
かの「苫前三毛別事件」が発生した年である。
三毛別事件のわずか2週間前にも、近くの浜益村で、14歳の少年が喰い殺される事件が起きるなど、凄惨(せいさん)な事件が相次いだ年だった。
・昭和3年 7名
昭和の初め頃には凶作の年が続いた。特にこの年、士別村温根別(おんねべつ)集落で、子連れの人喰いクマが出没し、測量隊を次々と襲うなど、負傷者が続出した。
・昭和7年 7名(樺太6名)
この年は樺太での被害が大きかった。紙パルプの需要増加により、急速に樺太の森林が切り出された。これによって棲み処を奪われ食物に窮したヒグマが凶暴化し、昭和に入ると人喰いクマ事件が続出するようになる。この年には北部の敷香(しすか)、恵須取(えすとる)を中心に7名が犠牲となった。
このように見てくると、明治の終わり頃から人喰いクマの犠牲者が急増していることがわかる。
■「北海道が人間の土地になった」ことが急増をまねく
明治の終わり以降に人喰いクマ事件が急増した理由として、明治30年に制定された「北海道国有未開地処分法」があげられる。
この法律により、開墾地は無料で開拓者に付与されることになった。
「明治41年6月までの貸付面積は実に142万5000町歩を数え、道内における農耕適地の大部分が処分されたのである」(『新北海道史』)
とあるように、日当たりのよい、滋味豊かな北海道の土地は、おおむね人間の手に帰してしまった。
一方で、ヒグマは農耕に適さない土地、つまり傾斜地や沼沢地、深山幽谷に追いやられてしまったのである。
■「にわか猟師」の激増で手負いのクマが大量発生
もう1つの理由として、日露戦争後に大量に余っていた旧式村田銃を、猟銃として安く一般に払い下げたことがあげられる。
拙著『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』(講談社)でもくわしく述べたが、「にわか猟師」が激増したことで、撃ち損じが増え、手負いのクマを大量に生み出したことが、大正期の被害激増の一因と考えられる。
『北海道庁統計書 第三十回』によれば、明治42年における狩猟免許の「乙種免許所持者」は392名に過ぎなかったが、大正7年には5066名と激増している。その一方でヒグマの捕獲頭数がたいして増えていないことは、『新版ヒグマ』(門崎允昭 犬飼哲夫)掲載の統計を見ても明らかである。要するに「にわか猟師」が増えたことが、その理由だろう。
■「紙パルプの需要急増」で被害が再発
大正後期に入ると、人喰いクマによる被害はやや落ち着いて「小康状態」となるが、昭和期に入ると再び増え始めた。
それまでとは異なり、人の住む地域での事件よりも、ヒグマのテリトリーで人が襲われるケースが増えている。
先述した通り、紙パルプの需要が増えたことで、北海道・樺太の森林が切り出されるようになり、造材人夫がヒグマに襲われる事件が続発するようになったのだ。
昭和9年に起きた次の事件は、まさに凄惨の極みというべきだろう。
■胃袋から「頭髪のついた肉片」「軍手をはいたままの指」が…
「滝ヶ平勝(28)君は、昭和6年度補助移民として岐阜県から入地、本年1月生まれた長男と親子3人暮らしで、19日午後3時頃、同地西一線人家をさる200間くらいの杉野久松氏所有の山林内で伐木中、突然熊は同人の顔面に飛びかかり、助けてくれと三声叫んで打ち倒れた」
「約10間ほどへだてて角材搬出していた清水正一君が見て驚く瞬間、熊は清水の使用馬に飛びつき、約50間も追いかけたが巧みに逃れる馬を尻目にかけ、再び元の個所に引き返し、倒れている滝ヶ平をくわえ、100間くらいの奥山に引きずり込み、頭部手足を喰った後、穴を掘って埋めたもので、逃げてきた清水の急報により、落民が直ちに捜索に出動」
「ちょうど滝ヶ平の死体を埋めた個所に寝ている熊を発見するや、熊は猛然立ち上がり捜索隊を襲わんとしたが、清水、岩松君が素早く発射した一弾が見事、熊の心臓を貫き、さすがの猛獣もその場に倒れた」
「一同この熊を解剖してみると、胃袋の中に今喰ったばかり被害者の頭髪のついた肉片や、軍手をはいたままの指など現れて、正視するに忍びなかった。ちなみに熊は8歳以上のもので、体重90貫の稀に見る巨熊であった」
(「グロ・熊の胃袋に頭髪、肉片や軍手 仇を打ったがこの無惨」「北海タイムス」昭和9年11月24日)
このように見てくると、開拓期においては、人間の経済活動とクマによる人的被害に相関関係があることは明らかである。
しかし現在の状況は、当時とはまったく異なり、むしろ人間の経済活動が鈍化あるいは縮小したために、クマによる被害が増えているとも考えられる。
ひとたびヒグマが食餌に窮すると、見境なく人間を襲い始めるのは今も昔も変わらない。
これを防ぐには、駆除によってある程度個体数を調整することも、やむを得ないのではないだろうか。
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ノンフィクション作家・人力社代表
明治初期から戦中戦後にかけて、約70年間の地方紙を通読、市町村史・郷土史・各地の民話なども参照し、ヒグマ事件を抽出・データベース化している。主な著書に『神々の復讐 人喰いヒグマたちの北海道開拓史』(講談社)など。
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(ノンフィクション作家・人力社代表 中山 茂大)
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