このままでは「セクハラ辞任」の記録が更新されていく…名門企業エネオス辞任3連発の懲りない企業体質
プレジデントオンライン / 2024年3月21日 6時15分
2023年12月19日、ENEOSホールディングスの斉藤猛社長解任について記者会見する(左から)取締役の西村伸吾氏、社外取締役の西岡清一郎氏、取締役の塩田智夫氏、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト
■“名門”石油業界から漏れ出たトンデモ話
「石油某社では、営業職女性社員が役員から慰労会の席でダンスに誘われ、『愛人になって』と耳元でささやかれたのを『幸せな結婚をしておりますので』ときっぱり断ったら、同じ社内の夫が地方転勤になり、自分が秘書課へ転属になりかけたので上司が大慌てで火消しをした」
風のうわさだが、20年ほど前にそんなトンデモ話を聞いたことがある。製造業に運輸業、小売りすら、あらゆる業界が石油なしでは立ち行かない。そんな「産業の血液」と呼ばれた石油を扱う企業は、もともと国策に非常に近いエネルギー系企業の中でも、戦後長らく日本経済を支え続ける重要なプレーヤーだ。
特に日本経済が好調の時代、石油業界は羽振りの良さや海外イメージに加え、民間企業でありながら半分は役所のような盤石の安定性とエリート意識とで、事実上半官半民状態の名門企業群だったのである。
■「花嫁要員」だった女性社員
かつて、日本の大手企業には女性社員の採用枠に「一般職」と「総合職」の区別を設けるという、根強い習慣があった。一般職で採用されるのは有名女子短大卒などの女子学生で、彼女たちは男性社員のアシスタント的立場で事務職に従事し、やがて社内結婚をして「寿退職」していく。それが幸せの典型であり、女性としての成功であるともされた。
女性一般職社員は、「花嫁要員」。その時代の女性採用がどういう意識や基準で行われていたのか、そして女性社員の存在が組織の中でどのような位置付けと認識のもとにあったのか、想像に難くない。
「産業の血液」の販売を一手に握った、いわば経済界の勝ち組たる石油業界。男性社員が女性社員のプールから花嫁を「物色」して手に入れるという構図、そして女性社員への「そういう類いの視線」が、好景気時代の記憶とともに一種の成功バイアスで色濃く残っていたはずだ。
■最大手企業経営トップのセクハラ3連発
石油元売りのダントツ最大手であるENEOSグループの、それも経営トップにおいて、このところ立て続けに3件のセクハラ辞任・解任が明るみに出て、「あの会社の風紀は大丈夫なのか」とあきれられている。
まずホールディングスでは、2022年8月に会長とグループCEOを務めていた杉森務氏が「一身上の都合」で辞任。その実情は、杉森氏が沖縄の飲食店で女性のドレスの中に手を入れて胸を触ったりキスを強要したりした上に胸の骨を折って負傷させるなどし、女性側から訴えられた性加害であったとデイリー新潮が報じ、明らかになった。
続いて23年12月には、杉森元会長に「即時の辞任」を求めた張本人のはずの斉藤社長(当時)が、他の役員も同席する懇親会の場で「度を越して飲酒し」、同席した女性に酔って抱きついたと内部通報で不適切行為が発覚、解任されたのもまだ記憶に新しい。
そして今年2月、今度はグループ会社ジャパン・リニューアブル・エナジー(JRE)会長(当時)の安茂氏が、飲み会で女性の体を触るなどの行為をしていたとの内部通報があり、やはり女性へのセクハラを理由に解任。
「ENEOSトップ」「セクハラ退任」の組み合わせで既視感たっぷりに3連発、との事態に、今回のJRE安前会長の解任報道には「あれ? 前にもあったよね?」「ENEOS何回目だよ……」と、あきれる声ばかりが一斉にあがった。
■「懲りないセクハラ企業」のイメージ
再発防止策が機能していたとはとても思えない、トップのご乱行ぶり。杉森元会長が外部の店でやらかしたから、偉い人たちみんなで外部での振る舞いには気をつけていたけれど、そのぶん鬱憤(うっぷん)がたまって内部の懇親会や飲み会では社員や関係者にハジけちゃったのだろうか? そしてここにきてやっと、「ウチの上層部、ええ加減にせえよ」と内部通報が機能し始めたのだろうか?
でも普通、内部通報に至る前に、周りが「社長、それNGですよ。ブッブー」とトップの行動を止めたりたしなめたりブレーキをかけるものじゃないのか。それともトップの乱行を、上の機嫌ばっかり取っている役員たちが止められない、みたいな風土なのかな。しかもトップがのびのびとそんなことやってるということは、役員も同じ体質で、これは氷山の一角に過ぎない、とか?
「社の体質改善が起きない限り、今の役員人材のプールから玉突きで新しいトップを出したところで、セクハラ辞任の数が更新されていくだけじゃないの……?」
日本石油と東燃ゼネラル石油、業界内の2大名門ブランドによる大胆な合併によって生まれた巨人に、実に不名誉極まる「懲りないセクハラ企業」とのイメージが刻まれたのである。
■“カイシャイン”を甘やかしてきた日本企業
エリート会社員が社内政治を生き抜きながら、のびのびとあちこちで女をコマす名作「島耕作」シリーズ。新入社員の頃からうっかりそれを読んで育ってしまったからなのだろうか、コンプライアンス社会への息苦しさを訴えるおじさん世代からは、「なんでもセクハラと言われるこんな世の中じゃ、もう社内恋愛なんかできない」といううなり声が漏れる。
それに対する女性側のテッパンとなる反論は以下の如くである。
「セクハラと糾弾されるような方法でしか女性にアプローチできない、自分の偏った恋愛観や経験の貧しさを正当化して疑問に思わないのもだいぶおかしい」
どうやら、これまで日本の「カイシャ」は日本人を徹底的に甘やかし、自分で考えたり行動したりの自己管理が苦手な「カイシャイン」を大量に生んでしまったのではないか。
戦後の復興と労働効率向上のために、企業がまるでお母さんやお父さんのように社員を人生丸ごと抱え込み、カイシャにさえしがみついていれば新卒から退職して死ぬまで面倒見てあげますよ、「人並み」の幸せは保証してあげますよ、だからわれわれに忠誠を誓って身を粉にして働いてね、という人生とバーターの終身雇用制が、結果的にコンプラ甘々の「アットホームな(?)」茶の間みたいなカイシャの風土を許してきてしまったのではないか。
■戦後「男性社会」カルチャーの終焉
その意味で、ENEOSの一連のトップセクハラ退任劇は象徴的であるとも言える。戦後日本経済を支えた代表格である石油業界のしかも最大手で、新卒生え抜きでピラミッド型の熾烈(しれつ)な出世競争を生き残ってきたようなエリートカイシャインが、経営上の失策だとかでもない、よりによってセクハラなんて不名誉を着て、晩節を汚す。
それは、彼らにとっては若い頃からのホームグラウンドであったであろう男性社会でその身に長年染み込ませてきた振る舞いが、時代によって次々とダメ出しされていることを意味している。
温室ガス排出削減の観点から、化石エネルギーの見直しと新エネルギーへの転換が怒涛(どとう)の勢いで進む世界的合意のもとで、日本の化石エネルギー業界にも体質の「見直し」と「転換」がようやく訪れた、2020年代だ。こういった環境変化の直撃を受ける業界を率いる筆頭企業であり、変化に目を向け革新を引っ張っていくべきトップがこんなありさまで大丈夫かいな……と、日本のカイシャにはため息だけが漏れるのであった。
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コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)
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