佐藤優が"筆を断つ覚悟"で断言「ガザの病院を隠れ蓑にハマスがテロ行為を行っている蓋然性は極めて高い」
プレジデントオンライン / 2024年4月5日 9時15分
※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『イスラエル戦争の嘘 第三次世界大戦を回避せよ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■アル・シファ病院の地下に司令部はあるのか
【手嶋】市街地に作戦用の地下トンネルがあるのか。しかし、それだけが問題ではありません。病院など医療施設の地下にも軍の施設があるのか。なかでも、ガザ地区で最も大きな病院、アル・シファ病院の地下にハマスの司令部があり、武器も隠されているのか。イスラエル軍がこの病院を包囲するなかで、国際社会の耳目を集めることになりました。
【佐藤】戦時国際法は、負傷者や病人を治療する病院への攻撃を禁じています。ただ、同時に防御陣が病院を盾に使うことも禁じていますね。国際法は、赤十字を掲げながら、その背後で軍事行動をしたり、休戦旗を掲げながら攻撃を仕掛けたりして、相手を欺く行為を認めていません。武装組織ハマスがアル・シファ病院の地下に司令部を置いていた場合は背信行為となります。この場合は、病院は軍事拠点に使われているのですから、理論上は攻撃対象となり得ます。
【手嶋】それが事実なら、ハマスはイスラエルの攻撃を避けるため、一般市民を盾にしていることになります。いずれに大義があるのか。実際の戦争では、正邪を判断することは容易ではありません。ハマスは病院を軍事作戦に使っている事実はないといい、イスラエルは病院の地下に軍事施設があると主張し、鋭く対立しました。
■“インテリジェンス大国”も間違えることはある
【佐藤】この期に及んでイスラエル政府が軍事作戦を遂行したのは、「病院の地下に軍事施設あり」という事実にかなり確信があったと私は考えています。国際社会が注視するなか、明らかに間違っていたとなれば、国家の威信が大きく揺らいでしまう。私自身は病院を隠れ蓑にしてハマスがテロ行為を行っているという蓋然(がいぜん)性は極めて高いと考えています。
【手嶋】とはいえ、イスラエルのような“インテリジェンス大国”も間違えることはあり得ます。とりわけ、情報機関がノーマークで不意打ちを食らった時には、対敵情報は、どうしても過大に評価されます。私はワシントンの政治統帥部が重大な誤りを犯した事例を目の当たりにしています。ですから一層そう思います。イラク戦争の開戦にあたって、ジョージ・W・ブッシュ大統領はサダム・フセイン率いるイラクが生物・化学兵器など大量破壊兵器を製造・貯蔵しているという確かなインテリジェンスを得たとして、2003年に開戦に踏み切った現場に居合わせました。実際はどんなに血眼になって探しても、大量破壊兵器は見つかりませんでした。
■強権的な国家の指導者は意外と嘘をつかない
【佐藤】確かにそうでしたね。でも、国家の指導者は、それも強権的な国家の指導者は、意外にもあまり嘘をつかないんですよ。シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマーという国際政治学者が面白い実証研究を発表しています。
【手嶋】ミアシャイマーは、ロシアによるウクライナへの侵攻を招いてしまった責任は、いたずらにNATOの東方拡大を急いだ欧米にも責任がある――と指摘して論争を巻き起こした安全保障の専門家ですね。
【佐藤】そのミアシャイマーによれば、国家指導者は他国に対しては嘘をつかないというんです。国家指導者が他国に嘘をついてしまうと、当然、周囲の国の不信感を招きます。とくに安全保障に絡んだ嘘は、結果として国益を損なうことにつながるというんです。
【手嶋】ミアシャイマーの実証的な研究は、一般的な常識とは異なる意外なものですね。
【佐藤】一方で、民主的な指導者は、自国民との間に信頼関係があるため、自国民に嘘をつきやすい。損なうものよりも、嘘をついて得になるものが多いからだというのです。もっとも、ネタニヤフ首相が国際社会に「地下にハマスの軍事施設あり」と発信したのは嘘をついたのではなく、かなりの確信があってのことだと考えます。
【手嶋】しかし、ハマスが実効支配する市街地の地下には網の目のようにトンネルが張り巡らされているのは事実にしても、果たして病院が軍事作戦の隠れ蓑として意図的に使われたのか、真相は依然として深い霧のなかだと思います。
■専門家には自らの立場を鮮明にしなければならない時がある
【佐藤】確かにイスラエルには挙証責任があります。
【手嶋】繰り返しですが、イラク戦争を戦ったブッシュ大統領は「サダム・フセインのイラクは大量破壊兵器を隠している」とアメリカ国民ばかりか、諸外国にも伝えて、イギリスとスペインを誘ってイラクへの攻撃に踏み切りました。しかし、生物・化学兵器は遂に見つからなかった。このため、スペインは翌年首都マドリッドで列車爆破のテロに見舞われ、アスナール政権は総選挙に敗れてしまいます。イギリスのブレア首相も「名分なき戦争」に与したと英国民の怒りを買い、退陣を余儀なくされました。ガザの地下トンネルに関しては、佐藤さんは一貫してイスラエルの主張は信憑性が高いと認めてきました。まさしく旗幟(きし)鮮明です。インテリジェンスの専門家として、時に自らの立場を鮮明にしなければならない時があると述べていますが、まさに今回がそうですね。
【佐藤】その通りです。事実の報道、分析、そして論評を生業にする者は、眼前の出来事を扱うに際して、まずは客観的な事実をしっかりと押さえ、それらの事実に立脚して如何に認識し、そのうえでどう評価するか。三つのステップを一つひとつ踏んでいく必要があります。確かに、アル・シファ病院の地下に軍事施設があるか否か。双方の意見が真っ向から対立しています。
■佐藤優「病院内にハマスの軍事施設がある蓋然性は極めて高い」
【手嶋】こういうケースでは、地下施設はあるかもしれないし、ないかもしれないと両論併記でお茶を濁すメディアがあります。しかし、これは決して「客観報道」などではない。公正さを装ってリスクをひたすら回避しているにすぎません。
【佐藤】まずは「両論併記」で逃げ、事実が明らかになった段階で、「じつはそう考えていたんです」と穴倉から顔を出す。これでは後出しジャンケンです。情報の分析家としては失格です。私自身は手に入る限りの事実を検証し、イスラエル側の発表や動き、テロ組織としてのハマスの動向を勘案し、その末に、やはりイスラエルの主張の通り、病院内にハマスの軍事施設がある蓋然性が極めて高いと判断したのです。それが司令部であるかどうかは本質的な問題ではありません。
【手嶋】そこまでなら、同じ主張をする論者はいるかもしれません。でも、佐藤さんはさらに一歩踏み出しました。
【佐藤】ええ、もしアル・シファ病院の地下に軍事施設が何もなく、武器も出てこなかったなら、私は情報を扱う者として、以後は少なくともパレスチナ問題に関しては発言権を失うという覚悟で臨んでいます。
【手嶋】パレスチナ問題に関しては筆を断つというのですね。
【佐藤】ええ、そう申し上げています。
■少なくとも病院施設には隠れた部屋やトイレがある
【手嶋】インテリジェンスの専門家として、佐藤さんの非常な覚悟が伝わってきました。承っておきます。イスラエル軍は遂にアル・シファ病院に突入しました。病院内からは、ハマスのものとみられるライフルや拳銃、手りゅう弾、防弾チョッキなどを複数発見したとイスラエル側は発表しました。11月15日のことです。さらに23日には、イスラエル国防軍(IDF)の主張によると、アル・シファ病院脇の施設跡から、地下施設が発見されたとして、その動画が公開されました。
【佐藤】アル・シファ病院を俯瞰するシーンから始まり、地下施設の入り口へとアップになり、そこから先へと進む動画になっています。
【手嶋】果たしてこれが軍事施設かどうかは判別しにくいのですが、少なくとも病院施設には見えない複数の部屋やトイレがありました。
【佐藤】人が一人通れるくらいのコンクリートで固められた通路が縦横に走っている様子が映像からわかります。
【手嶋】ハマスは強く否定していますが、イスラエル側はアル・シファ病院がハマスにとって何らかの拠点となっていた証拠だと主張しています。イスラエル側の偽装工作の可能性も若干残っていますので、さらなる証拠の検証が必要です。
【佐藤】イスラエルの言う司令部であったかどうかは別にして、地下施設とトンネルは見つかったわけです。またあの病院の中から銃を撃ってきたのも事実です。
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外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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