「消費者の声を真に受ける」は危険すぎる…本当に儲かる「インサイト」を見つける問いかけの中身
プレジデントオンライン / 2024年9月23日 15時15分
※本稿は、中村陽二『インサイト中心の成長戦略 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■インサイトは少人数しか合意しない
PayPalの共同創業者であり投資家としても実績豊富なピーター・ティールは、著書『Zero to one』(NHK出版、2014年)の中でこのように言っている。
「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」
これは、まさにインサイトのことを指している。
インサイトは、明示的な証拠から論理的に導出することは難しい。過去の経験や他の事例からのアナロジー(類推)をもとに「企業や個人はこのように動く」という背景となる考えと、眼の前の事実を組み合わせて導出する“独自の”解釈がインサイトである。
インサイトは他人に見えない、賛成する人がほとんどいないものだからこそ、新規参入者にとっての成長戦略を形作る土台となる。
インサイトが、客観的な論拠を多く持ち、誰もが同意するものなら、投資に対するリターンは究極的には国債のように低いリターンで安定することになる。
新規事業というのは当たり外れが大きいボラティリティが高い投資である。新規事業を作る文脈では、誰にも理解できて多くのエビデンスから立証可能かつ高いリターンを狙えるインサイトというのは原理的に見つけることは難しい。
この特性をもつインサイトに対して「蓋然性を説明せよ」と要求することは、インサイトを見出すことができる人間のモチベーションを大きく下落させる。
インサイトは目の前にある事実と背景知識・経験を統合した結果発見できるものであるから、同じインサイトを発見できるのは類似知識・経験を持つ者だけである。
特定の会社内だったり、同じ経験を共有する少人数の組織であれば、インサイトを共有することができる。事業立ち上げに少人数が適しているのは、インサイトは大人数では共有できないから、という理由もあるのだ。
■あなたはGoogleに投資できたか?
インサイトが万人に理解されるものではないことを示す例として、有名な話だがGoogleの話を紹介しよう。
Googleは創業まもなく、VCであるジョン・ドーアへ資金調達に向けたプレゼンをした。プレゼン資料の17枚のスライドのうち数字を含むものは2枚で、それらからビジネスモデルは見えてこない。
さらにGoogleは検索エンジンとして18番目の参入者である上、創業者は事業経験のない学生である。
そのような中、創業者の1人であるラリー・ペイジが力説したのは「いかに先行者の検索エンジンの質が悪く、どのようにすればそれを改善できるのか」という一点にあった。
結果的にGoogleは投資を受けることに成功するわけだが、このことからわかるのは、投資はこの先行者インサイトが正しいという考えに賭けられた、ということになる。
これに投資をするにはいくつかの条件が必要となる。
検索エンジンの覇者が巨大な価値を持つと判断できること。
検索エンジンを制覇するには精度と速度が決定的に重要であり、Googleが語る方法であればそれが実現されると判断できること。
創業者たちに「勝ち抜く意思」と「能力」があると判断できること。
「検索エンジンて儲かるの?」「確かに君のエンジンは良さそうだけど、すぐに真似されるんじゃないの?」という疑問を抱くようでは、投資は実行できなかったであろう。
■「売上がどの程度まで行くか?」という質問に「100億ドル」
インサイトは誰もが理解できるものではないので、売上実績がない中で資金調達を模索する場合、投資家獲得のために数十社を回ることが普通である。資金調達を受けるGoogle側にしても、そのような投資家とのコミュニケーションに時間をかけることは無駄なのだ。
ちなみにこの時点では「検索エンジンの覇者が巨大な価値を持つこと」も明らかではなかった。Yahoo!は検索エンジンなどアウトソースしていればよいと考えていたのだ。
また、技術的な知見がなければGoogleが語る方法が妥当であるか否かを判断することは難しかっただろう。
先の条件の最後に挙げた「創業者の勝ち抜く意思」を評価するには、人間に対する洞察能力が求められる。当時のプレゼンテーションで「売上がどの程度まで行くか?」という質問を受けたラリー・ペイジは、「100億ドル」と答えたようだ(根拠はない)。
勿論これだけで勝ち抜く意思があると評価することはできないが、企業を成功させるという大きな野心を持っていたことは間違いないだろう。ときに投資家はビジネスの内容ではなく、創業者の適正だけを見て投資をすることもある。
Y combinatorがAirbnbに投資を実行した際の理由はAirbnbの創業者らが選挙キャンペーン用にオバマ・マケイン両氏のパッケージを印刷したコーンフレークを販売し日銭を稼いだという実績を高く評価し、投資を実行した。
■CEOを務めることはタフで辛い
特にGoogleの事例では「検索エンジンは儲かる」「Googleの方法なら勝てそうだ」という2点において、証拠がほとんどない中で、創業者のインサイトを信じる必要があった。
もちろん投資家は投資対象が描く戦略を完全に信じる必要はなく、確信度合いに応じた金額を出資すればよい。
創業者の適正は企業の成功に支配的な影響力を持つ。Uberの成長を牽引したトラビス・カラニックはすでにある程度成功した起業家であったが、Uberのアイデアはあっても自分がCEOになることを当初は拒んでいた。
CEOを務めることがどれほどタフなことかをよく理解していたからだろう。結局はCEOに就任させた人物が会社を成長させられず、しぶしぶ自身がCEOになり、会社を成長させていった。
CEOになるのは楽なことではなく、特に一度経験した人物ならその辛さを嫌でも知っているため、このような躊躇があったのだろう。
■インサイトは一部領域に対してしか持てない
インサイトを特定の領域で持てるということは、全ての領域でインサイトを持てるということを意味しない。
例えばNvidia CEOであるジェンスン・フアンは現在最も成功した実業家の一人であるが、過去に米国を代表するVCのSequoia capitalから「何かを探したい時に、検索すれば出てくるサイトを作るという事業アイデアに関してどう思うか?」と相談された際に「イエローページのようなものだろう? それは無料なのだから儲かる理由はない」と回答した。
Sequoia capitalも儲かる方法は分からなかったのだが、小規模なら投資出来るということで投資を実行。やがてはこの会社はYahoo!になった。ジェンスン・フアンでさえ、Yahoo!創業者が持っていたインサイトは持てなかったということだ。
2024年、最も話題になった会社の1つがこのジェンスン・フアンがCEOのNvidiaである。ここでNvidiaの顧客インサイトを取り上げよう。
3Dグラフィックス向けの半導体業界は、ムーアの法則に従い長期間に渡り飛躍的な性能上昇を続けるため、翌年は現時点では性能過剰でも顧客は欲しがるようになる。
競合は現時点の顧客ニーズに合わせて製品を開発して提供するため、常に時代遅れな製品を市場に投入するため、実際に顧客が求める製品と市場にある製品の間には常にギャップが生まれる。
自社は常に過剰品質の製品を投入し続けることによって勝ち続けることができる。
参入当時の競争環境は非常に熾烈であり、Nvidiaには200社以上の競合が存在していた。そのためこのようなリスクが高い戦略を取らざるを得なかったが、結果的にこの戦略は大成功した。熾烈な競争環境の中でニーズを先回りし製品を投入し続ける能力がNvidiaの競争力であるということだ。
■インサイト発見能力を鍛錬する方法
実際に商品を考えて・作って・売るというプロセスを経る以外にも「売れている商品がなぜ売れているのか」を考えることによりインサイト発見能力は鍛錬可能だ。
資料や記事だけでその商品・サービスを知るのではなく、実際に自分が顧客の一人として利用をするということも積極的に行うべきだ。この鍛錬と実務を通じてインサイト発見能力は鍛錬することは十分可能だ。
高級ブランドはなぜ売れるのか、効果がないサプリはなぜ売れるのか、なぜ人々は投げ銭に金を使うのか、なぜ企業は脱炭素に取り組むのか、このような個人・法人の行動理由を考えることによりインサイト発見能力は向上する。
一点注意点だが、ユーザーインタビューを行うと人々はよく嘘をつく。「なぜ投げ銭をしているのか」という問いに対して全く知らない人に自分の恥ずかしい感情を含めてさらけ出すのは必ずしも愉快なことではない。
そうすると取り繕ってしまう。これを実際の行動要因と解釈することは危険だ。
建前だけを集計すると、人間というのはなんと倫理的であり素晴らしい生き物だろうと思えてしまう。
そのような建前の感情だけに注目した結果、寄付型クラウドファンディング、教育、地域創生、医療、過疎地域における取り組みのような事業で失敗に導かれた事例は非常に多い。
■インサイトは“必ず見つかる”と考えて探索する
メディアで語られていたり、インタビューで簡単に聞き出せたりする言説は建前と割り切る必要がある。
また、インサイトは“必ず見つかる”と考えて探索しなければ見つけることは難しい。これは新規事業のあらゆるプロセスにおいてそうであるが、検証して少し難しければやめてしまうという考えで進めるならほとんどの新規事業を実行出来ないことになる。
表面的なユーザーインタビューを3件行って「可能性がなさそうでした」と結論付けることは極めて容易い。「別の質問をしてみたらどうだろう」「別のアイデアをぶつけるとどうだろう」と様々な角度からインサイト発見に務めなければインサイトは見つからない。
多くの人が事業機会を求めており、そのためにはインサイトが必要となれば簡単に見つかることはそもそもない。
新規事業はそもそも困難であり、不確実なものだ。それを「難しいことが見つかった」「不確実性を含む」という理由で退けていては、全てを実行出来ないということになる。
難しいが・不確実だが、克服をするという意思が土台にある必要がある。
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ストラテジーキャンパス代表取締役
東京大学工学部卒・同大学院工学系研究科修了後、2014年新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2015年退社後、事業再生を目的とした株式会社サイシード設立、代表取締役に就任。人材・広告会社を買収し代表として事業再生を行う。事業再生の後、会社を売却し、売却先の取締役に就任。2017年より新規事業としてAI事業を立ち上げ売上20億円・営業利益11億円に到達後、投資ファンドへ売却。2021年、取締役として東証グロース市場へ上場。2021年、エンジェル投資先企業の東証グロース市場への上場を経験。現在はストラテジーキャンパスの代表として、国内および海外を対象とした新規事業・投資に関するアドバイザリーに多数取り組んでいる。
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(ストラテジーキャンパス代表取締役 中村 陽二)
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