親切だった隣人の目的は保険金だった…ひき逃げで夫を亡くした70代女性が田舎暮らしに絶望するまで
プレジデントオンライン / 2024年9月24日 8時15分
■周囲からのバッシングに悩まされる遺族
筆者は、2008年から特定非営利活動法人World Open Heartにおいて、加害者家族の支援を行っている。当時、国内に加害者家族に特化した支援組織はなく、加害者家族はあらゆる支援の網の目からこぼれていた。
2004年に犯罪被害者等基本法が制定され、犯罪被害者やその家族への支援は進んだが、被害者であるにもかかわらず誹謗(ひぼう)中傷に悩まされている人々が存在する。筆者は2021年、被害者遺族らと共に、被害者加害者を区別することなく、事件の影響に悩まされ、支援の網の目からこぼれる人々を支援する団体Inter7を設立した。
本稿では、小さな町で起きた交通事故で、町中から非難される体験をした遺族と、娘が失踪した未解決事件の家族の事例を紹介する。なお、個人が特定されないよう修正を加え、登場人物はすべて仮名である。
■夫をひき逃げで亡くした70代の女性
ある日、いつものように加代子が夕飯の支度をしていると、突然、近所に暮らす住人・和夫が家に飛び込んできた。
「大変、賢治さんが車に撥(は)ねられたって!」
賢治は救急車で隣町の病院に運ばれたという。加代子はすぐ、和夫の車に乗り込み、病院へと向かった。
「轢(ひ)き逃げらしいんだ……」
賢治を轢いた犯人は逃走しているようだった。
加代子が病院に着くと、賢治は既に息を引き取っていた。
「まさか、こんな別れ方って……」
加代子は床に崩れ落ちた。和夫は、夫の突然の死が受け入れられない加代子をなんとか宥めながら車に乗せ、集落へと戻った。
■「支払いは後でいいわよ。保険が下りてからで……」
翌朝、加代子は玄関の戸を叩く音で目が覚めた。この地域の住職の妻・敏子が差し入れを持って来てくれていた。
「しっかり食べなくちゃだめよ」
敏子は、台所に入り、持参した食材で調理を始めた。加代子は敏子の顔を見てハッとさせられた。葬儀をせねば……。悲しんでいる暇などないのだ。
「お葬式のことは任せて。和夫がビラ作ってたよ。早く、犯人見つかるといいね」
犯人はまだ捕まっておらず、加代子は警察に行かなければならなかった。葬儀の件は、敏子に任せることにした。加代子は、人々の温かさに心から感謝した。
賢治の葬儀には、沢山の人々が駆け付けてくれた。しかし、会場を見た加代子は一瞬、不安が過った。
「敏子さん、ありがとう。でも、こんな立派なお葬式……。うちにはとても……」
「何を言ってるの! みんな悲しんでるんだから……」
敏子はそう言って、加代子を励ました。
「困ったことがあったら、いつでも言ってね。それから支払いは後でいいわよ。保険が下りてからで……」
保険……。加代子はまたハッとさせられた。夫を失った悲しみでいっぱいの加代子には、とても先の事を考える余裕などなかった。
■「ちょっと、力貸してもらえない?」
一週間後、住人の協力によって、賢治を轢いた犯人が逮捕された。
「これでお父さんも成仏できるかな……」
加代子は胸を撫で下ろしていた。それからしばらくして、和夫が家に訪ねて来た。
「捕まってよかったね。とにかく、ビラ撒いたりとか、大変だったよ」
「和夫さん、本当にありがとう。和夫さんのおかげです」
加代子は、和夫のために買っておいた酒と果物を渡した。ところが、和夫は何か話があるのか、なかなか家を出て行こうとしないのだ。
「賢治さんもいなくなっちゃったし、なんかあったら俺が車で送っていくから」
「そんな、和夫さん、そこまで気を遣っていただかなくても……」
「こんな昼間っからここにくるってことはさ、俺、困ってるんだよ」
「え……」
「しばらく仕事なくてさ……」
和夫は板金屋で、賢治とは付き合いがあったが、加代子は仕事の事まではよく知らなかった。
「ちょっと、力貸してもらえない?」
「ちょっとって、お金ですか? いくら必要なんですか?」
「すぐに、50」
「50万? そんなお金ありません」
「保険入ったって聞いたけど……」
「いえ。お金の事はすべて息子に任せていますから……、私にはわからないんです」
「じゃあ、30とかなんとかならない」
「だから、家にはお金がないんです……」
「20」
「帰ってもらえませんか……」
「10でも。ほんと困ってるんだ。困った時は助け合うもんだろ」
加代子は溜め息をつき、箪笥の中にしまっていた財布から10万円を取り出し、和夫に渡した。あの日、事故の後、病院まで送迎してもらった交通費と考えても高くついたものだ。
「和夫さんごめんなさい。もう、家に来られてもお金はありませんから」
加代子はそう言って和夫を追い出すと玄関の鍵を閉めた。
■リフォームした自宅は「賠償御殿」と揶揄される
その後も、住人からの金の催促は続いた。
「保険が入ったなんて、誰が言ってるのかしら!」
加代子は、家に来た住人に問い詰めると
「和夫さんとか、敏子さん……」
やはり……。事故が起きてすぐに駆けつけてくれた人々だった。和夫は、加代子が渡した10万で飲み歩いているようだった。加代子は体中に怒りが込み上げた。
加代子は、葬儀代の事が気にかかり、敏子に電話で問い合わせると、敏子から告げられたのは想像もできない法外な金額だった。
「そんな額、払えません! 私はお願いしてませんから」
「あら? 加代子さん、あなた私に任せるって言ったじゃない!」
「夫が亡くなったばかりなのよ。弱みに付け込むなんて卑怯よ!」
加代子はすぐ息子に相談し、葬儀代については、弁護士に交渉してもらうことにした。
住民の下心に気が付いた加代子は、自宅に人が来ることが恐ろしくなり、インターホンや監視カメラを設置しようとリフォームを依頼した。リフォームが完成した加代子の自宅は、以前とは見違えるように立派な家になったが、その様子をみた住人たちは「賠償御殿」と揶揄しているという。
■身近な人による支援の落とし穴
法外な葬儀代を請求された加代子は、息子を通じて東京の弁護士を依頼していた。地域の弁護士は住職と親しく、信頼ができなかったからだ。
地域には和夫や敏子のような人ばかりでなく、親身になってくれる人々も存在したが、小さなコミュニティーでは、被害者も加害者家族も少なからず人間関係に悩まされている。本件のような露骨な金銭の請求ならば法的解決に持ち込みやすいが、過剰な支援に「結構です」とは言えず、周囲に気疲れしてしまっているという相談も多く寄せられている。
だからこそ、使いたいときに利用できる第三者による支援が必要なのだ。
■失踪した娘の捜索活動が「売名行為」だと批判される
「いつになったら、私たちは被害者として救済される日が来るのでしょうか」
遠藤和夫の長女・萌は、ある日突然、行方不明になり、未だに消息がわかっていない。捜査が進展しない中、和夫はどんな小さな手掛かりでも欲しいと、一時、積極的にメディアに出演して情報提供を呼び掛けていた。世間から同情が集まり、和夫は悲劇のヒーローとして地元では議員に推す声まで上がった。
「萌がいなくなってから仕事に集中できなくなってしまい、出馬については前向きに検討していました。捜索活動を通していろいろな方と話をするのは気が紛れたし、私が少しでも有名になれば、情報が集まるのではないかとも考えました」
ところが、和夫は事件を利用した売名行為だとバッシングされるようになった。そして次第に、ネットの掲示板では、和夫が犯人ではないかという書き込みが増えるようになっていた。ある日、和夫が警察から呼び出しを受けると、警察には、和夫が萌を虐待していたという情報が寄せられているというのだ。
「萌ちゃんには障害があって、育てにくかったようですね。お父さんは随分と厳しく接していたようですね」
これまで被害者として接してくれていたはずの警察は、次第に和夫に疑いの目を向けるようになっていた。妻が電話に出ると、
「人殺し!」
そう言って電話を切る人もいた。
■ネットで拡散された「両親犯人説」
「萌ちゃん事件は、両親が障害者の娘を疎ましく感じて殺した可能性が高い」
「○○山は、暴力団がよく死体を遺棄する場所。あそこに捨てたら見つからないだろう」
本件に関するネットの掲示板では、和夫が犯人だと疑う書き込みが日増しに増えていった。家に籠もる妻と活動的な夫との間には距離ができ、娘の失踪は、夫婦関係もぎくしゃくさせていた。地元で有名人になってしまった和夫の行動は逐一、ネットに報告され批判された。
「父親は飲み歩いてたからね。娘がいなくなった父親とは思えない」
「妻子ほったらかしてテレビ出ていい気になってる」
■“加害者扱い”されてしまう被害者たち
世間は清廉潔白でなければ被害者とは見做さない。
「家に帰れば妻と口論になるし、飲み歩いていた時期もありましたよ。テレビに出れば売名だと批判されますが、すべて萌の情報を集めるためです。娘がいなくなったんです! 戻ってくるなら悪魔にだって魂を売りますよ! 私たちは必死なんです。上品なことばかりしてはいられません」
ところが、萌の失踪に関する有力な情報は得られないまま、和夫の自宅には見知らぬ車が止まっていたり、カメラを向ける人々が度々訪れるようになった。
ある日、妻からの電話で和夫が慌てて自宅に戻ると、庭に見知らぬ男性が入ってきていた。
「遺体をどこかに隠してるんだろう! 早く自首しなさい!」
すぐに警察を呼んだが、侵入者は注意されるだけで逮捕されることもなかった。身の危険を感じるようになった一家は、転居を余儀なくされた。
和夫は、娘の消息がわからない不安と同時に、もし、娘が遺体で発見された場合、自分が逮捕されるのではないかという不安にも苛まれるようになっていた。本件のような、被害者でありながらも犯人視される未解決事件の家族からも、相談は多数寄せられている。
和夫のように、声を上げ注目が集まるとバッシングされることから、沈黙を余儀なくされている人々が数多く存在している。このような、声なき声を拾う努力が社会に求められている。
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NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)
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