だから小泉進次郎氏は「解雇規制緩和」をぶち上げた…業績好調企業で50代社員の「口減らし」が始まっている理由
プレジデントオンライン / 2024年9月24日 9時15分
■なぜ黒字でも早期退職を実施しているのか
近年、企業全体の収益状況がしっかりしているのとは裏腹に、“早期退職”を募るわが国の企業は増加傾向にある。これまでは、2008年9月のリーマンショックの発生時など、企業の収益力低下が深刻化して、早期退職を募るなどしてリストラを進める経営者は多かった。しかし、最近、収益が黒字であっても早期退職を実施する企業は増えている。
早期退職を募る企業の狙いの一つは、50代など給与や退職金の支払い負担が大きい世代の割合を減らすことで、全体としての賃上げの持続性を高めることがありそうだ。
わが国の少子高齢化の影響で、人手不足はさまざまな分野で深刻化している。有用な人材を確保するためには、どうしても給与水準の引き上げは避けて通ることができない。できるだけ人件費負担を増やさないために、シニア層の割合を減らすことが重要だ。それによって、労働市場から専門性の高い人材を獲得することも目立っている。
■対象人数は前年比2倍超の7104人
その意味では、早期退職は国内の労働市場の流動性を高める一つのきっかけになるかもしれない。今回、自民党総裁選でも、ほとんどの候補者は労働市場の改革が必要との見方を持っている。それに伴い、解雇規制の緩和などが政策論争のポイントにもなっている。
卒業一括採用・終身雇用・年功序列賃金の労働慣習を改革して、労働市場の流動性を増やすことは、わが国経済にとって重要な政策課題であることは間違いない。企業経営者の多くは、そうした改革を意識し始めているといえるだろう。
東京商工リサーチの発表によると、2024年1~8月期、“早期・希望退職募集”を実施した国内の上場企業は41社に上った。1~8月期の早期退職の対象人数は7104人、前年同期実績(1996人)の約3.56倍に増加した。2023年の早期退職対象者数(3161人)を上回るペースで早期退職を実施する企業は増えている。
新聞報道などによると、早期退職者募集は幅広い業種で実施されている。繊維、製薬、家電や電子部品などの電子機器、化粧品、総合スーパーなどの小売、日用品、石油などのエネルギー、IT先端分野などに及ぶ。中には、早期退職後のキャリア支援の制度を開始した企業もある。
■50代管理職だけでなく、勤続3年以上の若手まで
代表的なケースを見ると、ジョブ型人事制度の導入に伴い50代の管理職を対象に早期退職を募ったエネルギー大手企業があった。同社では、退職する人に追加の割増金を支払った。それにより、若手に管理職のポストを空けて組織の新陳代謝の促進を目指した。
製薬業界でも、早期退職を募る企業は増えているようだ。最近、国内の大手製薬企業は2020年に続いて希望退職を実施した。今回の募集は前回と異なり、今回は勤続年数3年以上を対象に幅広く早期退職を募った。主に、国内の営業や研究開発の部署が対象になっているという。
デジタル化に伴う対面営業の必要性の低下、新薬開発のための資金確保、専門性の高い人材獲得のポストの捻出と、これからの賃上げ原資の確保が主な狙いとみられる。
事務機器の領域でも早期退職を募る企業は多い。9月に早期退職の募集を発表した企業では、営業、保守メンテナンスなどを中心に内外で2000人規模の早期退職を募った。一定の勤続年数など、応募可能な条件が設定されている。
■本気の賃上げのために大手企業が動き始めている
デジタル化に伴うペーパーレスの流れ、コロナ禍をきっかけとする在宅勤務やテレワーク増加により、複合機など事務機械の需要は盛り上がりにくい。収益性が低下した事業でコストを圧縮し、クラウド関連事業など成長期待の高い分野で、専門人材の獲得に向け早期退職を実施せざるを得なくなったとみられる。
化粧品の分野では、中国事業の不振などでコストカットの必要性が高まり、早期退職を募った企業がある。個々の企業の収益状況などに差はあるものの、傾向としては40代、50代などミドル、シニア世代を対象に早期退職を募集する企業は増加傾向にある。
その背景の一つは、人件費の固定部分を圧縮し、賃上げを行いやすい体質を実現することだろう。人口減少による人手不足もあり、わが国の企業が有用な人材を確保するためには賃上げは避けて通れない。
それに加えて、2021年の春先以降、物価が上昇した。足元でも、国内の消費者物価指数は日銀が物価安定の目標に掲げる2%を上回っている。食料、日用品など家計の生活負担は高まった。その状況下、ゆとりある暮らしを目指して、少しでも賃金の高い企業に移ろうとする人は増加傾向にある。
■「新卒一括採用、年功序列、終身雇用」の終焉
賃上げを続けることが難しい企業は、他社に人材を引き抜かれる恐れが増す。賃上げが難しく人材が流出し、“人手不足倒産”に陥る中小企業も増えているという。今後、賃上げの重要性は高まりこそすれ、低下するとは考えにくい。わが国の企業にとって賃上げの余力は、企業の長期存続を脅かす要因の一つとなっている。
第2次世界大戦後、わが国の産業界、特に大企業では新卒一括採用、年功序列、終身雇用の雇用慣行が定着した。わが国の一般的な給与体系では、勤続年数が長くなれば、自然と給与は増加傾向を辿るケースが多い。しかし、経済が複雑化し、個々人の専門性が求められる時代になると、そうした旧態依然としたシステムはワークしなくなる。
労働市場の硬直性は、バブル崩壊後、わが国経済が長年にわたって停滞期から脱することができなかった原因の一つになった。そうした状況から脱却し、目先の人件費を圧縮することで、中長期的に実力・実績ある人を主要ポストにつけ、新商品や新規事業を紡ぎだす。それによって、企業が高い成長を目指す。そうした考え方が必要になっている。
■総裁選でも「解雇規制の緩和」が争点に
早期退職制度を活用して勤め先を退職した後、これまでに習得したスキルを活かして競合他社などに転職する人は増えている。大手企業に勤務した経験を活かして、中小企業向けのコンサルタントとして活躍する人もいる。
早期退職を実施した企業側でも、内外の企業で実績を積んだ“プロ”を採用し、相応の給与を支払うケースも増えた。早期退職がきっかけとなって、わが国の労働市場の流動性が高まる兆候が見られつつある。
自民党の総裁選では、候補者のほとんどが解雇規制の緩和を重視する。労働契約法の第16条では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めている。ただ、どういった条件であれば企業が従業員を解雇可能か、必ずしも明確ではないとの指摘は多い。
■労働市場のセーフティーネットの整備が不可欠だ
総裁選を経て解雇に関する規制緩和が進むと、会社都合での解雇が増加する可能性はあるかもしれない。早期退職実施の企業が増える中で解雇規制が緩和されると、単純な意味で労働市場の流動性は高まるかもしれない。ただ、それだけでわが国経済の効率性が上昇するほど簡単な議論ではない。
雇用の不安定化を懸念する人が増える可能性も高い。すべての人が、雇用に関するリスクに自力で対応できるとは限らない。規制緩和に伴い解雇が増えた場合、自力で再就職先を見つけることが難しくなる人は増えるかもしれない。雇用への懸念は高まり、社会心理が不安定化することも考えられる。それは経済社会に大きなマイナスだ。
今後、政府は、労働市場の改革とともに、労働市場のセーフティーネットの整備を進める必要性がある。ハローワークの機能見直しや失業保険の在り方に加え、新しい技能の習得や再就職先紹介制度などが重要だ。それは、中長期的なわが国経済の成長に必要不可欠の条件だ。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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