日本にお金を落とさない「在日中国人」で溢れている…「辛すぎて日本人は無理」なガチ中華が急増する本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年9月26日 10時15分
■横浜中華街で出てくる料理とはまったく違う
2022年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされ、一躍その名前が世間に知られることになった「ガチ中華」。東京近郊や大阪に増えている「ガチの」「まじの」、日本風にアレンジされていない中華料理という意味だが、そのディープさやマニアックさがウケて、在日中国人だけでなく、中華料理好きの日本人の間でも急速に人気が出ている。
「まだ勇気がなくて一度も行ったことがない」「一緒にガチ中華に行く人がいない」という人もいるかもしれないが、興味を持っている人は多いのではないだろうか。
私は新刊『日本のなかの中国』で、中国のSNSだけでしか予約できず、ほぼ中国人の顧客しか相手にしていないガチ中華が都内にあることなどを紹介。〈「約500円のワンタン」目当てに中国人がやってくる…東京で「ネット予約できない中華料理屋」が増殖している理由〉にも書いた通り、近年はさらに新しいジャンルのガチ中華が増えてきているのが特徴で、横浜中華街などに多い広東料理(点心)や北京料理(北京ダック)など、日本人に長年親しまれてきた中華は含まれていない。
明確な定義はないものの、「ガチ中華」といえば、これまで日本にあまり入ってきていなかった中国のマイナーな地方料理、激辛料理、珍しい食材(カエル、ザリガニ、鴨血、ドクダミなど)を使ったものが多いというのが私のイメージだ。
■食材の仕入れ、調理、利用客もほぼ中国人
そこで本稿では、「ガチ中華の人気ジャンル、ベスト5」を紹介してみたいと思う。東京近郊には数百、あるいは数千のガチ中華料理店があると言われているが、前述のように明確な定義がないため、ガチと呼べるか微妙と思える店もあり、店舗数など詳細もわからない。
また、在日中国人の友人に「どのガチ中華がいちばんおいしいと思う?」と聞いても、それぞれの出身地の料理や、友だちが経営する店を挙げたりして公平ではないので、ベストテンのようなものも出しにくい。しかし、最近人気のジャンルといえば、今のガチ中華の傾向がわかるのではないかと思う。
ここ数年、経済的に豊かになった在日中国人は、彼らだけで集まって巨大な経済圏を築いている。そのことは〈なぜ「日本語が話せない」在日中国人が急増しているのか…国内にじわじわ広がる「巨大中国経済圏」の実態〉でも紹介したが、それはインバウンド、不動産売買、製造販売などビジネスだけにとどまらない。中国人の胃袋を満たす飲食業界でも、食材を提供する側、調理する側、食べる側のほとんどすべてが中国人という世界が成り立ってきたのだ。
■「四川料理よりもずっと辛い」唐辛子たっぷりの一皿
1.湖南料理
中国の内陸部、湖南省の料理を指す。ここ1~2年、日本のテレビ番組などでも「実は四川料理よりもずっと辛い」と紹介されて有名になった。湖南料理の辛さは花椒(ホワジャオ)の痺れる辛さではなく、唐辛子の辛さだ。中国八大料理のひとつに数えられるが、日本にはこれまであまり浸透しなかった。
唯一、以前からあった店といえば、新宿歌舞伎町にある「湖南菜館」だ。湖南料理の老舗的な存在で、経営者の李小牧氏がメディアで有名になったこともあり、都内のマスコミ関係者などの間ではよく知られた存在だったが、当時は「ガチ中華」という言葉もなく、特別珍しい料理を提供しているという印象もなかった。
しかし、近年、東京・高田馬場の「李厨」や、系列の「湘遇TOKYO」などがガチ中華としてメディアで紹介されるようになり、湖南料理というジャンルも注目されるようになった。最近よく名前を耳にするのは「味上湖南菜館」。湖南省発の店で、東京・上野に上陸。在日中国人で賑わっている。
2015年にオープンした四川省発の「海底撈火鍋」などに端を発した辛い鍋のブームもあり、私が見たところ、ガチ中華の中でも、とくに辛い料理が多い湖南料理が最も人気のジャンルとなっている。
■『孤独のグルメ』にも登場した新小岩のディープな店
私自身、2016年に湖南省の省都、長沙の郊外に仕事で1週間ほど滞在したことがある。その頃は湖南料理の知識はあまりなかったが、宿泊させてもらった学校の宿舎の食堂の料理がとにかく辛かったという記憶がある。
代表的な料理は「剁椒魚頭(ドゥオジャオユートウ)」という辛い魚の蒸し料理やクセのある「臭豆腐」。ほかに毛沢東が大好きだったという「毛氏紅焼肉」などがある。そういえば、湖南省にある毛沢東の生家を見学した際、周辺の料理店の店先にこの料理の看板が出ていた。
2.貴州料理
日本ではほぼ馴染(なじ)みがないといっていい貴州料理は、南部の内陸部にある貴州省が発祥だ。湖南料理が四川料理と並んで「辛い料理の代表」となっているが、四川省に隣接する貴州省の料理も相当辛い。
都内の貴州料理といえば、真っ先に名前が浮かぶのは新小岩駅に程近い「貴州火鍋」だ。テレビ番組『孤独のグルメ』(テレビ東京系)や「マツコの知らない世界」(TBS系)などで紹介されて人気となり、干し納豆火鍋や酸湯魚(発酵トマトと魚の火鍋)などの貴州名物や、発酵大豆の和え物、発酵野菜入りポテサラ炒め、ドクダミと豚バラの回鍋肉など、一般の中華料理店ではまず食べられない個性的な料理がある。
■空心菜やガチョウを卸す「ガチ中華用農家」がある
私自身も数年前に貴州省を訪れた際、ほぼ毎日、代表的な貴州料理の「酸湯魚」を食べた記憶がある。貴州大学の先生や学生たちと大勢で鍋を囲んだのだが、ほとんどの料理が辛かった。そのとき初めてドクダミの和え物を食べた。
まさか新小岩の同店のように、東京でドクダミが食べられるとは思わなかったが、近年は、私の著書に出てくる農場のように、中国人経営者がササゲ、茎レタス、空心菜などの中国野菜やアヒル、ガチョウ、羊などを生産しており、在日中国人にSNSで直販したり、中華料理店に卸したりしている。
これも一種の「中国式エコシステム」「中国経済圏」といえるだろう。料理店が仕入れる食材も中国人生産者(農家)なのだ。ザリガニなどの食材と同様、従来、日本の中華には入っていなかった食材を食べるようになったのもガチ中華の特徴といっていいだろう。
3.四川料理
四川料理はガチ中華ブームより以前から日本人に馴染みのある中華料理の一つで、日本人の食生活に定着したのが四川の麻婆豆腐だといっていいだろう。今では回鍋肉も「ホイコーロー」(正しくはホイグオロウ)と読むのが日本人の間でもほぼ当たり前になってきたし、エビチリも四川料理だ。そのため、四川料理をわざわざガチ中華と呼ばない人もいるかもしれないが、ガチとして近年増えてきたのは、何といっても火鍋だ。
■よだれ鶏、花椒炒め…「ガチ中華」浸透の立役者に
前述の四川省発のチェーン店「海底撈火鍋」の火鍋を皮切りに、「潭鴨血(タンヤーシェ)」の「毛血旺」(鴨血という鴨の血を蒸して固めたものに野菜やホルモンなどをいれた辛い鍋)、「成都姑娘」の「酸菜湯」など、従来はこれまで日本に上陸していなかった種類の火鍋が人気になった。
ほかにも日本に馴染みのないガチ中華の四川料理だった「口水鶏」(よだれ鶏)、「辣子鶏」(鶏肉を唐辛子や花椒などと炒めた料理)、「夫妻肺片」(牛ホルモンの辛味和え)などを提供する店も増え、四川料理は1の湖南料理、2の貴州料理よりも非常に有名で、かつ、いまも人気がある。
都内の店舗数を把握することはできないが、もしかしたら、ガチ中華の中では1、2を争う数の多さかもしれない。四川料理は、日本人がシェフをつとめるレストランも増えている。ガチではないけれど、日本風にアレンジしたわけでもない創作四川料理だが、こうした点をふまえても、四川料理の日本での幅は非常に広いといえる。
■最大勢力・東北三省の名物は「特大の骨付き肉」
4.東北料理
在日中国人はいまや82万人を超え、日本在住の外国人で最大勢力を誇っているが、その中でも最も人数が多いのが東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)の出身者だ。法務省の在留外国人統計では2011年まで出身省別の統計をとっていたが、そのときまで最も多かったのが遼寧省、次いで黒竜江省、福建省、吉林省だった。
東北地方は旧満州だったということもあり、中国残留日本人孤児やその子どもが帰国して定住、中には中華料理店を開いているケースもあり、ガチ中華の先駆けとなったのが東北料理と言われる。都内で比較的早くから中国関係の仕事をしていたり、中国語を学んだりしていた50代以上の日本人に聞けば、多くの人の口から池袋の「永利」の名が挙がるだろう。
10年以上前のことだが、同店の入り口には大きなドラム缶のようなものが置いてあり、その中に「東北醤大骨」という、まるで木の切り株のような見た目の骨つき肉の塊が入っていた。同店の名物料理なのだが、お皿に盛られた茶色い物体はインパクトが大きかった。これもガチ中華という言葉がまだなかった時代、「まるで中国の東北に旅行に行ったみたいだ」「中国の臭いがする」と感じたものだった。
■黄色いパンを貼り付けたユニークな鍋はこちら
近年は、東北料理店だけに限らないが、「東北鉄鍋炖」というトウモロコシの粉で作ったパン(まんじゅう)を鍋の内側に張り付けて蒸し、具材と一緒に食べる料理が流行り出しており、埼玉県川口市の「盛興順鉄鍋炖」など、料理名がそのまま店名になった店などが増えている。
もう1軒、東北料理といえば、神田などにある「味坊」が代表的存在だ。羊肉の串焼きや羊を使った水餃子など羊肉料理などが有名で、手広くチェーン展開しており、ガチ中華といえるが、ガチ中華という言葉が流行する以前からガチの代表のような店だ。ほかにも、東北料理と銘打っていなくても、東北出身者が経営したり、コックをしたりしている中華は非常に多い。
私の本で取材した若者は大連出身だったが、父親は十数年前に出稼ぎで来日、池袋の大連料理を中心とする中華料理店で妻とともに働いていると話していた。その店には大連風酢豚という珍しい料理があり、美味だった。
5.西北料理
西北料理という中華料理のジャンルを聞いたことがない人は多いと思うが、西北地方とは内陸部の甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区、陝西省、山西省などを指す。これらの地方名を聞いて地図が思い浮かばなくても、西安という地名は聞いたことがある人は多いだろう。中国の古都、長安の現在の地名が西安だ。
■「辛くないガチ中華」というジャンルも増えている
西安を中心とする西北料理の店は「西安麺荘 秦唐記」などいくつもあり、代表的な料理はビャンビャン麺だ。ビャンビャン麺はセブン‐イレブンで、期間限定で発売されていたり、エースコックがビャンビャン麺風のカップ麺を販売したり、「カルディ」が乾麺を発売したりしたこともあり、東京など一部の地方ではかなり知名度が上がっているといっていいだろう。58画の漢字「ビャン」は中国の辞書にもない当て字で、「biang biang麺」と表記する場合もある。辛い麺料理だが、今では専門店もあるほどだ。
西北料理で珍しいのが、東京・池袋駅から少し離れた場所にある「沙漠之月」。甘粛省張掖出身の英英さんが一人で切り盛りする、メニューはなく、わずか数席のカウンターだけの店。西北地方の家庭料理をその日に入荷した食材でパパっと作ってくれる。
ほかに、山西省を代表する料理が刀削麺。ビャンビャン麺よりもさらに知名度は高く、各地の町中華などでもメニューに取り入れているところもあるほど定着してきた。
山西料理で有名なのは新宿にある「山西亭」。同店では莜麺(ヨウミエン)という山西省の珍しい麺料理が食べられる。オーツ麦を筒状にしてハチの巣のような形に包み、蒸した料理(料理名は莜面栲栳栳(ヨウミエンカオラオラオ)でS
このように、一口でガチ中華といっても実に幅が広い。火鍋、ザリガニ、羊肉だけがガチとはいえず、その幅は中華系カフェ、スイーツにまで広がってきている。在日中国人の幅が広がり、多様化していけば、ガチ中華の幅も広がり、多様化していくのは必然なのかもしれない。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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