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河野太郎氏は本気で「マイナ保険証」を整備する気があるのか…迫りくる「地獄の冬」に病院受付がため息をつくワケ

プレジデントオンライン / 2024年9月25日 18時15分

インタビューに答える河野太郎デジタル相=2024年9月20日午前、国会内 - 写真=時事通信フォト

■「健康保険証廃止」まで3カ月を切ったが…

「だいぶ増えてきましたよ、マイナ保険証の患者さん」

勤務する病院の受付事務職員に、そう声をかけられた。

「本当?」と振り返ると、「ええ、このところは1日に4~5人はいますよ」と彼女。そして笑いをこらえつつ「ついこの前までは1日に1人いるかいないかでしたもん」と続けた。

その病院は、1日の来院者が内科だけで100~120人ほどだから、政府があたかも健康保険証消滅のデッドラインであるかのように国民に刷り込んでいる「12月2日」という期日から3カ月を切った現時点でさえ、マイナ保険証の利用者数はたったの5%以下ということになる。

医療機関によっては10%くらいの利用率となってきたところもあろう。だがここまで「期日」が迫ってきても、急速に利用率が伸びないのは、やはり政府の強引なやり方に違和感や不安、いや怒りを覚えている人が少なくないからではなかろうか。

もっとも、先月の記事〈ただでさえ待たされる「病院の受付」が大混乱に…「マイナ保険証は患者の人命にかかわる」と医師が訴える理由〉でも述べたとおり、慌ててマイナ保険証を作る必要などまったくないのは事実であるから、それを知りつつ「ただ面倒臭いから作っていないだけ」という人もいるだろう。

■総裁選の争点に「延期論」が急浮上したナゾ

この記事は、それはそれは多くの反響をいただいた。内容に肯定的な意見も多数いただいたが、一方で「マイナ保険証を使っているけど、時間もかからずとても便利。なぜ使おうとしないのか意味がわからない」という意見も少なからずいただいた。

もちろん私はそういう人のことまで否定する気はない。「便利だ」と思う人は、そのまま使い続ければ良いと思っている。私の批判の矛先は「使いたくない」「使えない」人にまで強制する政府の強引な手法に向けてあるのだ。

おりしも自民党総裁選。候補者のなかには、「健康保険証廃止」を強引に決めた河野太郎氏を牽制する目的なのか、本心から言っているのか、はたまた人気取りのためだけなのかは不明だが、「健康保険証廃止延期論」や「マイナ保険証と従来の健康保険証の併用論」を公然と掲げる者も出てきている。

つまり政府与党内でさえ「健康保険証廃止、マイナ保険証一本化」をこれまでどおり強引に進めることについては、もはや賛否がごちゃ混ぜの事態に陥ってしまっていると見るべきであろう。「作りたくない人」「作れない人」は、なおさら慌てる必要はなくなったのである。

■「専属の案内係が立たなければ…」現場の声

しかも「現場の声」を知れば、マイナ保険証に現在便益を感じている人ほど、今後大きな不便に直面する可能性が浮かび上がってくる。先述の事務職員は言う。

「今はまだ1日4~5人だから良いのですけど……これがもっと増えてきたら“マイナ保険証用の列”に1人専属で案内係が立たなければならなくなると思うんです」

やはり懸念したとおり、機械の操作に戸惑い立ち往生してしまう人が少なからずいるという。何度も使用経験があって「こんな便利なものを使わないなんて信じられない」という人であれば操作などお手のもの、なぜ戸惑うのか理解できないかもしれないが、「現実」は現場が一番よく知っている。

じつは、すでにマイナンバーカード保有者の7割以上がマイナ保険証の利用登録している(本年4月末で78.5%)とのことだが、まだ10%そこそこの人しか利用していない。だから今は“長蛇の列”にこそなっていないが、12月以降はどうなるだろうか。

■「リーダーにかざせば受付完了」とはならない

もちろん12月2日以降も有効期限内の現行保険証は使えるから、この日をもって、一気に登録者の全員がマイナ保険証に切り替えるということにはならないだろうが、政府広報のせいで「保険証が使えなくなる」と誤解して、登録しつつもこれまで使っていなかった人が急に利用し始める、つまり「新米のマイナ保険証利用者」が急に増えてくる可能性は十分考えておく必要はあろう。

だがすべての医療機関で、その事態への万全の対応ができているとは言いがたい。多くの診療所では、受付に設置されているカードリーダーはまだ1台のみなのだ。1人でもまごまごと操作に手こずる人が発生すれば、患者さんの集中する時間帯などは、あっという間に列が伸びていくだろう。

今までほとんど並ばずスッと済ませられていた人ほど、そのギャップにイライラしてしまうことは容易に想像がつく。専属の「操作案内係」が列に張りついて説明し続けないと混乱やトラブルが生じかねないというのが、この事務職員の予測だ。

単純に機械の操作の問題だけではない。操作にあたっては、顔認証や暗証番号の入力をおこなったのちに、「特定健診情報」「薬剤情報」の提供に同意するか否かを問う画面になるが、事務職員によると、同意したら良いか否かを判断できないことから操作が滞る人もいるという。

■ただでさえ「冬場の病院の受付」は地獄なのに…

その場合、もう面倒なので「全部“同意”を押しちゃってください」と説明してしまうこともあるというのだ。これではなんのための同意確認かわからない。そもそもカードリーダーは患者さん本人が自分だけで操作するのが前提のはずだ。

そこに本来なら医療機関の職員から十分な説明をした上での同意が必要な事項を、簡単な文言しか書かれていないタッチパネルにて同意させるという設計自体が間違っているのである。

【図表1】顔認証付きカードリーダーの使い方
厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用について」より

事務職員のこれらの説明に、思わず私は天を仰いだ。秋以降はインフルエンザワクチン接種や、新型コロナワクチン接種でただでさえ来院者は増えてくる。そして寒くなれば、またコロナやインフルエンザの流行期に突入する。医療従事者でなくとも、医療機関を利用したことのある人ならば、毎年冬場の受付前がどんな状況になるかを、嫌というほどご存じだろう。

■貴重な人員が割かれるなんてぞっとする

くわえて前回の記事でも述べたとおり、12月以降は「健康保険証廃止」という政府広報の脅しによって混乱する患者さんへの対応に追われ、ただでさえ受付業務はてんてこ舞いだ。その状況で貴重なマンパワーが「機械の操作説明係」として割かれてしまえば……。

考えるだけでぞっとする。政府肝いりの「デジタル化」が、かえって医療機関に負荷をかけることになるとは、なんとも皮肉なことだ。そして医療機関にかかった負荷は、そのままダイレクトに患者さんへ「待ち時間の超過」という格好で跳ね返っていく。

待合室
写真=iStock.com/Chinnapong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chinnapong

けっきょく、マンパワーと多くの患者さんの便益を考えれば「マイナ保険証用の列」に職員が1人張りつくことは現実的ではないという話になるのである。列が長くなろうが仕方がない、落ち着いてご自分の番を待ってくださいということにするしかないのだ。

……ということが予測されるが、マイナ保険証にはとても満足している人、長蛇の列に並ぶことになろうが、前の人がまごまごしようがまったくイライラしない、いくらでも気長に待てるという人なら、そのままで良かろう。

問題は「マイナ保険証を安易に作ってしまったものの、こんなにトラブルが多いならもう使いたくない」「これまで早くて便利だったのに、列に並ぶことになるのは勘弁してほしい」という人がどうすればよいかだ。

■10月から「マイナ保険証の解除」ができる

そのような方には朗報がある。この10月から「マイナ保険証の解除」ができるようになるのだ。「作ってしまったが使いたくない人」は、マイナ保険証の登録を解除してしまえば良いのだ。

もちろん手続きには、加入する医療保険者等に申請書を提出するといったある程度の手間はかかるが、解除さえしてしまえば、現行保険証の代わりともいえる「資格確認書」が送付される(有効期限内の保険証がない場合)。それを使えば、これまでどおり保険診療を受けられるようになるのである。

男性医師が記録を示し、患者に説明する
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

ただ注意が必要なのは「マイナ保険証を持ってはいるけれど、マイナ保険証用の長蛇の列に並びたくないから、念のため資格確認書ももらっておきたい」は原則無理という点である。

あくまでも資格確認書の交付対象となるのは「マイナ保険証によるオンライン資格確認を受けることができない状況にある人」に限られていて、マイナ保険証により問題なく受診できている人には交付されない。

つまりマイナ保険証から資格確認書に乗り換えたい人は、10月以降「マイナ保険証の解除」ができるようになり次第、早めに行動を起こすことが望ましい。

■河野氏張本人が普及に急ブレーキをかけている

利用登録を一度解除してしまっても心配はいらない。また登録したくなった場合も再登録は可能だからだ。まだまだ何年先になるかわからないが、マイナ保険証のセキュリティ上の問題が完全に払拭され、受付に十分な数のカードリーダーが設置され、ほとんど並ばなくてよくなる未来に、またもし欲しくなったら、そのときに再登録すれば良いのである。

前回の記事には「新しいシステムを導入する際には、ある程度の不具合や不都合は仕方ない。ゼロリスクを求めていては、なにも進まない」というご意見もいただいた。たしかに、その通りだ。

だからこそ「激変緩和策」を政府としては綿密に講じたうえで、広く周知せねばならないのだが、それをしようとしないばかりか、予測される不便益についても、いっこうに政府はアナウンスしようとしない。このようなやり方が、よりいっそうの不安や疑念を広げ、結果としてマイナ保険証利用率の低迷につながっているのだ。

そしてその発端にあるのは「保険証廃止」という河野太郎氏の強引な手法だ。彼こそがマイナ保険証の普及に急ブレーキをかけた張本人といっても過言ではなかろう。マイナ保険証を推進したいと考えている人こそ、彼の手法を徹底的に批判せねばなるまい。

しかも東京新聞(9月25日)によると、健康保険証の廃止に至る大臣間での協議や首相への報告が記録として残っていないことまで明らかになった。もうめちゃくちゃだ。「保険証廃止」の方針が一刻も早く撤回されるべき事態となっていることは、もはや誰の目にも明らかだろう。

■困っている人を助けない首相に「強い国」が作れるか

いずれにせよ、政府がこれまでのような、どんな手荒かつ姑息な手法を用いたところで、この国に住む全員に、一人残らずマイナ保険証を使わせることは、何年いや何十年たっても不可能であることは自明だ。なぜなら、今の政府のやり方は、困っている人や弱い立場にいる人の存在を完全に無視しているからだ。

本当に、全員にマイナ保険証を使わせたいと考えているなら、保険証廃止という困っている人や弱い立場にいる人を、さらに困らせる強硬手段など用いず、ひとり一人に手を差し伸べる優しい政治を実践してはいかがだろうか。

自民党総裁選では「日本を強い国に」との主張を掲げる候補者もいるようだが、今この国のリーダーに求められているのは強さだろうか。「突破力」や「剛腕」と聞くと勇ましくて頼りがいがあると思ってしまいそうだが、そういう人はリーダーとしてふさわしいといえるだろうか。

こういうリーダーにとっては、自分の推し進めたい政策からこぼれ落ちる人たちは、ただの「邪魔者」。自国民であろうと、躊躇なく簡単に切り捨てていくことだろう。

今、困っていない人なら、なかなか気づけないかもしれないが、いつなんどき自分が「困っている人」の側になるかもしれない。その当たり前の想像力だけは、つねに持ち続けていたいものだ。

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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。

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(医師 木村 知)

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