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ワシントン・ポストは「確トラ」を認めたか…「お金配りおじさん」イーロン・マスクが支配する米大統領選の結末

プレジデントオンライン / 2024年11月3日 11時15分

ニューヨークのマディソンスクエアガーデンで開かれた大規模なトランプ集会 - 筆者撮影

■社員は辞職、25万人の読者を失うことに

11月5日のアメリカ大統領の選投票日が目前に迫っている。各地では期日前投票が佳境を迎えているが、世論調査は全米でも、勝敗を決めるとされる激戦州でも依然拮抗していて、どちらが勝つかまったくわからない。

しかしここへきて、勝敗を示唆するかのような現象が起き始めた。

10月25日、アメリカの政治報道で最も権威あるワシントン・ポスト紙の社説が衝撃を与えた。同紙は1976年以降の大統領選で毎回、支持する候補者を発表していた。ところが、今回はハリス氏、トランプ氏のどちらも支持しないと発表したのである。

社説では「読者にバイアスを与えないため、かつての方針に戻った」などと説明しているが、読者の憤りは収まらない。なぜならワシントン・ポストはこれまでトランプ氏を強く批判し、彼の再選に伴うアメリカ民主主義の危機を叫び続けてきたからだ。この方針に対し数人の編集者や記者が辞職を表明、サブスクを解約した読者は25万人に昇った。

■オーナーのベゾス氏が「確トラ」を警戒?

内部関係者は「ポスト紙はすでにハリス支持の社説記事を準備していた。差し止めたのは、オーナーのジェフ・ベゾス氏の意向による」としている。アマゾン創業者のビリオネア、ベゾス氏は2013年にワシントン・ポストを買収。しかしアマゾンや宇宙開発のブルーオリジンなどに比べて事業規模が格段に小さいこともあり、これまで編集方針に口を出すことはほとんどなかったという。

ではなぜ、今になってハリス支持をやめさせたのか?ベゾス氏はかねてから、ワシントン・ポストのトランプ氏批判のために、トランプ政権時代から攻撃の的になっていた。一説には個人的にトランプ氏が好きではないとの憶測もある。しかし、ハリス氏の失速が伝わるや、ハリス支持のままトランプ氏が当選した場合、アマゾンやブルーオリジンのビジネスにも影響が及びかねないと判断したのだろう、報道を自粛したとみられている。

また宇宙開発では、最大のライバルであるスペースXのイーロン・マスク氏がトランプ氏とべったりであり、政権入りも確実視されている。その意味でも、少なくとも中立の立場でいたいと考えたのではないだろうか。

ワシントン・ポストとほぼ同時に、候補者の支持を取り下げたのはロサンゼルス・タイムスだ。東のニューヨーク・タイムスと並ぶリベラルの高級紙で、社長はやはりビリオネアの起業家、パトリック・スーン・シオン氏。こちらもトランプ氏への忖度が噂されている。

■「政治のチェック機能」が大きく揺らいでいる

トップメディアが次々に中立を表明する背景には、トランプ氏とニュースメディアの長年の確執がある。ほぼすべての大手新聞やテレビを「フェイクニュースメディア」と攻撃してきただけでなく、大統領在任中はCNNの記者を、ホワイトハウスを出入り禁止にしたり、3大ネットワークのCBSテレビに対しては、今回当選したら放送免許を取り上げるなどと警告しているほどだ。

また、第2次トランプ政権の青写真とされている「プロジェクト2025」では、公共放送への予算カットや法的地位の剥奪などが明記されている。メディアの批判を受けずに好きなように事を運びたいという意図が見え見えだ。

これまで主流派ニュースメディアは、トランプ氏の出現で始まったPost-Truth()の社会ではトランプ支持者からボイコットされても、中道やリベラルからの信頼は保っていた。しかし今回の措置で、トップ報道機関としての存在が大きく揺らごうとしている。

※Post-Truth…客観的な事実や根拠よりも先に、主観的な意見や感情的な訴えが政治に強く反映される状況を指す=編集部註

もし他メディアが追随するようなことになれば、言論や報道の自由さえも自粛によって失われてしまう。そして、権力に影響されない独立した政治のチェック機能として「アメリカ民主主義の4つ目の柱」とまで言われたニュースメディアが崩れ去り、民主主義そのものが大きく弱体化することになりかねない。トランプ氏が当選すればその危機は現実になるだろう。

撮影=Masahiro Kashiwabara
集会に参加するトランプ支持者たち - 撮影=Masahiro Kashiwabara

■“お金配りおじさん”と化したイーロン・マスク氏

このような驚くべきメディアの忖度を見ていると、もうトランプ氏の当選が決まったかのように見えるかもしれない。しかし、それに待ったをかけたのが米大統領選恒例の「オクトーバーサプライズ」だ。

オクトーバーサプライズは、投票まで1カ月を切った10月に、これまでの流れを大きく変える出来事を意味する。記憶に新しいところでは、2016年大統領選でヒラリー・クリントン氏の敗北を決定づけた「国務長官時代の私的メール問題」がある。

今回のオクトーバーサプライズはトランプ氏にとって大きな追い風に見えた。ビリオネア、イーロン・マスク氏の全面参戦である。暗殺未遂の直後にトランプ支持を明言して以降、スーパーパック(政治活動委員会)を通じて巨額の資金提供をしてきたが、ここへきて、トランプ氏への投票を約束し投票者登録をした市民に対し、毎日1人ずつ、100万ドル(約1億5000万円)をプレゼントするコンテストまでぶち上げた(本件は違法の疑いで訴えられている)。

■若い男性支持者が「アイラブユー!イーロン!」

さらにラストスパートの今、集会にもメインゲストとして登場するようになり、セレブパワーを余すところなく発揮している。そこには、マスク氏に強い憧れを抱く若い男性有権者を取り込みたいという思惑がある。

というのも、女性有権者のマジョリティは全年齢でハリス支持、男性はトランプ氏寄りという男女の大きな分断があるからだ。女性はハリス氏が打ち出す、人工妊娠中絶禁止の撤廃をはじめとした人権擁護を強く支持している。片や男性は、経済に強いとされるトランプ支持に傾いている。それが若者、特にZ世代(18~27歳)になると、男女のギャップがさらに開いてくる。

これ以上女性を取り込むのはおそらく無理だが、世界一の大富豪イーロン・マスク氏が加われば、若い男性を説得する強力な材料になるという計算だ。

これは筆者が先日取材した、ニューヨーク・マディソンスクエアガーデンでの支持者集会でもはっきり見てとれた。真っ赤なMAGA帽子を被った2万人の支持者の中に、若い男性の姿も目立っていた。トリのトランプ氏のすぐ前にイーロン・マスク氏が登場すると、他のどの出演者とも比較にならないほどの拍手喝采が起き、「アイラブユー!イーロン!」という野太い男性の声が飛びかった。まさにマッチョな男と男の愛、ブロマンスの世界が繰り広げられていた。

筆者撮影
投票日を間近に控えた集会は、かつてないほどの熱気に包まれていた - 筆者撮影

■はしゃぎすぎたトランプ集会の「大炎上事件」

ちなみにマディソンスクエアガーデンといえば、NBA(バスケ)、NHL(アイスホッケー)の試合や、テイラー・スイフト、ビリー・ジョエルといったスーパースターのコンサートも行われる、世界で最も有名なアリーナだ。しかも民主党支持者が多く住むマンハッタンのど真ん中にあり、トランプ氏にとっては超アウェーな地といってもいい。

ここをあえて投票日直前の集会所に選んだのは、ニューヨーク出身の“トランプ氏の凱旋”という意味があったからだ。つまり勝利を目前にして、アウェーの地でさえこれだけの支持者を集められるという勢いを、世界のメディアを通じて知らしめ、最後のダメ押しを図ったのだ。勝者になびく人の心を掌握したいという意図もあったに違いない。

実際、アリーナを埋めた支持者はもうトランプ氏が勝ったかのように、お祭りムードで浮き足立っていた。しかし後に、この集会で起きたとある一幕が大炎上することになる。

撮影=Masahiro Kashiwabara
スピーチをするトランプ大統領 - 撮影=Masahiro Kashiwabara

集会の全体のトーンは、9月に取材したニューヨーク郊外での集会とそれほど変わっていなかった。どの登壇者も「不法移民のせいで、アメリカの経済や治安は地に落ちている。このままではアメリカは破壊されてしまう」という非常に短絡的なメッセージを発信し、それらを盛り上げるために不法移民が犬や猫を盗んで食べているといった虚偽の情報をまくし立てた。特にマイノリティを差別し悪魔化、非人間化する中傷のレトリックが、9割以上を占める白人の支持者には大ウケなのだ。

■激戦州のカギを握るヒスパニック票を失うか

ただ今回はそれが度を超していた。ゲストの1人で人気コメディアン、トニー・ヒンチクリフ氏の発言が、瞬時に大炎上したのである。

「ラティーノ(ヒスパニック系)は子作りが大好き」「プエルトリコは海に浮かぶゴミ溜め」などと、ヒスパニックに対するきつい人種差別ジョークを連発した。郊外の共和党エリアではなく、マンハッタンのど真ん中のマディソンスクエアガーデンで、である。これまでとは違い、世界各国から報道陣も集まっている。さらにニューヨーク市の人口の3割がヒスパニックだということを、慢心した陣営は忘れてしまっていたのだろうか?

共和党関係者の中には、トランプ氏自身がこれまでもひどい女性蔑視や人種差別発言を連発してきたのだから、今回も大丈夫だろうという人もいるが、ほとんどの関係者は戦々恐々としている。なぜなら当落を分ける激戦州での勝利にヒスパニック票は欠かせないからだ。特に拮抗しているペンシルバニア州のヒスパニック人口は9%、わずかにリードしているジョージア州は11%と少なくない数がいる。

このコメントがニュースやSNSを通じて大炎上したのと同時に、歌手のバッド・バニー、ジェニファー・ロペスなど、これまで沈黙していたヒスパニック系のスーパースターが次々にハリス支持を表明した。

これが自信過剰気味だったトランプ陣営を切り崩す、オクトーバーサプライズになる可能性も否定できない。

撮影=Masahiro Kashiwabara
ヒスパニック系を敵に回したトランプ陣営は激戦州を制することができるのか - 撮影=Masahiro Kashiwabara

■「中流以下の経済対策、女性の権利」最後の訴え

一方ハリス候補は、投票日を1週間後に控えた10月29日、ワシントンDCで演説を行った。

場所はホワイトハウス前の広場エリプスで、マディソンスクエアガーデンのトランプ集会の4倍近い、7万5000人が集まったと報じられている。

実はこの場所は、2021年1月6日の議会襲撃直前に、トランプ氏が集会を開いたいわくつきの場所でもある。トランプ氏がいかにアメリカを分断させ、それが大規模な暴力にまで発展したかということを、思い出させるための演出でもあった。またホワイトハウスを背景にすることで、未来のハリス新大統領のイメージを、可視化する意図もあったはずだ。

その目的はある程度果たせたと言っていいだろう。

演説は、中流以下と子供のいる家庭への税負担を減らし、大企業の便乗値上げをやめさせる。女性の中絶の権利を守り、安全な国境と有効な移民対策を法制化するなど、政策的にはこれまで打ち出してきたことの念押しとなった。

一方で注目すべきは、自身とトランプ氏との違いを改めて明白に示したことだろう。トランプ氏が「自分を支持する者以外のアメリカ人は敵であり、軍隊の出動もありうる」と言い続けているのに対し、ハリス氏は「自分は民主党も共和党も関係なく、あらゆるアメリカ人のために働く。分断したアメリカを再びひとつにする」と強く訴えた。

当たり前のように聞こえるかもしれないが、分断に疲れきったアメリカ人、特に若者には、この言葉が強く響いたはずだ。

■「夫と違う候補者に投票してもいい」

最後に、今回の選挙をここまで取材してきて感じるのは、7月の暗殺未遂事件あたりからトランプ支持者の態度が変わったことだ。

特に民主党が強いニューヨークでは、トランプ支持を公表するのを避ける傾向が強く、街頭インタビューにもあまり答えてもらえなかった。ところが最後の数カ月でそれが大きく変貌したのを感じる。

彼らは今や堂々とトランプ支持を主張し、トランプ氏こそがアメリカを救う救世主であり、ハリス氏がどれほど劣っているかを滔々(とうとう)と語る。以前のような「隠れトランプ」ではもうない。勝てるという自信があるからだ。それに引きずられて世間もトランプ氏の勝利ムードになっている空気がある。

一方、ハリス支持者は苦しい立場だ。インタビューしても彼らの口は重い。人種差別的、女性蔑視的なトランプ支持者の勢いを目の当たりにして、女性でマイノリティの大統領をアメリカ社会が受け入れるかどうかも疑わしいと落胆している。さらにハリス氏にはどうしても拭い去れない、イスラエル・パレスチナ問題がまとわりついている。

撮影=Masahiro Kashiwabara
分断に疲れ切った人々が「トランプ氏以外」の理由でハリス氏に投票する可能性も - 撮影=Masahiro Kashiwabara

また特に女性と若者は、親や友人がトランプ支持者の場合、争いを避けて自分もトランプ支持と嘘をつく傾向があることもわかっている。つまり、「隠れハリス支持」が一定数いる可能性があるということだ。ハリス氏を支持するキリスト教系政治団体は「投票はプライベートなもの。夫と違う候補者に投票してもいい」とCMを打ち、女性たちに自らの意志を優先するよう呼びかけている。

投票とは投票所でたった1人、自分に向き合って行うものだ。そこで女性や若者の隠れハリス支持者が入れる1票が、僅差の選挙をひっくり返す可能性は十分にある。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。

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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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